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  • 告げる者の足はうるわしい
    ものみの塔 1964 | 5月15日
    • を脱ぎ捨て,永遠の王エホバ神と結ばれた組織にふさわしく美しい衣を着けます。これは大いなるバビロンが倒れた確かな証拠です。

      「あなたの神は王となられた」

      13 (イ)この解放はどなたの力によってもたらされましたか。(ロ)ご自身の民を解放することに対するエホバのお考えを,イザヤはどのように述べていますか。

      13 シオンの霊的な子たちの地上に残れる者は,金を出して,あるいは敵と妥協して解放されたのではありません。全能の神が大いなるクロスである王イエス・キリストを用いて彼らを解放したのです。大いなるバビロンに対する勝利を得たのは神とキリストでした。神は解放される前のご自身の民の状態をごらんになり,預言的にこう言われました。「エホバ宣はくわが民はゆえなくして俘れたり,されば我ここに何をなさん,エホバ宣はく彼等をつかさどる者さけびよばはり,わが名はつねに終日けがさるなり。この故にわが民はわが名をしらん,このゆえにその日にはかれらこの言をかたる者の我なるをしらん,我こゝに在り」― イザヤ 52:5,6。

      14 解放されたシオンのすえの残れる者が抱いた深い認識は,どのように示されましたか。

      14 昔のイスラエルの場合と同じく,大いなるバビロンはシオンのすえの霊的な残れる者をふみつけたとき,叫び呼ばわり,彼らの神の名を汚しました。そして「汝の神エホバはいずこにあるや」と叫んで残れる者を嘲笑しました。しかし1919年,エホバは宗教的な圧制者の手から残れる者を救い,解放者であるご自身の御名に栄光を加えられました。以来彼らは以前にもましてエホバを知り,その無比のみ名を知るようになったのです。シオンのすえの残れる者はエホバを深く知るようになったため,1931年,全世界において採決された決議によって「エホバの証者」の名を受け入れました。エホバは「その日」にこの事が起こると言われました。1919年以来おとずれたその日に,この事は起きています。それはエホバの言だからです。

      15,16 解放に関するイザヤの預言のどの部分にこんど注目しますか。それはなぜ大切ですか。

      15 さてイザヤ書 52章の預言を読むと,バビロンにおける神の民の虐待ではなく,シオンすなわちかつて聖なる山の上にあったエルサレムの荒廃の状態に読者の注意がむけられます。山のかなたを見ると,近づいてくる者があります。それは荒廃したシオンにつかわされた者です。イザヤは預言的な意味を含めてこの使者を次のように描写しました。「よきおとずれを伝え,平和を告げ,よきおとずれを伝え,救を告げ,シオンにむかって『あなたの神は王となられた』と言う者の足は山の上にあって,なんと麗しいことだろう」。(イザヤ 52:7,新口)それは解放の良いおとずれを告げる神の使者です。

      16 平和を告げ,救いを告げ,神が王となったことを告げる良いたよりが,荒廃したシオンにもたらされました。この事を告げる者の足はシオンにとって何とうるわしく見えたことでしょう。神が王となったという事は,奴隷の主人バビロンが倒れ,紀元前537年クロス大王によって捕われのイスラエル人に崇拝の自由が与えられたという事にほかなりません。

      17 解放を告げる使者が喜んで迎えられた時として,ほかにどんな時がありましたか。

      17 何世紀ものちの使徒時代,シオンの霊的な子らの残れる者に遣わされたクリスチャンの使者の足も,同じくうるわしいものに見えました。(ロマ 10:15)しかしうるわしい足をした使者はとくに1919年以降ふたたび遣わされ始めました。その年シオンのすえの残れる者にとって,彼らの足は何とうるわしく見えたことでしょう。それは残れる者がその神エホバの御国を愛し,御国を宣べ伝えるために自由を求めていたからです。彼らは全世界に神の国を宣べ伝える神の見える組織が再建されることを願っていました。

