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『日ごとに彼の救の良いたよりを宣べ伝えよ』ものみの塔 1957 | 3月15日
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台湾で証言する際には,地方の習慣と取り組まねばなりません。新しい宗教は,村に死をもたらし,そして別の宗教の伝道者が一晩宿まるなら,地方の神々はその家から出て行つてしまうという,迷信があります。村の人々は,たいていの場合に,伝道者の立ち去ることを望み,その立ち去る後から米や塩を投げます。ヱホバの証者の伝道が村の中で行われるとき,それは村全体の問題になります。そして,しばしば村の人の半数は,遂には新世社会の側に立場を取るようになります。800人以上の住む或る村では,村長さんにいたるまで全部の人がヱホバの証者です。この村の人々は,7つの分会になつて,新しく建てられた7つの御国会館で集会しています。こゝにいる兄弟たちは,多くの場合に一晩中という長い時間を歩いて,証言のできる区域を探しに行かねばなりません。
ギレアデで訓練をうけた二人の宣教者は,台北で業を始めました。そして,中国語を熱心に勉強しています。6カ月の後には,戸口の良い証言を中国語ですることができます。それで,英語をすこしも知らない人々と良い研究をしています。
1957年ヱホバの証者の年鑑(英文)より
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奉仕による祝福ものみの塔 1957 | 3月15日
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[116-119ページの図表]
全世界にわたるヱホバの証者の1956年奉仕年度報告
(製本した雑誌を参照)
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