ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • あなたは読む力を向上させることができます
    目ざめよ! 1976 | 3月22日
    • むしろ焦点を合わせるために一つの行の上で何回か停止しています。それから次の行の初めのところに戻って行きます。読むのが遅い人の目は各行の上で何度も止まり,その度に目に入るのは多分,一語あるいは一音節にしか過ぎません。それで脳に送られる情報がばらばらである事は明らかです。

      一行につき視線を止める,つまり凝視する回数を減らすならば,もっと早く読んで,しかも理解と読書の喜びを増し加えることができます。少し練習してみませんか。幾つかの語をひとまとめに読むように努めてください。これによって読む速度は早くなり,筆者の言わんとするところをいっそう良く理解できるようになるのを試してごらんなさい。

      後戻りするという問題も考慮に値します。これはどんどん読み進む代わりに何度も読み返す悪い習慣です。後戻りすることによって読む速度は落ち,目は疲れ,理解は妨げられます。何かを見落としても,後戻りしないでください。記事をもう一度読むほうが良く,(またその方が時間を余計にとるという事も恐らくありません。)緊急さを感じており,時間を最善に活用することを願っているならば,後戻りすることを思いとどまるようになるでしょう。

      非常に熟練した読書家でも,筆者の考えの筋道を理解できなかったり,脳に伝えられた事柄が曲げられているように感じたり,あり得ない事のように思われたりするために後戻りすることがあります。コーネリア・オーティス・スキナーは次のように書いています。「ある時,わたしは飛行機旅行をしていた時,パール・バックの書いた雑誌の記事を読んでいた。あの魅惑的な文章のひとつがたちまち,わたしの目を引き付けた。それは次のような文であった。『夜明けにわたしたちは,いすかごに乗って出かけた。それは中国の海狸<ビーバー>(beavers)の裸背に棹を支えられたものである』。何と変わった乗り物だろう,とわたしは思った。中国の海狸は我々のものよりもずっと大きいに違いない。そして明らかに家畜としてならす事のできるものだ。ちょうどその時,飛行機はあの原因不明の揺れをおこしたのでわたしは揺り動かされ,読んでいた箇所を見失った。再びその箇所を見つけた時,わたしは気づいた。バック女史とその一行は中国人のかご舁き<ベアラー>(bearers)に舁かれて出かけたのである」― 1972年5月号リーダース・ダイジェスト。

      声を出すこと ― 良いか悪いか?

      普通には後戻りすることは望ましくありません。しかし早く読むには,ほかにも避けるべき事があります。ある人々は自分一人で読んでいるのに声を出すため,読むのが遅いのです。そのような人は小声を出して読む,つまりくちびる,舌,声帯,のどの筋肉などを動かしているかもしれず,実際には一語一語を自分に言って聞かせています。また,ある人は聞こえるように発音せず,したがってどこも動かしてはいませんが,それでも,全部の語を自分に読み聞かせて頭の中でそれを“聞いて”います。たゆまずに努力する事により,また幾つかの語をひとまとめに読むことによって,声を出すのを避け,したがって読む速度を増すことができます。

      とは言え,ひとりで読んでいる時に声を出して読むのは,いつでも悪い訳ではありません。昔,イスラエルのヨシュアは次のように命ぜられました。「この律法の書をあなたの口から離すことなく,昼も夜もそれを思い[小声で読み,新]そのうちにしるされていることを,ことごとく守って行わなければならない。そうするならば,あなたの道は栄え,あなたは勝利を得るであろう」。(ヨシュア 1:8,口)小声で読むとは,低い声で言葉を自分に言って聞かせることです。読んでいる事柄はこれによっていっそう忘れ難い印象を残します。なぜなら言葉を見て,そして聞くからです。

