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    ものみの塔 1971 | 8月15日
    • 真の一致のための基礎

      17 真の一致のための基礎を明らかにしなさい。

      17 その何か別のものとは,1冊の本にその基礎を持っています。その本は多くの人によって無視され,あるいは“幸運”のお守りとして使用され,さらにある人々からは非難を買ってきました。そうです,それは全能の神の真理の本,聖書です。そのページの中にこそ,国家的な背景や身分にかかわりなく人々を真に一致させるところの,その何ものかが見いだされるのです。

      18 パウロが一致に関してコリント会衆に与えた助言はなんでしたか。その助言はなぜ与えられたのですか。

      18 西暦1世紀,使徒パウロはコリント会衆に手紙を書いた際,彼らにこう言いました。「兄弟よ,我らの主イエス・キリストの名に頼りて汝らに勧む,おのおの語るところを同じうし,分争する事なく同じ〔思い,同じ考えの方向において〕全く一つになるべし。わが兄弟よ,クロエの家の者,なんぢらの中に紛争あることを我に知らせたり。即ち汝等おのおの『我はパウロに属す』『われはアポロに』『我はケパに』『我はキリストに』と言ふこれなり。キリストは分たるる者ならんや」。(コリント前 1:10-13〔新〕)パウロがこのことばを書き送った時,コリントにある会衆の成員たちは一致のうちに協力していなかったのです。むしろ人間に追随し,その人たちにとにかく忠誠を示すべきであるとの考えをいだいており,そのため,すべてが語るところを同じくし,同じ思いになって一致をつちかうことは犠牲にされていました。

      19 コリントの人たちはいろいろな人に追随したために何を失いましたか。彼らを真に統一させる力となったのはなんでしたか。それはどんな質問を提起しますか。

      19 パウロはコリントのそれらクリスチャンに次のことをはっきり示しました。彼らがパウロ,アポロ,ケパその他人間に追随する同志になるなら,自分たちの最も重要な強みである,思いと心との一致を犠牲にすることになります。彼はそうした宗教上の状態を明白に描写して,「キリストは分たるる者ならんや」と言いました。つまり,キリスト教の教えに追従する者たちが分裂していたために,真のクリスチャンの一致は存在しえませんでした。パウロはコリントの人たちにさらにこう言っています。「或者は『われパウロに属す』といひ,或者は『われアポロに属す』と言ふ,これ世の人の如くなるにあらずや」。(コリント前 3:4)ゆえに,単に人であるにとどまらないため,コリントのクリスチャン,言うなればすべてのクリスチャンは,思いと心との一致を目ざして努力しなければなりません。しかも,その一致のための基礎はなんですか。パウロが言うには,それはキリストが彼をつかわして宣明させた「良いたより」です。しかし,あなたは次のように質問されるかもしれません。「良いたより」とはいったいなにか。そのことばに含まれている意味はなにか。それはどのようにすべての人々の間に思いの一致を促進させるのか,と。

      一致をもたらす良いたより

      20 「良いたより」はたった一つの音信に限られていますか。

      20 日々,地の非常に多くの住民にとり悪いたよりとなる報道で満ちた世にあって,神のことばからの良いたよりは地の住民に幸福をもたらすはずです。聖書は良いたよりで満ちており,真のクリスチャンを一致させる力となるのはその良いたよりです。したがって,「良いたより」には一致をもたらす多くの音信があると言えます。神の真理の本,聖書にしるされているそうした音信のほんのいくつかを考えることにしましょう。

      21 創世記 3章15節の「良いたより」はなんですか。

      21 創世記 3章15節でエホバ神は,アダムとエバをしてご自分の義の命令に逆らわさせたへびに向かってこう言われました。「我汝と婦の間および汝の苗裔と婦の苗裔の間に怨恨を置ん彼は汝の頭を砕き汝は彼の踵を砕かん」。ここでの良いたよりは,時たつうちにエホバ神がすえを生み出され,そのすえが,神の最初の仇であるへび,つまり悪魔を,その邪悪なすえもろともに砕くというものでした。人類はこの良いたよりを基礎に,またその預言的な意味を理解することにより,のろいの代わりに祝福をもたらし,すべての国民を一致させるのに資する将来に対して希望を持つことができました。

