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  • テロ行為 ― 内なる戦争
    目ざめよ! 1983 | 6月8日
    • テロ行為 ― 内なる戦争

      第一次世界大戦以来,強大な植民地帝国は粉砕されてきました。そのかけらから生じた新興諸国は,懸命になって主権を確立しようとしています。それらの国々の政治的また社会的性格は,一つの極端から他の極端へとめまぐるしく移り変わり,その内側はわき立ち,激動しています。中南米は内紛のるつぼです。1914年当時のアフリカの地図と今日のアフリカの地図を比べてみてください。広大な植民地帝国は消え失せ,その代わりに30以上の国々が台頭しました。その中には国内の動揺に悩まされている国々が少なくありません。

      国々の内なる戦争がいよいよ険悪な様相を呈するにつれて,諸国家が崩壊して無政府状態に陥ってしまうのではないかという恐れは強まっています。イスラエルでの裁判の際に,日本赤軍の一テロリストは検察官に対して,「我々は[諸国家の内なる戦争]が国家間の戦闘よりも激しいものになることを知っている」と語りました。

      テロリストそれとも自由の闘士

      『ある人にはテロリストでも,別の人には自由の闘士』。左派のテロリストはジョージ・ワシントンを例として挙げます。ワシントンは革命軍を率いて英国の支配を振り払ったのではありませんか。西独赤軍の一被告は,自分の命の懸かった西ドイツでの公判の際に,「ジョージ・ワシントンはテロリストだった。人をテロリストと呼ぶのは誉れある称号を付すことである」と言明しました。

      アメリカ人にしてみれば,ジョージ・ワシントンをテロリストと呼ぶことには抵抗があるでしょう。しかし,アメリカ人はかつてフィデル・カストロを英雄的な自由の闘士として歓呼して迎えたことがありました。それは,カストロがゲリラの一団を率いて独裁者バティスタの軍隊を倒した時のことです。ところが後日,カストロが樹立した政体のゆえに,米国はカストロをロシア皇帝アレクサンドル2世を爆死させてロシア革命に火を付けた革命分子と同列に置くようになりました。

      中には,テロ行為を社会の自虐的行為と見る人もいます。一方,テロ行為を文明のガンとみなす人もいます。大小様々な団体や運動が,政治や経済の体制,あるいは宗教体制をさえ暴力により再構築しようと思い定めているのです。

      テロリストの戦術

      現代のテロリストは強奪・窃盗・放火・爆弾闘争・誘拐・殺人などの挙に出ます。テロリストにとって,そうした行為は一般的な意味での犯罪ではないのです。自分は諸国家が戦争の際に互いに対して行なっていることをしているのだと考えます。その行為は戦争行為であり,その相手は社会秩序です。

      概して,テロリストは強いきずなで結ばれた同志たちに加わります。彼らは小さなグループを作って活動します。奇襲をするゲリラ戦士,散兵なのです。時にはその兵力が大きくなって軍になることもあります。テロリストに対する恐れのゆえに,国々は戦争や侵略や報復のための残虐行為などに走っています。国際連合は,例えばパレスチナ人とシリア人とイスラエル人の戦場と化した現代のレバノンの歴史をどのようにして不偏不党の立場で書くのでしょうか。また,仮に外部の諸勢力すべてが国境外に出されたとしても,マロン派キリスト教徒,スンニ派およびシーア派,ドルーズ派の各イスラム教徒が混じり合った内部の諸分子を,レバノンはどのようにまとめ上げていくのでしょうか。別の分子に対する一分子の暴力行為はテロ行為に当たるでしょうか。答えはだれにその質問を投げ掛けるかによって異なってきます。

      国々の歩みを形造る上でテロ行為の果たしてきた役割を詳しく説明しようと思えば,過去50年間にわたる世界史の大半を振り返ってみなければなりません。国の内外の敵対し合う諸勢力に揺り動かされ,操作されたテロ行為が拡大しつつあるというこの不吉な前兆は,世界の指導者たちの脳裏に次のような恐ろしい質問を焼き付けます。“内なる戦争”は国々のたどる運命の中でどんな役割を果たすのだろうか。

