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  • ヱホバの証者の年鑑からの抜萃
    ものみの塔 1960 | 5月1日
    • 国々から来ていたことを示しました。この群れにも定期的な訪問が行なわれています。

      ブラジルという国には,異なった国籍,言葉,宗教をもつ人々が住んでいます。ある家族は,1945年にイタリアから移住しましたが,その時イタリア語の『真理はあなたを自由にする』という本をもつてきました。それには真理が含まれていることを彼らは知つていたからです。そして,もつと多くの本を入手することを望んでいました。ある友人は,他の2冊の協会の本「宗教」と「救」いをもつていました。そして,ヱホバの証者と連絡を取ることを望んでいました。彼らは,出版物にのせられているブラジルの支部の住所を見つけてもつと多くの書籍を注文し,ひとつの予約を取りました。協会は,この善意者たちを訪問するようひとりの代表を送りました。今では洗礼を受けた者が数人おり,会衆が設立されています。第二次世界大戦が始まる数年前にブラジルに移住したある日本人の善意者は,日本にいた時ある本を読んだことがありました。そして,真の神の名はヱホバだということを覚えていました。これは彼の心に強い印象として残つていました。ブラジルに来てからは,ある日本人がヱホバの証者になつて,日本人定住地で『良いたより』を伝道しはじめるまで,真理を聞く機会がありませんでした。日本語の「ものみの塔」を受け取つて,ヱホバという名前を見た時,彼は,うれしさの余り文字通りとび上つて叫びました。聖書の真理の種は,何年たつても芽を出すことができます。ブラジルにはいま200人以上の日本人の予約者がおり,数人が特別開拓者として奉仕しています。

      『人々が考えている事がら』というプログラムは,ブラジルに広く行き渡り,多くの人々が真理を見出すのを助けました。1年の間に合計800以上のプログラムが放送されました。ある町や都市では公共広場が使用され,拡声器が取りつけられていて,毎週きまつた時間にそのプログラムが聞えてきます。バヒア州のある町では,平均350人がそれを開くと特別開拓者は報告しています。再臨派だつたある青年は,定期的にこのプログラムを聞き,いまでは,その地方の会衆の活発な伝道者となつています。

  • 「御心が地に成るように」(その33)
    ものみの塔 1960 | 5月1日
    • 「御心が地に成るように」(その33)

      1945年,第二次世界大戦が終結してナチ-フアシストの枢軸国が滅ぼされると共に,共産主義ロシアの支配勢力は『北の王』の役割を占ました。この北の王の長い歴史は,ダニエルの預言 第11章に述べられています。この象徴的な北の王は,南の王である英米両国の世界強国に敵対するだけでなく,神の神,すなわち預言者ダニエルの神ヱホバにも敵対します。41-43節(新口)は次のように述べています,『彼はまた麗しい国にはいります。また彼によつて,多くの者が滅ぼされます。しかし,エドム,モアブ,アンモンビとらのうちのおもな者は,彼の手から救われましよう。彼は国々にその手を伸ばし,エジプトの地もまぬがれません。彼は金銀の財宝と,エジプトのすべての宝物を支配し,リビヤびと,エチオピヤ人は,彼のあとに従います。』この意味は何ですか。

      59 ダニエル書 8章9,23-25節の中で,『麗しい地』は何を象徴しましたか。それで,ダニエル書 11章41節では,誰が北の王からの最終的な攻撃を前もつて警告されていますか。

      59 ダニエルの初期のまぼろしの中で,ダニエル書 8章9,23-25節(新口)は『麗しい地』について語つています。この世の国の終りの時,すなわち現在の私たちの時代に『小さな角』なる『猛悪な顔の王』は,この『麗しい地』に力をのばすでしよう。その預言の中で,『麗しい地』は,霊的な意味を持ちました。それは,パレスナチを表わし示したのではなく,ヱホバの新しい契約によりヱホバとの関係に人つているヱホバの聖所級の地的な状態を表わしました。同様に,北の王はその最終的な活動において,聖所のこの霊的に『麗しい地』の領域にも侵入します。彼は,すでに聖所をけがそうと努めました。(ダニエル 11:31)しかし,ハルマゲトンの戦いをする神の定められた時が来ると,北の王は『麗しい地』を滅ぼして,地上から取りのぞくために出かけて行きます。この行いをする彼は,サタン悪魔なるマゴグのゴグの地的な機関として行動します。エゼキエル書 38章14-17節,39章1-6節の予言によると,ゴグは地的な軍勢を引きつれて,復興した霊的イスラエルのこの『麗しい地』に侵入します。これは,ヱホバがその大いなる日の戦争を始める時となります。それで,ダニエル書 11章41節の中で聖所級は,マゴグのゴグの見えざるみちびきをうける北の王の最終的な攻撃について,前もつて警告しています。

