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『だれがエホバの思いを知るようになったであろうか』ものみの塔 1984 | 9月1日
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11 (イ)「枝」になる見込みを持つ人々が折り取られたのはいつですか。(ロ)野生のオリーブの「枝」はどのように接ぎ木されるようになりましたか。どのオリーブの木にですか。
11 「アブラハムの胤」の「枝」となる見込みのあった人々を折り取ることは,割礼を受けたサマリア人の改宗をもって始まり,大いなるイサクであるイエス・キリストの死と復活の3年半後に本格的に行なわれるようになりました。その時点で,非ユダヤ人で割礼を受けていない信者,つまりローマ人の百人隊長のコルネリオとその家族および信仰を持った友人たちが使徒ペテロにより改宗し,エホバの霊により生み出され,油そそがれた後にバプテスマを受けました。(使徒 10章)このようにして,野生のオリーブの木の「枝」が,エホバ神を命を与える「根」とする霊的なオリーブの木に接ぎ木されました。
12 (イ)折り取られた「枝」が悔い改めた場合にはどんなことが生じますか。例を挙げて説明してください。(ロ)これは何を例証しましたか。(ハ)パウロに倣い,わたしたちはエホバの「思い」に関するこのような啓示にどのように反応すべきですか。
12 しかし,だれであれ折り取られた生来のユダヤ人が,アクラとプリスキラのように問題を再び考慮し,悔い改めるなら,それらの人々は,大いなるイサクであるイエス・キリストに対する不信仰ゆえにユダヤ国民が失ってしまった霊的な特権に再び接ぎ木されたことでしょう。(使徒 18:1-4,26。ローマ 16:3。コリント第一 16:19)このことは,大いなるアブラハムであるエホバ神の愛ある親切を例証しました。自らの父祖たちのゆえに神からなお愛されていた生来のユダヤ人に対するエホバ神の側のこれほどまでの称賛すべき寛大さこそ,使徒パウロをして,「ああ,神の富と知恵と知識の深さよ。その裁きは何と探りがたく,その道は何とたどりがたいものなのでしょう」と叫ばせたものなのです。エホバの「思い」のこのような啓示は,わたしたちの心からの感謝の念をも呼び覚ますでしょうか。
心をつくし,思いをつくして神を愛する
13,14 (イ)神はどのように律法を備えられましたか。どんな目的のためですか。(ロ)イエスは,その律法に関して何と言われましたか。ここで言及されているのはどんな“ハート”ですか。(ハ)イエスはどんな二つのおきてを引用されましたか。わたしたちがそれらを守るべきなのはなぜですか。
13 エホバ神は,預言者モーセに仲介者を務めさせ,族長アブラハムの生来の胤,つまりイスラエル国民と一つの契約を結ばれました。その出来事は,西暦前1513年の昔,シナイ半島の荒野とシナイ山で生じました。そこでエホバは彼らにご自分の律法をお与えになりました。使徒パウロはこの律法について,「したがって,律法は,わたしたちをキリストに導く養育係となったのであり,それは,わたしたちが信仰によって義と宣せられるためでした」と書きました。(ガラテア 3:24)では,キリスト・イエスはモーセを通して与えられたこの律法に関して何と述べていますか。律法の条項のうちどれが「最大のおきて」であるかと尋ねられて,イエスはこうお答えになりました。「『あなたは,心[ギリシャ語でカルディア]をこめ,魂[プシュケー]をこめ,思い[ディアノイア]をこめてあなたの神エホバを愛さねばならない』。これが最大で第一のおきてです。第二もそれと同様であって,こうです。『あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない』。律法全体はこの二つのおきてにかかっており,預言者たちもまたそうです」。(マタイ 22:35-40)ここで心<ハート>は思いと関連して言及されており,それが比喩的な意味での「心臓<ハート>」でなければならないことを示しています。
14 イエスはその時に,「ゆえにあなたは,心[ヘブライ語でレーヴァーヴ]をつくし,魂[ネフェシュ]をつくし,活力をつくしてあなたの神エホバを愛さねばならない」という申命記 6章5節から引用していました。そしてまた,「あなたの仲間を自分自身のように愛さねばならない。わたしはエホバである」というレビ記 19章18節からも引用しました。ですからイエスは,この二つのおきてを,モーセの律法契約に含まれるおきてのうち最大のもの,およびそれに次ぐものと定められました。今日のわたしたちはモーセの律法のもとにはありませんが,これらの基本的な要求は時代遅れになったわけではありません。わたしたちはそれらを守るべきです。
15 (イ)体の心臓の動きを誘発するものは何ですか。それはどのように機能しますか。(ロ)体の心臓は,脳や思いとどのような関係がありますか。
