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  • 民主主義政体と共産主義のまっただ中における神権組織
    ものみの塔 1972 | 2月15日
    • 民主主義政体と共産主義のまっただ中における神権組織

      「あなたがたがしばらくのあいだ苦しんだのち,キリストとともにあるご自分の永遠の栄光にあなたがたを召されたすべての過分の親切の神[ギリシア語でセオス]は,あなたがたの訓練をみずから終え,あなたがたを堅くし,あなたがたを強くしてくださるでしょう。彼に力[ギリシア語でクラトス]が永遠にありますように。アーメン」― ペテロ前 5:10,11,新。

      1,2 (イ)今日の読者にとって神権政治ということばは新語ですか。(ロ)このことばを造ったのはだれですか。彼はその語をどのように説明しましたか。

      読者の多くにとって神権政治ということばは耳新しいことばかもしれませんが,これは少なくとも1,900年の昔からあることばです。そうです,このことばは西暦1世紀にも用いられました。当時それは奇妙なことばだったようです。

      2 これは史家,すなわちエルサレムのフラビウス・ヨセハスの造った新語です。彼の民族に浴びせられた非難に答えてヨセハスは,「アピオン反駁論」と題する全2巻の書物を著わし,その第2巻45節で「われらの卓越した立法者,モーセ」にふれ,次いで52節のつぎのようなギリシア語の文章の中でこの新語を紹介しました。「幾つかの国民を取り上げれば,幾つかの形態の政府とさまざまな法典のあることがわかる。一個人に委ねられた政府もあれば,人民に委ねられたものもある。そのいずれをも重んじなかったわれらの立法者は,しいて表現するとすれば,神権政治[ギリシア語,セオクラティア]もしくは神政政治と称しうる形態の政治を確立した。それはすべての権威および権力を神に帰し,かつ神をして人類すべてが普通に享受する,もしくは各個人が特に享受する良いものすべての創始者とみなすことを勧める政治である。われらの立法者は,悩みの時に救助を求めてその神のもとに飛んで行くよう,われわれを導いている。神はわれわれの祈りを聞き,われわれの心の秘密までもさぐられるかただからである。また彼は,唯一の神,自存する永遠不変の存在者,計りしれぬ栄光に輝き,そのわざをもってしても知りつくしえない,理解に絶するかたに関する教義を説き勧めている」。a

      3,4 (イ)ヨセハスは神権政治という語をどの政体に適用しましたか。(ロ)この20世紀において「ものみの塔」誌はこの語を何に適用しましたか。なんと述べましたか。

      3 ゆえに,神権政治ということばは,「一個人に委ねられた」政治(独裁政治)や「人民に」委ねられた政治(民主政治),また富裕な人々に委ねられた政治(富豪政治)や多数の官庁に委ねられた政治(官僚政治)とは対照的に,「神の支配」つまり支配者としての至上の神による政治を意味する新造語です。史家ヨセハスは神権政治という語を,神の命によって立法者モーセが確立した政治に適用しました。その神はご自分の名前がエホバ(あるいはヤーウェ)であることをモーセに告げました。しかし,民主主義政体がふえ,同時に多くの土地で共産主義政体が強制的に樹立されている20世紀の現代においては,神権政治という語は真のクリスチャンの教会つまり会衆に関連して用いられてきました。したがって,クリスチャン会衆は偉大な神権統治者であられる神エホバによって治められる神権組織です。このことを十分に認めて,1938年6月1日号の「ものみの塔」誌はその163ページ1節でこう述べました。

      4 「エホバの組織は決して民主主義的なものではありません。エホバは至高のかたであり,その政府もしくは組織は全く神権的なものです。この結論は首尾よく反駁できるものではありません」。

      5 ヨセハスは神権政治という語を彼なりの仕方で適用しましたが,エルサレムにおいてイスラエル共和国の人々の手で確立された政治が神権政治であるかどうかについては,わたしたちはなんといわねばなりませんか。

      5 史家ヨセハスはローマ軍による西暦70年のエルサレムの崩壊を目撃しました。彼は神権政治という語を,その恐るべき大災害の生ずる前まで存在していたユダヤ国民の組織に適用しました。現在,ユダヤ人は1967年の6日戦争以来,今日エルサレムと呼ばれている場所すべてを占拠し,その地に自分たちの首府を置きました。しかし,彼らが古来の故国に樹立した政府を,西暦前1513年,モーセが用いられて確立した神権政治を受け継ぐものとみなせますか。年経たエルサレムを首府として今日営まれているこの国の政治ははたして神権政治といえますか。それが「共和国」と呼ばれ,民主的な方法で選出された大統領を有し,1949年以降は世界の平和と安全のための異邦人機構,すなわち国際連合の成員国となっている以上,どうしてそういえるでしょうか。イスラエル共和国の大統領また同国民議会つまりクネセトの議員でさえ,自分たちの政府を神権政府もしくは神権組織と唱えることをしません。イスラエル共和国の政治家の間ではモーセの律法を厳守すべきかどうかの問題をめぐる大論争が行なわれています。いったい何が起きたのでしょうか。それはこうです。