  • どのように種はまかれたのか
    目ざめよ! 1983 | 6月8日
    • どのように種はまかれたのか

      ナチスが1940年代にヨーロッパを占拠したときに,地下抵抗運動が組織されました。その運動は英国を通して活動していた連合国側の諸政府により支持されました。英国空軍は,待ち伏せ攻撃の準備の仕方,鉄道妨害の方法,占領軍を間断なく襲撃する方法,スパイを殺害する方法などを説明したさし絵入りのパンフレットを様々な言語でヨーロッパの各地に投下しました。地下活動を行なうグループには機関銃や手投げ弾,プラスチック爆弾が供与されました。そうした者たちはナチスからテロリストと呼ばれたかもしれません。しかし,同国人からは尊敬され,ほめたたえられました。その功績は西側世界にとって英雄的な行為となりました。

      このような過去の出来事の一こまを引き合いに出して,初めは崇高な理想と高潔な動機に根ざしているように思えたものから反乱の精神の生まれることがあるという点を例示する人もいます。しかし,テロ行為というガンは犠牲者を選びません。テロ行為を最初は擁護していたまさにその人たちがテロ行為に倒れます。西ドイツ,フランスそしてイタリアは,今日,左右両派およびその他の主義主張を持つテロリストの温床となっています。自由の闘士の世代は,ヒトラーの支配を除き去った社会秩序そのものを暴力により覆そうとする子孫を生み出したのです。

      革命の動き

      フィデル・カストロが火を付けた革命の精神は,中南米全域の左翼界に広がりました。1960年代の初期に,反乱運動はブラジル,グアテマラ,ペルーおよび他の国々に拡散しました。

      「私はアルゼンチンに生まれ,キューバで戦い,グアテマラで初めて革命家になった」と,カストロの弟子であるチェ・ゲバラは書きました。放浪する革命の宣伝家であるこのスペイン系アイルランド人は,1967年にボリビアで遂に殺されました。ゲバラは,「抑圧された人々の支持だけを頼りに戦った,武装した社会改革家」としての一種の“騎士的な魅力”を世界中で勝ち得ました。

      黒人の医師であるフランツ・ファノンは,1952年にアラブ人がフランスからの解放を求めて戦い始めたとき,アルジェのブリダ病院の精神科の医長を務めていました。「地球の惨めな人々」という本などの著作の中で,ファノンは左翼知識人の考えを明確な形にするのに貢献しました。植民地を持つ大国は余りにも長い間アフリカ,アジア,中南米およびその他の国々の大衆を,移送,虐殺,強制労働および奴隷制などによって搾取してきた,とファノンは強く主張しました。恐るべき当然の報復が迫っていました。暴力は『搾取された者を解放し,その自尊心を回復させる』とファノンは説きました。ファノンの名せりふに促されて,西側の知識人の間ではこの主義に基づく考えのパターンが出来上がりました。

      1950年代と1960年代には地上の幾つかの場所で反植民地主義的な戦争が終わりを告げ,持たざる惨めな国々で成る第三世界という概念が興りました。それは若い知識人の同情を引きました。裕福な国々はそれほど幸せでない人々を助けるためにもっと多くのことをすべきだと彼らは論じました。カストロやチェ・ゲバラやファノンのような人々が大学で英雄視されるようになりました。欧米の学生たちは政府転覆の文学に夢中になりました。

      カリフォルニア大学の政治思想の教授で,ベルリン生まれのヘルベルト・マルクーゼは,西ベルリンの自由大学やイタリア北部のトレント大学およびその他新思想の中心地の知識人と呼応して,革命という概念に一つのすう勢を育みました。それは中南米やアフリカをはじめとする第三世界諸地域の反乱を,裕福な国々に移す役割を果たしました。『安楽な消費主義とこれ見よがしの富』とに愛想を尽かした学生たちは,既存の体制を打倒するために反乱を起こす理由をそこに見たのです。

