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  • 救いをもたらす王国に今日あずかれる
    ものみの塔 1971 | 1月1日
    • 15 (イ)その「かん難」の生存者は,だれとともに楽園にあずかることを熱望しますか。(ロ)したがって,神が人類を救うということには,間近に迫っている救いのわざに加えて,何が含まれていますか。

      15 エホバ神に対する次の感謝のことばに示唆されている人々です。『なんぢの怒もまたいたれり,死にたる者を審きたまふ時いたれり』。つまり,『死にたる者』です。もちろん死んだ「聖徒」は人類を治めるイエス・キリストの王国で彼とともになるため,天の命によみがえらされます。しかし,そのほかに,神の名を恐れる大ぜいの「小なるも大なるも(の)」を含めて,おびただしい死者がいます。すべての死者は,完全で正義の天の王国によってさばかれるために,地上の墓,あるいは海中の水の墓から復活させられる必要があります。そう言えば,イエス・キリストはそうした人々すべてのために,人間のあがないの犠牲となって死なれたのです。(テモテ前 2:5,6)したがって,世の「大かん難」を無事に通過して生き残らせ,神の王国の事物の体制に導くことによって,少数の肉身を救う,という以上の救いを人類にもたらすのが神の目的です。それは,神の子,イエス・キリストが完全な人間の犠牲として死んで,その益にあずかれる死者すべてを復活させることによってなされます。その犠牲のあがないの益あるいは価値をすべて所有しているため,イエスは天と神の大祭司として仕え,ご自分の犠牲の恩恵を,復活させられた人類に及ぼすことができます。

      16 その時,復活させられる死者の中には,イエスが約束を与えられたどんな特定の人が含まれていますか。

      16 復活させられる死者の中には,イエス・キリストのかたわらのくいの上で死んだ,同情心を示した悪行者がいることでしょう。頭上に,「これはユダヤ人の王である」という標識を掲げられたイエスに向かって,その悪行者の語った,希望を言い表わした次のことばを思い起こしてください。「イエスよ,あなたがあなたの王国にはいられる時,わたしを思い出してください」。するとイエスは,その時の事情からすればそれが無理なことに見えたにもかかわらず,彼にこう語りました。「ほんとうにわたしは今日,あなたに言う。あなたはわたしとともに楽園にいるであろう」。(ルカ 23:38-43,新)ですから,イエスがご自分の王国にはいり,地上に楽園を再興しはじめられたなら,その悪行者に対するこの約束のことばを履行しなければなりません。

      天の王国の地上の代表者

      17,18 (イ)メシヤによる王国における,見える人間の代表者を任命する仕方は,人間の支配者が権力を執る際の今日のやり方とどのように異なりますか。(ロ)その時,ご自分の王国の見える代表者を任命するイエスの権限は,詩篇 45篇にどんなことばで述べられていますか。

      17 以前の王・皇帝・大統領・総督・独裁者は復活させられるとすぐ,昔の臣民あるいは仲間の市民に対する支配を自動的に引き継ぎ,かつ再開できると期待してはなりません。「この事物の体制の神」サタンのもとにある古い事物の体制は,もはや運用されてはおらず,天のメシヤによる神の王国の治める,神の新しい事物の体制が,全地にわたって完全に確立されているのです。それが,地のすべての人々からなる組織を持つことは当然ですが,その組織は,今日見られるような国家・種族・人種によって区分されるものではありません。王国に服する地上の臣民はすべて,単一の人類・一つの人類家族,すべて同一肉身のもの,そして,あがない主であるイエス・キリストの唯一のあがないによって,すべて同等にあがなわれた者として扱われ,かつ組織されます。目に見えない,イエス・キリストの天の王国は,見える人間の代表を地上に持ちますが,それら代表者は人々によってではなく,イエス・キリストによって選ばれ,かつ任命されます。その種の責任と権限は,預言的意味を持つ詩篇 45篇6,7,16節にこう述べられています。

      18 「なんぢの国のつえは公平のつえなり なんぢは義をいつくしみ悪をにくむ このゆえに神なんぢの神はよろこびのあぶらをなんぢの侶よりまさりて汝にそそぎたまへり なんぢの子らは列祖にかはりてたち,なんぢはこれを全地に君となさん」。―ヘブル 1:7-9。

      19 (イ)その時,どんな形態の支配が行き渡りますか。(ロ)見える代表者たちは,任務の遂行の仕方に対して,だれに責任を問われますか。

      19 国家主義的かつ民主主義的な支配は,失望と幻滅に終わった過去のものとなり,神権的な支配が行き渡ります。その結果,統一・調和・公正・平和に満ちた支配がなされ,代表者として任命された者たちは,人々にではなくて,神に油そそがれた王,イエス・キリストに,自分たちの任務の遂行に関し責任を問われます。このかたこそ,前もって告げられていた,「奇妙また議士 また大能の神 とこしへのちち 平和の君」というご自分の称号の意味を忠実に表明する支配を行ない,「今よりのちとこしへに公平と正義とをもて」平和をもたらす,ご自分の政府を維持されます。―イザヤ 9:6,7。

      20 「とこしへのちち」という,イエスの称号の意味は,どのように現実のものとなりますか。

      20 「とこしへのちち」というその称号は,なんと意味深いものでしょう。これは,その敬けんな政府が,命,しかも,とこしえの命を,その臣民に付与するものであることの神からの保証です。それは父親にも似た政府であり,あがなわれた臣民はイエス・キリストの子となり,地の楽園にとこしえに住むにふさわしいことを証明するため,養われ,いやされ,そして人間の完全さにまで引き上げられます。ゆえに,イエスは臣民のとこしえの父,民はそのとこしえの子となることができるのです。

      21 (イ)以上のことからわかるように,人類に対する神の救いはどの程度のものですか。(ロ)神の王国の方法によって人類を救うご自分の方針を,神は何をもって飾られますか。

      21 これらすべてのことは,神の王国の方法によって人類を救う神のわざが,地上で人類の命を一時的に更新させるというような救いではないことを,いよいよ明らかにするものです。その救いは,地上の楽園の住みかにおける決して絶えることのない,敬けんで幸福な永遠の生活を人類にもたらします。人類が恐ろしい破滅にさらされるのを,エホバ神が二度と再び許されないのは明らかです。人間はこの地上にとどまるために存在するのであり,いつかこの地球から出て行くということは決してありません。その時,地の楽園の中で完全さにまで引きあげられた人類が,この惑星の地球からぬぐい去られることは決してありません。全能のエホバ神は,人類を救うご自分の王国の方法を,決して意義を失うことのない成功と,尽きることのないすぐれた結果とをもって飾られるでしょう。このすべては,最も信頼できる源に発する良いたよりです。この良いたよりをあまねくふれ告げ,耳を傾けて信ずる人すべてに,この真の希望をとらえさせ,そののち,神の「善意の人々」として生きるようにさせてください。

  • 良いとなり人
    ものみの塔 1971 | 1月1日
    • 良いとなり人

      親が子どもとともに読む特別な記事

      あなたとはちがうひふの色をした人を知っていますか。ある土地では,ほとんどの人のひふの色は黒かかっ色です。たいていの人が白いひふをしているという土地もあります。それは生まれつきのものです。

      ある人があなたとちがうひふの色をしているからといって,あなたはその人よりすぐれていることになりますか。黒いひふをした人は,ひふの色が白い人よりも自分のほうがすぐれていると考えるべきですか。それとも,白いひふの人は,自分はひふの黒い人よりすぐれていると考えるべきですか。あなたはどう思いますか。

      ひふの色が違うので,自分は他の人びとよりすぐれていると考える人がいます。

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