15 わたしたちは「命の霊」が体の心臓を動かすことを知っています。(啓示 11:11。創世記 7:22)この生命力は生ける身体の心臓の動きを誘発し,その結果として心臓は脳を含め,人体のあらゆる器官に血液を送り出すようになります。エホバ神はこう言われました。「あらゆる肉なるものの魂[ネフェシュ]はその血であり,魂がその内にあるからである。そのためわたしはイスラエルの子らにこう言った。『あなた方はいかなる肉なるものの血も食べてはならない。あらゆる肉なるものの魂はその血だからである』」。(レビ記 17:14)体全体が生きるためには,血液の循環が神から与えられた自然の心臓によるものであろうと,だれかほかの人の体から移植された心臓によるものであろうと,あるいは感覚のない,こしらえ物の機械的な心臓によるものであろうと,体の心臓が,命を支える血液を体のすべての器官に押し出さなければなりません。このようにして血液は脳に送り出され,脳の思考能力は刺激を受け,思いは機能します。ですから,体の心臓が,活動的な生命力,つまり「命の霊」を含む血液を脳に与えるという理由により,脳を養うということが明らかになります。人が意識していようといまいと,心臓は脳や体の他のすべての器官に血液を送り出し続けます。
16 (イ)聖書によれば,比喩的な心臓とは何ですか。(ロ)「心をつくして」エホバを愛するためにわたしたちには何が求められていますか。(ハ)どのようにわたしたちは「思い」をつくしてエホバを愛しますか。
16 しかし,生体組織の文字通りの心臓<ハート>の奥を調べてみましょう。聖書の中で用いられているように,“ハート”は動機の座,および感情の座を表わします。これは,実際にはわたしたちの内奥の自己を意味する比喩的な心臓<ハート>です。ペテロ第一 3章4節でそれは「心<ハート>の中の秘められた人」(新世界訳),「心<ハート>の中の隠された人」(改訂標準訳),「あなたの内面的な自己」(新国際訳)と表現されています。したがって,わたしたちは心をつくしてエホバを愛するようにという命令のもとにあります。わたしたちはまた,魂をつくして,わたしたちの存在全体をもってエホバ神を愛するようにとも命じられています。そのためには,全能者であられる生ける唯一まことの神を活力をつくして愛し,わたしたちのエネルギーのすべてを,この「事物の体制の終結」の期間中,啓示された神のご意志を行なうことに,そして神の業を十分に行なうことに振り向ける必要があります。(マタイ 24:3)それに加えて,わたしたちの「思い」,つまり精神的能力をつくして,聖書の神を愛する気持ちがなければなりません。―マルコ 12:29-31。
17 (イ)わたしたちが心と思いをつくしてエホバを愛するなら,どんな保証を得ることができますか。(ロ)フィリピ 4章7節によると,わたしたちの心と思いは神の平和によりどのような影響を受けますか。
17 もしわたしたちが心と思いをつくしてエホバ神への愛を表わすなら,エホバが喜んでわたしたちの祈りに答えてくださることは言うまでもありません。そしてこの保証は,わたしたちを思い煩いからいつも解放してくれます。わたしたちは,この動乱に満ちる世が享受していない,また理解することのできない平和を享受します。なぜそう言えますか。なぜなら使徒パウロがギリシャの古代フィリピの愛されたクリスチャンたちに次のように保証しているからです。「一切の考え[ギリシャ語でヌーン]に勝る神の平和が,あなた方の心[カルディアス]と知力[ノエーマタ; 「思い」,欽定訳; 改訂標準訳]を,キリスト・イエスによって守ってくださるのです」。(フィリピ 4:7)このように,わたしたちの比喩的な心臓は,軽率でよこしまなどんな動機や感情的動揺によっても興奮させられることがなく,知力,つまり思いは,混乱させられたり曲げられたりしません。クリスチャンは,神の霊感による聖書に従い,また指導者であられるキリスト・イエスの助けを得て,自分の道を追い求め続けます。
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いま啓示されている「エホバの思い」に自分を合わせるものみの塔 1984 | 9月1日
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いま啓示されている「エホバの思い」に自分を合わせる
1 どの国民が生来のイスラエルに取って代わりましたか。どの契約においてそうしましたか。
神のみ子は,神と生来のイスラエルとの間の律法契約の仲介者であった預言者モーセに代わる者となられました。イエス・キリストは,予告されたエホバの新しい契約の任命された仲介者となられました。この契約は,古代の生来のイスラエルに取って代わった国民,つまり「神のイスラエル」である霊的イスラエルと結ばれたものです。(ガラテア 6:16)不完全な人間モーセの仲介で結ばれた契約に含まれる十戒や他の関連するすべての律法は,写本に記録されましたが,現実には,割礼を受けた肉のユダヤ人,つまりイスラエル人の心と思いに刻まれたわけではありませんでした。モーセの律法契約に関して効果が上がっていないことに注目されたエホバ神は,エレミヤ 31章31節から34節に記録されているとおり,新しい契約を設けることを預言者エレミヤを通して予告されました。