      革命は広がる

      クリストファー・ドブソンとロナルド・ペインによると,「西ドイツにおける初期の支持者たちの大半は,僧職者・医師・教授・ジャーナリストなどの階級に見られた」とのことです。「テロリスト」という,ドブソンとペインの包括的な研究論文の中で,これら二人のジャーナリストたちは,中流および上流階級の男女のうちに見られた(西ドイツでの)革命的な動きの跡を追っています。(1979年に最重要の指名手配を受けた28人の都市ゲリラの半分は女性でした。)

      第二次世界大戦後,軍事支出の重荷から解かれた西ドイツは,世界のほとんどの国が窮乏にあえいでいる時に,豊かな繁栄を享受していました。若い理想主義的なドイツ人の中には声を大にして抗議する人もいました。その精神は他の国々で燃え上がりました。パリではフランスの学生たちが共産主義の赤旗と無政府主義の黒旗のもとでデモ行進しました。学生たちはフランスとドイツの“定員過剰で古色そう然とした大学”を幾つかの点で改革することに成功しました。しかし,学生たちが街頭デモと工場のバリケード封鎖を労働者に呼び掛けた時,資本主義を打倒するための偉大な改革運動はあっけなく終わってしまいました。

      しかし,ほかの火の手が上がって反乱をあおりました。1967年にイラン国王が西ドイツを訪問しました。それに抗議するデモ行進が行なわれましたが,一警官がベンノ・オーネゾルクというハノーバー出身のおとなしい学生を殺したのです。1970年には米国オハイオ州のケント州立大学で学生たちがカンボジアに対する米国の侵略に抗議しました。州兵が発砲し,学生4人が死亡し,10人が負傷しました。どこにおいても,過激派の学生たちは体制側の当局者を暴力的な抑圧者と見ていました。

      ドイツの過激派たちが「安閑として過ごす中流階級の市民にベトナムの戦争の恐ろしさが実際にどんなものかを示すため」フランクフルトのデパートに火を放った時,反動主義者たちが逆襲しました。そこで自らを守るために彼らは武器を手に入れました。そして,武器の支払いを済ませるために銀行強盗を働いたのです。銀行強盗でまさにはずみが付いて,さらに多くの暴力行為へと彼らは真っさかさまに落ちて行きました。こうした過程を経て若い学生たちはテロリストという恐ろしいレッテルをはられるようになったのです。

      その結果,コミューン的な生き方,乱交,マリファナを吸うこと,官能的な快楽などの生活様式に走った人もいました。このすべてに混じっていたのは,気高い理想を守るという幻想でした。感覚をおぼれさせるような刺激に魅せられて,貴族的な背景を持つ若い女性の間からも新たに参加するものがいました。しかし,興奮と報酬の魅力は,獣同様全く理想主義など持ち合わせないただの犯罪者たちをも引き寄せることになりました。

      テロリストは悪い政府を反映するか

      歴史家のヘンリー・スティール・コマジャーは,1970年代にアメリカで“暴力の危機”が高まった責任は政府の示す悪い模範にあると非難しました。その話によると,米国はインドシナに,第二次世界大戦中に南太平洋全域で落とした爆弾の9倍もの爆弾を落としています。コマジャーはこう問い掛けています。「大統領が全軍司令官としての自分の権限においてこの暴力行為を許し,続けさせておきながら,大統領としての自分の権限でキャンパスでの暴力行為を非難することが一体何の役に立つというのだろうか」。

      ロバート・F・ケネディが暗殺された後,暴力に関する全国委員会は世界中の内紛に関する研究結果を発表しました。1963年から1968年までの間に,アメリカ人1,000人中11人が内紛に関与していました。その数は西側の17の民主主義諸国の中ではトップ,世界の114の比較的大きな国々と植民地の中では24位を占めていました。しかし,その反政府デモや人種暴動にもかかわらず,アメリカ人の暴力的な活動は西ヨーロッパで活動する筋金入りのテロリスト・グループほどにはまだ組織されていません。「アメリカ人は常に暴力的な民であった」ので,これからはヨーロッパ並にならないとも限らない,とその研究は結論づけています。