      速読術を習うことについてはどうか

      ここであなたは速読術の本を学ぶことを思案されているかもしれません。それはあなたの決める事柄です。おそらくそのような本は後戻りすることや声を出して読むことをやめるように勧め,また目の動きを止めるごとに幾つかの言葉をとらえるように勧めていることでしょう。また長い語の語尾(“fundamentally”の“-ly”のような)に目を留めないようにする事を提案しているかもしれません。熟練した読書家には「そして」,「における」,「彼女は」などの言葉は存在していないようなものであると述べられているかもしれません。このような人は,ある種の言葉や単語の語尾は省いてどんどん読み進んで行きます。

      しかし黙読において速度という事にとらわれ過ぎてはなりません。それはいつも肝要あるいは適切な事であるとは限りません。良書を読むことをある晩に計画しているならば,あなたはゆっくり読むことを望むでしょう。大切な点を覚える目的で勉強する場合もあります。何でも非常に早い速度で読めばよいというものではありません。小説は早く読めるかもしれませんが,仕事の上での長い覚え書きは違ったペースで注意を集中して読まなければならないという事もあるでしょう。

      読みながら頭を活発に働かせなさい

      いずれにしても,読むことは受け身の活動であってはならない事に留意してください。作家のサマセット・モームは元来,読むのが遅い人でしたが,「感受性を持たずに目で読む」人をけなして,「それはチベット人が地蔵車を回すのと同じような単調な行為である」と書きました。

      読みながら頭を活発に働かせてください。著者の述べている事柄を分析し,自分がそれに同意するかしないかを考えてみてください。次のように自問できます。著者の主題は何か。この段落に述べられている事はそれをどのように裏づけているか。この知識をどのように生かすことを求められているか。何をしたら良いか。

      休止の時間をとり,読んでいる事柄に考えをめぐらしてください。献身したクリスチャンは聖書を読む時,当然にその事をします。それはなぜですか。彼らは聖書に述べられている事柄を覚えることを望むからです。彼らは聖書の原則を生活に適用することを願っています。また誠実な気持ちで問う人に答えられるようになりたいと望んでいます。神の霊感による箴言はこう述べています,「正しい者の心は答えるべきことを考える」― 箴 15:28,口。

      できる時には,出来事の光景を頭に描いてください。地形,道路,人々を想像してください。男女の服装に注目してください。楽しそうに遊ぶ子供たちの声を聞いてごらんなさい。パン焼きがまの中のパンのにおいをかいでごらんなさい。その場に居ることを想像してください。このようにして読書は冒険となります。あなたは古代都市を見,高い山に登り,創造の驚異に感嘆し,あるいは神に偉大な信仰を抱いた人々と交わることができるからです。早速,聖書をひもといて巻頭の創世記から読み始めてはいかがですか。その中であなたはエホバ神の偉大な創造のわざを目撃し,遠い昔の敬虔な族長たちと一緒に歩くことができます。

  • “魚から出てきた”貝殻
    目ざめよ! 1976 | 3月22日
    • “魚から出てきた”貝殻

      ● 海辺を歩きながら,色とりどりの貝殻が砂浜に散らばっているのに気付いたことがあるでしょう。軟体動物の貝殻には,二枚貝,巻き貝,タカラガイ,カキ,などのものを含めて約10万種類もあると言われています。趣味で貝殻を集める人は少なくありませんが,そうした人々は,普通,最も質が良いのは中の貝がまだ生きているうちに採取された貝殻であることを知っています。

      ところが軟体動物の中には,ほとんど人間の手の届かないような所に住んでいるものもあるので,珍しくて高価なある種のイモガイの貝殻などを入手するのは容易ではありません。しかし,この種の貝殻は魚の中から出て来る場合があります。魚を捕まえて腹を切り開いたときに見付かるのです。世界で最も珍しいものとされているデュ・サバル・イモガイが世に知られるようになったのは,その唯一の標本となった貝殻がモーリシャス島沖でとれた魚の中から出て来た時のことです。それでこれは,まさにエクス・ピース貝殻,つまり「魚から出てきた」貝殻と呼べます。

日本語出版物(1954-2026)
ログアウト
ログイン
  • 日本語
  • シェアする
  • 設定
  • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
  • 利用規約
  • プライバシーに関する方針
  • プライバシー設定
  • JW.ORG
  • ログイン
シェアする