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  • りっぱな羊飼いとその方の「この囲い」
    ものみの塔 1984 | 5月15日
    • イスラエル人は,イエスからよその者と断定された人々でした。彼らは,任命された「戸口番」からエホバのメシアなる羊飼いとしては紹介されませんでした。その戸口番とはヨハネであり,そのもとへイエスご自身バプテスマを受けるために来られたのです。この点でイエスに誤りはありませんでした。(マタイ 3:1-7。マルコ 1:1-7。ルカ 3:1-9)イエスは,ご自分が民の霊的な羊飼いとしてエホバから民のもとに遣わされた者であることを明らかにして,不正直な羊飼いたちを暴くことをよしとされましたが,それには民を守るという目的がありました。

      りっぱな羊飼いのもとにある新しい囲い

      13 神はご自身の羊の囲いに関してどのような変化をもたらされましたか。

      13 当時も今日も重要なことは,人が正しい羊の囲いに入ることです。それは,エホバ神の是認される羊の囲いに関して変化があり得ることを示唆するものでしょうか。そのとおりです。イエスがヨハネ 10章でさらに述べておられることも,歴史の事実が示していることも,神が律法のもとにあるイスラエル人の羊の囲いを新しい囲いに換えようとしておられたことを示しています。イエスの言葉をさらに続けますが,どうぞその点に注目してください。

      14,15 ヨハネ 10章7-10節でイエスが新しい羊の囲いに言及されたことはなぜ明らかですか。

      14 ヨハネ 10章7節から10節にはこのように記されています。「それゆえイエスは再び言われた,『きわめて真実にあなた方に言いますが,わたしは羊の戸口です。わたしに代わって来た者はみな盗人であり,強奪者です。しかし羊は彼らの言うことを聴きませんでした。わたしは戸口です。だれでもわたしを通って入る者は救われ,その人は出入りして,牧草地を見つけるのです。盗人は,盗み,打ち殺し,滅ぼすためでなければやって来ません。わたしは,彼らが命を得,しかも満ちあふれるほど豊かに得るために来ました」。

      15 この句で,イエスがご自分のことを,いま言及している羊の囲いの戸口として語っておられることに注目してください。その戸口は,至上の羊飼いエホバ神のその羊の囲いに入るための戸口です。イエスは,生来のイスラエルの羊の囲いに入るための比喩的な戸口ではありませんでした。イエスご自身はユダヤ人の処女マリアから誕生したことによって,その国民の中に生まれたからです。イエスは,イスラエル国民をエホバ神との専一的な関係に入れるものとなった律法契約の戸口のような仲介者ではありませんでした。エホバ神がイスラエル国民に対して,「わたしは,地上のすべての家族のうちただあなた方だけを知った」と言われたのは,イエスが地上に誕生するずっと前のことでした。(アモス 3:2)エホバ神の真の従属の羊飼いは,ユダヤ人の象徴的な羊の囲いの中から,ご自分の羊の群れの最初のものを呼び出し,それらの羊を特別の霊的な牧草地に導き入れることになっていました。ですからイエスは,りっぱな羊飼いであるご自分が別の意味で戸口となっている新しい羊の囲いについて語り始められたに違いありません。

      16 (イ)エホバが新しい羊の囲いをお持ちになる予定だったことは,以前からどのように示されていましたか。(ロ)イエスは新しい羊の囲いが存在する予定であることをどのように示しましたか。

      16 イエスの羊のような弟子になることを拒んだこれらのユダヤ人たちは,自分たちの羊の囲いこそエホバ神が意図しておられた唯一のものであり,それは定めのない将来に至るまで存続しつづけるはずだと考えました。彼らは,エホバ神がエレミヤ 31章31節から34節の預言にしたがって確立すると約束しておられた「新しい契約」を考慮に入れなかったのです。この契約はエホバ神との新たな関係ができること,したがって新しい比喩的な羊の囲いができることを意味しました。イエス・キリストは,廃れたものとなり,もはやエホバの保護の壁に囲まれていない羊のおりの戸口ではありませんでした。(ヘブライ 8:7-13)ユダヤ人の弟子たちと最後の過ぎ越しを祝った晩のこと,イエスは過ぎ越しのぶどう酒を弟子たちに与えた際に重要な意味をもつ言葉を語られました。そのぶどう酒に象徴的な意味を付与し,こう言われたのです。「この杯は,わたしの血による新しい契約を表わします。それはあなた方のために注ぎ出されることになっています」。―ルカ 22:20。マタイ 26:27-29。

