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エホバは「十分な報礼」をお与えになるものみの塔 1978 | 6月1日
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はエホバを自分の神として選びました。そしてエホバは大いなるあわれみをもって,その謙そんな女がメシアの家系の一環となることをお許しになって,「十分な報礼」をお与えになりました。―マタイ 1:3-6,16。ルカ 3:23,31-33。
25 神がルツにお与えになった「十分な報礼」を考えるとき,わたしたちはどんな影響を受けるはずですか。
25 確かに心ある人には,神が忠節なルツに「十分な報礼」をお与えになったということに心を動かされ,エホバの存在と,「ご自分をせつに求める者に報いてくださること」に全き信仰と確信を抱いてエホバに近づくはずです。(ヘブライ 11:6)そうです,ルツ記は,エホバがご自分に献身的に仕える者たちのために行動する愛の神であることを描いたものです。また,神の目的が決して失敗に終わらないことを証明するものでもあります。したがってわたしたちは,ダビデと同じ精神を持つことができます。また持たねばなりません。ダビデはそれを次のように表明しました。「わたしたちはあなたの救いゆえに喜びに満ちて叫びます。そして,わたしたちの神の名においてわたしたちの旗を掲げるでしょう。エホバがあなたのすべての願いを成就してくださいますように。今,わたしは確かに知りました。エホバはご自分の油そそがれた者を必ずお救いになることを。ご自分の聖なる天から彼にお答えになります。ご自分の右手の力強い,救いのわざをもって」― 詩 20:5,6,新。
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あなたは独りだけの時間を大切にしますかものみの塔 1978 | 6月1日
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あなたは独りだけの時間を大切にしますか
その人は自分独りだけの時間を大切にする人でした。修道院の世捨て人や隠遁者だったというのではありません。そうではなく,その人はよく知られた人物で,ほとんど毎日のように群衆の目にさらされていました。その人は教師でした。その人物に関してわたしたちが知っている記録によると彼はかつて地上に生存した人のうちで最も偉大な教師でした。その人は絶えず自分を惜しみなく与える生き方をしましたが,同時に,独りだけになる時間を注意していくらか持てるよう努めました。
その人は,人が精神的深さや強い自信を身に着けるためには自分独りになる時間,つまり考えたり,思案黙想したり,熟考したりする時間が必要であることを知っていました。その上非常に信仰の深い人であったので,その人は祈りの必要を知り,意識していました。しばらくの間,仲間の人々から離れるということは,神のみ前にあって自分の奥深いところを自らさぐり,そして天の父に近づく機会が得られることを意味しました。
その人は聖書の完全な知識を含む深い精神的能力を持っておられたので,たとえ長期間にわたって独房に監禁される苦しみをこうむられたとしても,ご自分の特質の面で平衡を保ち,強い自信を維持することができたに違いありません。その人に関する記録の様々な翻訳aによると彼は「砂ばくに退き」,「人目につかないさびしいところにとどまって祈られた」と述べられています。他の記述では「夜の明けるずっと前」彼は「祈りに専念するため」さびしいところへ「独りで立ち去られた」と述べています。―ルカ 5:16。マルコ 1:35。
その人はイエス・キリストでした。群衆が絶えず押し寄せ,また自分の親しい仲間との密接な交わりがあったにもかかわらず,イエスは自分独りになる時間を少しでも持てるよう工夫されました。
あなたは“独りになるのを好む人”ですか
あなたはどうですか。自分独りになるため,多少の時間を持てることをありがたいと思われますか。あなたは動揺している時,独りになりたいと思いますか。あなたは「言いたいことはあなたの心の中,寝床の上で言い,黙してい」ますか。(詩 4:4,新)妻であり,母親でもあったある若い婦人は家庭の苦しい危機を経験していましたが,しばらくの間自分の何人かの友人との交際をやめてしまいました。友人は彼女の態度に感情を害しましたが,彼女の夫はこう説明しました。「メアリーは独りになるのがとても好きなのです。妻に時間を与えてやってください。妻は自分の考えや感情を整理することでしょう」。
メアリーが“物事を整理する”ために自分だけの時間を求め,“独りになりたがった”ことは間違いだったでしょうか。いいえ,彼女が自分個人の時間を,他の人に対する怒りの感情をつのらせたり,培ったりするとか,長い間孤立して,ゆがんだ内にこもった人間になるまで引きこもろうとして用いたとかいうのでない限り,間違っていたとは言えません。「自分を孤立させる者は利己的な願望を追い求め,あらゆる実際的な知恵に逆らって押し進みます。」(箴 18:1,新)しかし,もし独りだけの時間をしばらくの間用いて,自分の考えや感情を健全な原則によって導こうとするなら,それは明快な思考や平衡のとれた感情を生み出す健全な方法になり得ます。
あなたはどの程度,独りになるのを好みますか。あなたは独りだけでいることを時々楽しみますか。良心に苦しめられる時,独りきりになってその問題点に正直に立ち向かい,問題を正そうと努めることができますか。新しく学んだ事を熟考して益を得ていますか。物事の理解を広げる努力を熱心に払っていますか。建設的な質問や問題を黙考するのが好きですか。
それともあなたは,自分自身で考える能力や,感じる能力さえ欠けているかに見える人々のようでしょうか。このような人々は独りだけでいるのを楽しもうとはせず,また恐らく楽しめないでしょう。そうした人々はできるだけ他の人に囲まれていなければ気がすまないように思われます。だれかと話していないとどうも自分だけでは考えることができないように見えます。彼らは自分の
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