ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 支部の手紙
    王国宣教 1980 | 7月
    • 支部の手紙

      王国伝道者のみなさん:

      5月8日から15日にかけて,統治体の成員,M・G・ヘンシェル兄弟が地帯監督として日本支部を訪問されました。同兄弟は短い滞在期間中,野外の活動,支部の仕事,そして進行中の海老名支部建設の仕事などを調べ,必要とされている指示を与えてくださいました。そして忙しい予定をさいて,5月11日の日曜日,埼玉県所沢市にある西武ライオンズ球場に集まった東京周辺の大勢の兄弟たちに話をしてくださいました。日本で初めての試みとしてこの講演は電話回線を利用して札幌,名古屋,大阪,福岡でも同時に聴くことができました。さらに5月14日,ヘンシェル兄弟は沼津支部を調査なさった際,周辺の兄弟たちに話をしてくださったので,合計7万984人が同兄弟の話から益を受けました。

      ヘンシェル兄弟は箴言 3章13-22節に基づき「エホバの知恵」について話されました。神の知恵を拒み,自分自身の知恵によって歩むこの世はさまざまの災いや苦難,問題に満ち,将来に対し何の明るい見通しも持っていません。他方,エホバの知恵は「天が地より高いように」人間の知恵とは異なるものです。(イザヤ 55:8,9,新)エホバの知恵に従う人は,「上からの知恵」に従って歩み,「義の実」を生み出すことができるのです。(ヤコブ 3:13-18)エホバの目的に従って王国の良いたよりを宣べ伝えることはこの世の知恵に従って歩む人々の目にはおろかに見えるかもしれませんが,エホバはこれが人類の最善の益となりうることをご存じなのです。人生のあらゆる歩みを背景として持つ人々の中から,神の知恵を正しく認めた多くの人々は大きな変化を遂げ,幸福な神の民となっていることが,多くの経験を通して示されました。ヘンシェル兄弟はわたしたちが引き続きエホバの知恵に従う,幸福な神のしもべであるよう励まされました。そして各人が自分の霊性に注意を払うこと,家族の頭は家族の各人の霊的必要を十分に顧みること,家族として神権的な活動や他の活動を共にすること,年若い人々が神の知恵を学び続け,真理にしっかり留まる

  • わたしたちは「人をすなどる者」ですか
    王国宣教 1980 | 7月
    • わたしたちは「人をすなどる者」ですか

      1 イエスや使徒たちの時代に,一群れの漁師たちが徹夜の漁を終えて浜辺に引き返して来る様をどうぞ思いに描いてみてください。彼らは網を下ろしては獲物を引き上げる激しい作業を行なってきたのです。しばしば逆風を突いたりしながら舟をこぐことは,体力のいる骨の折れる仕事でした。しかし,彼らの協同作業はそれなりの報いをもたらしました。申し分のない漁獲があったのです。船着場で人々がこれら働き者の男たちの間に入り込んで来ます。今や魚は市場で売りに出されます。それは興奮をさそう,労の報われる時です。ほどなくして,これらの男たちは少しの睡眠を取るために家に帰ろうとしています。しかし,彼らは次の漁獲を求めて再び戻って来るのです。

      2 イエスの使徒たちの幾人か ― たぶんそのうちの7人 ― が,専門の漁師でした。そのうちの4人,ペテロ,アンデレ,ヤコブ,ヨハネは仲間になって共に働きました。(マタイ 4:18,21)彼らはグループとなって共によく働き,互いを大いに頼りにしていました。自分たちの努力を成功させるためには,彼らは秩序を保たなければなりませんでした。イエスがこのような人材を「人をすなどる者」となるように選ばれたのも不思議ではありません。今日のわたしたちも,これと同じ仕方でエホバに「奴隷として仕える」でしょうか。主の指揮下で「人をすなどる者」となる資格が自分にあるかどうか,わたしたちも自問してみるのは良いことです。

      3 牧羊の務めは主として少数の人々に課せられていますが,キリストの追随者たちはすべて,「人をすなどる者」となることを求められています。(マタイ 4:19)どのようにしてなるのですか。宣べ伝える業を行ない,エホバの監督下でなされている分ける業に参加してふさわしい者を探し出すことによってです。この事に関連してわたしたちは,できるだけ効果的に人々を探し求めるための用意を自分はしているだろうか,と自問できるでしょう。わたしたちは書籍研究の群れと協力して,上手にすなどるように他の人々を援助し,巧みなすなどり人である他の人々から教える業や弟子を作る業の面で援助を受け,自分も「漁獲」を得られるようにしていますか。自分の漁に助けが必要なら,仲間のすなどり人たちから容易にそれが得られるでしょう。