      22 創世記 22章16-18節の「良いたより」はなんですか。

      22 「エホバの友」であったアブラハムが,進んで自分のむすこイサクを犠牲としてささげようとした後,エホバ神は創世記 22章16-18節でこう言われました。「エホバ諭したまふ我己を指て誓ふ汝是事を為し汝の子即ち汝の独子を惜まざりしに因て,我大に汝を祝み又大に汝の子孫を増して天の星の如く浜の沙の如くならしむべし汝の子孫は其敵の門を獲ん,又汝の子孫によりて天下の民皆福祉を得べし教わが言に遵ひたるによりてなり」。アブラハムに対する「良いたより」は,アブラハムのすえを通して,地のすべての国民が定めの時に祝福され,一つの民として一致させられると,エホバが誓いによってたてられた契約を彼と結んだことでした。この時,神のすえが時たつうちに明らかにされるというエデンにおける約束が,「神の友」であるアブラハムの系統を通して果たされようとしていることがいよいよはっきりしました。―ヤコブ 2:23,新。

      23 (イ)サムエル後 7章12,13節の「良いたより」はなんですか。(ロ)この「良いたより」はどのように処女マリヤに,また野原にいた羊飼いたちに啓示されましたか。

      23 サムエル後書 7章12,13節〔新〕で,エホバ神はユダのダビデ王に次のような内容の約束を与えました。「汝の日の満て汝が汝の父祖等と共に寝らん時に我汝の身より出る汝の種子を汝の後にたてゝ其〔王国〕を堅うせん,彼わが名のために家を建ん我永く其〔王国〕の位を堅うせん」。ダビデに対する「良いたより」は,アブラハムからの彼の子孫の系統を通して,義の王国をつぐ不変,永遠の相続者が出るというものでした。聖書記述者ルカはそれから幾世紀も後,天使が処女マリヤに語った次のことばをもってこの「良いたより」について述べました。「なんぢみごもりて男子を生まん,其の名をイエスと名づくべし。彼は大ならん,至高者の子と称へられん。また〔エホバ〕神,これは其の父ダビデの座位をあたへ給へば,ヤコブの家を永遠に治めん。その〔王国〕は終ることなかるべし」。(ルカ 1:31-33〔新〕)こうして,すえに関する「良いたより」は,最初エデンにおいて言及され,アブラハムとダビデを通して約束され,イエス・キリストにおいて少しも狂うところなく最高潮に達しました。マタイは自分の記述をイエス・キリストに関する次のことばで始めています。「アブラハムの子,ダビデの子,イエス・キリストの系図」。(マタイ 1:1)ゆえに,イエスの誕生の際に天使たちは歓喜することができ,そうした天使のひとりは,イエスの生まれた同じ地方にいた羊飼いたちにこう言いました。「おそるな。視よ,この民,一般に及ぶべき,大なる歓喜の〔良いたより〕を我なんぢらに告ぐ,今日ダビデの町にて汝らの為に救主うまれ給へり,これ主キリストなり」(ルカ 2:10,11,〔新〕)この顕著なできごとは,神の定めの時に,恒久の基礎の上に人類を一致させる結果をもたらします。

      24 マタイ伝 24章14節の「良いたより」はなんですか。

      24 西暦33年,拘引されて刑柱につけられる直前,イエスは良いたよりの別の事柄に関して,マタイ伝 24章14節〔新〕で,弟子たちに次のように告げられました。「〔王国のこの良いたより〕は,もろもろの国人に証をなさんため全世界に宣伝へられん,而して後,終は至るべし」。その王国は確かに良いたよりでした。それは,エデンから始まって,イエス・キリストの誕生,生涯,死,復活,そしてその王国の王たるべく高められるにいたる,エホバ神のなされたすべての約束の成就を人類にもたらすことになっていたからです。

