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質問 ― エホバの証人について尋ねられる事柄ものみの塔 1970 | 7月15日
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語ることを神のことばである聖書に照らして調べてみるべきです。あなたの永遠の福祉のために,わたしたちはあなたがいまそうなさることをおすすめします。
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『すべての国の人々を弟子とする』ものみの塔 1970 | 7月15日
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『すべての国の人々を弟子とする』
エホバの証人の1970年度年鑑より
オーストラリア
人口: 12,173,300人
伝道者最高数: 20,624人
比率: 590人に1人
ご自分の民は,その軍勢の日に自らを喜んでささげるであろうといわれた天のみ父のことばはまったく真実です。わたしたちはここオーストラリアで過去12か月の間にそのことを確かに経験し,わざの拡大に心をおどらせました。昨奉仕年度中に32の新しい会衆が設立され,また,ほとんど毎月,伝道者の最高数を得られたからです。
兄弟たちは,「とこしえの命に導く真理」と題する本の内容を十分用いることにより,神のみことばの諸原則を鳴り響かせることができました。こうしてこの本はすばらしい成功を収めています。ある家族が「真理」の本を学んで教会から籍を抜くと,そこの牧師がやって来ました。しかし彼は問題になりませんでしたので,別の教会から人がつかわされました。この人は,エホバの証人はピリピ書 2章10節を説明することができないといいましたが,それは正しくありませんでした。おそらく,その家族の主婦が教会に再帰するのを促す目的かと思いますが,ある晩,婦人会の集まりが設けられました。しかし,その家の主婦は,ライオンの穴に行くダニエルのように,どのような事柄に関しても聖句で十分に対抗できるよう用意をして勇敢に出かけました。彼女は,「すべてのことを確かめよ」,「目ざめよ!」誌の「終わりはまだ先のことですか」と題する号,「真理」の本,「ダイアグロット」,そのうえ,3冊の大きな百科辞典を携えました。しかし,彼女の夫は,「今晩はなにかを証明する必要はないんだよ。それらの人々と研究を取り決めることができれば,それでいいんだ」と勧めました。そこで彼女は,出席者全員に向かって,エホバの証人を批判する立場をとる前に「真理」の本を学ぶべきだと話しました。大いなるバビロンは,「御霊の剣」に打たれると,組織に対する中傷的な文書に訴えるのが常です。その婦人はそうした文書を読むのを断わり,こう言いました。「わたしはそれら中傷的な事柄については知りつくしています。わたしたちにとって聖書を討議することのほうがずっと賢明です」。彼女は現在,ふたりの幼い子供を連れて,兄弟たちとともに戸別訪問のわざに参加しています。そして,会衆は,その家族が心と思いに真理を鳴り響かせるにつれ円熟に向かって成長することを楽しみにしています。
次の経験からは,不在の家を正確に書きしるすことのたいせつさがわかります。ひとりの兄弟は,伝道区域からの帰路,窓に巡回大会の公開講演を宣伝するカードをはった車を運転していました。通りを走っていると,若い女性が夢中で手を振りはじめました。兄弟はその理由がわからず,彼女が本気で手を振って車を止めようとしているとは思いませんでした。しかし,すぐ間違いなく彼女は車を止めようとしていることがわかりました。兄弟が車を止めると,その若い女の人は,通りで彼の車を見かけ,窓の広告と車のバックシートに置いてある雑誌を見たと言いました。そして車を止めてもらえたことをほんとうに喜んでいました。彼女は,「その雑誌は世界のニュースを非常に正確に載せている」ので予約購読したいと考えていたのです。ニュージーランドで同じ雑誌をしばしば求め,愛読していたとのことでした。しかし,彼女はエホバの証人の訪問を受けるまでに少なくとも1年間待たねばなりませんでした。その区域が伝道されるたびにどういうわけか奉仕者は彼女に会えなかったからです。今度は研究が取り決められました。彼女は夫にも参加するよう熱心に勧めていますから,御主人も彼女とともに研究に参加しはじめるでしょう。これら羊のような人すべてが「生命の言」に必ず接するために,不在の家を正確に記録することは非常にたいせつです。