      テロリスト自身は何と言っているか

      合法非合法の別を問わず,可能とあらば手段を選ばずゲリラ戦を行なうために組織された様々な運動があります。その各々に独自の大義があります。パレスチナ人にとっての大義は国家主義です。彼らは自分たちの故国と呼べるものを望んでいるのです。ETA(バスク祖国党)は,バスク色の強いスペインの4県とフランスの3県から成る独立国家を求めています。アイルランド共和国軍は英国の支配を打倒してアイルランド独立の一形態を確立するために戦っています。

      イタリアの左翼テロリストは,“柔軟な”共産主義者の型よりもずっと極端な方針に沿ってイタリアの社会を再び秩序立てようとしています。右翼の諸団体はイタリアをファシズムに戻そうとしています。

      西ドイツや日本のテロリストは根源的に新しい秩序を求めて全面的な世界革命を提唱しています。ほかにも,フィリピンのイスラム教徒の反乱分子やスペインの“王なるキリストの戦士”のように宗教的な解放のために戦っている人たちがいます。また,政治と宗教を融合した目標を掲げていると見られる人々もいます。「エジプトに栄光あれ,突撃!」と叫び,カイロでサダト大統領に銃弾を浴びせた兵士たちは,イスラム原理主義に基づく国家をエジプトに作り出そうとしていたかどで訴えられた宗教的熱狂者たちのテロリスト・グループの一部として処刑されました。そして,犯罪から得られる利得だけが目当てという風な札付きのテロリストたちもいます。

      しかし,人々からテロリストと見られ,恐れられている人々の大半は,自らを理想主義者,理想家,革命家と見ています。「一つの事柄をはっきりさせておきたい。我々は自分たちの革命を至る所に,我々に敵対するすべての国に輸出するつもりである」。この宣言はリビアの支配者ムアマール・エル・カダフィのものとされています。西側の人々の目には,カダフィはシオニズムに対する“聖戦”を呼び掛け,自分の指導のもとに世界のアラブ人1億6,000万人を統一することを夢見るイスラム原理主義者と映ります。幾十億ドルもの石油から上がる資金を自由に動かせるカダフィ大佐のことを,米国の政治指導者たちは危険人物と見ています。カダフィ大佐には,よく訓練された革命家たちを一つの国に潜入させる能力があると信じているのです。ところが,カダフィは自らをテロリストとは見ていません。カダフィに言わせると,テロリストは別の所にいます。「イスラエルはその核計画でアラブ人をおびえ上がらせている。西ドイツの人民は自国内に米国のミサイルが設置されているためにおびえている。リビアに住む我々は,地中海にいるアメリカ艦隊の存在におびえている。これこそ真のテロリズムだ」。

      [6ページの拡大文]

      『大統領がインドシナでの暴力行為を続けさせておきながら,キャンパスでの暴力行為を非難することが一体何の役に立つというのか』

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      『ある人にはテロリストでも,別の人には自由の闘士』

      [7ページの図版]

      女性の参加者が増加の一途をたどっている

      [8ページの図版]

      第二次世界大戦によって,今日のテロリズムの種がまかれたと主張する人もいる

  • いつになったらテロは終わるのか
    目ざめよ! 1983 | 6月8日
    • いつになったらテロは終わるのか

      米国のように組織化されたテロリズムがめったに手の内を見せない国々にも,人種暴動,若者の反乱,あるいはその他の社会的な無政府状態などの形で爆発するよう仕掛けられた人間時限爆弾があります。こうした動乱はしっかりした基盤を持つ強国においても,社会および政治上の組織を揺るがします。人々は,プロの扇動家が暴徒たちを掌握し,それらの者たちを組織化されたテロ行為へと導くのではないかと恐れています。