      25 さて,全地にわたる一致に関して,どんな三つの質問に答える必要がありますか。

      25 したがって,簡潔に言うならば,全地の人類を一致させる良いたよりには多くの面があります。そしてわたしたちは,神の真理のことばの中にしるされているそれらのほんの少しに触れたにすぎません。このほかにもまだ多くの良いたよりが,聖書のページの中に,その66冊の手紙や書に収められている神からの情報の中にあります。しかし問題は,「良いたより」はどのように一致をもたらすか。多くの国家的,民族的区分,さらにさまざまの政治上の党派があるのに,この地の国民の間にどのような方法で一致がもたらされうるのか。さらに,人類がこれほど深刻に分裂し,仲間の人間と反目し合っている今日,そうした全地にわたる一致はこのうえもなく切実に必要とされているが,その全地にわたる一致はいつ実現するのか,というものです。こうした質問や他の質問に対する答えは次の記事で扱います。参照されている聖句とともに,その記事を読むようにみなさんにお勧めします。そうすれば,全世界にわたる人類の一致のためのエホバ神の約束に対する信仰を築くことができるでしょう。

  • 人類を一致させる良いたより
    ものみの塔 1971 | 8月15日
    • 人類を一致させる良いたより

      1 一致の反対はなんですか。それはしばしばどのようにして生じますか。例をあげなさい。

      一致の反対は不一致です。不一致は人々が対立する思想,相反する目標,異なる意見を持つ時に生じます。人々を一致させるためには統一させる力がなければなりません。「良いたより」はその力となります。個人や団体が共通の目標によって一致することは時として可能です。しかしその目標が達成されるや,しばしばさまざまの意見や考えが生じてくるものです。その良い例は,人を月に着陸させるためになされた宇宙開発の努力です。何千名もの人々の一致した作業によって,その偉業はなし遂げられ,全世界の称賛を勝ちえました。ところが目標が達成されてしまうと,次の計画をめぐってさまざまの意見が出され,不一致や分裂が生じ,一致した作業は不可能となりました。1969年8月17日付ニューヨーク・タイムズ紙は,“宇宙計画,成功の陰で目標をめぐっての批判”と題する見出しのもとに,次のような報道を載せています。「第一の論争は次の問題に関するものである。つまり,将来のアポロ飛行にはどの宇宙飛行士を派遣すべきか。おもに試験飛行士あるいは技術者としての背景を持つ者か…主要な資格として地質学,生物学,物理学その他の科学部門の知識を持つ科学者の宇宙飛行士か。…不満をいだく科学者の宇宙飛行士が…すでに数人辞表を提出した。…第二の論争は,将来のアポロ飛行の時間設定および月に送る宇宙飛行士の予備訓練をだれが指揮するか,に関するものである。…第三の論争は次の問題に関してである。月のかなたの太陽系の探検では,わが国はどちらに重点を置くべきか。カメラその他の装備を用いる無人探査にか,それとも,人間を火星に着陸させて,1980年代の初めに地球に帰環させるというはなばなしい計画にか」。

      2 不一致に関してある人々はどんな議論をしますか。

      2 ここであなたは次のように言われるかもしれません。『意見の相違がなければ何も改善されないのではないか。自分ひとりですべての答えを知っているという人はいるはずがないのだから,進歩を遂げるためには,一致を犠牲にしても,多少の意見の相違はあってしかるべきではないのか。そうであれば,人類を一致させるということなど,いったいどのようにして可能になるのか。われわれは倫理的に自由に行動できるのだから,人間の将来には一致しない者が常に出るのではないだろうか』。全人類を統一させうるどんな力がありうるのですか。覚えておられると思いますが,前の記事で「良いたより」が人類を一致させるとの主張がなされました。それで,この問題をさらに深く考慮するようお勧めします。

      3 その源がなんであるゆえに,わたしたちは聖書と良いたよりに関するその音信にたよることができますか。

      3 神のことばである聖書には良いたよりがしるされています。その良いたよりが何かを知り,またその強力な力を認識するなら,そうした良いたよりがさまざまの国,民族,言語を背景にもつ人々を一致させうるとの個人的な確信を強めることができます。というのは,その良いたよりには良い約束が含まれているからです。その約束は不完全な人間や不完全な人間の集団 ― 彼らのすべては地に一致をもたらすことにみじめに失敗した ― からのものではなく,人間の創造者であり,命の維持者であられる全能の神エホバからのものなのです。