      6 西暦1世紀にユダヤ国民はどんなものではなくなりましたか。ローマ総督の前で上がったどんな叫びは,このことを実証するものとなりましたか。

      6 西暦1世紀,ユダヤ国民は神権組織ではなくなりました。これは70年におけるエルサレム崩壊の前に早くも起こりました。歴史に記録されたできごとはその厳粛な事実をさし示しています。33年の過ぎ越しの日,ローマ総督ポンテオ・ピラトの前に大群衆が押し寄せるようにして集合し,ピラト自身が無罪の者として釈放することを願った男の代わりに,犯罪者バラバを釈放して自分たちに渡すようにと叫び求めたとき,そこエルサレムにいたそれら群衆はなんと言って叫びましたか。こうです。「もしこの男を釈放するなら,あなたはカイザルの友ではありません。自分を王とする者はみな,カイザルに言い逆らっているのです。……わたしたちにはカイザルのほかに王はいません」。(ヨハネ 19:12-15,新)この叫び声は,彼らの古代の預言者イザヤがその時よりずっと前に語った次のことばとはなはだしい対照をなすものでした。「エホバはわたしたちの審判者,エホバはわたしたちの立法者,エホバはわたしたちの王であられる」― イザヤ 33:22,新。

      7,8 後日,サンヘドリン広間での集まりを主宰したのはだれですか。裁判を受けた人々はその主宰者の訴えにどのように答えましたか。

      7 それから2か月そこそこの後,その同じエルサレムで別の光景が見られました。それは71人の成員から成るサンヘドリンと呼ばれる,ユダヤ人議会の法廷においてでした。その審理を主宰したのは大祭司で,12人の生来のユダヤ人が同サンヘドリン,すなわち最高法院にとって不快なある宗教上の教えを宣布したかどで審理を受けることになっていました。このことについては次のようにしるされています。

      8 「こうして,彼らを連れて来て,サンヘドリン広間に立たせた。そして,大祭司が彼らに質問して言った。『この名に拠ってもう教えてはならないと,あなたがたにきっぱり命じたのに,見よ,あなたがたはエルサレムをあなたがたの教えで満たしてしまった。そしてあなたがたは,この人の血をわたしたちの上にもたらそうと決めている』。ペテロおよび他の使徒たちは答えて言った。『わたしたちは,支配者として人間よりも神に従わねばなりません。わたしたちの父祖たちの神はイエスを起こされましたが,あなたがたはそのかたを杭に掛けて殺しました。神はこのかたを主要な代理者また救い主としてご自分の右に高めました。それは,イスラエルに悔い改めを,そして罪のゆるしを与えるためです。そして,わたしたちはこれらの事の証人であり,聖霊もまたそうです。神はそれを支配者としてご自分に従う者たちにお与えになったのです」― 使行 5:27-32,新。

      9 この証言からすれば,エホバの神権政治は当時だれとともにあったことがわかりますか。

      9 この法廷での審理における以上の証言は,神を支配者または神権統治者として認めつつ,神権的に行動していたのはだれかを明らかにしました。この証言によると,神権組織はだれとともにありましたか。ユダヤ国民の代表者たちから成るサンヘドリンとですか。それとも,このサンヘドリンによって死をもたらされて間もないイエスの12使徒たちとともにあったのですか。エホバの神権政治がイエス・キリストのそれら12人の使徒たちとともにあったことには一点の疑いもありません。

      10,11 (イ)神権政治がユダヤ国民とともにある事態が終わったことは,ペンテコステの日のどんな強力な証拠によって実証されましたか。(ロ)ユダヤ人のサンヘドリンに対するガマリエルの助言は,同サンヘドリンの行動が神権的なものではないことをどのように示唆しましたか。

