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  • 札入れや,さいふに注意しなさい
    目ざめよ! 1971 | 2月22日
    • 札入れや,さいふに注意しなさい

      今年,ニューヨーク市民のうち,すりに札入れを盗まれる人は5万人に上るであろうと推定されている。しかも,つかまるすりはごく少数にすぎないであろう。1969年,ニューヨーク市で発生したすり容疑の逮捕は,わずか1,400件であった。世界の他の人口密集地ですりが逮捕される割合は,それよりはるかに少ないのが普通である。ゆえに被害者にさいふが戻ることはまずない,といってよい。

      ではどうしたらよいのだろうか。いわゆる“すりの手口”について若干知っておくと,さいふを取られないようにするのに大いに役だつ。

      ひとりの警官は,すりに関してこう語った。「それはいわば家業でむすこが父親から受け継ぐのです」。すりは,何の職業の場合と同様,実際に訓練を受ける。教えを受け,熟達するまで練習を積む。鈴のいっぱいついた人体模型が,練習に使われることがある。そうした小さい鈴が一つとして,しかも少しも音をたてないようにしながら,全部のポケットを探るのである。

      彼らがどんなことを学ぶかは,D・N・モーラーの著わした,すりとその職業用語に関する,「非凡の才人の一団」と題する本に詳述されている。(1)“かも”つまり目をつけた相手に対して,特定の態度を取ることを学ぶ。つまり,相手はかっこうなタイプの人物だから,必ず成功するとの確信を持つように努める。(2)仕事の取りかかり方について,特定のやり口,つまり,警戒の念を起こさせないように,なんでもないふりをすることを身につける。(3)きわめて繊細な感触を発達させる。(4)電光石火のような,非常に速い動作を身につける。(5)自分の動作を他人に見られないよう熟練する。(6)さいふを抜き取った後,人目をひかずに雑踏の中に紛れ込む方法を学ぶ。

      たいていすりは,ふたり一組になって働くが,3人とか4人,あるいはそれ以上の数の人が組になることもある。だから,ひとりのすりがいれば,その近くに彼の仲間が待ち受けているものである。1970年4月28日付,ニューヨーク・タイムズ紙に載った記事によると,ニューヨークの地下鉄を中心に盗みを働いていたすりの仲間が警察によって解散させられたが,その一団は80人のメンバーをかかえていた。彼らはおもに南米諸国の出身者で,1週間に各,600ドル(21万円)から800ドル(28万8,000円)のもうけを得ていた。

      すりを職業としている人は一般に,人間の性質に対する鋭い理解力を持っており,だれが良い“かも”かを判断するのが実にじょうずである。すりの犠牲になりやすいのは,空想にふける人や,まわりのできごとを忘れてしまうほど,自分のやっていることに熱中する人などである。専門のすりになると,お金のありかを“かぎつける”ことさえできるらしく,1日に1,000ドル(36万円)以上かせぐ者もいる。名人ともなると,金持ちの大ぜい集まる,アメリカやヨーロッパの一流競馬場を毎年巡回するほどである。

      すりは自分に誇りを持っている。相当な手腕が要求されるだけに,自分にかなうすりはいないと考えたがる。あまりにもプライドが高いため,わざを尽くしてすりを働いているところをつかまえられると,見るもしょんぼりしてしまうのがいる。すられていることにどうして気づいたのかと,聞き返したすりさえいたそうだ。

      相当な手腕がすりに要求されることは,芸人が同じような訓練をしている事実からもよくわかる。いろいろなパーティーで,集まった男女から,客に気づかれないように,札入れはおろか,指輪,腕どけい,ネクタイピン,それにあらゆる種類の宝石類を巧妙に盗んでみせる。芸人にズボンつりをはずされながら,ズボンがずり落ちかけるまで気がつかなかった人たちさえいたそうである。そうしたことをして客を喜ばせる,スウェーデンのある芸人は,現在1年に10万ドル(3,600万円)の収入を得ている。

      他の職業における専門家と同様,すりを本職としている人たちは,独自のことば,すなわち暗語を持っている。たとえば,英語では“かも”つまり,すりが目をつけた人の注意をそらす仕事をする者を“スツール”と言い,札入れを抜き取る者は,“ツール”“ワイア”“フック”“メキャニック”などと呼ばれる。見つからないように取るのは,“ランブル”である。“フォール・ドゥ”と言うのは,すりの一団がたくわえている全資産で,警察とのいざこざをまるく治めるために払う“フィクシズ”として使用される。

      すりから身を守るには

      さて,できるだけ札入れを盗まれないようにするにはどうしたらよいのだろうか。すりを避ける一つの方法は,油断もすきもなさそうな,しっかりした顔付きをすることである。すなわち,見知らぬ人の間にいる時は,物思いにふけったような態度,また,疑うことを知らないといわんばかりの無邪気なふるまいは絶対に避けることが望ましい。周囲のできごとに注意し,また,自分が幾らお金を持っているかを,人に見られないようにすることである。そして,できることなら,お金はズボンの後ろポケットよりも,上着の内ポケットに入れておくのがよい。また,遠くに旅行する場合には,旅行者用小切手を携帯し,さらに,理由もなく毎日多額のお金を持ち歩かないようにすれば,すりにあっても,被害が少なくて済む。