      人類を一致させることのできるかた

      4 (イ)「良いたより」は何に対する信仰を築きますか。(ロ)イザヤは人間の創造者に関するどんな良いたよりを書きましたか。(ハ)考えと行動のうえでの一致は何を通してもたらされますか。

      4 聖書の良いたよりは信仰を築きます。そして信仰は「希望されている事柄に対する保証された期待,見えない実体の明白な論証」です。(ヘブル 11:1,新)ゆえに,聖書の良いたよりは,信仰が希望を置いている物事について告げており,かつ,実体のあるものが現在は見られない,あるいは見えないとしても,特定の実体を明白に論証しているのです。良いたよりは人類の創造者に対する信仰をも築きます。これは肝要なことです。なぜなら,すでに指摘されたように,自分ひとりですべての答えを知っている人はいないからです。良いたよりはわたしたちを助けて,すべての真理と知識との源であるかたに注意を向けさせます。そのかたは,だれにも異議を唱えられることなく,ご自分のやり方や目標が誤っているとだれにも言われることなく,すべての事柄を指揮できます。この偉大な第一原因とされるかたは人類を正義の道へ導くためのすべての資格を持っておられます。イザヤは霊感のもとに,人間の創造者であられるエホバに関する良いたよりを次のようなことばで書きしるしました。「然ばなんぢら誰をもて神にくらべ いかなる肖像をもて神にたぐふか なんぢら眼をあげて高をみよ たれか此等のものを創造せしやをおもへ 主は数をしらべてその万象をひきいだしおのおのの名をよびたまふ…汝しらざるか聞ざるかエホバはとこしへの神 地のはての創造者にして倦たまふことなく また疲れたまふことなく その聡明こと測りがたし」。(イザヤ 40:18,26,28)さらに,エホバはイザヤを通してこう言っておられます。「エホバ宣給く わが〔考え〕はなんぢらの〔考え〕とことなり わが道はなんぢらのみちと異なれり 天の地よりたかきがごとく わが道はなんぢらの道よりも高く わが〔考え〕はなんぢらの〔考え〕よりもたかし」。(イザヤ 55:8,9〔新〕)したがって,考えと行動のうえでの一致は,創造者を知り,かつ仕えることを通して必ずやもたらされます。ゆえに,意見を異にすることが物事を改善するための人間の取る道であるにせよ,全知の創造者エホバはそうした道を取られません。その全き理解と知識は人間が十分に測ることのできないものです。

      5 キリストを通して神が人間につぐないをしてくださったことは,どのように一致させる力となりますか。

      5 「良いたより」は,キリスト・イエスを通してもたらされる人間の永遠の命に関する,神の備えに対する信仰を築きます。聖書の明りょうな教えは,エホバが人類に対するご自分のあわれみと優しい同情をもって,堕落した人間を罪と死からつぐなうための取り決めを設けてくださったことを示しています。エホバはそれをご自分の長子,人間として誕生する前にはことばすなわちロゴスとして知られていた者を通して行なわれました。(ヨハネ 1:1。コロサイ 1:15)この良いたよりは,ご自分の長子という,この言語に絶する驚くべき備えに関してエホバ神に賛美をささげることにおいて,また,忠実にご自分の父の意志を遂行して,全地の人類に益となる結果をもたらした主イエス・キリストに感謝を表わすことにおいて人類を一致させます。イエス・キリストを通して人類のために神が設けてくださったこのあがないの備えが,いかに貴重なものかを熟慮する時,神のいつくしみに対する信仰は強められ,わたしたちは共通の決意のうちに一致させられるのではありませんか。次のように言ったのは使徒であったほかならぬパウロです。「我等のなほ弱かりし時,キリスト定りたる日に及びて敬虔ならぬ者のために死に給へり。それ義人のために死ぬるもの殆どなし,仁者のためには死ぬることを厭はぬ者もやあらん。然れど我等がなほ罪人たりし時,キリスト我等のために死に給ひしに由りて,神は我らに対する愛をあらはし給へり」。(ロマ 5:6-8)この知識は受益者である不完全な人類を一致させるのに資するものとなります。なぜなら,彼らはそれにより,全人類の創造者かつ父であられる全能のエホバ神と,ご自分のあがないの犠牲によって罪と死からの解放を備えてくださった,エホバ神のただひとりもうけられた子イエス・キリストとの指示に従う点で,一体として行動する決心をするようになるからです。