      10 神の神権政治がイスラエル国民とともに存在する事態は終わり,今やイエス・キリストのそれら12使徒および他の弟子たちとともに存在しているという事実はすでに,ある強力な証拠によって実証されました。どんな証拠によってですか。支配者としての神に反対した人間よりはむしろ神を支配者として認めていた,キリストのそれら弟子たちの上に神がご自分の聖霊を注がれたことがその証拠です。ペテロと他の11人の使徒がユダヤのサンヘドリンに対して勇敢に証言したのは,注ぎ出されたその霊の助けによりました。その時より何日か前のペンテコステの祭りの日に,神はヨエル書 2章28,29節の預言の成就として彼らの上にその霊を注がれたのです。使徒ペテロはその日,ペンテコステの祝いに参集していた数千人ものユダヤ人に対して,その時起こったばかりの奇跡を説明するのにこの預言を引用しました。不審に思ったユダヤ人に,ペテロが次のことばを述べたのはこの時のことでした。「それゆえイスラエルの全家は,神が彼を,あなたがたが杭につけたこのイエスを,主とも,キリストともされたことをしかと知りなさい」。(使行 2:14-36,新)ガマリエルという名前のユダヤ教の律法教師が12人の使徒に関して証人席からサンヘドリンに向かって語った事柄は,ユダヤ国民がもはや神権的に行動していなかったことを示唆しています。

      11 「イスラエルの皆さん,これらの人たちに関して何を行なうかについては,自分に注意を払ってください。……(わたしは)あなたがたに言います。これらの人たちに手出しせず,彼らを構わないでおきなさい。(なぜなら,もしこの企て,あるいはこの業が人間から出たのであれば,それはくつがえされるからです。しかし,もしそれが神から出たのであれば,あなたがたは彼らをくつがえすことはできないでしょう。)そうでないと,もしかしたら,あなたがたは,実際には神に対して戦う者となってしまうかもしれません」― 使行 5:34-39,新。

      12 後日,ガマリエルが「この企て,あるいはこの業」と呼んだものは「神から」出たものであることが何によって実証されましたか。したがって,どんな移行が実際に起きていましたか。

      12 このユダヤ人のパリサイ人ガマリエルが「この企て,あるいはこの業」と呼んだものは,「神から」出たものであることが判明しました。なぜなら,サンヘドリンをはじめ,ローマ帝国内外のすべてのユダヤ民族は,霊によって油そそがれた,イエス・キリストの追随者を迫害はしたものの,この企てをくつがえすことはできなかったからです。しかし西暦70年,ユダヤ人の首都エルサレムは滅ぼされ,ユダヤ国民の議会,サンヘドリンはその機能を失いました。そして,その3年後にあたる西暦73年,ユダヤ州にあるユダヤ人の最後の要塞,つまり死海の西側にあるマサダはローマ軍団の手に落ちました。しかし,このすべてが起こる前に,ユダヤ人の忠実なクリスチャンはエルサレムおよびユダヤ州の他のすべての場所からすでにのがれました。なぜなら,イエス・キリストがエルサレムのきたるべき崩壊を預言的に描写した時,彼らにそうするよう命じておられたからです。(マタイ 24:15-22。マルコ 13:14-20。ルカ 21:20-24)したがって,エホバの神権政治が,割礼を受けた生来のイスラエル国民から,神のみ子イエス・キリストの弟子たちから成る,霊に満たされた組織に移されていたことはきわめて明白です。彼らは今日に至るまで,イスラエル共和国,あるいは他のいかなる人間の政府でもなく,神の王国を伝道しています。

      西暦1世紀における神権組織

      13 わたしたちは,「ものみの塔」誌の献身した読者たちが何につき従っているかどうかを調べてみるべきですか。それはなぜですか。

      13 「ものみの塔」誌は神権組織に人々の注意を促してきましたし,現在もくり返しそうしています。では,このことと一致して,わたしたちは,この雑誌の読者である献身してバプテスマを受けたクリスチャンが神権組織につき従っているかどうかを調べてみるべきでしょう。

      14 使徒たちは,キリスト教以前のイスラエル国民がどんな種類の行政機構を持っていたことを知っていましたか。エジプトに戻ったモーセが会見した人々はこの点をどのように示していますか。

      14 わたしたちは当然,1世紀,つまりキリストの使徒たちの時代にさかのぼって,彼らの神権組織がどのように構成されていたかを知る必要があります。イエス・キリストがそうであったように使徒たちもすべて割礼を受けた生来のユダヤ人あるいはイスラエル人でした。彼らは,キリスト教以前の神権的なイスラエル国民の組織には,任命された特定の役員,あるいは為政者がいたという事実をよく知っていました。また,奴隷状態にあったご自分の民を解放させるためにモーセをエジプトへ送り返したエホバが,彼に次のように告げたことをも知っていました。「あなたは行ってイスラエルの年長者たち[ヘブル語でズケニム]を集めなければならない。そして,『あなたがたの父祖たちの神エホバがわたしに現われた』と,彼らに言わなければならない」。(出エジプト 3:16)それら「年長者たち」は単に高齢の人たちだったというのではなく,「年長者たち」としての地位を占めており,この場合はたぶんイスラエル全家の代表者であったと思われます。

