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神の主権の下に置かれる,一つの世界,一つの政府ものみの塔 1976 | 1月1日
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たし,また現在機能を営んでいる国際連合もそれを供してはいません。世の政治学者は,国際的な協力のためのこうした機構に欠けている,その必要なものとは何か,と問うことでしょう。わたしたちはこう答えます。それは,多くの国民が崇拝していると唱える方との無私の協力です。その方がだれかは,北アメリカ州でかつて国歌として扱われた歌からも判断することができます。それは,「汝のものなる,我が祖国」,あるいは簡単に「アメリカ」と題する歌です。この歌が歌われる時,同席者は起立したものですが,その最後の節は次のとおりです。
「我らの父たちの神なる汝に,
自由の創始者なる汝に,我ら歌わん。
我らの大地は自由の聖なる光によりて,とわに輝かんことを。
汝の力によりて我らを守り給へ,
大いなる神,我らの王よ」。
12 (イ)その連合国もまた,どのように,神はその国家の天の主権者であると主張していますか。(ロ)このような国歌を歌う国民は,神がその国の主権者であるかどうかを,どのようにして示しますか。
12 その上,この国歌は,「神よ王(女王)を守らせ給へ」と題する英国の国歌の曲に合わせて歌われました。そして,この「アメリカ」の最後の節と一致して,米最高裁判所は,アメリカ合衆国はキリスト教国であるとの裁定を下しました。また,英国では教会と国家は今なお結びついており,英国国教会は国立教会として確立されています。それで,この国歌の中で神として歌われているのは聖書の神のことです。キリスト教世界の諸国民は皆,聖書のこの神を崇拝していると唱えています。「大いなる神,我らの王よ」という歌詞を口づさんでその神に向かって歌うことにより,この愛国的な歌を斉唱できる人は音楽的には,「我らの父たちの神」であるその方を,アメリカ合衆国の最高行政官よりも位の高い主権者として認めていることになります。しかし,この国歌を歌う人びとは,その意味する以上の事を語っていますか。実際に,その神を自分たちの国家はもとより宇宙の他のあらゆる領域の主権者としているでしょうか。その方に従順に協力するかしないかによって,その方が自分たちの真の主権者であるかどうかを示すことになるのです。
13 (イ)ジェームズ王による欽定訳聖書は,だれが宇宙の主権者であることを示していますか。(ロ)ゆえに,どのようにしてのみ,「一つの政府」の下に治められる「一つの世界」がもたらされ得ますか。
13 1611年のこと,大英帝国の王ジェームズ一世により同国の教会で読むことを正式に認められた英訳聖書は,この神の主権を指し示しています。その詩篇 83篇18節は次のとおりです。「さらば人は,その御名のみがエホバなる汝こそ全地をしろしめす至高者なることを知るべし」。この詩篇に収められている祈りの言葉が成就される時,すべての人,つまり地球の住民である全人類はやがて,そのみ名がエホバである神こそ万物の最高主権者であり,それゆえにまた,その方こそこの地球を治める主権者であることを知るでしょう。今日,相当数の政治国家は,キリスト教世界の諸国家が崇拝していると主張しているように,エホバを自分たちの国家の神として崇拝してはいません。しかし,いわゆる“キリスト教”国は,聖書によればその名をエホバという神を崇拝していると唱えてはいますが,実際にはその神と協力していません。ゆえに,実際のところ,国際連合機構の成員国はどれ一つとして,いと高き神エホバと協力していません。生ける人類すべてが従順にこの宇宙主権者と協力して初めて,「一つの政府」の下に置かれる「一つの世界」がもたらされるのです。
だれの主権を支持することに決めますか
14 今やわたしたち各人は,全世界の人びとのために決着をつけねばならない問題に関して個人的に決定を下す必要があります。なぜですか。
