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神の主権を認めることには益があるものみの塔 1975 | 9月1日
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かつては熱心なカトリック教徒であった,アルゼンチンに住む若い女性ドーラに生じたのはまさにそのことでした。彼女の結婚生活は楽しくまずまず幸福なものではありましたが,霊的な必要は満たされていませんでした。正義と平和を求めて,共産主義青年運動と世界平和擁護委員会の活動に4年間携わりました。そんなある日,ドーラは手にした一冊のクリスチャン・ギリシャ語聖書(新約聖書)を読み始めました。イエスのことばに深い感銘を受けた彼女は,祈りのうちにエホバ神に近づき,聖書の勉強をしたいのでエホバの証人の助けを差し向けてくださいと頼みました。「今日彼女は,真の平安と喜びに満ちた生活に導いてくださったエホバに,深く感謝しています」と,アルゼンチンからの報告は述べています。
聖書が人をりっぱな行動へと動かす別の理由は次のことにあります。つまり聖書を読むと,神が人類を扱われる方法と,人類に対する神の目的とが分かるからです。例えば,真理に飢え渇いている人々は,人生の目的や,人間の歴史が波乱に満ちている理由などを聖書研究を通して知り,将来に対する確固とした希望を持つよう助けられます。夫と娘が不慮の死を遂げたトルコに住むある婦人の例は,希望を与える聖書の音信がいかに迅速に人を助けるかを物語っています。
「前途になんの希望もなくなってしまったため,この婦人は病気になり,体をまっすぐに伸ばして歩けないほど弱くなってしまいました。
「そんなある日,八百屋の店先で,エホバの証人が,神について,また聖書が差し伸べる[死者の復活の希望を含む(使徒 24:15)]希望や慰めについて語っているのを耳にしました。婦人はその場でエホバの証人に自分の住所を教え,やがて聖書の勉強を始めました。
「真理に関する知識に進み,霊的な力を得るにつれ,婦人の健康は目に見えてよくなっていきました。今では再びまっすぐに立って歩けるようになり,喜びに輝くその表情には,神のことば聖書を勉強することによって得た希望が満ちあふれています」。
近年,世界じゅうの幾百万もの人々が,神の主権を認めることにより,幸福と満足と希望を見いだしてきました。どうすればそうなるのかを,ご自身で直接お調べになってはいかがですか。エホバの証人は,お宅で,あるいは他のご都合のよい場所で,あなたが聖書の勉強をなさるのを,喜んで無償でお助け致します。
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思いがけない祝福ものみの塔 1975 | 9月1日
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思いがけない祝福
● アフリカのある国でのこと,エホバの証人の地域大会の終わった日に暴動が起きました。ひとりの新しい証人が家に帰ってみると,兵士と裁判官が彼を待ち受けていました。彼は暴動を起こした政党に以前,属していたのです。暴動の間何をしていたかが尋ねられ,彼はエホバの証人の地域大会に出席していたことを告げました。しかしそれだけでは不十分でした。彼らは証拠を求めたのです。兵士たちの同伴のうえで証人は大会のプログラムを取って来ることを許されました。プログラムの全部が読まれたのち,しゅう長は彼を無実であると宣言し,伝道活動を続けるようにと励ますことさえしました。これを見た村人たちは,「あなたが祈りをささげている神は生きている神だ」と言って驚嘆しました。この証人は大会に出席したことをどんなにか感謝したことでしょう。
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