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  • 私は闘うだけの価値のあるものを見いだした
    ものみの塔 1977 | 2月15日
    • もなくさらに大勢の人が浸礼を受けるものと思われます。

      全時間の宣べ伝える業に携わったこの30年余りの年月は,価値のある,報いの多いものであったと言わねばなりません。数々の問題にも直面しました。しかし,エホバは私たちに援助の手を差し伸べ,いかなる妨害をも乗り越えられるよう助けを与えてくださいました。聖書が神のしもべに関して述べている次の言葉は真実です。「あなたを攻めるために形造られるどんな武器といえども効を奏さ(ない)」― イザヤ 54:17,新。

      この言葉が真実であることは,ケベックで何とよく証明されたのでしょう。1945年に同地で神の王国を宣明していたのは356人にすぎなかったのが,現在では8,000人余りがその業に携わっています。1945年当時,ケベックにあった八つの会衆は,149に増加しました。1947年当時の一つの小さな巡回区は,10の巡回区になりました。確かに,『霊的なさばくはサフランの花のごとくに咲きかがや(いて)』います。(イザヤ 35:1)この楽しい年月を思い起こすと,それは何物にも換え難い経験であると言えます。真の崇拝を擁護するために闘うことは,これまで同様,今でも大きな特権です。

  • 啓示 ― エホバのご意志と目的を伝える書
    ものみの塔 1977 | 2月15日
    • 啓示 ― エホバのご意志と目的を伝える書

      『この預言のことばを読む者,またそれを聞き,その中に書かれている事がらを守り行なう者たちは幸いである』。(啓示 1:3)その大半が,象徴的な,あるいはしるしの言葉で書かれている啓示の書に関して,このように言えるのはなぜでしょうか。

      しるしの言葉が用いられてはいても,神のご意志と目的に関して多くの事柄は理解でき,それにより,幸福になるための基礎がすえられます。啓示の書は,邪悪な者に対するエホバの裁きについて述べています。また,神のしもべたちの忍耐をほめており,彼らが勝利を得ることについて述べ,矯正の見込みのない邪悪な者すべてにやがて臨む滅びと,義の最終的な勝利とを描写しています。

      啓示は,適切にも多くの点で創世記を補い,完成させています。創世記 1章1節は,天地の創造に関して述べていますが,同様に啓示 21章1節は,新しい天と新しい地について述べています。創世記 3章は,どのようにして罪と死が人類に入って来たかを明らかにしていますが,啓示はその終末を知らせています。また,創世記は命の木と,エデンから流れ出る川に言及していますが,啓示もやはり,命の木と,神のみ座から流れ出る命の水の川とについて象徴的に述べています。

      だれが,いつ,どこで,何を

      いろいろな訳の聖書は,啓示のことを“聖ヨハネの啓示”と述べていますが,それは正しくありません。啓示は次のようなものです。「イエス・キリストによる啓示,これは,ほどなくして必ず起きる事がらをご自分の奴隷たちに示すため,神が彼に与えたものである。そして,彼は自分の使いを送り,その使いを通して,しるしによりそれを自分の奴隷ヨハネに示したのである」― 啓示 1:1。

      ヨハネは,これらの幻を見たとき,「神について語り,イエスについて証ししたために」パトモス島に流刑となっていた,と使徒ヨハネ自身が述べています。(啓示 1:9)ヨハネはドミティアヌス帝の治世の終わりごろに流刑にされました。ドミティアヌス帝の治世は西暦96年に終わり,その直後にヨハネは流刑を解かれました。それで,ヨハネが自分の記録した幻を見たのは,その年であったと思われます。

      ヨハネはそれらの幻をいつ書き記しましたか。ヨハネが,見聞きした事柄を鮮明に描き出していることから,彼がそれらの幻をすぐに書き記したことが証明されます。見聞きした事柄を遅れることなく書き記すのがヨハネの習慣であったことは,自分が聞いたばかりのある事柄を書き留めないように,とのヨハネに与えられた命令によっても確証されているようです。このことは,その特定な幻だけが例外であったことを示しています。―啓示 10:4。