14 そのような事柄こそわたしたちが心から願っている事ではありませんか。政治国家は神の方法によるそのような事柄を欲してはいませんし,また神と協力することを拒んでいるのですから,全世界の人びとのために決着をつけねばならない問題に関して個人的に決定を下すことがわたしたち各人に任されているのです。わたしたちは各自,エホバの宇宙主権に対して当然の敬意を表し,またその主権に従って生活しますか。そうすることによってのみ,「神の主権の下に置かれる,一つの世界,一つの政府」を享受する特権にあずかれるのです。
15 国際的協力がなされているにもかかわらず,諸国家の種々の計画は失敗してきました。どんな事がその理由を説明していますか。
15 わたしたちは全員が協力し合い,一致結合した集団として行動する時,たいてい物事を成し遂げることができます。わたしたちは主権者なる主エホバ神と共に働くなら,確かに首尾よく働くことができます。このことを考えると,諸国家がなぜ国際的諸計画で功を奏さなかったかが分かります。確かに諸国家は,今日絶望的な窮境に陥って,単一の世界的取決めの下に世界の統合を図ろうと努力しています。そうです,国際連合機構に世界主権を引き渡すことをさえうんぬんしています。しかし,世界の平和と安全のために諸国家がもたらしたいと願っている「一つの政府」の下に置かれる人類の「一つの世界」について言えば,それは主権者である主なる神が考えておられる「一つの政府」の下に置かれる「一つの世界」でしょうか。それはその神が,決して間違いのない,書き記されたみ言葉,聖書の中で予告しておられるものでしょうか。
16,17 (イ)十九世紀前のこと,諸国民はエルサレムで,どのようにしてよこしまな方法で一緒に協力しましたか。(ロ)神に祈りを捧げ,このよこしまな協力について述べた人たちは,どのように神に語りかけましたか。何をしていただくよう神に願い求めましたか。
16 わたしたちは,被造物である人間,そして諸国民が善いわざはもとより,よこしまなわざに関しても協力できることを知っています。かつて諸国民が一緒になって,よこしまなわざに携わったことがありましたが,それ以来まだ二千年もたっていません。それら諸国民は協力したものの,天のいと高き神と協力したのではありませんでした。エルサレムの都で,それもたいへん厳粛な仕方でこの事に注意が向けられました。それは二人の男子が同市の神殿で伝道したために逮捕され,最高法廷で裁判され,脅しを受けて釈放された後のことでした。その当時生じて問題となった主権の衝突に関して,聖書の歴史的記述はこう述べています。
17 「ふたりはゆるされてから,仲間の者たちのところに帰って,祭司長たちや長老たちが言ったいっさいのことを報告した。一同はこれを聞くと,口をそろえて,神にむかい声をあげて言った,『天と地と海と,その中のすべてのものとの造りぬしなる〔主権者なる〕主よ。あなたは,わたしたちの先祖,あなたの僕ダビデの口をとおして,聖霊によって,こう仰せになりました,「なぜ異邦人らは,騒ぎ立ち,もろもろの民は,むなしいことを図り,地上の王たちは,立ちかまえ,支配者たちは,党を組んで,主とその〔メシア〕とに逆らったのか」。まことに,ヘロデとポンテオ・ピラトとは,異邦人らやイスラエルの民と一緒になって,この都に集まり,あなたから〔メシアとして〕油を注がれた聖なる僕イエスに逆らい,み手とみ旨とによって,あらかじめ定められていたことを,なし遂げたのです。主よ,いま,彼らの脅迫に目をとめ,僕たちに,思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい』」― 使徒 4:23-29,口語訳聖書;〔新英語聖書〕; 新アメリカ聖書; 改訂標準訳; モファット訳; 新世界訳。
18 祈りをささげたそれらクリスチャンは,何を行なえるよう助けていただきたいと神に願い求めましたか。その祈りが聞き届けられた結果,どうなりましたか。
