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カラハリでの生活目ざめよ! 1980 | 1月22日
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記憶
カラハリで時を過ごした人の中で,その時に経験したことを思い起こして,郷愁を感じない人はいません。際立った対照をなす日中の焼けるような暑さと夜の寒さ,草で覆われた一面に広がる砂丘,荒涼とした外観でありながら数多くの種類の生物に富む砂丘,これらを忘れることはできません。
太陽が地平線のかなたに沈んで暑さも峠を越したころ,人は何ものにも比べがたい安らかな気分を感じます。赤,だいだい,紫と刻々色を変える日没の光景はまさに壮麗そのものです。この時間になると,一匹のトカゲの“クーックーックーッ”というしみ入るような鳴き声に答え応じて,他の無数のトカゲも互いに鳴き交わすようになります。大気はその声で充満します。この大コーラスが終わりに近づくころには羊や牛が鳴き始め,コルハーンという鳥は曲芸でもしているかのように上へ下へと飛び交いながら耳ざわりな鳴き声をたてます。
確かに,カラハリでの生活には挑戦となることもありますが,報いもあります。この砂漠は生命の絶えた荒れ地ではありません。そこは魅力的な生物の住む領域なのです。
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小枝を用いる占い探査には科学的根拠がありますか目ざめよ! 1980 | 1月22日
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小枝を用いる占い探査には科学的根拠がありますか
占い探査用の小枝を操るある人々が示すと言われる反応の幾つかには科学的根拠がないように思えます。ある場合には,二またの小枝が激しく引っ張られます。引っ張る力が非常に強いので,枝が折れることさえあります。ある地域の地図を徹底的に調べるだけで,水のある場所を示すことができると主張する人もいます。このような報告は,そこに悪霊の力がある程度関係しているのではないだろうかという疑念を生じさせました。1963年2月15日号の「ものみの塔」誌には,邪悪な霊とその活動に関する興味深い記事が載りました。そのような経験には多分に悪霊の力の働いているように思われる,というのがその記事の見解でした。
しかし,その記事には次のようにも書かれていました。「現在に至るまでの科学的研究は,二またになった木の枝で水脈を探ることが,自然の法則の働きにもとづいたものだとは認めていません
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