      18 解放を告げる現代のたよりの中には,どんな良いことが含まれていますか。

      18 この良いたよりは昔シオンにもたらされた良いたよりに相当するものです。この良いたよりは大いなるバビロンの倒れたこと,異邦人の時の終った1914年以来治める大クロス,イエス・キリストが大いなるバビロンを倒して,シオンのすえの残れる者に解放の布告を出したことをも告げていました。大いなるバビロンに捕われていた残れる者は勝利の支配者の下に来たのです。良いたよりは地上に良いものが到来すること,神の地上の組織が再建されて神への奉仕のためにその状態が改善されること,宮の成員すなわち象徴的な「生ける石」が以前よりも清い崇拝を,唯一の生ける真の神にささげるために建てられることを告げていました。大いなるバビロンの倒れたことは,彼女が少なくとも残れる者に対してはもはや支配者ではなく,彼らの王,シオンの王が治めているという証拠です。神は王となり,大いなるバビロンのかつて支配した地をも治めています。それでいま神の国を全地に宣べ伝えなければなりません。それは他の人々に解放を告げる音信となります。

      喜び

      19 シオンの見張りの喜びがシオンの捕われの子たちの喜びをどのように反映しているかを説明しなさい。

      19 70年の荒廃ののち,捕われていた子たちを取り戻し,再びその神エホバの崇拝者のみちる都となったシオンは,大きな喜びを得ます。その霊的な利害を見守るシオンの見張りの喜びは,シオンの喜びを反映しています。捕われの人々を連れ戻し,道みち彼らを支えたのはどなたでしたか。それはエホバです。それは明らかにエホバであるゆえに,捕われの人々がエホバの見えない導きの下にバビロンを出てシオンに近づき,見張りの目の届くところに来るとき,シオンの見張りはエホバを目のあたりに見,目と目と相見たかのようになります。イザヤの預言(52:8)は荒廃のシオンにむかって述べています。「なんぢが斥候の声きこゆ,かれらはエホバのシオンに帰り給ふを〔その捕われの子らを導き帰ることによって〕目と目とあひあはせて視るが故に,みな声をあげてもろともにうたへり」。

      20,21 解放は明らかにエホバのみわざであるゆえに,解放された人々は何をますます重要視しましたか。そこで彼らは1931年に何をしましたか。

      20 1919年以降,シオンのすえの残りの子らを神の自由の「女」シオンに導き帰したのは,大いなるクロスつまり即位したみ子イエス・キリストによるエホバのみわざです。エホバのクリスチャン証者の統治体はこの事実を目ざとく認めました。これら霊的なものみはみな喜び,大いなるバビロンの捕われからぞくぞくと戻る人々を見て喜び歌いました。霊のことを悟る彼らの目は憐れみにみちたエホバの目と相みて,エホバがこの解放をもたらしたことを知るゆえに,解放された人々の見える組織の中でエホバはますます崇められました。当然のことながらエホバのみ名は,み子イエスの名よりも高められ,エホバはみ子イエス・キリストよりも崇められました。すべての非難を一掃して崇められるべきものは,エホバの宇宙至上権だからです。すべての生ける者の前におかれた最大の論争はエホバの宇宙至上権でした。

      21 そこでエホバによってシオンのすえの残れる者が事実上解放された1931年に,彼らは名前だけのクリスチャンから自らを区別するためにエホバの証者という名を受け入れました。―イザヤ 43:10-12,21; 44:8。

      22 イザヤの記録したエホバ神のどんなご命令をはたすことが,解放された神の民の責任になりましたか。

      22 捕われのシオンの子らがエホバによって導き帰されたゆえに,シオンとそのまわりの様子は一変しました。シオンに関係あるものはみな喜び,美しさをおび,喜びをあらわすことができました。慰められた民,あがなわれた組織に告げられたイザヤ書 52章9,10節の言葉は神のみわざに感謝すべきことを告げています。「エルサレムの荒廃れたるところよ声をはなちて共にうたふべし,エホバその民をなぐさめ〔再びご自身のものとするために〕エルサレムを贖ひたまひたればなり,エホバそのきよきみ手をもろもろの国人の目のまへにあらはし給へり,地のもろもろの極までもわれらの神のすくひを見ん」。