      15 モーセに同行してシナイ山に上った70人の人たちはどんな地位を占めていましたか。このことはどのように示されていますか。

      15 それから何か月かの後,預言者モーセが神とイスラエル国民との間の律法契約の仲介に当たったとき,神はシナイ山でモーセにこう言われました。「エホバのもとに上りなさい,あなたとアロン,ナダブとアビフとイスラエルの70人の年長者たち[ズケニム]」。それら70人の「年長者たち」が国民の代表者であったことは,出エジプト記 24章11節(新)からみて明らかです。その聖句はこう述べています。「そして,彼[エホバ]はイスラエルの子らの中のきわだった人たちに対して手を出されなかった。しかし,彼らは真の神の幻を得て,食べ,そして飲んだ」。ゆえに,彼らは「きわだった人たち」であり,単なる高齢の人ではありませんでした。(出エジプト 24:1,14,新)彼らは「年長者」としての地位にあったのです。

      16 モーセの上にあった霊の幾らかをエホバから分け与えられた70人の人たちはどんな地位にありましたか。

      16 その後,エホバはモーセの上にあった霊の一部を70人の他のイスラエル人の上に分け与えようとした際,モーセに次のように言われました。「民の年長者,また,その役員であると,あなたがたが確かに知っている,イスラエルの年長者たち[ズケニム]70人をわたしのために集め,あなたは彼らを集会の幕屋に連れて行かねばならない。そして,彼らはあなたとともにそこで位置につかねばならない」。このさしずが実行された後,エホバはモーセの上にあった霊の幾分かを取って,「70人の年長者たちのおのおのの上に置いた」。すると,「彼らは預言者として行動しだした」。(民数 11:16-25,新)それら70人の人たちは「役員」と提携していたか,あるいは「年長者」として彼ら自身が民の特別な役員であったのかもしれません。

      17 モーセに対するエホバの指示によれば,イスラエルの諸都市には何が置かれることになっていましたか。イエスの時代でさえそのとおりになりました。このことはどのように示されていますか。

      17 モーセに対するエホバの指示によると,イスラエル人は約束の地にはいったとき,自分たちの都市に「年長者」と呼ばれる人々を置くことになっていました。(申命 19:12; 21:2-20; 22:15-18; 25:7-9)聖書の歴史を調べると,イスラエルの地の都市や町でそのとおりになされたことがわかります。(士師 8:14-16。列王上 21:8-11。エズラ 10:14)イエス・キリストとその使徒の時代においてさえ,この点に変わりはありませんでした。ご自分に降りかかろうとしている非業の死について使徒たちに語りはじめられたとき,イエス・キリストは,『ご自分がエルサレムに行き,年長者,祭司長,律法学者たちから多くの苦しみを受け,かつ殺されねばならないこと』を話しました。(マタイ 16:21新)彼らは単なる高齢の人だったのではなく公式に「年長者たち」としての地位にあったのです。それらの人たちは,イエスが逮捕され,そして審理された際,祭司長や律法学者たちと提携していました。(マタイ 26:47–27:41)これら「年長者たち」は,イエスの墓で番をしていた者たちを祭司長たちといっしょになって買収し,イエスは復活させられたのではなく,弟子たちが彼のなきがらを盗んだと言わせました。―マタイ 28:12。

      18 (イ)イエスの場合と同様,その使徒たちはだれの手にかかって苦しまねばなりませんでしたか。(ロ)それらの人たちはどんな意味で「年長者たち」でしたか。彼らの集まりには何を設けることが必要でしたか。それはどれほどの期間に及ぶものでしたか。

      18 イエス・キリストと同様,その使徒たちも,祭司長たちと提携している「年長者たち」の手にかかって苦しまねばなりませんでした。記録によると,投獄された使徒ペテロおよびヨハネは審理を受け,そして釈放された後,「彼らは自分たちの仲間のもとに行き,祭司長と年長者たちが自分たちに言った事がらすべてを報告した」。(使行 4:5-23)以上の事柄は,祭司長たちと提携していたそれらの者たちが公式に「年長者たち」であることを明らかにするものです。古代イスラエルの都市には「市長」と呼ばれる者はいませんでしたが,その代わりに「年長者たち」の会があり,そうした会にはひとりの司会者,つまり主宰役員がいました。司会者の務めは交代制で,各成員が順番に一定期間その任についたようです。資格を有する者がどのように「年長者」にされたかは明らかにされていません。