      すりが自ら認めるとおり,「自分のお金に気を配っている人からは盗めない」。多額のお金を持ち歩く時は,そうするにかぎる。地下鉄やエレベーターに乗っている時,または食品マーケット,食堂,劇場の切符売り場などで列を作って並んでいる時に,押されたり,だれかがぶつかってきたりした場合にはどうするか。そういう時には,札入れに気を配るだけでなく,札入れが取られる危険が全くなくなってしまうまで,手で押えておくことだ。

      また,堂々と強盗をやってのける人が今日少なくない。泥棒がふたり,または3人ずつ組になり,ナイフやピストルを突きつけて,人をおどすというケースが多い。そうした目にあわないようにする最善の対策は,大都市での,それも,特に夜のひとり歩きを避けることである。

      さいふをひったくられないようにするには

      おもにねらわれるのは,婦人のさいふである。強奪,つまり,暴行による盗みがいよいよひんぱんになってきている。婦人のハンドバッグを奪って,逃げる者もいる。

      ハンドバッグをひったくられないようにするにはどうしたらよいのだろうか。婦人たちも,いろいろな場所をひとりで歩かないようにするのが賢明である。また,さいふを持ち歩く時は,わきにはさんで,締め金のところに手をやるよう常に注意するのがよい。それでもさいふをひったくろうとするのは,よほどの泥棒である。さらに,店のカウンターや,映画館の隣の席,また,会社の休憩時間に自分の机の上などにさいふを置きっぱなしにしないよう,女の子は注意すべきである。

      男の人の中には,衣類のどこかにお金を隠して持ち歩く人がいる。お金携帯用の特製バンドの中,くつ下の中の土ふまずの下,上着やズボンの内側の特製のポケットなどに入れる。多くの女性もお金を身につけて歩く。そうすれば,さいふ目当てのすりにあっても,取られる物と言えば,高が化粧品かハンカチ1枚くらいで済む。スーツやツーピースを着る婦人は,ガードルの上部の裏側に紙入れを隠したり,さらには,胸の内側にお金を隠したりすることもある。札入れを盗まれないよう男性が気をつけなければならないのと同様,女性もさいふを取られないよう気をつけていなければならない。

      窃盗罪で現在服役中のある老練のすりによれば,「すりの危険にもう少し注意し,簡単な盗難防止手段を講ずるだけで,さいふがひったくられることはまずなくなるであろう」。

  • 結婚という課程から学ぶ
    目ざめよ! 1971 | 2月22日
    • 結婚という課程から学ぶ

      若い人々に結婚のための備えを施す教科課程は数多くありますが,それは結婚のための課程ということができるでしょう。しかし,物事を客観的に考えうる円熟した既婚者は,おしべなくて結婚生活そのものからも多くを学べる,ということに同意するでしょう。したがって,結婚生活は,結婚という課程と評することができます。

      結婚の経験が最善の師だ,というのではありません。決してそうではありません。神のことばこそ最善の師です。ヨブにつかわされた,神の代弁者エリフが表明したとおりです。「誰か能く彼[神]のごとくに教誨を垂んや」。(ヨブ 36:22)とはいえ,結婚生活は,神のことばの教える律法や原則を実際にあてはめる数々の機会を差し伸べます。したがって,そうした律法や原則の価値や妥当性,その正しさや知恵のほどを身をもって知る助けとなります。

      ほんとうに愛し合い,幸福な結婚生活を築こうとする夫婦は,互いにわかち合うさまざまな経験から,確かに数多くの事がらを学べます。「蜜月<ハネムーン>は,互いに慣れるための短い期間だが,結婚は,そうするための長い期間である」とは,もっともなことばです。順応することを学ぶのは,結婚生活から得られる主要な教訓の一つでしょう。しかも,科学者が観察してきたとおり,人間の順応する能力は無限に近いものなのです。

      恋愛をしている若い人の中には,結婚の床をバラの花のそれと考える人がいます。そうである場合が確かにあるにしても,その場合でさえ,バラにはとげがあることを忘れてはなりません。結婚にはバラの花の数以上のとげがあるのを感じて,結婚生活をやめたいと考える人がいるかもしれません。しかし,イエス・キリストによれば,罪のない配偶者が再婚する権利を得るために,離婚訴訟を起こしうる唯一正当な根拠は姦淫だけです。―マタイ 19:8,9。

      結婚したふたりは,いわば一身同体とはいえ,互いにやはり異性であり,気性も異なるでしょう。物の見方も,一方は知的に,他方は感情的に見る,というように異なるかもしれません。それに,弱点もしくは限界があるため,時には,ある程度のいらだちや失意を招く場合もあるでしょう。また,単にタイミングが合わない場合もあります。ふたりがいつも同じことを同時に望むとはかぎりません。

      聖書,結婚に関する教科書

      結婚の創始者であられるエホバ神はまた,結婚に関する教科書,

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