      ある国々ではテロリストたちが近代的な兵器を装備しています。そうした兵器は,高性能の機関銃,高性能の爆弾,ソ連製の地対空ミサイル,手で持てる対空ミサイルなどから,PLOがイスラエルとの戦争の際に所有していた空陸の様々な戦争装備一式にまで及びます。大抵の国々では,一都市の水源を毒で汚染する威力を持つ化学兵器が手に入ります。しかし,何にも増して諸国民が恐れているのは,テロリスト・グループが核爆弾を所有するようになる日のことです。そうなれば,国々全体を人質に取ることができるようになるでしょうか。あるいは,核兵器保有国を欺き,別の核保有国が攻撃を仕掛けてきたと思い込ませることができるでしょうか。

      テロリストの最後の切り札とも言える武器は恐れです。死の恐れによって,最も強大な国民でさえ意気阻喪します。カダフィ大佐(米国の指導者たちからテロリストと見られている)がレーガン大統領をはじめとする他の人々(カダフィからテロリストと見られている)を殺すために米国に“殺し屋”を送り込んでいるとのうわさが広まった時,ワシントンの一ニュース局は,「リビアの脅しのようなものがこの都市に臨んだことはかつて一度もない。少なくとも平時においてはそのようなことはなかった」と伝えました。

      苦々しい気持ちを抱いている人すべてに

      恐れを払いのける方法はないものでしょうか。人の心を毒する不信や苦しみや苦々しさを良い方向に向ける力はないのでしょうか。人々が国連ビルの向かい側の壁を,聖書から取った次の言葉で飾った時,そのような祝福を望んでいたのかもしれません。

      かれらはその剣をうちかえて鋤となしその鎗をうちかえて鎌となし国は国にむかいて剣をあげず戦闘のことを再びまなばざるべし

      同じ時代に存在した二人の預言者,イザヤとミカがキリストよりも700年以上前にこの言葉を記録しました。(イザヤ 2:4; ミカ 4:3,文語訳)すさまじい敵意をもって,聖書の言葉はすべてさげすむような国もあれば人もいることでしょう。しかし,聖書は“キリスト教の本”でないのと同じように,“ユダヤ教の本”でもありません。歴史をさかのぼって,ユダヤ人が一人も存在しなかった時代に目を向けてみるとよいでしょう。キリストより2,300年ほど前のノアの息子セムに目を向けてみましょう。聖書の神は,「セムの神エホバ」と創世記 9章26節で呼ばれています。なるほどセムはユダヤ人の父祖となったエベルの祖父でした。しかし,聖書学者たちによると,セムはアッシリア人,カルデア人,エラム人,アラム人,およびリュディア人の父祖でもありました。これらの古代の人々は,現在のイラン,イラク,サウジアラビア,ヨルダン,シリア,およびトルコなどの一部に住んでいました。その時には,セムの神エホバはそれらの土地にご自分の証人たちを持っておられました。a

      エホバは今日でもこれらの土地にご自分の証人を持っておられます。事実それらの証人たちは世界中にいます。幾百万ものエホバの証人は全地球的な平和のうちに結ばれています。それらの証人たちのうち,かつての境遇が,自らもイスラエルのサウル王の手を逃れた逃亡者であった若いダビデのもとに逃れて来た者たちに似ていた人々は少なくありませんでした。「困窮している者,債権者のいる者,魂の苦しむ者は皆,彼のもとに集まるようになり,彼はそれらの者の長となった」と記されています。ある者たちがダビデにサウルの暗殺を勧めたことが二度ありました。ダビデはやがて王になりましたが,それはテロリストの用いるような戦術によったのではありませんでした。―サムエル第一 22:2; 24:4-6; 26:8-11。サムエル第二 5:1-3。

      国際連合に希望を置く人々は,国連広場の壁に自分たちの刻んだ言葉が神の預言であることに気付いていないかもしれません。それは必ず成就されることになります。しかし,それは改善説<メリオリズム>を信奉する人々 ― 世界は自然とより良い方向に向かう傾向があり,特に人間の努力によって改善されると信じる人々 ― の言うような方法で成し遂げられるのではありません。この預言は神の王国の到来を指し示しています。人間が神のために政治的な手段を用いて神の王国を設立するのではありません。全能者が,「ダビデの座」の相続者であるご自分のみ子を通して天からその王国をもたらされるのです。―ルカ 1:32。イザヤ 2:2-4。ダニエル 2:44; 7:13,14。