      17,18 (イ)イエスがりっぱな羊飼いとなっておられるこの新しい羊の囲いとは何でしたか。(ロ)どのようにイエスをこの新しい囲いの戸口にもなぞらえることができましたか。

      17 イエス・キリストは,モーセの律法契約のもとにある生来のイスラエル人のためにあった以前の羊のおりに取って代わることになっていたもの,つまり永続する羊のおりの戸口となるはずでした。イエスは,死者のうちから復活して40日後,ご自分の弟子たちを地上に残して天に上られたとき,ご自分の完全な人間の命の権利を依然として保持しておられました。その権利をイエスは,肉におけるいかなる罪によっても失いませんでした。(イザヤ 53:3-12。使徒 8:30-35)そのためイエスには,仲介者として仕えるための,またご自身の血によって象徴されるこの命の権利を地上の弟子たちのための新しい,より勝った契約の締結に適用するための用意が整いました。イエスはこれを,遅くとも西暦33年のペンテコステの日までに行ないました。その時,エルサレムで待機していた従順なユダヤ人の弟子たちの上に聖霊が注ぎ出されたのです。

      18 こうしてこれらの弟子たちは,新しい契約に入れられ,新たな羊のおりが存在するようになりました。そのおりは,イエス・キリストの血によって締結された新しい契約を基とするエホバ神との関係にかかわるものでした。この新たなおりの中の象徴的な羊はエホバの霊によって生み出され,その霊によって油そそがれました。イエス・キリストは,このおりの戸口であり,同時にこのおり,つまり囲いの中にいる羊に対するエホバの任命されたりっぱな羊飼いでした。

      19 ゼカリヤ 13章7節はどのような方法で成就しましたか。

      19 イエスが逮捕され,墓の中で死んでいた足かけ三日のあいだ,イエスはご自分の羊のような弟子たちの世話を,至上の羊飼いであられるエホバ神に全面的に委ねなければなりませんでした。その時,ゼカリヤ 13章7節のエホバのお告げが成就しました。つまり,「牧者を打って,群れのものたちを散らせ。わたしは必ず,取るに足りない者たちの上にわたしの手を戻す」というお告げです。全能の羊飼い,エホバのみ手は,これらの取るに足りない弟子たちの上に戻され,その後弟子たちは復活させられた従属の羊飼いであるイエス・キリストに再び引き渡されることになりました。―マタイ 26:31,32。

      20 ヨハネ 10章16節は,別の囲いがこれから生ずるという期待をどのように起こさせていますか。わたしたちがそれに関心を持つべきであるのはなぜですか。

      20 しかし,りっぱな羊飼いのもとにあるこの新しい羊の囲いを念頭においた上で,「わたしにはほかの羊がいますが,それらはこの囲いのものではありません。それらもわたしは連れて来なければな(りません)」という,ヨハネ 10章16節のイエスの言葉に注目してください。この言葉は,イエスがりっぱな羊飼いとして仕えてくださる別の第二の囲いのことを示しているのではないでしょうか。そうだとしたら,それはいつ存在するようになり,その中にいる羊とはだれのことでしょうか。これらは非常に時宜にかなった質問であり,その答えは,あなたの希望と永遠の見込みに直接関係があります。それでこの問題を調べてみましょう。

  • 「ほかの羊」のための近年のおり
    ものみの塔 1984 | 5月15日
    • 「ほかの羊」のための近年のおり

      「わたしにはほかの羊がいますが,それらはこの囲いのものではありません。それらもわたしは連れて来なければならず,彼らはわたしの声を聴き,一つの群れ,一人の羊飼いとなります」― ヨハネ 10:16。

      1 霊的イスラエルの羊の囲いに関して,西暦36年に新たにどんな事が生じましたか。

      西暦33年のペンテコステの日に霊的イスラエルの新しい羊の囲いがもたらされたことに伴って,モーセの律法契約のもとにあった生来のユダヤ人のための以前の羊の囲いは,目的を果たしたものとして過ぎ去りました。その3年半後,ローマ人の百人隊長コルネリオと,信仰を持つその家族および友人たちがカエサレアで転向し,バプテスマを受け,霊によって油そそがれました。

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