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  • エホバの証人はエホバ神の至上権のために耐え忍ぶ
    ものみの塔 1966 | 12月15日
    • も1919年以来,霊的楽園のような状態を復興しました。この復興はエホバの御国奉仕にたずさわる彼らにとって霊的な繁栄と幸福を意味するものになりました。そして,これに加えて彼らの喜びは,羊のような人々の大群衆が大いなるバビロンから導き出され,彼らと共に霊的な恵みを受けるようになったことです。事実1934年に,「他の羊」は献身してバプテスマを受け,油そそがれた残れる者の霊の子供となることを求められました。j しかし,ヨブが新たに10人の子供を得たことに対応するできごとが大規模に起きはじめたのは1942年です。k この時以来,「十人の子供」によって表わされた幾十万の人々が現代のヨブである油そそがれた残れる者を助けるために集まってきました。―イザヤ 2:2,3。ゼカリヤ 8:23

      以前牧師で今証人となった人

      21,22 (イ)ヨブ記 42章8,9節は今日どのようにあてはまりますか。(ロ)最近の経験に見るとおり,それら悔い改めた人々はどんなことをしましたか。

      21 ヨブが元の状態を回復した時,エリパズとゾパルとビルダデはエホバのことばに従って自分の偽りの宗教的な態度を改め,ヨブの祭司職を受け入れて,「愚か」な目にあうのを免れました。(ヨブ 42:8,9)またイエスが復活して天に上げられた後,『多数の祭司たちも』イエスの有効な祭司職を認めて「信仰を受けいれるように」なりました。(使行 6:7)今日の終わりの時代にもこれに相当するものがありました。1919年以来の回復の時期に,各地のいろいろな宗派の牧師で,ヨブに似た油そそがれた残れる者の祭司的な奉仕を受け入れ,自分の道を改めてバプテスマを受け直し,エホバの真の奉仕者として任命を受けた者は少なくありません。l かつてギリシヤ正教会の主教であった人をも含め,高い地位にいた牧師でこうした変化を遂げている人々もいます。こうして改心した多数の牧師はもはや世俗的な名声を求めず,自分がそれまで牧師として働いてきた区域で御国の福音を熱心に伝道しています。こうした人々は教会堂の説教壇で説教するのではなく,人々の家をおとずれ,その戸口を自分の説教壇としているのです。

      22 謙遜な態度で正しい道に従ったこれら以前の牧師たちにはその後どんなことがありましたか。以前の牧師「仲間」から多くのバビロン的な敵意と非難をあびましたが,彼らは勇気と忠実さとをもってそれに耐えました。イエス・キリストのごとく神の御名を擁護し,エホバ神の至上権を家から家に宣べ伝える彼らは,至上の神エホバの善意を得ています。こうしたかつての牧師の中には正しい伝道活動を何年も続けた後,土地のエホバの証人の会衆の主宰奉仕者に任命された者もいます。彼らはまた,奉仕者としての訓練をさらに受けるため,ものみの塔協会の御国宣教学校に入学する特権にもあずかりました。エホバが大いなるバビロンの存続を今しばらくの間許しておられる理由はここにもあります。それはエホバのあわれみであり,謙遜で正しい心をもちながらなおとらわれている牧師が,早く出た人に従って大いなるバビロンを離れ,そこに残る者すべてにやがて臨む罰を避けるためです。

      牧師の敵意はまだ続く

      23,24 牧師の敵意がまだ続いていることについて,(イ)エジプトのヨセフの例,および(ロ)イエスのたとえ話から説明しなさい。

      23 しかし,油そそがれた者たちにとって今が復興と繁栄の時であるとするなら,現代のヨブである彼らが心のかたくななバビロン的な牧師からまだ激しい敵意をあび,その度合が強まっているのはなぜですか。この状態はヨセフが為政者であった時代のエジプトの7年のききんと7年の繁栄の現代的な意味に似ています。a (創世 41:29-32)現代において昔の二つの7年の期間に相当するものは同時に起きています。キリスト教国の国土ないし領域には霊的な大ききんすなわち,神のことばを聞くことのききんがあります。(アモス 8:11)他方,真に油そそがれた者たちの国ないし領域には霊的な豊饒が見られます。

      24 こうした同時的な成就は金持ちとラザロのたとえ話によっても裏書きされています。(ルカ 16:19-31)「金持」すなわち牧師級と「ラザロ」グループすなわち油そそがれた残れる者との対照的な状態は同時に,つまり1919年以降の今の時代に見られます。豊富な証拠から明白に言えるとおり,油そそがれたエホバの証人は1919年以来,その宣教活動において霊的な繁栄を楽しんできました。他方,同じ期間に,牧師たちの宣教活動は失敗とざ折を重ねてきました。これは彼らの「苦しみ」のしるしです。この記事の初めにあげたことはこの点で別の説明になります。すなわち,大いなるバビロンは1919年以来キリスト・イエスの包囲下に置かれていますが,そこにとらわれている人々の救出が完了するまで,大いなるバビロンは存続を許され,敵意と腐敗の力とを働かせることを許されています。しかし,救出のわざの完了と共に,大いなるバビロンは全く滅ぼされます。―黙示 18:4; 17:15-18。

      25 (イ)エホバがバビロン的な敵意の存続をなお許しておられることにはほかにどんな目的がありますか。(ロ)次の記事ではどんなことを学びますか。

      25 知恵の神エホバがバビロン的な敵意の存続をなお許されていることにはもう一つの目的があります。それは,そうすることによって,「他の羊」の「大ぜいの群衆」にも,油そそがれた者たちと共に,エホバをそしり,エホバ神の至上権に挑戦したサタンに答える機会を与えることです。以上の背景を知ったうえで,エホバの神権を擁護する油そそがれた者たちと,キリスト教国のバビロン的な牧師の間にあるはげしい宗教上の論争の実例を取り上げましょう。印刷された文書の形をとっているとは言え,昔のヨブやイエスに対する攻撃が,現代の証人たちを相手として,詳細に,しかし敵意をさらに強くして,再び繰りかえされているのをごらんになるでしょう。

  • 油そそがれた証人に対するバビロン的な敵意はエホバをそしるものとなる
    ものみの塔 1966 | 12月15日
    • 油そそがれた証人に対するバビロン的な敵意はエホバをそしるものとなる

      「わが子よ,知恵を得て,わたしの心を喜ばせよ,そうすればわたしをそしる者に答えることができる」― 箴言 27:11。

      1,2 (イ)だれがそしられていますか。だれによって? どのように?(ロ)ヨブの経験と今日の経験との類似性をどんな方法で調べますか。

      古代アッシリアの邪悪な王セナケリブがそしったごとくサタンは今日,エホバの油そそがれた証人たちをとがめだてて,まことの神エホバをそしりつづけています。(イザヤ 37:21-33)現代のヨブと言う

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