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ギゼーの大ピラミッドものみの塔 1957 | 8月15日
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られた子供たちと言及しています,『見よ,我と,ヱホバが我にたまいたる子らとは……しるしなり,くすしき標なり。』― イザヤ 43:10-12; 8:18。ヘブル 2:13。
エジプトの大ピラミッドは極めて興味深いもので,数学的にも年代記的にも,また占星学的にも興味をそそるものです。しかし,今日ヱホバがエジプトの中にある御自分の祭壇により,また辺にある柱によつて為しとげて居られる大いなる業と比較するとき,大ピラミッドは無価値のものになつてしまいます。今日の人々に必要なものは,聖書年代の綿密な裏づけではなく,最高支配者はヱホバ神かサタン悪魔かという大論争に関する真理であります。人々は神の制度と悪魔の制度の間に存在する明白な分離の線を見る必要があるのです。そして,遅過ぎない前にヱホバを求め,正義を求め,そして謙遜を求めることは絶対に緊急であると知らねばなりません。―ゼパニヤ 2:1-3。
あらゆる証拠の示すところによると,大ピラミッドは神の指示に従つて建てられたものではありません。それですから,クリスチャンがそれを真剣に採り上げることは,エジプトに助けを求めるのと同じことです。(イザヤ 31:1)ヱホバ神は,献身した僕たちの奉仕を訓練するために異教の奴隷労働によつて建てられた石の積み重ねを用いず,御自分の言葉,制度,そして聖霊なる活動力を用いておられます。
尤もそうな動機
質問が一つ残つています。大ピラミッドはヱホバの指示を受けて建てられたものでなく,また墓でもなければ財宝の貯蔵所でもなく,異教崇拝の宮として建てられたものでもないのなら,チェオブスがそれを建てた動機についての十分納得の行く説明があるでしようか。
信頼に足りる一つの論があるのです。その論は,大ピラミッドが数学および占星学に占める卓越さにもとずいているのです。むかしには,星学と星占学は一つと考えられていました。聖書の歴史および世俗の歴史からも明白に分るごとく,カルデヤ人はその両方に卓越していました。そして,エジプトを容易に征服したらしいチェオブスや随身者たちは,カルデヤから来たようです。それで,星占家たちが『特別な数,容姿,位置,その他に帰する神秘的な影響というものを考えるとき,大ピラミッドが特定な星学上と数学上の関係を示すように割合が取られた綿密な注意ということも,直ちに説明される。』
さらに,『カルデヤ人はずつと昔の時から星占学に関連して錬金術を研究してきた』彼らは錬金術によつて「哲学者の石」を発見し得ると希望し,また卑金属を金や銀に変えて,同時に生命の秘密を発見し得ると信じていました。そのようなことを考察してみるとき,大ピラミッド建築の正当な理由が分ります,つまり生命とすべての物体の基礎的な秘密を発見しようとの希望を抱いて,星占学のために建てられた記念碑なのです。―アール・エイ・プロクター著『大ピラミッド』(英文)
それで,ギゼーの大ピラミッド建築の理由について,あらゆる説明の中で最も論理的なこの説明からも分る通り,大ピラミッドはヱホバ神の真の崇拝者によつて建てられたものではなく,悪魔宗教の表明である星占学に帰依している者によつて,その宗教をひろめるために建てられたのです。
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『日ごとに………宣べ伝えよ』ものみの塔 1957 | 8月15日
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『日ごとに………宣べ伝えよ』
南ロデシヤで
あらゆる生活層の人や,あらゆる年齢のいろいろの人々から増加は得られています。この地生まれの巡回の僕の9歳になる男の子は,或る日のこと家に残されました。父も母も幾マイルも歩いて集合地と区域の場所に行かねばならなかつたからです。この男の子は,奉仕に行くのが大好きだつたので,泣いていました。両親が真夜中に奉仕から帰つてきたときには,その子は滞在していた家でぐつすり眠つていました。朝になつてから,その子が4歳から11歳までの8人の証者の子供たちを家から家の業に連れて行き,雑誌の提供を訓練した,と隣人は巡回の僕に知らせました。その子は「丁度お父さんがするように」子供たちに助言を与えて,それから一人一人に家に行かせて助言を実地にさせたのです。トウモロコシ12本の寄附で3冊の雑誌を配布しました。このことはその地の人々の興味をひき起し,公開講演の始まつたときには,伝道者が33名のこの会衆に209名が出席しました。
二人の兄弟がいつしよに働くことは有利なものです。その一つの例はトウモロコシや他の穀物を植えつける時期に見られます。この時期には,南ロデシヤの人々は家にいません。ヱホバの証者は家人の案内に従つて畠のところまで行き,一人の兄弟は鋤を取つてその人の代りに,植えたり,除草したりします。その間に別の証者はその人に証言するという具合です。姉妹たちも同様なことをします。女の人が穀物を搗いているなら,一人の姉妹がその人の代りに仕事をして,他の姉妹が御国の良いたよりで骨抜きを与えるという具合です。―1957年のヱホバの証者の年鑑(英文)より。
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