      七つの会衆に対する音信

      聖書の中で,七という数は完全さの象徴とされています。そして特に啓示は,その事実を強調しており,啓示の書の中に“七”という数は50回ほど出て来ます。最初に出て来るのは,七つの会衆,七つの霊,七つの黄金の燭台,そして七つの星などです。a

      ヨハネは,あいさつと紹介の言葉の後に,復活したイエスの栄光ある幻を見ることについて述べ,創造者がご自身のことを「アルファであり,オメガである」と言われるのを聞きます。(啓示 1:8)次いでヨハネは,自分が音信を送る七つの会衆の名を挙げています。初めに,エフェソスにある会衆をほめ,それから,最初の愛を離れたことを非難しています。しかし,悔い改めるなら報いを与えると約束しています。スミルナの会衆が受けたのは,賞賛の言葉と,死に至るまで忠実であれば命の冠を与えようという約束のみです。ペルガモン,テアテラ,サルデスにある諸会衆には,賞賛の言葉と警告の言葉の両方が与えられています。もし悔い改めるなら報いを与えられることになっています。しかし,フィラデルフィアにある会衆は,賞賛の言葉とともに報いの約束のみを受けています。ラオデキアにある会衆は,それとは対照的に非難の言葉だけしか受けていません。その会衆は,熱くも冷たくもないからです。しかし,もし悔い改めて,征服するなら,ちょうどイエスが征服して,イエスの父と共にその座に座ったように,イエスと共にイエスの座に座るという報いが約束されています。―啓示 2:1–3:22。

      六つの封印が開かれる

      ヨハネは今,天の幻を与えられます。幻の中でヨハネは,目のいっぱいある輝く四つの生き物と,座に座っている24人の長老とに囲まれてみ座に座っておられる創造者の,まばゆいばかりの荘厳な光景を目にします。その24人の長老は次のように語っています。「エホバ,わたしたちの神よ,あなたは栄光と誉れと力を受けるにふさわしいかたです。あなたはすべてのものを創造……されたからです」― 啓示 4:9-11。

      み座に座っておられるかたは,七つの封印で堅く封印された巻き物を持っています。ヨハネは,巻き物を開くにふさわしい者が見いだされないので泣きます。すると,ユダ族のしし,イエス・キリストが,巻き物を開くにふさわしい者として示され,エホバと子羊の両方に,繰り返し賛美がささげられます。―啓示 5:11,12。

      6章の中で,ヨハネは,子羊が封印を解くのを見始めます。第一の封印が開かれると,白い馬に乗っている,勝利を収める義の戦士イエス・キリストが現われます。次の三つの封印が開かれると,世の体制の終結の「しるし」の一部である,戦争,飢きん,疫病に関するイエスの偉大な預言が思い出されます。(ルカ 21:7,10,11)第五の封印が開かれると,ヨハネは,クリスチャン殉教者たちが自分たちの血に対する復しゅうを求めているのを見ます。第六の封印が開かれると,それに伴い,天地で激しい動揺が起こり,人々は来たらんとする神の憤りを恐れます。7章には,14万4,000人の霊的イスラエル人に証印が押されるまで,四人の使いが神の憤りを押さえている様子が描かれています。その後,ヨハネは,大患難から出て来た大群衆を見ます。その大群衆は,栄光と誉れと救いを,エホバ神と子羊,イエス・キリストに帰しています。―啓示 7:1-17。