      4 もちろん,中には「漁」が大変好調な区域もあり,わたしたちは証言活動においてそのようなところをよりひんぱんに網らするのが普通です。他方,区域はすべて,年に少なくとも一度は網らするべきです。また,「漁獲」がすぐにあってもなくても,あらゆる水域に網を下ろし続けるのはわたしたちの責任です。(ルカ 5:1-11)成果を上げている漁師たちがいつも楽観的で,自分の仕事から真の満足を得ているのと同じように,わたしたちもすぐに気落ちしたりせず,『人をすなどる』様々な機会を探し求めるべきです。

      5 すなどるべき魚はいたるところにいますが,すべての水域で漁が行なわれているわけではありません。日本でも,713の「未割当て」の町村があり,それらの区域に合計477万9,000人の人々が住んでいます。みなさんはこうした区域の人々にも深い関心をお持ちのことでしょう。最近これら町村の完全な一覧表が作成され,すべての会衆に送られました。それをご覧になれば,どこがまだ手のつけられていない区域かがわかります。もしかしたら,その中にはみなさんが今年の夏旅行したいと思っている町があるかもしれません。あるいはご自分の郷里が含まれているかもしれません。旅行先で,または帰省した折に,あるいはもっと計画的にそうした区域で奉仕することができますか。

      6 上記の未割当て区域一覧表と共に送られた1980年4月1日付の手紙がみなさんの会衆でも読まれたことでしょう。それによれば,夏の何か月かの間,自費でこれらの区域に出かけ,宣べ伝える業を行なうことを願う開拓者,家族または会衆は,会衆の奉仕委員を通してその希望を協会に伝え,承認を求めることができます。すでに大勢のみなさんから申込みをいただいています。今からでも計画できる方があれば,わたしたちは喜んでそのお申し出を考慮したいと思います。

      7 多くのみなさんは,この夏,短い期間こうした町村の一つを訪れたついでに,その一部で家から家の証言をしたいと思っておられるかもしれません。前もって簡単な知らせをいただければ,喜んでそのことを承認したいと思います。もしかしたら,前述のような割当てを受けた人たちがすでにその区域で働いているかもしれません。もしそうであれば,そうした人たちと連絡が取れるように便宜をはかりたいと思います。一方,こうした区域にいる肉親や知人をだれかに訪問してもらいたいと思われる方は,その人の住所氏名を協会に知らせることができます。もしその町か村にだれかが割り当てられているなら,喜んで転送いたしましょう。未割当てである場合には,それらの再訪問依頼を将来のために保管しておくことができます。また,会衆によっては,これら未割当て区域をもらい受け,一年に何度か計画的に網らしたいと希望しているところもあるでしょう。よい見込みがあれば喜んでそのようなお申し出を考慮したいと思います。

      8 現代の「漁」全体の責任を担っておられる方は,漁獲を得るためにどれほどの労苦が必要かを知っておられるという点を思いに留めておくのはよいことです。その方はすなどる業に参加するわたしたちをいつもほめ,報いてくださいます。すなどる業のために定期的な時間を取り,魚を得ようと求め続ける時,わたしたち各自は自分の努力に対しエホバの導きと祝福を必ずや期待できることでしょう。

  • 心に満ちあふれているものの中から語る
    王国宣教 1980 | 7月
    • 心に満ちあふれているものの中から語る

      1 「善良な人は自分の心の良い宝から良いものを出し……ます。心に満ちあふれているものの中から人の口は語るからです」。(ルカ 6:45)この言葉はイエスのくちびるから出たものですが,わたしたちの神また創造者なるエホバの是認を得たいと願う人すべてに対して深い永続的な影響を与えるはずです。人は良い業によって主イエスの親密な追随者であることを知られるようになりますが,人類は来る日も来る日も,その良い業を生み出すのに一助にもならない生活の諸問題に直面しています。そして,一般の人々の心は,古代のファラオがエホバに対してその心を「かたくなに」したように,周囲の環境によって硬化してきました。

      2 多くの人々の硬化した心は,神のみ言葉の持ついやす力と豊富な真理により柔らかくされてきました。聖書の記録は,十番目の災いがエジプトに臨んだ時,イスラエル人と共に大ぜいの入り混じった群衆がその地を去ったことまで述べています。彼らの心はエホバの力が表明されるのを見て和らげられたのでしょう。(出エジプト 12:38)ところで,わたしたちはどうですか。心に満ちあふれているものの中から,わたしたちは,自分や自分と交わる人々に祝福となる良い事柄を出しているでしょうか。自分の心の中に良いものがあるかどうか,また,良い事柄を語り行なうことができるかどうかはどのようにして分かるのですか。

      3 次のように自問してみるとよいでしょう: わたしは,イエスによるエホバの救いを初めて学び,エホバの民と交わり始めた頃と同じほどの喜びを現在持っているだろうか。エフェソスにあったクリスチャンの会衆は,西暦

日本語出版物(1954-2026)
ログアウト
ログイン
  • 日本語
  • シェアする
  • 設定
  • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
  • 利用規約
  • プライバシーに関する方針
  • プライバシー設定
  • JW.ORG
  • ログイン
シェアする