18 メシアなるイエスのそれらの弟子たちは各自決定を下し,天地の創造者の宇宙主権を支持する立場を取りました。それゆえに,彼らは国の最高法廷の裁定や脅しを無視し,油そそがれた僕であるメシアなるイエスに関する神からの音信を宣べ伝えることを禁じられてはいても,それに屈せずそのわざを続けられるよう,助けていただきたいと神に祈ったのです。彼らはエドム人の国家主義的グループを代表した王ヘロデ・アンテパスや,ローマ帝国とティベリウス・カエサルを代表した知事ポンテオ・ピラトそしてキリスト教に帰依しなかったユダヤ人たちの政治的陰謀を暴露しました。それら弟子たちの祈りは聞き届けられ,主なる神エホバの主権を支持するそれらの人たちの行なった良いたよりを宣べ伝えるわざは,ユダヤ人の間でも,また後には異邦人の間でも続行されました。その結果,何千人もの信者が主権者であられる主エホバを支持する立場を取り,メシアに関するその目的の点でエホバと協力しました。
19 十九世紀前の事態とは対照的に,今日のわたしたちは,詩篇 2篇のダビデの言葉がどんな成就を見る時点に達していますか。わたしたちはなぜ自分の下す決定に関して慎重であるべきですか。
19 今日,わたしたちは,神を宇宙の主権者として戴く「一つの政府」の下に置かれる「一つの世界」をもたらすに至る,神によって導かれているこの一連の出来事の最高潮を迎える時点に達しています。十九世紀前の当時,メシアの弟子たちがエルサレムで捧げた祈りに含まれているダビデの預言的な言葉は,単に最初の,もしくは縮図的な成就を見たにすぎませんでした。その成就には,ヘロデ王,知事ピラト,ユダヤ人およびユダヤ人がメシアなるイエスを苦しみの杭に釘づけさせるのに用いたローマ人兵士が関係しました。二十世紀の今日,1914年における第一次世界大戦勃発以来の出来事は,詩篇 2篇のダビデのそれらの言葉が最終的また全面的成就を見る時点にわたしたちが達していることを示す証拠を提供しています。今こそ,過去のどんな時代にも勝って,神の主権の問題が解決されねばならない大問題として持ち上がっています。この問題で個人的に下す決定は,わたしたち各人に極めて重大な結果をもたらすものとなります。
20,21 (イ)正しい決定を下す際の導きを首尾よく得るためには,わたしたちはだれのもとに行けますか。(ロ)詩篇 73篇24,25,28節によれば,詩篇作者はだれに頼って助言を求めましたか。
20 神の主権の下に置かれる「一つの世界,一つの政府」を享受するに至る決定を下すための助けを得るには,わたしたちは導きを必要としています。世の諸国民のもとに行って,この点で必要とする導きを受けることができますか。いいえ,それはできません。なぜなら,諸国民は増大する諸問題をどうしようもないゆえに途方に暮れ,のっぴきならない窮境にますます深く沈んでゆくばかりだからです。諸国民の支持する宗教制度に頼ったところで,どうすることもできません。というのは,それら宗教制度が政治支配者に与えてきた宗教的助言は,諸国民を現在の国際的に行き詰った状態に陥れたからです。わたしたちが正しい導きを得る上で必要な,現実に即した,最新の実際的な助言を得るには,ほかならぬ,この世界的な困難な事態を遠い昔に予告された方がわたしたちのために備えてくださった,書き記されたみ言葉を調べなければなりません。これは霊感を受けた昔の詩篇作者が取った賢明な道です。その詩篇作者は,あの預言的なみ言葉の神聖な著者に語りかけてこう言いました。
21 『なんぢその訓諭をもて我をみちびき 後またわれをうけて栄光のうちに入れたまはん 汝のほかに我たれをか天にもたん 地にはなんぢのほかにわが慕ふものなし 神にちかづき奉るは我によきことなり われは〔主権者なる〕主エホバを避所としてそのもろもろの事跡をのべつたへん』― 詩 73:24,25,28〔新〕。
22 ゆえに,詩篇作者の言葉によれば,わたしたちは何を確信できますか。
22 もし今,全宇宙の主権者をわたしたちの避難所とする道を選ぶなら,わたしたちもまた,その方がご自分の訓諭つまり助言をもってわたしたちを導き,後にはわたしたちを色あせることのない栄光つまり栄光に導き入れてくださることを確信できます。
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神の主権の下に置かれる一つの世界のための一つの政府ものみの塔 1976 | 1月1日
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神の主権の下に置かれる一つの世界のための一つの政府