      「一致の完全なきすな」

      6 愛の特質はどのように人類を一致させる要因となりますか。

      6 地上のどこに住んでいようと,その文化あるいは習慣がどんなものであろうと,そしてどんな国家的な背景を持っていようと,神のことばにかたく従う者たちがそうしたことにかかわりなく一致協力する種々の方法をともに考慮してみましょう。イエス・キリストは,神が人間に対して持っておられ,かつ人間が神と仲間の人間に対して持つように要求されている愛に関する良いたよりに言及した際,人類を一致させる強力な一つの要因を指摘されました。イエスはご自分の追随者にこう言われました。「神はその独子を賜ふほどに世を愛し給へり,すべて彼を信ずる者の亡びずして永遠の生命を得んためなり」。(ヨハネ 3:16)人間がこの愛を持つ必要性について,イエスは次のように言われました。「『なんぢ心を尽し,〔魂〕を尽し,思を尽して汝の神〔エホバ〕を愛すべし』これは大にして第一の誡命なり。第二もまた之にひとし『おのれの如く,なんぢの隣を愛すべし』律法全体と預言者とは此の二つの誡命に拠るなり」。(マタイ 22:37-40〔新〕)この種の愛,つまり原則に立脚した愛は,「私はあなたを愛しています」ということ以上のものです。それは他の人に性愛のゆえにひきつけられることではありません。それは,良いたよりに関する神の本,聖書に明確に表現されている最も崇高な原則に基づいています。この愛は人類に対する神の意志と目的が何か,また,人がどのように神のことばの教えに従って一致と融和のうちに行動できるかに関する深い理解を要求します。

      7 この特質は互いの関係という点において,クリスチャンをどのように益するものとなりますか。

      7 クリスチャンが示すよう命令されている,この原則に立脚した愛に関する良いたよりを説明するため,使徒パウロは,神に喜ばれるために人の持つべき態度について,コロサイ書の中でこう述べています。「この故に汝らは神の選民にして聖なる者また愛せらるる者なれば,〔やさしい同情という愛情〕仁慈・謙遜・柔和・寛容を著よ。また互に忍びあひ,若し人に責むべき事あらば互に恕せ,主の汝らを恕し給へる如く汝らも然すべし。凡て此等のものの上に愛を加へよ,愛は〔一致の完全なきずな〕なり」― コロサイ 3:12-14〔新〕。

      分裂を引き起こす慣行から身を守る

      8,9 (イ)エペソ書 5章3-5節に示されているように,不一致の原因にはどんなものがありますか。(ロ)エペソ書 5章3-5節の忠告が会衆のすべての人を一致させるためには,何が要求されていますか。

      8 パウロのことばから容易にわかるように,愛は一致の完全なきずなであり,人々を一体にさせ,一致させ,結合させる結果をもたらします。したがって,個人個人が「良いたより」を通して,口論や論争または言い争いなどをせずに,他の人との共通の益を図りながら働くことができるわけです。そうした人は,たとえば,一致のこの完全なきずなである愛のゆえに,神のことばからの良いたよりと調和した生活を送ります。エペソ書 5章3-5節にしるされている一致のための助言に従う人は,その道徳的な行動によって自分たちが廉潔であろうと努めていることを明らかにします。この聖句の中でパウロはこう言っています。「聖徒たるに適ふごとく,淫行,もろもろの汚穢,また慳貪を汝らの間にて称ふる事だに為な。また恥づべき言・愚なる話・戯言を言ふな,これ宜しからぬ事なり,寧ろ感謝せよ。凡て淫行のもの,汚れたるもの,貪るもの,即ち偶像を拝む者等のキリストと神との〔王国〕の世嗣たることを得ざるは,汝らの確く知る所なり」。〔新〕「良いたより」の追従者すべてがこの忠告に従うなら,その時,一致が見られます。人間の導きにすぎないではないかといって,その忠告を無視する必要はありません。そうではなく,この忠告はご自分の民のために聖霊を通して神が与えられた導きなのです。一致が行き渡るためには,神のことばの良いたよりに追従する世界じゅうのすべての人が,この助言を堅く守らねばなりません。この指令のどの部分に従い,どの部分を無視する,といえるような特典を持つ人間はひとりもいません。エホバに仕えている人たち,また仕えることを望んでいる人たちは,従うべきこと,あるいは従うべきでないことに関して,みずからをその審判者としえないことを一致して認めています。ここに一致のかぎがあるのです。つまり,エホバのまさった地位と,エホバがみことばを通して話されることを認めることです。したがって,すべての人はロマ書 12章3節のパウロの助言を銘記します。「われ与へられし恩恵によりて,汝等おのおのに告ぐ,思ふべき所を超えて自己を高しとすな。神のおのおのに分ち給ひし信仰の量にしたがひ慎みて思ふべし」。つまり,一致は語るところを同じくし,同じ考えの方向に従うことからもたらされるのです。