      19 (イ)それで,西暦33年のペンテコステ以降の神の新しい神権政治に関してどんな質問が生じますか。(ロ)「長老たち」に関してどんなことが言われていますか。このことからどんな質問が生じますか。

      19 割礼を受けた生来のイスラエルが神権政治国家ではなくなり,エホバがご自分のみ子の弟子たちから成る教会,すなわち会衆の上に神権政治を確立された西暦33年のペンテスコテ以降,この新しい神権組織にはやはり「年長者たち」が公式に立てられたのでしょうか。クリスチャン会衆に関し,「神から油そそがれた者はすべて長老」b であると言われています。そうすると,神に献身し,次いで水のバプテスマを受け,さらに神の霊によって生み出されたがゆえに,霊によって油そそがれた女の人たちもこの中に含まれることになります。しかし,1世紀におけるクリスチャンの神権組織の特徴は実際には何を示していますか。クリスチャン会衆の中では献身してバプテスマを受けた人がだれも公式に「年長者」として任命されないということを示していますか。この点を調べてみましょう。

      20 (イ)ペテロがヨエル書 2章28,29節から引用したことばによれば,どんな種類の人たちがクリスチャン会衆内にいましたか。(ロ)ヨエル書 2章28節に用いられていることばからすれば,それらの人たちは公式の「長老たち」かもしれず,あるいはごく普通の「年取った人たち」だったのかもしれません。それはなぜですか。

      20 西暦33年のペンテコステの日に使徒ペテロがヨエル書 2章28,29節を引用したことから,クリスチャン会衆内に「夢をみる」であろう「年取った人たち」が置かれるようになっていたことがわかります。しかし,この預言をギリシア語に訳したさい,七十人訳はプレスビュテロスというギリシア語を使っており,これは実際には英語のpresbyterまたはelderつまり長老を意味します。これは,ヨエル書 2章28節で用いられているヘブル語[ザーケン]が,都市の長老などのいわゆる「長老たち」に決まって当てはめられることばだからです。しかしながら,このヘブル語はアブラハムやサラのような単に年取った人の意味にも使えます。(創世 18:11; 25:8)いずれにせよ,ヨエル書 2章28節と使徒行伝 2章17節のこの長老たち,あるいは「年取った人たち」は,「終末の時代」にエホバから霊を注がれる「あらゆるたぐいの肉なるもの」の一部でした。彼らは公式の「長老たち」であったかもしれませんし,あるいはごく普通の「年取った人たち」であったのかもしれません。

      21 (イ)アンテオケからエルサレムの特にだれにあてて「救援」が送られましたか。これは初期の会衆に関して何を示すものですか。(ロ)「プレスビター」(長老)とはなんですか。

      21 それにしても,初期クリスチャン会衆には公式の「年長者たち」あるいは長老つまりプレスビターたちがいたのでしょうか。この点に関して満足な答えを得るために,使徒行伝 11章30節を調べてみましょう。クリスチャンの預言者アガボは,「大ききんが人の住む地全体にまさに臨もうとしていること」を予告し,その飢きんはクラウディウス皇帝の治世に実際に生じ,歴史上の事実となりました。そこで,シリアのアンテオケ市にいたキリストの弟子たちは,ローマ領ユダヤ州にいる困窮したクリスチャン兄弟たちに救援を送ることを決めます。さて,それら物資を寄付した人たちはこの救援(ギリシア語でディアコニア)を特にだれに託しましたか。その記録はこう述べています。「そして彼らはこれを行ない,バルナバとサウロの手によってそれを年長者[長老]たちに急送した」。(使行 11:27-30,新。1971年版の欄外の読み方による。)したがって,「年長者たち」または長老たちがその直接の受領者であり,それら役員は送られてきた物資がユダヤの諸会衆に分配されるよう取り計らいました。ウェブスターの第3新国際辞典はプレスビター(長老)を,「通常,地方の会衆を治める監督として指導の務めを行なう職務を与えられた,初期クリスチャンの教会における役員」と定義しています。わたしたちは聖書によって,これが正しい定義かどうかを確かめることができます。

      統治体 ― だれによって構成されていたか

      22 アンテオケ会衆は割礼の問題をだれに提起しましたか。その代表者たちを迎えたのはだれですか。その後,この事柄について調べるためにだれが集まりましたか。

      22 キリスト教に改宗した非ユダヤ人に割礼を施すかどうかの問題がシリアのアンテオケで激しい論議の的となったとき,その地の会衆は人をだれのもとに送って問題の解決を図りましたか。「この論争に関してエルサレムにいる使徒たちと年長者たちのもとに」人を送ったのです。エルサレムに着いたパウロとバルナバおよびアンテオケからきた他の者たちは,だれに迎えられましたか。「会衆と使徒たちと年長者たち[プレスビターつまり長老たち]とに」迎えられました。この記述において,わたしたちは使徒および「年長者たち」が会衆から区別されていることに気づきます。エルサレム会衆の全員ではなく,「使徒たちと年長者たちとが,この事がらについて調べるために集まった」のです。―使行 15:2,4,6,新。1971年版の欄外の読み方による。