1 人類の政府については,世の助言者たちはどんな結論にいや応なく達せざるを得ませんか。
世界の諸問題に関する助言者や顧問は,絶えず裏をかかれています。それらの人たちは好もうが好むまいが,いや応なしに次のような結論に達せざるを得ません。つまり,人類家族は今や六千年を経ようとしていますが,自らを治めることはできないということです。人類家族はそれだけでは,全人類をして一つの世界にする,あるいはそうし得る形態の政府をもたらしませんでした。
2 神が人類を出発させた仕方によれば,人類が今日「一つの世界」を成していないとして神を責めることはできません。なぜですか。
2 だれがその責めを負うべきですか。人類家族の創始者,またそれゆえにその天の父であられる方には責任はありません。全人類は,主権者なる主エホバ神が地上に存在させた最初の一人の人間から始まりました。その後,創造者はその最初の人間の完全な体の一部を基礎物質として用いて,最初の女を造りましたから,全人類は一体であり,その最初の人間夫婦の子孫なのです。この事実は,今から十九世紀前,ギリシャ,アテネのアレオパゴスの高等法院の哲学者たちにはっきりと述べられました。それら身分の高い裁判官たちに向かって,クリスチャンの使徒パウロは言いました。「[神は]ひとりの人からすべての国の人を作って地の全面に住まわせ,また,定められた時と人びとの居住のための一定の限界とをお定めになりました。人びとが神を求めるためで(す)」― 使徒 17:22-27。創世 2:7-25; 1:26-31。
3,4 (イ)最初から,神は人類に対してどんな目的をお持ちでしたか。(ロ)神の主権に対する服従は永遠の見込みを伴う生き方ですが,このことはどのようにアダムに示されましたか。
3 神は人間家族が人類の「一つの世界」,つまりみな同じ骨肉と同じ血を持つ,一つの人類社会となることを意図されました。その一致結合した人類社会は地上の全面を住まいとし,この地は公園のような園つまり人類の永遠の住みかとしてのパラダイスにされることになっていました。人類は魚や鳥や陸生動物を従わせるのですが,人類それ自体は,「その御名のみがエホバなる」宇宙の支配者で創造者なる,いと高き方の主権に服することになっていました。(詩 83:18,欽)そして,人間の上に立つ主権者としてのエホバ神は,最初の人間に向かって神聖な律法について述べましたが,その律法に従順に従えば,完全な人間は地上で永久に生きることができたのです。
4 この律法は宇宙の主権者に対する全き従順を要求するものでした。神は人間アダムにこう言われたからです。『園の各種の樹の果は汝意のまゝに食らうことを得 されど善悪を知るの樹は汝その果を食ふべからず 汝これを食ふ日には必ず死ぬべければなり』。(創世 2:16,17)しばらくの間,人間アダムとその妻エバは,誠実な従順を要求するその神聖な命令を守りました。人類家族はすべり出しは完全でした。宇宙の主権者エホバ神への服従は,永遠の見込みを伴う生き方でした。その時定められた原則は,今日のわたしたちにも適用します。わたしたちはその原則に従いますか。
5 今日の人類の世界に一致が欠けていることは,何が起きた事を示していますか。それはいつ,またどんな誘因のゆえに起きましたか。
5 人類家族は今日,血肉の点では一体であるにもかかわらず,「一つの世界」,つまり一致した人類社会を成しているわけではありません。このことはだれしも認めざるを得ません。現在,地上には主権者をもって自任する人間が少なくありませんが,それらの主権者は人びとの忠節心を分けさせています。遠い昔,アダムとエバにひとりの息子が生まれる前に,疑いもなく,創造者なるいと高き神の宇宙主権に従う道から逸脱する事態が生じたに違いありません。何がそのような逸脱する事態を誘発させたのでしょうか。聖書,つまり書き記された神のみ言葉のみが,確かな答えを与えています。その悪い誘因は,目に見えない者たちの領域,つまり霊の世界からもたらされました。その領域で,エホバの主権に従う霊者のひとりが,自分自身の独立した主権を確立する機会を見つけました。
6 反逆したあの霊者に与えられた名称は,彼が人間を神の主権に反逆させるために取ったどんな道と合致していますか。