      その王国が全地で全権を振るうようになる前に,神はご自分の証人たちにすべての国民に対する証としてその王国を宣明させておられます。良いたよりに留意する人々は,神の力によって戦争の精神を消え去らせ平和の精神を身に着けられることを既に示しています。彼らはもはや戦いを学んでいません。

      ほかの二人の聖書預言者,エゼキエル(38:21)とゼカリヤ(14:13)は,世がその最後に向かう際に,ついには各人の手が自分の隣人に敵対することを予告しました。その中でテロリスト的な“内なる戦争”がどんな役割を果たすことになるかだれに分かるでしょうか。自分たちの命の血を注ぎ出すことによってしか人の心に宿る苦々しい敵意や痛手を解き放すことのできないこの世のやり方に倣う必要はありません。どの国に住んでいようと,どんな環境にあろうと,聖書の正確な知識をエホバの証人から得てはいかがですか。その正確な知識を通して,「神のご意志にそいつつ真の義と忠節のうちに創造された」新しい人格へとわたしたちの特質は変えられていくのです。―エフェソス 4:22-24,31,32。

      [脚注]

      a ものみの塔聖書冊子協会発行の「聖書理解の助け」(英文)セムの子たち(創世記 10:21,22)に関する記述をご覧ください。

      [9ページの拡大文]

      神の言葉に留意する人々はもはや戦争を学ばない

  • 政府について現実的な見方をする
    目ざめよ! 1983 | 6月8日
    • 政府について現実的な見方をする

      「私たちの武器はこん棒,鉛を入れた棒,鎖,そして銃でした」と語るのは,1970年代に南ヨーロッパで政治的な活動家だったステルビオです。ステルビオは軍隊のような秘密キャンプで暴徒の組織の仕方や市街戦のやり方などを学びました。

      しかし数年後に変化の時が来ました。一人のエホバの証人がステルビオの家を訪れ,聖書について教えたのです。どんな結果になりましたか。「それは私の目を開き,国家主義と政治的な党派が人間を分裂させているということを分からせてくれました。私は,神が一人の人からすべての国の人を造って地に住まわせたということを聖書から学びました。(使徒 17:26)このことに対する認識は,一致をもたらす力になります。この考えのおかげで,単に政治的な思想が異なるだけの理由で人を憎むということから解放されました」。

      かつては暴力的な活動家であったこの人はさらにこう述べています。「私はこう自問し続けました。政治自体が人類を分裂させているのであれば,人間はどうして政治によって自分の問題を解決することなどできるだろうか。人間が一致するには,分裂を引き起こす原因が消え去らなければなりません。私はエホバの証人の間で黒人と白人が同じ水の中でバプテスマを受け,アイルランドのかつてのプロテスタント信者がカトリック教徒と憎み合うのをやめ,六日戦争が行なわれている間に,アラブ人とユダヤ人が一緒に集まっているのを見ました。私は自分が憎んでいた人々を愛することを学びました。

      「エホバの証人が待ち望んでいる神の王国は単なるユートピア的な夢にすぎないと言うことはだれにもできません。なぜならその王国のもとに既に一つに結び合わされた国際的な社会が存在するからです。聖書の諸原則を当てはめることにより,他のいかなる宗教的,政治的あるいは社会的グループも成し遂げることのできなかった結果がもたらされています。

      「かつての私がそうだったように,正義と平和と社会秩序とを実現するために戦っている人々に対して,私はこう言います。『現実的な見方をして,人間はそうした事柄を実現できなかったことを認めることです。でも,エホバの証人を見てご覧なさい。彼らは戦争,政治的な分裂,人種差別,平和と一致に関する様々な問題を克服してきたのではありませんか。人間は人間に頼って,問題を抱えています。エホバの証人は神の王国に服し,生活上の主な問題を解決しています』」。

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