      9 「良いたより」は,淫行を犯すこと,あるいはどん欲になることを話したり黙考したりしてはならないと忠告しています。卑わいな冗談をいうことがないよう舌に注意し,自分の行動が非難されたり恥をもたらしたりすることがないよう用心してください。なぜですか。習慣,文化,国家的な背景によって不和をもたらすことなく,「良いたより」の関心事に一致して仕えられるためです。

      10 パウロはエペソ人への手紙の中で,さらにどんな注意を与えていますか。

      10 神のことばの良いたよりはさらに,うそをつく,盗みをする,のろいのことばを発するなどのことに関しても注意を与えています。「されば虚偽をすてて各自その隣りに実をかたれ,我ら互に肢なればなり。汝ら怒るとも罪を犯すな,憤恚を日の入るまで続くな。悪魔に機会を得さすな。盗する者は今よりのち盗すな,寧ろ貧しき者に分け与へ得るために手づから働きて善き業をなせ。悪しき言を一切なんぢらの口より出すな,ただ時に随ひて人の徳を建つべき善き言を出して聴く者に益を得させよ」。(エペソ 4:25-29)これらの面において一致した行動が見られるならば,神のことばの良いたよりはエホバに心を込めて仕えようと望んでいる人々に,彼らを建て起こす導きを与えます。

      11 ある人はうそをつくことをどのようにみなしていますか。しかし,虚偽はなぜ不一致をもたらす人たちの道ですか。

      11 今日多くの場所で,政府は他の政府に対してはもとより,自国の民に対してもうそをつくという手段を用いています。ある政府職員はうそをつくことについて尋ねられた時,「みずからを救うためにうそをつくのは」政府国有の権利であると語りました。神のことばは異なった助言を与えています。「各自その隣に実を語れ」。(エペソ 4:25)一致は人々が互いに真実を語る時にのみもたらされるものです。うそをつく人は詐欺師です。どうして虚偽が永続する確固とした基の上に築かれる一致を生みだすことができるでしょうか。それは不可能です。

      12 盗みはなぜ不一致を生み出しますか。

      12 盗みは不和を生み出します。神のことばの良いたよりはそれを非としています。ある実情調査機関によると,会社員が一就労日中に盗む現金と商品は18億円以上に達するということです。盗みをする人がすべて異教徒つまり不信者でありません。その大多数の人がなんらかの宗教に関係しています。そのような人は自分自身をもって法律とし,盗みする者は今よりのち盗みすな,との神のことばからの良い忠告を退けます。一致を生み出すためには,神の祝福と恵みを追い求める人たちの間に,盗みをする者があってはならないと聖書の良いたよりは命じています。