      23 エホバの民は大いなるバビロンから解放されたことをどのように証明しましたか。

      23 1919年,エホバは心をいためた残れる者を解放し,慰めることによって,大いなるバビロンをはじめ諸国民の目のまえにご自身のきよいみ手をあらわされました。忠実な残れる者はそのとき以来クリスチャン証者として地のはてにまで行き,1914年から天で支配しているメシヤの国の福音を伝道して,神の民が大いなるバビロンから解放された事実を知らせました。彼らが大いなるバビロンになお捕われていたならば,その事は不可能であったに違いありません。今年1964年に御国の音信は,この慰められ,あがなわれたシオンのすえの残れる者の監督下に194ヵ国に宣べ伝えられています。彼らがあらゆるところに神の国を伝道して自由に活動していることは,エホバが彼らを解放した証拠です。こうして「地のもろもろのはて」は,神の民に施された神の救いを実際に見ました。神は解放を告げる使者として彼らをお用いになっています。

      24,25 (イ)解放を告げる使者として用いられるため,エホバの民は何から離れることが必要でしたか。(ロ)この事は大いなるバビロンに関して何を証明しましたか。バビロンから離れることはどのように行なわれましたか。

      24 崇拝の自由を愛する全地の人々に解放を告げる使者として用いられるために,1919年以来シオンのすえの残れる者は,大いなるクロス,イエス・キリストを通して神から与えられた解放の音信をまず自ら実行に移すことが必要でした。それでイザヤ書 52章11,12節の述べる神のご命令に従わなければなりません。「なんぢら去れよされよ,かしこをいでて汚れたるものに触る勿れ,その中をいでよ,エホバの器をになふ者よ,なんぢら潔くあれ なんぢら急ぎいづるにあらず はしりゆくにあらず,エホバはなんぢらの前にゆきイスラエルの神はなんぢらの軍後となり給ふべければなり」。

      25 このような命令が出され,それに従った行動がとられるには,大いなるバビロンがまず倒れ,その征服者大いなるクロスが解放の布告を出さなければなりません。大いなるバビロンは倒れました! それゆえにシオンのすえの油そしがれた残れる者は1919年以来大いなるバビロンを去ることを始め,いまではその全部が集められています。彼らは汚れたものにふれることを望まず,汚れたものの中に留まることを望みません。むしろその神エホバの前に清く,汚れのない崇拝をするために,宗教的に清くなることを望んでいます。彼らはバビロン的な宗教のならわしと伝統,悪鬼の教えを携えることなく,エホバ崇拝の清い器を携えました。それは紀元前607年にエルサレムの滅びたとき,バビロニア人がエホバの宮から盗んだ聖なる器によって表わされていたものです。この世の革命のような混乱を伴うことなく,彼らは神の導きの下に神権的な秩序をもって大いなるバビロンから出ました。エホバは彼らの前にゆき,後をつける敵を防いで彼らのしんがりとなられたのです。このゆえに今日彼らは大いなるバビロンのそとにいます! 1964年のいま彼らは解放を告げる自由の使者としてここにいます!

      26 解放された残れる者にいまだれが加わっていますか。神に自由に奉仕したいという願いを表わして,その人々はいま何をしていますか。

      26 しかも残れる者だけではありません! 解放をもたらす神の国の福音を,残れる者が大胆に宣べ伝えた結果,「地のもろもろのはて」はシオンと,その霊的な子たちの残れる者に施された神の救いを見ました。紀元前537年,ユダヤ人の残れる者がバビロンを出たとき,7537人に上る奴隷と歌うたう者がユダヤ人の残れる者と行動を共にしました。それと同様なことが今日にも見られます。「地のもろもろのはて」の「大ぜいの群衆」が霊的イスラエルの忠実な残れる者に施された神の救いを見,崇敬の念にみたされて,解放をもたらした栄光の神の崇拝に転じました。そして霊的イスラエルの残れる者と共に大いなるバビロンを離れてその汚れから全く身を清め,エホバ神の清い,聖なる崇拝のために勇気をもって献身しました。(エズラ 2:64,65。ネヘミヤ 7:66,67。黙示 7:9-17)崇拝の自由を享受するようになったこの人々は残れる者と共に解放を告げる使者として自分をささげ,神の是認を得て遣わされました。

