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  • 奉仕者になる資格
    ものみの塔 1956 | 3月15日
    • その宣教において正しい振舞をいたしました。彼は悪巧みによつて歩かず,神の言葉を曲げませんでした。彼は恥ずべき隠れたことを捨て去りました。清い真理を明らかにすることにより,彼は神の御前に,すべての人の良心に自分を推薦しました。彼は新しい契約の奉仕者となつて伝道しましたが,彼の伝道をうけた人々に何かを覆つて隠したというものは一つもないのです。それで,パウロの宣べ伝えた良いたよりが覆われたなら,それはパウロの罪ではありません。この世の組織制度の神である悪魔サタンが,不信者の心をくらまして,それに覆いをかけたのです。悪魔は,『神のかたちであるキスリトの栄光の福音の輝きを,見えなくしているのである。』(コリント後 4:3,4)覆いをかけなかつたパウロは,給料をもらつているキリスト教国の牧師たちとは全く違うものです。牧師たちは,神の言葉を売物にしていますが,パウロは一度もそのようなことをしたことがありません。パウロは真心をこめて,神の与え給うた音信を語りました。彼は『神のみまえで,キリストにあつた』と知つていたため,『自分の宣教を光栄あるものとし』,瀆すことをしなかつたのです。―コリント後 2:17とロマ 11:13,新世。

      12 新しい契約のすべての奉仕者たちはパウロのように,誰を知らねばなりませんか? そして,なぜ?

      12 パウロの仕えていた新しい契約は,次のように述べていました『少より大にいたるまでことごとく我をしるべければなりとヱホバいい給う。』そして,使徒パウロはヘブル書 8章11節でこの言葉を引用しました。(エレミヤ 31:34)パウロはヱホバ神を知つており,ヱホバの証者でした。新しい契約のすべての奉仕者たちは,ヱホバを知らねばなりません。もし知らないならば,新しい契約の宣教をする正しい資格を持つことができません。彼らは自分の知つているものの証者になる,すなわち,ヱホバの証者にならねばなりません。パウロは,そのことを考えつつ,友なる奉仕者たちにむかい『あなたがたに勧める。私にならう者となりなさい。』と言いました。(コリント前 4:16)新しい契約に属しているすべての奉仕者たちは,パウロに倣つて,その契約の神,すなわち罪をゆるされる御方であるヱホバの証者にならねばなりません。神御自身も,律法契約に属していた模型的な民にむかい,次のように言われました。『ヱホバ宣給わく,なんぢらはわが証人,わがえらびし僕なり。さればなんぢら知りて我を信じ,わが主なるを悟りうべし。』証者にたいするこの任命の言葉は,新しい契約に従う現在の神の僕級の者に,昔以上に良く適用する言葉です。神はそれらの者にたいする予言的な言葉を次のように述べておられます『この民はわが頌美をのべしめんとて,我おのれのために造れるなり。』(イザヤ 43:21)新しい契約に従う今日の奉仕者たちは,かつて人類にその姿を現わされたイエス・キリストの御顔に反映するヱホバの栄光を受けます。そして,今度は鏡のように,神の栄光に輝く知識の光を他の人々に反映します。それは,神を讃美するためであり,かつ人々に啓発を与えるためです。現在の暗黒の時代にあって,それを為す必要性は極めて大きいものです。

  • 資格を持つ奉仕者の任命
    ものみの塔 1956 | 3月15日
    • 資格を持つ奉仕者の任命

      1 資格を持つヱホバの奉仕者の任命は,エレミヤの場合に,どのように例示されましたか?

      パウロは『私たちの正しい資格は,神から来る。神は私たちに新しい契約のための奉仕者の資格を正しく与えておられる。』と言つています。(コリント後 3:5,6,新世)つまり,御自分の奉仕者を任命される御方は神であるということです。この事実は,イスラエルの古い律法契約の奉仕者エレミヤの場合に,例示されました。彼はアロンの祭司の家に生まれたため,当然エルサレムの宮に仕える祭司になるはずでした。しかし,祭司以上のもの,すなわち地の全国民に予言の言葉を告げる予言者になるためには,祭司ヒルキヤの子として生れただけでは不充分でした。人間でエレミヤを予言者にならし得る人はひとりもいません。予言の言葉を霊感し得る神だけが,エレミヤを予言者に任命して,彼に正しい資格を与えることができました。エレミヤは,次の言葉を述べて,自分が神より任命されたことを示しています『ヱホバの言葉我にのぞみて言う。われ汝を腹につくらざりし先に汝を知り,汝が胎をいでざりし先に,汝を聖め汝をたてて万国の予言者となせりと。……すべて,我汝を遣すところにゆき,我汝に命ずるすべてのことを語るべし,……ヱホバ遂にその手をのべて我が口につけ,ヱホバ我にいい給いけるは,視よわれ我言葉を汝の口に入れたり。みよ,我今日汝を万民のうえと万国の上にたてん。』― エレミヤ 1:4-10。

      2 なぜイエスは,エレミヤと同じ種類の任命を必要としましたか?