6 サタンという名称はこの反逆者にとってふさわしい名となりました。というのは,その名はすなわち,エホバ神に対する「反抗者」という意味を持っているからです。また,悪魔という名称も,この霊者にとってふさわしい名称となりました。この言葉は「中傷する者」という意味で,サタンは主権者なる主を中傷して他の者を欺き,惑わしたからです。それで,女エバに対して悪魔は彼女の天の父のことを厳密な従順を示すに値しない利己的なうそつきとして示しました。そのうそを信じたために,エバは禁じられた実を取って食べ,彼女の天の父の主権に背きました。悪魔の企てに同調して,彼女はさらにそれ以上のことをしました。つまり,エバは自分の夫アダムを説き伏せ,彼女に加わって,彼の神で父である方の正当な主権に反逆させたのです。事態は,そうなるだろうと悪魔サタンが計算した通りになりました。今日に至るまで,世界の人びとは神に対する罪,つまりいと高き神エホバの主権に対する不服従の罪のうちに生まれているのです。―創世 3:1から4:16。ローマ 5:12。
7,8 (イ)以来,人類は主権に服従するという問題でどのように二分されてきましたか。(ロ)反逆したその主権者との関係において,神はどのように対外主権を行使されましたか。
7 昔,エデンの園で起きたあの反逆以来,アダムとエバの子孫は,エホバ神の宇宙主権に服従するか,イエス・メシアが「この世の支配者」と呼んだ悪魔サタンの主権に服従するかの問題で二分されてきました。(ヨハネ 12:31; 14:30; 16:11)エホバ神は,新たに立てられたこの下位の主権国と条約を結ぶようなことは何もなさいませんでした。エホバ神は外国政府と意のままに交渉できる正当な主権者としての権力を行使して,その敵対する主権者に対し宣戦布告を行ないました。エホバ神はこのサタン的な主権者に対する極度の侮べつを示して,サタンを地をはう蛇になぞらえ,悪魔がエバを欺くために用いた蛇に話しかけるかのようにしてサタンにこう言われました。
8 「わたしはおまえと女との間,またおまえの胤と女の胤との間に敵意を置く。彼は[蛇の頭を踏みつけてその脳を打ち砕くように]おまえの頭を砕き,おまえは[待ち伏せする蛇のように]彼のかかとを砕く」― 創世 3:1-15,新。
9 その異質的な主権者に対して神は,どれほどの期間続く戦いの開始を宣言されましたか。ローマ 16章20節でパウロはそのことをどのように指摘していますか。
9 ここでエホバ神は,反逆したその主権者とこの巧かつな反逆者の主権を固守する者たちすべてに対して,定めのない長い期間続く戦いの開始を宣言されました。その反逆者は最初から自分の正体を人間には分からないように隠していました。エホバ神はご自分と人類の双方のその敵に対する戦いに関する「外交政策」を忘れてはいません。その大敵対者がエデンで異質的な主権を確立した後,四千年余を経て,エホバ神はクリスチャンの使徒パウロに霊感を与えて,当時ローマ帝国の中心地にあった会衆に次のように書き送らせました。「平和を与えてくださる神は,まもなくサタンをあなたがたの足の下に砕かれるでしょう。わたしたちの主イエスの過分のご親切があなたがたとともにありますように」― ローマ 16:20。出エジプト 17:14; イザヤ 45:7と比べてください。
10 (イ)その大いなる蛇を足の下に砕くのにだれが用いられますか。まもなくとは,どれほど近い将来のことですか。(ロ)神の約束の胤の「かかと」が砕かれることは,どのようにしてし遂げられましたか。どのようにして癒されましたか。
10 さて,千九百年余が経過した後の今日,大いなる蛇,悪魔サタンとその「胤」を「まもなく」砕く時は,今や近いことでしょう。神の「女」の約束の「胤」の主要な方であるイエス・キリストは,今や,平和の唯一の与え主なるエホバ神にとって異質的な地上のあらゆる主権国の創始者であるこのサタンを打ち砕く十分の権能を付与されています。西暦一世紀の昔,神の「女」のこの「胤」はかかとを砕かれました。このことは「イスラエル
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