2 (イ)イエスはどのように契約の仲介者となられましたか。(ロ)この契約はどのように,そしていつから有効となりましたか。
2 イエス・キリストは,エルサレム城外の苦しみの杭の上で心臓破裂により死なれた時にご自身の命の血で約束の「新しい契約」を締結されました。その前夜,モーセの律法契約に従ってご自身の忠実な使徒たちと最後の過ぎ越しの夕食を祝った際,イエスは彼らにぶどう酒の杯を回し,「この杯は,わたしの血による新しい契約を表わしています。それはあなた方のために注ぎ出されることになっています」と述べて,そのぶどう酒に新たな意味を付与されました。(ルカ 22:20。コリント第一 11:23-26)このようにしてイエスは,モーセの律法契約よりも「勝った契約」となった新しい契約の仲介者となられました。(ヘブライ 8:6; 9:11-28)したがって,イエスは,西暦33年にご自分の完全な命の血の価値を天において差し出されて以来,エホバ神が新しい契約の中に入れておられるこれらの弟子たちに対する仲介者として奉仕してこられました。―テモテ第一 2:5,6。
3 ヘブライ 10章15,16節によれば,エホバはこの契約の律法をどこに書かれますか。
3 同使徒はヘブライ 10章15,16節で新しい契約のことを論じた際,ギリシャ語セプトゥアギンタ訳によるエレミヤの預言を引用してこう書いています。「さらに,聖霊もわたしたちにこう証ししています。『「これが,それらの日の後にわたしが彼らに対して締結する契約である」と,エホバは言われる。「わたしは,わたしの律法を彼らの心[カルディアス]の中に置き,それを彼らの思い[ディアノイアン]の中に書き記す」』と述べた後」。
4 (イ)比喩的な心臓と思いはどのように異なりますか。(ロ)詩編 119編に調和して,新しい契約に入っているクリスチャンはどのように心と思いを用いますか。(ハ)いつまたどのように,神の律法を心と思いに書くことが始まりましたか。
4 比喩的な心臓と思いの働きに従って,仲介者キリストを通して新しい契約に入れられたクリスチャンたちは,これらの律法に従う動機づけを与えられているので自分たちの心をもってエホバの律法を愛します。そしてこれらの神聖な律法をしっかりと記憶にとどめることもします。詩編作者はその点を次のように表現しました。「わたしはどんなにあなたの律法を愛していることでしょう。それは一日じゅうわたしの思い[「わたしの黙想」,改訂標準訳; 欽定訳]となっています」。(詩編 119:97)エホバの律法をキリストの弟子たちの比喩的な心臓の中に置くこと,およびその律法を彼らの思いの上に書くことが始まったのは,西暦33年のペンテコステの日でした。イエス・キリストの待機していた弟子たちに聖霊が注がれ,「さながら火のような[目に見える]舌」が120人の弟子たちの頭上にとどまり,彼らが自分たちの研究したことも学んだこともない外国語を話し始めたのはその時のことです。目を見張るばかりの奇跡です! そこに集まり,見ていた人たちに証しが行なわれた結果,イエスをキリスト,つまりメシアであると信じてバプテスマを受け,キリストを仲介者とする新しい契約に入れられた人々が3,000人に及びました。―使徒 2章。ヨエル 2:28-32。
5 今日において新しい契約に入れられてきたのはだれですか。その人々が「枝」であることをどんな証拠が示していますか。
5 それから1,900年たった現在,「神のイスラエル」の残りの者がいます。その成員は,聖霊によるバプテスマを受けて新しい契約に入れられていることをはっきり示します。彼らは,エホバ神の律法を自分たちの比喩的な心臓に置いていただいたこと,思いに書いていただいたことをはっきり示しています。彼らはマタイ 24章14節とマルコ 13章10節に記されている,彼らの仲介者の予測しておられた事柄を行なっています。彼らは使徒パウロがローマ 11章で描写している霊的なオリーブの木の「枝」であり,多くの実を生み出します。
6 (イ)エホバの「思い」の別のどんな特色が1935年以来明らかにされてきましたか。(ロ)「ほかの羊」は,この時代のための神の「律法」に対する自分たちの愛に関しどのように説得力のある証拠を示していますか。
6 「エホバの思い」の別の特色が,1935年のワシントン特別区のエホバの証人の大会以来明らかにされています。啓示 7章9節から17節に予告されている「大群衆」に関するエホバの「思い」とは何でしたか。神の比喩的な神殿で神に仕える,エホバ神と子羊イエス・キリストの予告された賛美者のこの群れは,1935年以来姿を現わしています。ワシントンでその後6月1日の土曜日にバプテスマを受けた840人には,現在に至るまで人々が加えられています。今日ではりっぱな羊飼いイエス・キリストの「ほかの羊」が全世界で250万人以上存在しています。それらの人々は,新しい契約にあずかっている,霊によって生み出された人々と定期的に交わり,マタイ 24章14節に予告されている王国の証しの業に参加しています。(ヨハネ 10:16)彼らは詩編作者と同じく,この「事物の体制
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