ひとりの開拓者は彼女が泊まったある姉妹の家の子供たちについて次のように報告してきました。「子供たちのしていることを見て,感激させられたことがあります。ひとりの幼い子はある日家に帰ると,遊ぶかわりに,いろいろな勉強道具を用意しました。その子はきっと自分で勉強をするのだろうとわたしは思いました。ところが,そうではありません。10分後に玄関をノックする音が聞こえたので,戸をあけると,小さな女の子が『失楽園から復楽園まで』と題する本を持って立っていました。その子は長いすのほうに行きました。わたしがやりかけの仕事を続けていると,5分してまたノックがありました。今度はひとりではなく,ふたりの少女が『楽園』の本・聖書・賛美の歌の本などをかかえていました。彼女たちも長いすのほうに行きました。考える間もなく,またしてもノックがあり,4人めの子供が遅刻したことをわびながらはいってきました。興味を覚えたわたしは,そばにいて耳をすませました。子供たちは,全員長いすに腰掛け,姉妹の子供はみんなの前にすわりました。それから静かになると,真理を理解できるように各エホバの祝福を求め,またすべてのものに感謝する祈りがささげられました。それから研究が進められました。まず復習です。それは黙示録 12章に関するもので,女とはだれですか,彼女はだれを産みましたか,などの質問でした。全員が答えを知っていました。研究は45分間続き,敬けんなかわいい感謝の祈りで閉じられました。参加した子供たちによく来てくださいましたと感謝し,あしたもまたみんなで研究しましょう,と言ったこの少女は6歳です。彼女は近所の4人の子供との聖書研究を司会し,黙示録をすら説明し,開会と閉会の祈りさえできるのです」。この報告は親の心を喜ばせませんか。創造者を賛美するよう幼いうちから子供たちをたゆまず訓練するのはほんとうにたいせつです。
あなたは病弱ですか。そのことで気落ちしないでください。未亡人で,しかも病弱なひとりの姉妹は,2週間に1度,片道約110キロを汽車で旅行しなければなりません。彼女はたまたま,夜の乗客たちは新聞を読んだあと手持ちぶさたになることに気づきました。休暇開拓奉仕をしていた彼女は,次に汽車で出かける時,カバンに雑誌を詰めました。歩くことはおろか,速く走る汽車では立つことさえむずかしかったので,汽車が急な丘を登りはじめるのを待ってから車内をまわりました。その間,汽車はゆっくり走るので,落ち着いて乗客に話し掛けることができました。彼女の話によれば,すでに予約購読していた数人を含め多くの関心ある人に会い,わずか30分間に32冊の雑誌を配布しました。この経験で興味深いのは,この姉妹が1年半前までは,失意のために何年も不活発であったということです。しかし,現在彼女は,御国の活動の祝福を心ゆくまで楽しんでいます。このように,エホバが力を与えてくださるという積極的な態度を育てるなら,なんとすばらしい祝福を得るではありませんか。
シリア
人口: 5,761,349人
伝道者最高数: 146人
比率: 39,461人に1人
シリアのエホバの民はあらゆる機会を十分に活用して,御国のこの良いたよりを他の人に宣べ伝えています。政府はエホバの証人をシオン主義者と称して偽りの非難を浴びせていますが,兄弟たちはそのようなことで伝道を思いとどまることはしません。昨奉仕年度中,わたしたちのわざが政治と無関係であることを示す書類をシリア政府に送る努力が払われました。しかしそれもほとんど効果がなかったようです。にもかかわらず,役人からの干渉をほとんど受けずに,兄弟たちは宣教を推し進めています。
手足の不自由な若い男の人に訪問がなされ,真理に関心を持つように努力が払われました。しかしプロテスタント教会の一宗派の会員たちがその訪問をじゃまし,訪問していた姉妹を家から追い出してしまいました。その若者は彼女を弁護するために何もせず,何も言いませんでした。3か月後,その人を再び訪問してみようと,別の伝道者が彼の所に行きました。伝道者は気持ちよく迎えられ,聖書研究が始まりました。若者は,神の新秩序の下でもう一度走ったり歩いたりできる見込みを知って大喜びしました。先回の狂信的な教会員が再び研究のじゃまをしましたが,今度は研究をやめさせることはできませんでした。この手足の不自由な若者の肉親の兄弟が訪れましたが,彼は自分の兄弟の変わり方に驚いてしまいました。彼は幸福な人間になっていたからです。この兄弟も新しい体制について学び,それから3か月たたないうちに良いたよりを伝道しはじめました。
シリアの兄弟たちは偶然の証言を十分に活用していますが,次の経験はその一例です。「わたしは官庁で働いています。ある日,書類に署名するため上司の所に行かねばなりませんでした。へやにはいると上司は席をはずしており,ひとりの老紳士がいました。わたしは彼とあいさつをかわしました。老紳士は,わたしの卒業した学校や,仕事を終えてからすることについて尋ねるので,わたしは,勤務が終わると,聖書を読み,マタイ伝 24章14節に従って他の人に神の国を伝道すると説明しました。すると紳士は話をさえぎって,『あなたはエホバの証人ですか』と声を低くして尋ねました。この人が秘密警察官でないようにと願いながら,その質問に答える前,証言する力を与えてくださいと心の中でエホバに祈りました。それから,『はい,そうです』と答えました。老紳士は手をたたいて喜びました。なぜなら,彼はレバノンで証人たちと交わっていたので,その交わりを続けたいとエホバの証人をさがしていたのです。紳士の家を訪問する取り決めが設けられ,今では聖書研究が行なわれています」。
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