      七人の使いが七つのラッパを吹く

      第七の封印が開かれると,聖なる者たちの祈りと,七人の使いがラッパを吹く準備をしている様子とが簡単に述べられていることに気付きます。これらの使いのうちの五人が,次々にラッパを吹きます。すると,極めて象徴的な言葉でそれらのもたらす影響が告げられますが,そのすべては,地上の邪悪な者たちに対して処罰を与えるといった性質のものです。第六のラッパが吹かれると,ヨハネは,第七のラッパが吹かれるときに神の秘義は終了すると告げられ,食べるようとに巻き物を与えられます。巻き物は,ヨハネの口には蜜のように甘く,腹には苦く感じられます。それからヨハネは,神殿の聖所を測るよう命じられます。また,粗布を着て,灰の中で,1,260日の間預言する,「ふたりの証人」により象徴されている神のしもべたちについて告げられます。その後,神のしもべたちは殺され,敵はそのことを喜びますが,結局は,復活させられ高められることになります。―啓示 8:1–11:13。

      第七の使いがラッパを吹くと,ヨハネは次のような発表を聞きます。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼はかぎりなく永久に王として支配するであろう」。また,24人の長老は,神を崇拝してこう言います。「いまおられかつておられたかた,全能者なるエホバ神よ,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の偉大な力を執り,王として支配を始められたからです」― 啓示 11:15-18。

      12章は,印象的な筆致で,起こった出来事の詳細を示しています。ヨハネは,太陽で身を装い,月を足下に置き,十二の星の冠をかぶっている女を見ます。この女は,あらゆる国民を鉄の杖で支配するはずの男の子を産みます。その後,天で戦争が起こります。ミカエルとその使いたちが,龍とその使いたちと戦います。ミカエルは勝利を収め,龍,すなわち初めからのへびであるサタン悪魔は,その軍勢と共に地に投げ落とされます。このことは,地にとって大きな災いとなります。悪魔は自分の時の短いことを知っているからです。―啓示 12:1-17。

      野獣対聖なる者たち

      13章でヨハネは,七つの頭と十本の角を持つ一匹の野獣を見たことを述べています。この野獣は神を冒とくし,神の聖なる者たちと戦います。それから,別の野獣が現われ,地に住む者たちに第一の野獣を崇拝させ,その像を作らせます。また,地のすべての人を強制してその印を受けさせます。その野獣の数字は666です。

      しかし,すべての人に首尾よく印を受けさせられる訳ではありません。次いでヨハネは,勝利を収めた者たちが初穂として,きずのないままで子羊と共にシオンの山に立っているのを見るからです。告げるべき永遠の良いたよりを携えたひとりの使いが中天を飛んでいるのが見えます。その使いは,「神を恐れ,神に栄光を帰せよ」とすべての者に訴えています。次に,野獣の圧力に屈してしまう者すべてに警告が与えられています。しかし,聖なる者たちはその忍耐のゆえにこのように約束されています。「主と結ばれて死ぬ死人は幸いである」。さらに別の使いが,地のぶどうを収穫することについて,またそのぶどうが大きな酒ぶねの中で踏まれることについて述べています。―啓示 14:1-20。

      15章は,野獣とその像に対して勝利を収めた者たちが,義であり真実である神を賛美している様子を描写しています。そして,神の怒りの七つの鉢を持った七人の使いが,邪悪な世界の様々な部分に鉢を注ぎ出す情景が続きます。第六の鉢を注ぎ終えると,悪霊の霊感による汚れた音信が,ハルマゲドンと呼ばれる場所での,全能者なる神の大いなる日の戦争に,国々の民を集めます。―啓示 16:14,16。

      バビロンとその後援者は打ち負かされる

      17,18章は,緋色の野獣に乗っている,娼婦たちの母として大いなるバビロンを描写しています。その緋色の野獣にも,やはり七つの頭と十本の角があります。しかし,ほどなくしてその十本の角は,娼婦を裸にし,荒れ廃れさせ,そして火で焼いてしまいます。バビロンは滅びに定められているので,その罪にあずからず災厄を受けることがないように彼女から逃れなさい,との命令が神の民に出されます。娼婦が滅びるときに,彼女を支援してきた世の政治支配者たち,および世の有力な商人たちは,それにより自分たちが被る損失のために嘆きます。娼婦が滅ぼされることにより,神の聖なる者たちの血に対する報復がなされる,と告げられます。

