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  • 「預言のことば」に注意しなさい
    ものみの塔 1970 | 1月15日
    • も「戦闘を挑まん」と意を決しています。サタンは天と地にまたがるその「すえ」の全組織を動かして,キリストの治めるエホバの御国に関するお目的を宣明する一見無防備なエホバの証人に対し,最後の総攻撃を行なおうとしています。―黙示 12:17。エゼキエル 38章。

      21 (イ)今はなぜ「目をさまして」いるべき重大な時ですか。(ロ)『大いなるバビロン』の前途には何がありますか。生き残れるかどうかは何にかかっていますか。

      21 最後の決戦は今や迫っています!「悪鬼の霊」が諸国家を「全能の神の大なる日の戦闘……ハルマゲドン……に集め(る)」とともに,サタンは偽りの宣伝をもって人々を酔わせようとしています。今は神の民がどの時代にもまして「目をさまして」いるべき時です!(黙示 16:13-16)いま地上では不法,暴力,苦悩が増し加わっています。しかしすべての人のために全地で自由が告げ知らされる少し前に,大いなるバビロンを含め,サタンの「すえ」は破滅をこうむらねばなりません。宗教上のバビロンが破滅を受けるのはまさに当然です。そのバビロンは「聖徒の血とイエスの証人の血とに酔ひたり」と述べられているからです。偽りの宗教のこの世界帝国の滅びは,黙示録で3回強調されているとおり「時の間に」,すなわち驚くほど突然に到来します。約束された真の「すえ」とともにあることを願う人すべてにとって,天使の次の命令に聞き従うのは今やきわめて急を要する事柄です。「わが民よ,かれの罪にあずからず,彼のくるしみをともに受けざらんため,そのうちを出でよ」。あなたが生き残るかどうかは,偽りの宗教とのかかりあいから離れるかどうかにかかっているのです。―黙示 17:6; 18:4,10,17,19。

      22 預言のことば聖書はサタンとその「すえ」に対する勝利をどのように描写していますか。

      22 神はサタンとその「すえ」に対するさばきを執行されます。預言のみことばである聖書はこのことを再三警告しています。たとえばエレミヤ記 25章31-38節は,「その日エホバのころしたまふ者は地のこの極より地のかのはてに及ばん」と述べています。その最初のものは政治および宗教上の「牧者」で,彼らは「なげき叫(ぶ)」でしょう。そして,恵まれた立場にあるその著名な追随者を含め,「群の長たち」はそれら牧者とともにのたうちまわり,ともに滅びてゆきます。最後に元のへびとその配下の悪霊たちがともに一千年のあいだ閉じ込められます。黙示録はその19章11節から20章3節にわたって,キリスト・イエスと聖なる天使たちがこの戦いでいかに勝利を収め,エホバの御名がいかに立証されるかを述べています。へびとその「すえ」に対するこの戦いは完全な勝利に終わるでしょう!

      「すえ」を通してもたらされる祝福

      23,24 (イ)アブラハムに与えられた約束の最後の部分はどのように成就しますか。(ロ)わたしたちはそのことをなぜ確信できますか。ゆえにわたしたちはどのように行動すべきですか。

      23 こうして真の「すえ」は「その敵の門」をとらえます。しかしそれで終わるのではありません。アブラハムに対するエホバの誓いのことばは次のように結ばれているからです。「またあなたのすえによって地のすべての国の民は自らを祝福するであろう。あなたがわたしの声に聞き従ったからである」。(創世 22:18,新)それら多くの「国の民」が「自らを祝福する」には,アブラハムが行なったように神に従わねばなりません。それらの人々は,生きてハルマゲドンを通過する人であれ,あるいは復活により再びこの地に立つ「死にたる者の大なるも(の,また)小なるも(の)」であれ,すべて,祭司の務めを持つ「すえ」とそのあがないの犠牲に信仰を働かさねばなりません。また,そのすべては,キリストとその14万4,000人の仲間で構成される「新しい天」の支配に服さねばなりません。こうして従順に「自らを祝福する」人々すべてにはなんとすばらしい祝福が注がれるのでしょう! 彼らは「新しい地」,すなわちあらゆる人種の人々から成る幸福で平和な愛のある社会を形造るのです。そして彼らは輝かしい健康と若さを回復し,「神の子たちの栄光ある自由」のうちに永遠の命を享受する見込みを持つことになります。その時に設けられる神のすばらしい取り決めの壮大な幻が使徒ヨハネに与えられたのち,エホバは自ら,人類のために備えられているこれらの祝福を描写したことばにご自分の印を付してこう言われました。「書きしるせ,これらのことばは信ずべきなり,まことなり」― 黙示 21:1-5; 20:11-13。ロマ 5:12,18,新; 8:21。

      24 また黙示録 22章6節はこう述べています。「これらのことばは信ずべきなり,まことなり,預言者たちの霊魂[新世界訳の字義訳では,霊感の表現]の神〔エホバ〕は,すみやかに起るべきことをそのしもべどもに示さんとて御使をつかはし給へるなり」。〔新〕。そしてこの預言は緊急な響きをこめて次のように付け加えています。「みよ,われすみやかにいたらん,この書の預言のことばを守る者は幸福なり」,「みよ,われ報をもてすみやかにいたらん,おのおのの行為にしたがひてこれを与ふべし」。わたしたちは,エホバの神聖な御名を立証する「すえ」を忠実に支持して働き,その報いを求めて一心に努力できますように。―黙示 22:7,12。

  • この時代にかかわる預言的なひな形
    ものみの塔 1970 | 1月15日
    • この時代にかかわる預言的なひな形

      「わたしはエホバである……わたしは新しい事柄を告げている。それが生じはじめる前に,わたしはあなたがたに〔それを〕聞かせる」― イザヤ 42:8,9,新。

      1 エホバはご自分の預言の成就を図る際に何を考慮されますか。

      エホバは真の預言の神であられます。ご自身の預言の成就を図られるエホバは,全宇宙から反逆者すべてを一掃する偉大なお目的の実現に向かって,何ものにも妨げられることなく進んでおられます。しかしエホバについて,昔次のように述べられました。「主エホバはその隠れたる事をそのしもべなる預言者に伝へずしては何事をもなしたまはざるなり」。(アモス 3:7)そして現代においても神のしもべたちは起ころうとしている事柄を神が前もって知らせてくださるということを確信できます。したがって彼らは自分自身と他の人々の救いのために行動できるのです。―テモテ前 4:16。

      2,3 (イ)昔のできごとが預言的な意味を持っているとどうして言えますか。(ロ)ヨシュア記の1章から6章を読んで最も深い感銘を受けたのはどんな点でしたか。

      2 「聖書はすべて神の霊感によるものであり,教え……るのに有益」です。(テモテ後 3:16,新)この聖書には,二つの「すえ」のあいだの長年にわたる論争の解決に直接関係した預言だけでなく,エホバがご自分の民の歴史の中で動かしてこられた数々の劇的なできごともしるされています。それらのできごとの多くは今日のわたしたちに対する警告となっています。「これらの事柄が彼らに起きたのは,戒めとしてであり,それがしるされたのは,事物の諸体制の終わりが臨んでいるわたしたちへの警告のため」なのです。(コリント前 10:11,新)それら古代の劇的な事柄の幾つかは,神がご自分の敵に対して収められる勝利と,その勝利の行進にあずかるわたしたちに与えられた特別な仕事を示しています。

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