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  • 「福音にふさわしく」生活する
    ものみの塔 1963 | 5月15日
    • ように愛さねばならない。自分の妻を愛する者は,自分自身を愛するのである。自分自身を憎んだ者は,いまだかつて,ひとりもいない。かえって,キリストが教会になさったようにして,おのれを育て養うのが常である。『それゆえに,人は父母を離れてその妻と結ばれ,ふたりの者は一体となるべきである』」。姦淫を犯す夫は妻を愛しておらず,他の女をも愛していません。女に罪を犯させ,神の裁きをもたらす羽目に陥れたからです。―エペソ 5:28-31,新口。

      17 男女はひとつに結ばれます。二人は幸福な結婚を願って何時までも結ばれていなければなりません。これはどのようにして可能ですか。これを可能にする唯一のものは愛です。愛のない結婚はめずらしいことではなく,国によっては夫婦が伴侶となって暮さず,心を通じ合うことも伴侶をわかつこともなく,食事さえ共にしないでいるのが見られます。婦人は伴侶あるいは結婚の契りを結んだ相手としてよりは,召使と考えられているようです。

      18 (イ)クリスチャンの夫に対して,イエスはどんな手本を残しましたか。(ロ)妻に対する夫の愛は具体的にどう表わされますか。

      18 クリスチャンの夫は妻をどのように遇するべきですか。エペソ書 5章25,28節はこれによく答えています。「夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように,妻を愛しなさい……それと同じく,夫も自分の妻を,自分のからだのように愛さねばならない」。(新口)イエスは会衆のクリスチャン兄弟に対して忍耐強く,思いやり深く,親切でした。イエスは喜んで一緒に時を過し,神の国のすばらしい事を語り合いました。パレスチナの一般の人々に「福音」を宣べただけでなく,イエスは忠実な弟子たちと多くの時を過し,真理を教えました。また最後には,会衆が救われて永遠の生命を得るため,ご自分の人間の生命を捨てたことに,イエスの大きな愛が表わされています。夫は妻にこのような愛を示すべきです。夫は妻と共に楽しむことを知らなければなりません。夫は妻が永遠の生命を得ることを望むゆえに,「福音」によって自分の学び知った新しい世の生命のすばらしい希望を,機会をとらえては妻と話し合うことでしょう。夫と妻の両方が福音を受け入れたとしても,二人はこれらの事柄を何時も話し合って互の信仰を強めます。

      19 クリスチャンの夫は家族に対してどんな二通りの責任がありますか。

      19 妻と子供の生活を立てるのは,夫の務であり責任です。「もしある人が,その親族を,ことに自分の家族をかえりみない場合には,その信仰を捨てたことになるのであって,不信者以上にわるい」と聖書は述べています。(テモテ前 5:8,新口)しかしキリストの会衆に対すると同じく,夫は生活を立てるのに加えて家族のために心の糧を備えなければなりません。

      20 クリスチャンの親は子供の将来のために何をしますか。それはどんな結果になりますか。

      20 お子さんをお持ちですか。その将来に備えて何をしてやりたいとお考えですか。安定した経済的,社会的地位を得るために,よい学校にやることですか。それはいちばん肝要なことではありません。結婚はエホバの始められたものであり,胎の実すなわち子供たちはエホバの賜物です。この事実を認識し,エホバを愛する親は,子供が成長してエホバに仕えるようになることを望むでしょう。(詩 127:3)ゆえにクリスチャンの親は,幼い時から子供に正しい振舞を教え,聖書を学ばせ,「福音」を伝道することを教えます。そのすべては神の栄光のためです。「父たる者よ。子供をおこらせないで,主〔エホバ,新世〕の薫陶と訓戒とによって,彼らを育てなさい」。この言葉通りにすれば,子供は長じて霊的に強くなり,世の誘惑に耐え,信仰とよいわざに富んでエホバにほまれとなり,両親のほまれともなります。―エペソ 6:4,新口。

