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神はどれほど積極的に配慮を示してこられたか目ざめよ! 1975 | 1月8日
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になりました。身を売っていた,つまり奴隷になっていたイスラエル人でさえ自由にされました。なんという行きとどいた,思いやりのあるご配慮だったのでしょう。国民がこれらの律法を守る限り,今日多くの国々が直面しているような財政危機は起こりえなかったでしょう。―レビ 25:8-19。
全地を治めるきたるべき政府を前もって示すもの
霊感を受けた使徒は,ローマ 15章4節に次のように記しています。「以前に書かれた事がらはみなわたしたちの教えのために書かれたのであり,それは,わたしたちが忍耐と聖書からの慰めとによって希望を持つためです」。その希望の中心はきたるべき義の政府です。それは,人類とこの地球をご自身と完全に調和するよう回復させるために神が意図された政府です。同じ使徒が指摘しているとおり,昔のイスラエルの上に立てられた政府を通して神がお与えになった律法は,「きたるべき良い事がらの影」であって,天に基を置く政府の及ぼす益を前もってかすかに示すものでした。この政府を通して神は,義に対する愛を心にいだく人々すべてに永久の祝福となる,地の住民のための計画を実施されます。(ヘブライ 10:1)ですから,聖書のエフェソス 1章9,10節にはこう書かれています。「それは,定められた時の満了したときにおける管理のため,ご自身のうちに定められた意向にしたがってであり,すなわちそれは,すべてのもの,天にあるものと地にあるものを,キリストにおいて再び集めることです」。
わたしたちの最初の先祖がわたしたちに残した,罪,不完全さそして死という相続財産から人類を自由にし,また神ご自身のよりすぐれた義の標準を満たすために,神はご自分のみ子にその命を与えさせました。それは奴隷状態にあるわたしたちを買いもどすためでした。(ローマ 3:23-26)ローマ 5章7,8節には次のように述べられています。「義なる人のために死ぬ者はまずいません。もっとも,善良な人のためなら,あるいはだれかがあえて死ぬこともあるかもしれません。ところが神は,わたしたちがまだ罪人であった間にキリストがわたしたちのために死んでくださったことにおいて,ご自身の愛をわたしたちに示しておられるのです」。
人類はこれまで約6,000年間,労し苦しんできました。しかし聖書はいまや地球とその住民のためのすばらしい安息が近づいていることを示しています。エホバには『千年は一日のようである』と聖書はわたしたちに告げています。(ペテロ第二 3:8)そして神のことばは,苦しみ,戦争,犯罪,飢きん,不正行為などから自由にされる千年にわたる安息の日が,み子の王国の支配の下で出現することを預言しています。そうです,それは千年にわたるヨベルで,罪,不完全さ,病気,死などへの隷属さえ断ち切られ,王国に喜んで従う臣民が束縛から解放されて,「神の子どもの栄光ある自由」にはいる時です。―ローマ 8:19-21。ヘブライ 4:9,11。啓示 20:6。
その時には預言されていた次のことが実現するでしょう。『万軍のエホバ……この山にてもろもろの民のために肥たるものをもて宴をもうけ 久しくたくわえたるぶどう酒をもて宴をもうく 膸おおき肥たるもの久しくたくわえたる清るぶどう酒の宴なり』。(イザヤ 25:6)そのときには全世界で次のような状態がみられるでしょう。『かくてわが聖山のいずこにても害うことなく傷ることなからん そは水の海をおおえるごとくエホバをしるの知識地にみつべければなり』― イザヤ 11:9。
神のご配慮の最も著しい例は,そのような義の政府にかんする約束を今日心から信頼している人々に見られます。彼らは,神のことばが人々の中で成し遂げる事がら,すなわち神の与える希望は人々の生活を変化させうるという証拠を提出します。
今日,多数の人々はエホバ神の王国が人類のための真実の,そして唯一の希望であることに賛成を表明してきました。彼らは200以上の国々や島々に住んでいます。国籍,言語,人種,社会的背景は実にさまざまですが,それでも彼らは一致していて,政治や宗派心,社会的差別や人種的偏見などによって分裂してはいません。彼らは本当に兄弟の交わりを行ない,真の意味の平和と争いからの自由を享受しています。彼らはほかの人たちと同じように,日常生活の諸問題に直面し,先祖から受け継いだ不完全さを持っています。しかし彼らは,聖書に記されている賢明な原則の適用が自分たちの問題を解決して生活に真の喜びを見いだす助けになることを知っています。彼らは,エホバ神に対する信仰を証しし,神の目的と,人類に対する神のご配慮とについて証言するので,エホバのクリスチャン証人として知られています。―イザヤ 43:10,11。