      2 ナザレで大工の仕事をしていたイエスも,ヱホバ神からの任命を必要としました。人間イエスは,イスラエルの祭司族に生まれたのではありません。彼はユダの王統に生まれたためダビデの地的な王位を相続し得ます。しかし,天的な王位を相続することはできません。王なる祭司であるメルキゼデクのような大祭司になるために,イエスはヱホバからの任命を必要としました。ヱホバ御自身も,イエスがそのような王なる祭司になることを予言的に誓われました。ヱホバの右にあるヱホバの御座に坐つて,天的な王になるためには,イエスには,人間の予言者や祭司の振り注ぐ任命の油以上のものを必要としました。イエスは,ヱホバ神から,聖霊を注がれることにより,任命をうけました。そのことにつき,パウロはこう書いています。『キリストもまた,大祭司の栄誉を自分で得たのではなく,「あなたこそ,私の子。きよう私はあなたを生んだ。」と言われたかたから,お受けになつたのである。また,ほかの箇所でこう言われている。「あなたこそは,永遠に,メルキゼデクに等しい祭司である。」』― ヘブル 5:5,6,新世。

      3 イエスは,自分の任命が洗礼者ヨハネからのものではなく,ヱホバからのものであると,どのように示しましたか?

      3 イエスは必要な任命を神から受けました。祭司ゼカリヤの子であるヨハネがヨルダン河でイエスに洗礼を施したとき,彼がイエスを任命して祭司または王にならせたわけではありません。ヨハネには,そうすることができません。ヨハネには,なぜイエスに洗礼を施すのか,自分でも分らなかつたのです。その洗礼は,神の御意を為そうと決意したイエスの献身を象徴するものです。しかし,ヨハネにはそれを悟り得ませんでした。イエスが世に来られたのも,実は神の御意を為すためであつたのです。水の洗礼は,イエスの献身を象徴するものであり,イエスの生活に変化が行われたことを示します。イエスが洗礼をうけて,水から出られた後に,彼の天的な父であるヱホバ神は,献身したイエスを霊的な子と耳で聞えるようにはつきり認められ,かつ聖霊を注がれることにより,イエスを任命いたしました。(マタイ 3:13-17)それから間もなくして,イエスはナザレの会堂に行つて人々にイザヤの予言を読み聞かせ,その任命を与えた方は,洗礼者である祭司職の系統のヨハネではなく,ヱホバであることを示しました。『ヱホバの霊は私にのぞんでいる。ヱホバは私を任命して貧しき者に良いたよりを宣べ伝えさせ,そして伝道させるために私を遣した。』それから,イエスは会衆にむかつて『あなた方のいま聞いたこの聖句は,今日成就された。』― ルカ 4:16-21,新世; 3:21-23。

      4 パウロがヱホバによって任命をうけたということは,どんな聖句に示されていますか?

      4 パウロも又,これと同じ任命を神からうけましたか? パウロはこう言いました『このために私は,伝道者として,また使徒として,……異邦人らの教師として任命され,信仰と真理とを伝えるのである。』(テモテ前 2:7,新世)誰から任命されましたか? ガラテヤ人に述べた言葉の中で,パウロは次のように答えています。『人々から任命されたのでもなく,人によつて任命されたのでもなく,イエス・キリストと彼を死人の中からよみがえらせ給うた父なる神とによつて任命された使徒パウロ……私が母の胎にある時に私を選び,御恵みにより私を召された方が,御子を私に啓示して,私をして異邦人らの中に彼を伝えさせることを善しとされた時,直ちに,私は血縁の者に相談もせず,エルサレムに行つて,私より先に使徒になつている人たちに会いもせず。』(ガラテヤ 1:1,15-17,新世)パウロは洗礼を施されました。洗礼を施した者は,多分,洗礼を命じたアナニヤのようです。洗礼をうけた後,パウロは『聖霊に充され』ましたが,それはヱホバがキリストを通して彼を任命したことを示します。キリストはパウロを選んで御名を担う器にならせました。―使行 9:15-18。

      5,6 コルネリオとその親戚,友人たちを任命したときに,ペテロはどのような役割を果しましたか?

      5 割礼をうけなかつた最初の異邦人改宗者たちも,神からの任命をうけて,新しい契約の奉仕者になりました。彼らの任命が神からのものでないなら,ユダヤ人のクリスチャンたちは,彼らを任命されたクリスチャン奉仕者とは,とうてい認めなかつたことでしよう。使徒ペテロがイタリヤ人のコルネリオやその多くの親戚,友人たちに伝道し終らない中に,割礼をうけなかつたこれら非ユダヤ人たちはキリストを通して示された神の恵みを信じて受け入れました。神は彼らを任命して宣教を行う御自分の証者に任命しました。聖書の歴史は,次のように述べています。『ペテロがこれらの言葉をまだ語り終えないうちに,それを聞いていたみんなの人たちに,聖霊がくだつた。割礼を受けている信者で,ペテロについてきた人たちは,異邦人たちにも聖霊の賜物が注がれたのを見て,驚いた。それは彼らが異言を語つて神をさんびしているのを聞いたからである。そこで,ペテロが言い出した。「この人たちが私たちと同じように聖霊を受けたからには,彼らに水でバプテスマを授けるのを,誰がこばみ得ようか。」こう言つて,ペテロ

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