      13 (イ)今日,ののしることはどの程度顕著なものとなりましたか。(ロ)聖書はこの点どんな賢明な忠告を与えていますか。

      13 今日,ののしることは多くの人にとってあたりまえの事柄,生活の仕方として受け入れられています。演劇や映画,それにテレビまでが,いろいろなののしりのことばの犠牲になっています。ひとかどの人物であるなら,あくどいことばを使ったり,毒づくぐらいでなければだめだ,と一般に考えられています。そのようなゆがんだ物の見方をする人は,聖書の忠告や助言を古くさい,時代おくれのものとしてしかみなさず,それを侮べつの念をもって見ます。しかしながら聖書は,人類の間に一致を促進させようと努める者に対し,きたないことばをいっさい口より出してはならないと助言しています。悪態をつく度胸があるからといって,それでその人が“いっぱし”の男や女であるということにはなりません。聖書は,神を喜ばせ,一致を促進させたいと望む人たちが次の忠告に従うよう良い助言を与えています。「終に言はん兄弟よ,凡そ真なること,凡そ尊ぶべきこと,凡そ正しきこと,凡そ潔よきこと,凡そ愛すべきこと,凡そ令聞あること,如何なる徳,いかなる誉にても汝等これを念へ」。(ピリピ 4:8)きたないことばを使う人はみずからをきたない人間にしてしまいます。そうしたことが起こらないよう,ピリピ書 4章8節の忠告に従ってください。一致を促進させるために,神のことばの良いたよりの忠告に従ってください。きたないことばや考えをあなたの思いに満たさせるような事柄をいっさい避けてください。演劇,映画,テレビまた活字が生み出す,いわばくずのようなものを思いに取り入れていると,やがては,くずともいうべき,きたないことばづかいをするようになります。この忠告は聖霊の働きを通して人類の創造者から与えられた,つまり,その聖霊に動かされながら人々が語ったものであることを忘れないでください。

      14 ののしることばを使うこと,敵意のある苦々しい気持ち,怒り,憤り,大声で叫ぶことを避けるなら,どのように一致が生み出されますか。

      14 「良いたより」はさらに別の活動分野においても一致を生み出します。その点に関して,使徒パウロは次のように書いています。「すべての敵意のある苦々しい気持ち,怒り,憤り,大声で叫ぶこと,ののしることばを,すべての悪意とともに,あなたがたから捨て去らせなさい」。(エペソ 4:31)今日の世界はののしることば,敵意のある苦々しい気持ち,怒り,憤りで満ちています。意思表示をするための抗議,暴動,デモ行進その他の活動はすべて,他の人やグループがこういう行為をしたとかしないとかということに関して,不快の念をしばしば痛烈にさらけだします。良いたよりの神聖な宣告の一つを託された弟子ヤコブの忠告はこうです。「人の〔憤り〕は神の義を行はざればなり」。(ヤコブ 1:20〔新〕)神のことばの中にしるされている良いたよりは,憤り,大声で叫ぶこと,ののしることばがクリスチャンの人格の一部であってはならないと助言しています。その代わりに,クリスチャンはこう勧められています。「神の意志にしたがって真の義と忠節のうちに創造された新しい人格を着(てください)」。(エペソ 4:24,新)創造者の是認を欲する人すべてが神からの良いたよりにつき従う時,考えと行動の上での一致は保証されます。したがって,次の助言を与えたヤコブのことばはなんと賢明でしょう。「おのおの聴くことを速かにし,語ることを遅くし,〔憤る〕ことを遅くせよ」― ヤコブ 1:19〔新〕。

      神の王国を支持することにおいて一致する

      15 (イ)クリスチャンの中立はどのように一致を生み出しますか。(ロ)なぜエホバはある国を支持して,他の国を支持しないというようなことをされませんか。

      15 神のことばの良いたよりの忠告に留意する人たちが一致を生みだす分野として,生活の別の面,つまりクリスチャンの中立の立場があります。イエス・キリストはご自分の追随者についてこう明白に言われました。『我の世のものならぬごとく,彼らも世のものならず』。(ヨハネ 17:14)聖書は,「地とそれに充るもの世界とその中に住むものとは皆エホバのものなり」と,はっきり述べています。(詩 24:1)したがってエホバにとっては,地球上の土地に関して国家的な境界などというものはありません。地球が現在のようにさまざまな政治形態に区分されているのは,エホバのなされたことではありません。エホバはある国を他の国以上に尊重したり好意を示したり,他の国を無視して一国だけを支持したりするようなことはされません。こうした区分は「この事物の体制の神」悪魔サタンのしわざです。彼は自分にたった一度の崇拝行為をすれば,この世のすべての王国をイエスに提供しようと言った者です。(コリント後 4:4,新。マタイ 4:8,9)神のことばの良いたよりは,エホバが「一人よりして諸種の国人を造りいだし,之を地の全面に住ましめ」たことを明らかにしています。(使行 17:26)このように,神はご自分に一致のうちに仕えたいと願う者たちに対し,この事物の体制の情勢に関して中立であるように要求されています。そうした一致が行き渡るためには,個人がどこに住んでいようが,どんな国家に生まれついていようが,またその言語,皮膚の色,家系がなんであろうと,地のすべての場所にいる神の民と一致していなければなりません。ここでも,それは不完全な人間が神の律法をどう解釈するかということには依存していません。第一原因とされる全能のエホバ神が,一致とご自分の祝福を得られるよう人間のために定めてくださったことに依存しているのです。