      19章は,「あなたがたはヤハを賛美せよ!」という命令の言葉で始まります。さらに三度,この言葉は繰り返されています。それは,エホバが大娼婦に裁きを執行され,王として支配を始められたからであり,また子羊とその花嫁の結婚の時が到来したからです。それから,忠実であり真実な方である神の子羊が,地の王たちとその軍勢と戦うために,天の軍勢を伴って出て行くところが見られます。地の王たちとその軍勢は皆,剣によって殺されます。

      千年

      千年の間,悪魔サタンは底知れぬ深みにいるため,人類に影響を及ぼすことができません。その後,しばらくの間解き放されるとき,サタンは地に住む人々を惑わそうとするでしょう。サタンに屈する者すべては,サタンと同じように滅ぼされます。サタンが滅ぼされる前の千年間に,ハデスにいる者は皆,復活させられます。ヨハネはまた,神が,天幕にいるかのように,人類と共に住まれる様子を見ます。そのとき神は,すべての涙や苦痛,悲しみや死に終わりをもたらします。こうしたことすべてを成し遂げるために神が用いられるのは,花むこイエス・キリスト,および金と宝石で輝く都市として描写されている,美しい花嫁のような新しいエルサレムです。なんと荘厳な最高潮なのでしょう。エデンにおいて,またそれ以来サタンにより加えられてきた害は,今や取り除かれるのです。―啓示 20:1–22:5。

      この預言の言葉を守り行なう者は,「幸いである」と再び宣せられます。そして,聞く者すべてに,命の水を価なくして受けるようにとの招待が差し伸べられます。また,この預言の言葉に付け加えたり,預言の言葉から取り去ったりする者は,事の重大性について警告を受けます。速やかに来るというイエスの約束の言葉を聞くと,ヨハネは「アーメン! 来たりませ,主イエスよ」と答えます。―啓示 22:7-21。

      啓示は本当に有益なもの

      啓示の書の大部分は象徴的なものですが,その記述そのものの中にも,思いを養う豊富な食物や優れた諭し,また励ましの言葉が含まれていることは確かです。とりわけ,小アジアの七つの会衆に対する音信は非常に有益なものです。また,わたしたちは幾度も,忍耐の必要性が強調されていることや,義の最終的な勝利という輝かしい希望が与えられていることに気付きます。(啓示 1:9; 2:3,19; 3:10; 13:10; 14:12)そしてまた,啓示全体は,崇拝と賛美と誉れを創造者エホバ神と子羊とにささげることについて述べ,またそうするよう求めています。

      また,象徴的な表現に関しては,聖書の他の部分がそれらのうちの幾らかに光を投げ掛けていることに注意してください。ダニエルは強力な帝国を表わすのに野獣を用いていますが,そのことは,啓示に出て来る野獣を強力な政治制度として見分けるのに役立ちます。―ダニエル 7:2-26; 8:3-25を啓示 13:1-18; 17:3-17; 19:19,20と比べてください。

      同様に,ヘブライ語聖書の中で,背教した民は売春婦として述べられています。(イザヤ 1:21。エゼキエル 23:1-49)それで,わたしたちは,娼婦たちの母である大いなるバビロンが,売春を行なう巨大な宗教上の帝国に違いないことを推察できます。―啓示 17:1-6; 18:1-24。