      27 解放のわざはあとどれだけの間つづけられますか。だれのためにこのわざは行なわれますか。

      27 倒れた大いなるバビロンには,恐ろしい滅びが迫っています。その中に留まる者は大いなるバビロンの罪にあずかって共に滅びるでしょう。大いなるバビロンはエホバに対して罪を犯しました。エホバのみ手によって大いなるバビロンが滅ぼされるまで,なすべき解放のわざがあります。いまなおその中に捕われ,唯一の生ける真の神を崇拝する自由を求めるすべての人のために,このわざをしなければなりません。これらの人々の目は,良いおとずれを告げる者のうるわしい足を見ることを望んでいます。残された時は短いのです。ゆえに解放を告げる自由の使者である皆さん,宣べ伝えるために働こうではありませんか!

  • 聖霊に満たされて大胆に神の言を語る
    ものみの塔 1964 | 5月15日
    • 聖霊に満たされて大胆に神の言を語る

      ― 1964年度エホバの証者の年鑑から

      アルゼンチン

      最高伝道者数: 9,754

      人口: 20,956,000

      比率: 2,148人に1人

      新築のベテル・ホームと支部事務所は,監督や特別開拓者の勉強の場所ともなりました。すでに135人が御国宣教学校の課程を終えましたが,学生のすべては,ベテルの家族と共に過し,特別の訓練を受けた事を喜んでいます。また,訓練を受けた監督たちは,自分自身,および伝道者一人一人の円熟さの必要を一層強く認識するようになりました。ある会衆では,4月に,伝道者80人のうち20人が休暇開拓奉仕をしました。このように会衆の4分の1もの人が一度に開拓者になったのは,会衆の僕の率先によります。アルゼンチンにおいても,家庭聖書研究をする人の多くが,御国伝道者の招きにこたえて,伝道し,教える仕事に参加するようになりました。それゆえ,伝道者の数は,前年度に比べ10パーセント増加しました。昨奉仕年度中に,エホバの証者がこの地で証言に費した時間は1,748,683時間に上り,最大の証言が行なわれた事になります。平均して,毎週9,213の聖書研究が司会されました。支部の僕から送られた経験のうちいくつかを次に紹介します。

      「さあ,前に主の言葉を伝えたすべての町々にいる兄弟たちを,また訪問して,みんながどうしているかを見てこようではないか」というパウロの言葉どうりに語った3人の開拓者の姉妹には,大きな報いがありました。その経験は次の通りです。

      3人の任命地から4時間ほど離れた村に,数人の予約者がいましたが,それまでは手紙によって多少の連絡がとられていただけでした。3人の姉妹はこの人々をもっと助ける事を考え,村まで遠出をしました。3人がとくに心にとめていた予約者の一人は,開拓者が訪ねて来た事を非常に喜び,数日の間一緒に伝道し,12時間働き,予約を1つ得,28冊の雑誌を配布しました。

      しかし,「羊」に愛をもたない偽りの羊飼は,旧来の否定的な態度でこれにこたえようとしました。すなわち「羊」をおどそうとしました。しかし,なんの効果もありません。拡声器をつけた自動車が村を回り,証者の話を聞かないようにと宣伝されたにもかかわらず,20以上の家庭聖書研究が始まり,その日曜日,村で初めて開かれた「ものみの塔」研究会には,17人もの人々が出席しました。しかも,出席者のすべてが討議に参加しました。

      4年ほど前,V ― 町のバスの停留所にいた一人の婦人は,いかにも不安気に,世界の終りが来る

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