      16 (イ)クリスチャンの立場は中立ですが,そうかといって支配者に対して不従順ですか。(ロ)イエスはこの点に関してどんな導きをクリスチャンに与えましたか。

      16 同時に神のことばの良いたよりは,神の民を特色づける一致のうちに集められる人々すべてが支配者や政府に従順を示すこと,つまり,現存する体制を転覆させるための戦いに携わって,自分たちの一致を砕くような事態を決して起こさないことを明らかにしています。ほかならぬイエスご自身がこう言われました。「さらばカイザルの物はカイザルに,神の物は神に納めよ」。(マタイ 22:21)全地におけるクリスチャンがこの点で従順を示していることは,彼らが考えと行動の上で一致しているもう一つの証拠となります。

      17 マタイ伝 24章14節はどのように真のクリスチャンを一致させる力となりますか。

      17 神のことばの良いたよりが信者を統一させるこうした方法すべてに加えて,神の王国の良いたよりを証のために人の住む全地で宣べ伝えなさいとの,マタイ伝 24章14節の命令に従う結果としてもたらされる一致があります。神のことば聖書からの神の良いたよりのもたらす一致にあずかる人々はまた,それ自体統一をもたらす宣言である神の王国の音信を世界じゅうで宣べ伝えています。その良いたよりは,すべての者が無差別に参加できる一つの共通のわざにおいて,あらゆる人種や国家的背景の人々を一致させる役割を果たしています。

      18 エホバが話し,人間がそれに聞き従う時,どんな結果が得られますか。

      18 こうしてこの20世紀に,統一をもたらす神のみことばの音信は口頭や印刷物によって人々のもとにもたらされています。意見の相違がなければ何も改善できないと人は感ずるかもしれませんが,宇宙の創造者であるエホバ神が話され,地の全域に住むあらゆる身分の人々がそれに聞き従うなら,彼らは意見の相違をきたすことなく,口論することも分裂することもなく一致のうちに働きうると,わたしたちは確信をもって言うことができます。

      19 エホバはご自分の民のために何をすると言われましたか。あなたは何をするよう勧められていますか。

      19 全能の神はミカ書 2章12節〔新〕でご自分の民についてこう言われました。「我之を同一に置て〔囲いの中の〕羊のごとく成しめん」。したがって,「はらから相睦てともにをるはいかに善いかに楽きかな…ヘルモンの露くだりてシオンの山にながるるがごとし そはエホバかしこに福祉をくだし 窮なき生命をさへあたへたまへり」とあるとおりです。(詩 133:1-3)この一致は今や,地球全体の206の国や島々に存在し,明らかに見られています。あなたはそうした全世界にわたる一致にあずかることができます。わたしたちは,みなさんが神のことばと全人類を一致させる良いたよりを人々にもたらすために神が今日用いておられる組織とを詳しくお調べになるようお勧めいたします。

  • 麻薬の乱用に対する主要な身の守り
    ものみの塔 1971 | 8月15日
    • 麻薬の乱用に対する主要な身の守り

      カナダのある若い音楽家は,ひどい状態のところを警官に発見されました。マリファナではもう「刺激」を感じなくなったのでLSDをためしてみたんだ,と彼は警官に言いました。その結果「ひどい旅」をし,その旅のあいだに,「自分が見ていたものを見たくなくて」,指を眼球のあなに深くさし込んだのです。両眼がひどく傷つき,医師は,片方が失明するのではないかと心配していました。

      このようなニュースは少しも珍しくありません。医師も,法律をつくる人たちも,そして大部分の麻薬使用者たちでさえも,LSDとかヘロイン

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