      60 それでは,エドム,モアブ,そしてアンモン人のおもなる者たちは,どんな意味を取らねばなりませんか。それで,彼らは誰を表わし示しますか。

      60 霊的イスラエルの『麗しい地』は霊的な意味です。そのことに対する正しい釣合から見ると,エドム,モアブの地およびアンモンびとのうちのおさなる者とは,首都がアマン(昔のラバテ-アンモン)である現代のヨルダンを指さず,むしろ霊的な意味を持つにちがいありません。ヱホバの聖所級は,今日のイスラエル共和国 ― 数人の成員がその中にいます ― ではありません。聖所級の残れる者は,全地におり,彼らの『地』なる地的な状態は霊的な繁栄の美でさかえています。昔のエドム,モアブそしてアンモンは,ヱホバの民の地の境に接していました。それで,預言に言われている象徴的なエドム,モアブ,そしてアンモンは,その生活が今日のヱホバの聖所級と接触し,関係を持つ者たちを表わし示すにちがいありません。昔のエドム,モアブ,そしてアンモンは,ヱホバの忠実な民に反対しつづけた長期間にわたる敵たちでした。この理由のために彼らは神の処罰を受けるようになつたのです。(エレミヤ 48:1から49:22。エゼキエル 25:1-14; 35:1-15)すると,彼らは今日の霊的なイスラエル,すなわちヱホバの聖所級につよく反対する敵共を表わし示します。

      61 それでは,なぜ北の王は,他の『国々』に対して行なうように,彼らの上に手を伸ばしませんか。

      61 聖所級の敵共が,北の王の友である,つまり北の王の側につくことは当然です。北の王は,エドム,モアブ,そしてアンモンで象徴される者たちに対して手を伸ばしません。これらの現代の諸制度は,彼の手から救われて難をまぬかれるでしよう。しかし,他の多くの『国々』,現代の地的な制度,機関,地位は『滅ぼされる』でしよう。

      62 象徴的なエドム,モアブ,そしてアンモン人のおもなる者たちは,誰の手から救い出されませんか。そしてどこで?

      62 象徴的なエドム,モアブ,そしてアンモンは,北の王なる共産主義者の手からのがれることができるかも知れませんが,ハルマゲドンにおけるヱホバの御手からのがれることはできません。昔,アンモン,モアブ,そしてセイル山の民(エドム人)は,ヨシャパテ王の時代にエルサレムに進撃してきました。しかし,ヱホバの不思議な力のために混乱状態におちいり,互に殺し合うという狂気の行ないをいたしました。それで,来るべきハルマゲドンの戦いのとき,ヱホバは,何ものも反抗し得ないその御力により,聖所級の敵共である象徴的なエドム人,モアブ人,そしてアンモン人を無秩序と混乱に投げこむでしよう。彼らは破壊の兵器を互いどうし向け合うでしよう。(歴代志略下 20:1-24)この自滅からのがれる者も,キリストのみちびくヱホバの御使の軍勢によって追跡され,ほろぼされるでしよう。『麗しい地』にいるヱホバの聖所級は,保護をうけて生き残ります。

      63 ダニエル書 11章42,43節は『エジプトの宝物』について語つていますが,いつエジプトは富める国でしたか。

      63 北の王なる共産主義者たちは,ハルマゲドンでその終りに達する以前に,更に侵略を行なう,とヱホバの御使は前もつて告げました,『彼は国々にその手を伸ばし,エジプトの地も免れません。彼は金銀の財宝と,エジプトのすべての宝物を支配し,リビヤとび,エチオピヤびとは,彼のあとに従います。』(ダニエル 11:42,43,新口)昔のプトレミイ王朝時代のとき,エジプトは富める国でした。その海港と首都アレキサンドリアは,ローマに次ぐ大都市で,文化の中心であつただけでなく大商業の中心でもありました。

      64 いつ現代のエジプトは独立を得ましたか。中立の国家なるアラブ連合共和国は,どのように形成されましたか。

      64 現在のエジプトは,西暦1936年に完全な独立を得て,以前の英国の高等顧問と,英国の軍隊は,エジプトの地から撤退しました。しかし,スエズ運河とアレキサンドリアの海軍基地を守る者たちは,居残りました。第二次世界大戦中,英国の軍隊は,北の王ナチが,スエズ運河に手をのばして占領し,エジプトを蹂躙することを食い止めました。1945年,エジプトは国際連合に加入した最初の51カ国のひとつでした。1952年フアルク王は追放されて,政治上の変化が生じました。遂にガマル・アブデル,ナセル大佐は,共和国の大統領になりました。1956年6月13日までに英国人はアレキサンドリアとスエズ運河から撤退しました。1956年の終り頃,危険なスエズ運河事変が起りました。しかし,ナセル大統領はアラブ世界で名声を高めるにいたりました。1958年2月1日,エジプト共和国とシリア共和国は合併して,アラブ連合共和国と呼ばれる合一国家になりました。ナセル大統領は,この連合についてアラーの神に感謝しました。1958年3日8日,イェーメンの国はアラブ連合共和国に加わつて,連合アラブ国家をつくりあげました。ナセル大統領は,拡大されたこの連合のためにアラーの神に祈りをささげました。彼は,共産主義者の東のブロックに対しても,民主主義的な西のブロックに対しても,『積極的な中立』の道をとるという決意を強く宣言しました。

      65 なぜダニエル書 11章42,43節は象徴的に見なされますか。利己的な北の王は,どんな面で象徴的なエジプトに興味を持ちますか。

      65 ダニエルに告げた御使の預言の中では,エジプトは,南の王の所在地でした。それで,北からエジプトに加えられた攻撃は,南の王を押し戻すためです。その預言が成就している今日,これはエジプトの実際の地に言及していません。なぜなら,北にある『麗しい地』は霊的な意味,象徴的な意味を持つているからです。それで,エジプトも霊的に見なされねばなりません。聖書の最後の本は,ヱホバの『二人の証者』について,次のごとく語つています,『彼らの屍は,霊的

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