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  • わたしたちは聖書預言に頼れますか
    目ざめよ! 1977 | 6月22日
    • 「世は過ぎ去りつつあり,その欲望も同じです。しかし,神のご意志を行なう者は永久にとどまります」― ヨハネ第一 2:17。

      これらの聖書の預言が成就することを,一瞬でも疑うことのないようにしてください。エルサレムの破滅に関するイエスの預言が一世紀に実現したのと同じほど確実に,現在の事物の体制の終わりに関する預言も成就します。わたしたちには,聖書預言の確実さを信ずべき,そしてその信仰に従って行動すべき十分の理由があるのです。

  • 私は福音教会の牧師でした
    目ざめよ! 1977 | 6月22日
    • 私は福音教会の牧師でした

      南米のコロンビアでは近年,宗教事情に著しい変化が生じています。コロンビア人の大多数は,今だにローマ・カトリックを信奉していますが,熱心なカトリック教徒と言えるのは,ほんの少数の人々にすぎません。他の宗派へ転向する人がこの数十年間ますます増加しており,そうした宗派には,説教の中で個人的救いを強調する根本主義のプロテスタント諸教団も含まれています。

      私は18歳のころまで,信心深いローマ・カトリック教徒でした。毎日ミサに通い,週に二,三回は告解や聖ざん式にあずかり,イエズス聖心クルセードなど,カトリック教会の様々な運動に参加していました。故郷のクィンディオのアルメニア市で,私たち一家は司祭と非常に親しくなりました。

      1945年ころ,福音教会のある中年の夫婦が,一晩の宿を求めて私たちの家の戸口に来ました。その夫婦は一冊の聖書を持っていましたが,それは私たちにとって初めて目にした聖書でした。母は聖書に大変興味を示し,その訪問者たちと明け方近くまで聖書について話し合いました。まもなく母は,カトリック教会の教えている事柄が神の言葉と完全には一致していないことを悟り,福音主義者となりました。父を含め家族の残りの者も,やがて母と一緒に聖書を調べるようになりました。

      ローマ・カトリック教徒の社会に住む者が,教会を離れるならどんな目に遭うかなど,私たちはほとんど理解していませんでした。以前の友人は偏屈な敵となりました。幼い弟が死んだとき,司祭は教会内の墓地に埋葬することを許可しませんでした。外に墓地がなかったので,家の裏庭に埋めるより仕方がありませんでした。

      一年後に母が死んだときも,私たちは同じような目に遭いました。「聖書を勉強したあの婦人は,聖地に埋葬されるに値しない。コーヒー園かどこかに埋めればよいだろう」と,司祭は説教壇から語りました。そうした扱いを受けたため,私は幼いころから通っていたその教会に親しみを感じなくなりました。埋葬を断わられた父は,墓掘り人に頼み込み,午前三時に墓地を開けてもらえること

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