彼らが多くの国で,独裁者や強力な宗教組織の手による迫害に苦しんできたことは事実です。しかし彼らは,そうした迫害が臨む理由を知っています。そして神のことばの義の規準に対する破ることのできない忠実さと,神の主権に対する不動の忠誠を示すことができるのを特権と考えています。彼らは霊感を受けた弟子ヤコブと同じ確信をいだいています。ヤコブはこう書きました。「試練に耐えてゆく人は幸いです。なぜなら,その人は是認されるとき,エホバがご自分を愛しつづける者たちに約束されたもの,すなわち命の冠を受けるからです」― ヤコブ 1:12。
隣人愛を持つ彼らは,神の王国の良いたよりを通して見いだした希望を他の人々に差し伸べつづけるために,投獄の危険やそれ以上の危険を冒してきました。神が人類のことを気づかっておられ,「ひとりも滅ぼされることなく,すべての者が悔い改めに至ることを望まれ」ているのを彼らは知っています。それで自分たちも人々に同様の関心を示すよう努力します。―ペテロ第二 3:9。
それで神が人類のことを気づかっておられる証拠は否定できるものではなく,わたしたちを取り巻いています。それは地に,そして興味深く報いの多い生活のための種々の備えに,また驚くべき特質を持つわたしたち自身のからだに,豊かに,そして明白に見られます。
しかしその証拠は,神のことば,すなわち人間の苦しみの原因にかんする説明,被造物に対する神のご行動や,霊者と人間が神の主権に反逆することによってなされたすべての害を除くという神の不変の目的にかんする啓示,神のことばが今すぐにでも可能にする人々の生活の変化,神のことばが与える死者の復活の希望などに,最も明らかに見られます。
神がご配慮くださっていることは確かです。残る問題は,わたしたちは気にかけているか,ということです。自分はそうしている,とわたしたちは言うかもしれません。しかし実際に気にかけているかどうかは何によって証明されるでしょうか。
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あなたはどれほど配慮を払っていますか目ざめよ! 1975 | 1月8日
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あなたはどれほど配慮を払っていますか
あなたは自分の命に真の気づかいを示しておられますか。ご家族や隣人と平和で何の恐れもない生活を送ることに関心を払っておられますか。健康がいかにすばらしい祝福であるかを認識しておられますか。鳥や動物の世界など,この地上に見られる自然の美しさに喜びを感じておられますか。
こうした点に関心を払っておられるなら,それは神に似た特質の表われです。神は人間を『ご自分の像』に創造されたのであり,神のことば聖書は,神ご自身が命と平和と自由を大いに尊んでおられることを示しています。神は人間を,ちょうどご自身と同じように,美を認識し鑑賞する者として創造されました。―創世 1:27。伝道 3:11。
ここで次の質問が生じます。あなたはどれほど気づかいを示しておられますか。また,そうした気づかいが純粋なものであることを,どうしたら表わせますか。
今日,神は人類のことを気づかってはおられない,と非難する人がいます。しかし,そう言いながら,そうした人々自身は,自分の命を大切でないもののように扱っています。故意に体を酷使し,タバコや麻薬などで事実上体を徐々にむしばんでいます。飲食や性に過度にふけって自ら病気を招いています。また,スピード感やスリルを求めて,あるいは単なるあせりの気持ちから,必要のない危険を冒しています。しかも,それによって,他の人の命や健康をさえ危険にしているのです。
明らかに,多くの人がこうした状態に陥っているのは,生きることに真に価値を与える真実の希望や目標がないからです。そうした人々は,古代コリントのギリシャ人と同じように,「ただ食べたり飲んだりしよう。あしたは死ぬのだから」と言います。―コリント第一 15:32。
しかし,本当に命のことを気づかい,その価値を認識しているなら,聖書がわたしたちの前に置いている命の希望について進んで調べることでしょう。「忙しすぎる」とか,聖書にどんなことが書いてあるかを調べるだけの時間がないなどとは言わないはずです。また,現在全地に見られる「危険な」しるしを認め,それが聖書預言の成就であり,苦悩と腐敗に満ちる古い秩序がわたしたちの世代のうちに終わり,義の新秩序がそれに代わることを示しているという点を認めるでしょう。(マタイ 24:3,7,8,21,22,34。ルカ 21:25-33)わたしたちは,ルカ 21章34から36節にあるイエスの次の助言を決して軽く見たりはしません。
「しかし,食べ過ぎや飲み過ぎまた生活上の思い煩いなどのためにあなたがたの心が押しひしがれ,その日が突然,わなのように急にあなたがたに臨むことがないよう,自分自身に注意を払いなさい。それは,全地の表に住むすべての者に臨むからです。それで,起きることが定まっているこれらのすべての事をのがれ,かつ人の子の前に立つことができるよう,常に祈願をしつつ,いつも目ざめていなさい」。
他の人に対する誠実な関心
あなたは,他の人にどれほど気づかいを示しておられますか。他の人の苦しみをどれほど思いやり
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