      23 エルサレムで決められた布告を諸会衆に送ることをよしとしたのはだれですか。だれが署名して,その布告を発しましたか。

      23 新たに改宗した異邦人に割礼を施すことを禁ずる決定がなされたのち,記録は次のように述べています。「使徒と年長者たち[プレスビターつまり長老たち],ならびに会衆全体は,その中から選ばれた者たちを,パウロおよびバルナバとともにアンテオケに遣わすことをよしとした。即ち,バルサバと呼ばれるユダとシラスであり,兄弟たちの中で指導的な人たちであった。そして,彼らの手によってこう書いた。『使徒と年長者の兄弟たちから,アンテオケ,シリア,キリキアにいる諸国民[異邦人]からの兄弟たちへ: あいさつをおくります』」― 使行 15:22,23,新。

      24 それら「年長者たち」の何人かを上げなさい。使徒たちおよび年長者たちはどんなものとしての務めを果たしましたか。その会合で司会者を勤めたのはだれですか。

      24 このように,使徒たちおよび彼らと提携していたそれら「年長者たち」(プレスビターつまり長老たち)は,全地にあるすべてのクリスチャン会衆に対し統治体としての務めを果たしたようです。しかし,彼らにはエルサレム会衆の支持がありました。それら「年長者たち」の中には,イエス・キリストの異父兄弟ヤコブ,それにユダ(バルサバ)とシラス(シルワノ)がいました。(コリント後 1:19。テサロニケ前 1:1。テサロニケ後 1:1。ペテロ前 5:12)普通,エルサレムにおける統治体のこの会合では,マリヤのむすこでヤコブという名の年長者(プレスビターつまり長老)が司会者を勤めたものと理解されています。しかし,新しく改宗した異邦人に必要な責務に関する布告とその趣旨を彼が提議したということ自体は,ヤコブが司会者であったことを確実にするものではありません。―使行 15:13-21。

      25 諸都市を歴訪したパウロとシラスは,だれの発した布告を伝えましたか。その布告を決定するさい使徒たちと提携していた人たちについてはどんなことがわかりますか。

      25 使徒行伝 16章4節は使徒パウロと彼の同僚シラス(統治体の成員のひとり)の行動について報じ,こう述べています。「さて,[小アジアの]諸都市をまわって旅行をつづけながら,彼らは,エルサレムにいる使徒および年長者たちによって決められた布告を守るよう,それらの地の人たちにそれを伝えていった」。それら「年長者たち」が使徒たちと提携しており,しかもクリスチャンの統治体の一部を成していたという事実は,彼らが公式の「年長者たち」,プレスビターつまり長老たちであったことを確かなものにします。

      26 エルサレムへの最後の旅行の途上,パウロはミレトでだれを招いて別れの集まりを持ちましたか。使徒行伝 21章17,18節はエルサレム会衆の構造について何を示すものですか。

      26 それから何年か後,使徒パウロはエルサレムに向かって最後の旅行をしていました。彼はミレトという海港に立ち寄って近くにあった小アジア,エペソの会衆と連絡を取ります。そして,別れの話し合いをするため,エペソ会衆に人を遣わしますが,そのさいパウロはエペソ会衆の全員が来るように取り計らいましたか。使徒行伝 20章17節(新)は次のように告げています。「しかしながら,彼はミレトから人をエペソに遣わし,会衆の年長者たち[プレスビターつまり長老たち]を呼んだ」。(1971年版の欄外の読み方による。)したがって,エペソの会衆には公式の「年長者たち」または長老たちがいたことになります。使徒行伝 21章17,18節(新)は,エルサレム会衆にもそうした役員がいたことを思い出させます。医師ルカの記録はこう述べているからです。「わたしたちがエルサレムにはいると,兄弟たちはわたしたちを喜んで迎えてくれた。しかしそのあくる日,パウロはわたしたちとともにヤコブのもとに行った。すると,年長者たちすべてが居合わせていた」。イエス・キリストの異父兄弟ヤコブもそれら「年長者たち」のひとりでした。ガラテヤ書 2章9節(口語)でパウロは,ヤコブのことを霊的な柱としてこう述べています。「柱として重んじられているヤコブとケパ[ペテロ]とヨハネは,交わりの手を差し伸べました」。