      また,啓示の中にしか述べられていない真理も数多くあることに注目してください。イエスはご自分の追随者のことを「小さな群れ」と呼ばれましたが,啓示だけが,14万4,000という数を挙げてそれがどれほど小さいかを示しています。(ルカ 12:32。啓示 7:4-8; 14:1,3)イエスはまた「ほかの羊」についても語られましたが,啓示だけが,その中の「大群衆」を描写しており,「大群衆」が「大患難」から出て来たことを述べています。(ヨハネ 10:16。啓示 7:9-14)エホバの軍勢とサタンの軍勢が対戦する場所,つまりハルマゲドンに言及しているのも啓示だけです。(啓示 16:14,16)イエスとパウロは死者の復活について述べましたが,啓示だけが「第一の復活」やそれ以外の人類の復活があることを述べています。(ヨハネ 5:28,29。使徒 24:15。啓示 20:5,6)また,新しいエルサレムが,自分の夫のために飾った花嫁のように天から下って来るという輝かしい情景を描写しているのも啓示だけです。―啓示 21:2。

      啓示が,神の民,また全人類に対する神のご意志と目的をわたしたちに明らかにしていることに,疑問の余地はありません。啓示には義の最終的な勝利に関するなんという良いたよりが含まれているのでしょう。またこの書は,わたしたちが勝利を得られるよう忍耐すること,さらにエホバ神とその子羊イエス・キリストを賛美することを非常に強調しています。啓示が,霊感による聖書を構成する「小さな本」すべての最後に置かれているのは,なんと適切なことでしょう。確かに,理解できる範囲内で,『その中に書かれている事がらを朗読し,聞き,またそれを守り行なう者たちは幸いです』。

      [脚注]

      a 啓示の一節ごとの詳細な解説は,最初の13章までについては「その時,神の秘義は終了する」と題する本,また14章から22章までは「『大いなるバビロンは倒れた』神の王国は支配す」(英文)と題する本をご覧ください。

  • 純粋の友情は強力なもの
    ものみの塔 1977 | 2月15日
    • 純粋の友情は強力なもの

      真の崇拝は人が持つ気質に健全な影響を与えます。真の崇拝は,人の心の中に他の人のことを思いやる気持ちを起こさせます。そしてこの気持ちは,未知の人に接するときに親しみやすい態度となって現われます。

      南部ギリシャのある島でもそのようなことがありました。ある男の人はエホバの証人と聖書の勉強をしていましたが,その人の妻はそれに激しく反対していました。主の晩さん式が近づいていたのでその人はそれに出席するつもりでいました。夫が身仕度をしているのに気付いた妻は,どこへ行くのか夫に尋ねました。「実はきょうエホバの証人は,イエスが定められた特別の式で,イエスの死の記念式というのを祝うんだ。わたしはそれに出席するけれど,お前も一緒に行ってくれると,どんなにうれしいか分らないんだがな」と,夫は言いました。すると妻はひどく憤慨し,証人と夫をののしりはじめました。

      身仕度をととのえた夫は結局ひとりで出かけることになりました。しかし,家を出ようとしたそのとき,突然に妻が,「待って! わたしも行くわ」と言いました。夫は自分の耳を疑いました。目には涙が浮かびました。二人はそろって集会に出席し,妻は静かに話を聞きました。話が終わってから,ある婦人のエホバの証人が非常に親しく彼女に話しかけ,彼女の家を訪問する約束をしました。そして聖書の研究が始まりました。

      この婦人は勉強を始めた最初の月に,その証人に言いました。「今は私もエホバの証人で,あなたの姉妹です。主人にはまだ話していないのですけれど,今ですから以前計画していたことを洗いざらいお話ししますが,主人が記念式のことを私に話したとき,私はナイフをまくらの下に隠し,夫を殺す機会をうかがっていたのです。その決意をしていたときに,夫は私を集会に誘いました。それで最後に私は,集会に行ってそこで警官を呼びエホバの証人を一人残らず逮捕させてやろう,と決心しました。でもあなたのおかげで真理を知るようになりました。そして主人がまだ生きているのも,私がこうして刑務所に入れられないで自由の身でいられるのも,真理のおかげです」。

      そのエホバの証人の友情はなんと大きな力を発揮したのでしょう!

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