      21 クリスチャンの妻は夫に対する愛をどのように示しますか。

      21 このすべてにおいて,妻はかしらである夫を愛の気持ちで盛り立てています。「女のかしらは男」という神の定めに従って夫と協力することが,夫に対して愛を表わす道です。(コリント前 11:3,新口)家族そろって聖書を学び,一緒に集会に出席して神の民と交わり,「福音」の伝道にも力を合わせるならば,主人も妻も子供も一家が愛と喜びに成長します。「〔神の〕御国の福音」を十分に理解するとき,誠実な人は聖書の原則通りに家庭生活を送ろうと努力するでしょう。

      22 (イ)聖書によれば,結婚を解消させ,離婚を許す唯一の理由は何ですか。(ロ)結婚の重大さを考える時配偶者の選択にあたってどんな助言に従うべきですか。

      22 しかし宗教あるいは他の事で二人の考えが違うために,家庭生活が余りうまくゆかない場合,どうしますか。離婚して結婚関係を解消し,自分の好きな別の相手と結婚できますか。聖書によれば,自由に離婚することはできません。国の法律はおり合いの悪い夫婦あるいは現在の婚姻関係を解消して別の人と結婚したいと望む夫婦の離婚を認めるかも知れませんが,聖書によれば離婚の許される理由はただひとつ,すなわち結婚関係を本当の意味で解消させる姦淫だけです。イエスは次のように述べ,この事を明らかにしました。「そこでわたしはあなたがたに言う。不品行〔すなわち姦淫〕のゆえでなくて,自分の妻を出して他の女をめとる者は,姦淫を行うのである」。(マタイ 19:9,新口)姦淫を犯す不貞な配偶者は,自分の正式な配偶者以外の者と,一体になります。貞節なほうの配偶者が姦淫を犯した自分の配偶者を許して以前と同じく結婚生活をつづけることはさしつかえありませんが,姦淫の理由によって離婚を選ぶならば,それは自由であり,ほかの人と再婚できます。その場合結婚の絆は聖書的にも法律的にも解消されるからです。結婚の絆を永続させるには愛と理解が必要です。そのことを考えて,献身したクリスチャンは,「主にある者」とのみ結婚せよと述べた聖書の賢明な助言に従います。―コリント前 7:39,新口。

      23 分裂した家庭において,クリスチャンの配偶者は何をしようと努めますか。

      23 宗教などの問題で家庭が二つに割れているとき,結婚の重大さを知るクリスチャンの配偶者は,なんとかして不和の状態をなくそうと努めるでしょう。不信者の配偶者と別居することを求めず,忍耐と親切を示して,配偶者を救おうとできるだけのことをします。―コリント前 7:10-16。

      24 「福音」は家族に何を挑むことがありますか。この挑戦に正しく応ずることは何に導きますか。

      24 「福音にふさわしい」行いとは,福音を他の人に語り,神に仕えると公言することだけではありません。それは「新しい人」になることから何時でもおのずと外に表われるもので,当然,家庭においても,夫が妻に,妻が夫に,親が子供に,子供が親に対して示すべきものです。社会一般のしきたりのため,あるいは他の理由で聖書のこれらの要求にかなっていない家庭の場合,聖書の教えを聞くと,聖書はある意味で挑むものとなります。必要な変革をなし遂げますか。そうすればエホバから豊かに祝福されることは間違いありません。エホバは結婚の創始者であり,従順な人に対しては新しい世において永遠の生命を与えます。

  • 本当の隣人愛を示す行い
    ものみの塔 1963 | 5月15日
    • 本当の隣人愛を示す行い

      1 クリスチャンが人々の間で正しい行いをすることは,なぜ大切ですか。

      「福音にふさわしく」生きるのは,家の中また家庭内のことだけではありません。何をするにしても,何時でも,だれと接する時にも,それは言えることです。ペテロ前書 2章12節にも「異邦人の中にあって,りっぱな行いをしなさい。そうすれば,彼らは,あなたがたを悪人呼ばわりしていても,あなたがたのりっぱなわざを見て,かえって,おとずれの日に神をあがめるようになろう」(新口)と教えられています。行いに注意しなければならない理由がこれで分かります。それは人々が私たちのりっぱな行いを見て,神をあがめるよう

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