      27 テモテ前書 5章17節によれば,二倍の尊敬を受けるにふさわしいとみなされたのはだれですか。なぜですか。だれの祈りは特に有益でしたか。

      27 会衆の「年長者たち」(プレスビターまたは長老たち)が公式の性格を帯びていることを証するものとして,使徒パウロは西暦61年から64年ごろの間に,テモテにあてて次のような指示を書き送りました。「良い指導をしている〔年長者たち〕,特に話すことと教えとのために労している〔人たち〕は,二倍の尊敬を受けるにふさわしい者としなさい」。(テモテ前 5:17,口語〔新〕)つまり,年長者たちは会衆を公式に主宰し,話すことと聖書を教えることに努めたのです。ヤコブ書 5章14節(新)によると,それら「年長者たち」の祈りは特に有益でした。

  • 神権組織内の任命された役員たち
    ものみの塔 1972 | 2月15日
    • 神権組織内の任命された役員たち

      1 会衆のすべての成員が「長老たち」であるかどうかについて,ペテロ前書 5章1-3節はどんな質問を提起しますか。

      西暦62年から64年ころ,メソポタミアのバビロンにいた使徒ペテロは,「年長者たち」について書きしるすことがありました。こう述べています。「そこで,あなたがたのうちの〔年長者たち[プレスビターつまり長老たち]〕に勧めます。わたしも,〔年長者〕のひとりで,キリストの苦難についての証人であり,また,やがて現われようとする栄光にあずかる者です。あなたがたにゆだねられている神の羊の群れを牧しなさい。しいられてするのではなく,神に従って自ら進んでなし,恥ずべき利得のためではなく,本心から,それをしなさい。また,ゆだねられた者たちの上に権力をふるうことをしないで,むしろ,群れの模範となるべきです」。(ペテロ前 5:1-3,口語〔新〕)さて,もし「神の羊の群れ」の全員が「長老たち」とみなされるのであれば,『あなたがたのうちの年長者たち』についてペテロが話すことにどんな意味があるでしょうか。さらに,神の羊の群れが「あなたがたにゆだねられている」つまり「年長者たち」にゆだねられていると,どうして言えるのでしょうか。羊の群れが全員「長老たち」であり,したがって,すべての人が牧者ならば,彼らはどのようにして「神の羊の群れを牧」するのですか。

      2 ここでペテロから話しかけられている人たちは公式な「年長者たち」であったに違いありません。なぜですか。西暦33年のペンテコステにさいして,エルサレム会衆は何人の「年長者たち」を持って発足しましたか。

      2 使徒ペテロは自分を「年長者」に属するもの,つまり,自分が語りかけている「年長者たち」のひとりとしています。したがって,ペテロが公式な意味での「年長者」だったのであれば,彼の語りかけている人たちもやはり公式の「年長者たち」であったということになります。イエス・キリストの使徒であるならば,その者は当然公式の「年長者」であるべきです。ゆえに,西暦33年のペンテコステの日にクリスチャン会衆が発足した際,そこには12人の公式の「年長者たち」,すなわちイエス・キリストの12使徒がいました。(使行 1:13–2:37)それら使徒たちはすべて,ペテロと同様おのおの「キリストの苦難の証人」でした。なぜなら,イエスのバプテスマの時から昇天に至るまで,彼らは交わりをともにしたからです。(使行 1:21,22。ペテロ前 5:1)それら使徒たちは公式の「年長者たち」として西暦33年のペンテコステ以降,「話すことと教えることに労し」ました。―テモテ前 5:17,新。使行 2:37-42; 4:33。ヨハネ第二 1とヨハネ第三 1とを比較してください。

      どのようにして「年長者たち」とされたか

      3 (イ)12人の使徒はどのようにして「年長者」とされましたか。(ロ)使徒行伝 14章によれば,当時,他の諸会衆のためにも「年長者たち」が立てられましたが,何に関連してそのことがわかりますか。

      3 イエス・キリストの使徒たちの中で忠実だった11人の者たちは,使徒になる前からイエスの弟子であり,中にはイエスによって任命される前に1年以上も弟子であった者がいました。(ヨハネ 1:35–2:2。マタイ 4:12-22; 10:1-4。ルカ 6:12-16)したがって,彼らはイエスによって任命されて「年長者たち」(プレスビターつまり長老たち)とされたのです。後日,イエスの昇天後,くじによってマッテヤという人が12番目の使徒に選ばれました。ですから,この任命は人間の手によるものではありませんでした。(使行 1:15-26)エルサレム会衆のそれ以後の「年長者たち」,さらに,西暦33年のペンテコステ以後に設立された他の会衆の「年長者たち」は,どのようにしてその職につけられたのですか。それは使徒行伝 14章に示されています。バルナバと第1回の宣教旅行に出かけた使徒パウロは,遠くデルベ,イコニオム,ルステラ,ピシデヤのアンテオケ,小アジアにおもむき,それらの地で諸会衆を設立しました。そしてその帰路,ふたりはそれら新しい会衆を訪問しました。

