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  • 今日の世界 ― 寛容なのかそれとも無関心なのか
    目ざめよ! 1984 | 2月8日
    • 憤りを表明し,かつご自分の力を知らせようとの意志を持ちながらも,滅びのために整えられた憤りの器を,多大の辛抱強さをもって忍び,それによって憐れみの器に対するご自分の栄光の富を知らせようとされたのです』。そうです,神が悪を『忍ばれた(容認された)』ことは優れた目的を果たしました。そのおかげで,義に傾く個々の人々に,正しい事柄の側に立つための時間が与えられました。しかし,神はこの寛容を示す時間に制限を設けておられます。(使徒 17:30,31)すべての証拠はこの寛容の期間が間もなく尽きようとしていることを示しています。ですから,聖書は遅くなりすぎないうちに偽りの宗教の中から出るように勧めているのです。―啓示 18:4,5。

      エホバの証人は,幾世紀にもわたって非常に不寛容な態度を示してきた偽りの宗教からあなたが自由になるのを喜んでお手伝い致します。エホバの証人と聖書を研究してください。証人たちは,聖書の中からすばらしい希望,すなわち仲間の人間に対する人間の不寛容が過去のものとなる楽園の地で永遠に生きる希望をあなたが見いだすのをお手伝い致します。

  • 「私は呪術医でした」
    目ざめよ! 1984 | 2月8日
    • 「私は呪術医でした」

      「私は呪術医でした」という手紙を寄せたのは,トランスカイに住むホサ族の婦人です。ものみの塔協会の南アフリカ支部事務所に送られたその手紙はこう続いています。「私は患者や,呪術医として訓練してやらなければならない生徒を抱えていました。自分の健康が損なわれていっているにもかかわらず,私はそれらの人たちを助けるために一生懸命働いていました。手足やひざが膨れ上がり,非常に痛みました。西洋の医者に診てもらいに行かなければなりませんでしたが,家の前に車を着けて,手足があってもそれを使うことのできない偶像のようにその中に担ぎ込まれなければなりませんでした。私が病気になった時に,エホバの証人が家にやって来ました。そして申命記 18章9節から12節と伝道の書 9章5節,6節,10節を私と話し合ったのです」。

      その結果,この婦人は妖術や死者の状態に関する聖書の真理を受け入れるようになり,自分のかつての信仰が自らの苦しみを解消するのに役立たなかった理由を理解しました。この人は聖書研究に応じ,後日バプテスマを受けてエホバの証人になりました。しかし,これには幾らかの変化が求められました。この婦人は次のように説明しています。「エホバが妖術に反対しておられることを知り,呪術医として私が着ていた衣装一式,すべての薬,およびその行為に伴うありとあらゆる物を燃やしました。これらの品に灯油を注いで,それに火をつけたその日,エホバの証人たちがいてくれました。(使徒 19:19,20)今では健康面でずっと具合いがよくなっているので,感謝しつつ,『わたしは生きている限りエホバに向かって歌い』ます。―詩編 104:33」。

      かつて呪術医だったこの人がこの手紙を寄せてから2年以上の月日がたちました。今日,この婦人は熱意をもって,他の人々がみ言葉を理解するのを助ける業に定期的にあずかることによってエホバ神に対する自らの感謝の念を示し続けています。

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