      4 パウロとバルナバの訪問を再び受けた諸会衆に,どのように「年長者たち」が立てられましたか。この方法はどうして神権的であったといえますか。

      4 新しく設立されたそれら諸会衆には,どのようにして「年長者たち」が置かれたのですか。使徒行伝 14章22,23節(新)は次のように告げています。パウロとバルナバは,「弟子たちの魂を強め,信仰のうちにとどまるよう彼らを励まして言った,『わたしたちは数多くのかん難を経て神の王国にはいらねばなりません』。なおまたふたりは,彼らのために[各]会衆に年長者たちを任命し,断食をして祈りをささげ,彼らをその信じたところのエホバに委ねた」。このことから明らかなように,諸会衆は成員間の人気投票あるいは選挙によって,独自に「年長者たち」を立てたのではありません。つまり,「年長者たち」のこの任命方法を「民主的」と呼ぶわけにはいきません。パウロはイエス・キリストにより使徒として選ばれたのであり,彼とバルナバは神の聖霊のさしずによって,アンテオケからの宣教旅行に派遣されていたのです。したがって,彼らが諸会衆に「年長者たち」を任命したのは神権的なことでした。―使行 13:1-4。

      5 クレテの諸会衆に関して何をするようパウロはテトスに書き送りましたか。テトスはどんな資格に注目しなければなりませんでしたか。

      5 それから何年か後,つまり西暦61年から64年の間に ― それはパウロがローマにおける最初の投獄から釈放された時期に当たりますが,当時クレテ島にいた自分の仲間の働き人テトスにあてて,パウロはこう書き送りました。「あなたをクレテにおいてきたのは,わたしたちがあなたに命じておいたように,〔欠けている事柄を正〕してもらい,〔都市ごとに年長者たち〕を立ててもらうためにほかなりません」。(テトス 1:5,口語〔新〕)次いでパウロは,「年長者」たちとして任命されるのに必要な資格を述べ,次のように付け加えました。「長老は,責められる点がなく,ひとりの妻の夫であって,その子たちも〔放蕩〕のうわさをたてられず,〔気ままで〕ない信者でなくてはならない。監督たる者は,神に仕える者として,責められる点がなく,わがままでなく,軽々しく怒らず,酒を好まず,乱暴でなく,利をむさぼらず,かえって,旅人をもてなし,善を愛し,〔健全な思いを持ち,義にかない,忠節で〕,自制する者であり,教にかなった信頼すべき言葉を守る人でなければならない。それは,彼が健全な教によって人をさとし,また,反対者の誤りを指摘することができるためである」― テトス 1:6-9,口〔新〕。

      6 ここでパウロは「年長者たち」また「監督たち」という語をどのように用いていますか。そのことはどのように示されていますか。

      6 初めに,「年長者」に任命されるのに必要な資格を論じ,それから,「監督は責められる点がなく」といった意味のことを続けて述べたパウロは,「年長者」が同時に「監督」(ギリシア語で,エピスコポス)でもあることを示しています。ですからテトスは,「年長者たち」を任命していたと同時に会衆に監督たちを任命していたのです。ゆえに,ここでパウロは,「年長者たち」ということばと「監督たち」ということばを同義語,つまり,同じ考えを表わすことば,入れ替えることのできることばとして用いています。ですから,監督は「年長者」でなければならず,「年長者」は監督の務めを遂行しなければなりません。パウロはミレトでこの点を明らかにしました。

      7 ミレトでパウロはだれを呼び寄せるために人をつかわしましたか。パウロは彼らに何を行なうよう命じましたか。

      7 こう書かれています。「彼はミレトから人をエペソに遣わし,会衆の年長者たちを呼んだ。彼らが自分のところに着いた時,彼らに言った,『……あなたがた自身と群れのすべてに注意を払いなさい。聖霊は,神がご自身の御子の血をもって買い取られた,神の会衆を牧するために,その群れの中にあなたがたを監督[ギリシア語でエピスコポイ〕として任命したのです』」― 使行 20:17-28,新。

      8 パウロのもとに訪れた人たちはどのようにしてすでに「年長者」とされていましたか。彼らにはどんな奉仕を行なう責務がありましたか。彼らは第1にだれに対して責任を負っていましたか。

      8 以上のことばから,それら「年長者たち」が職につけられたのは,民主的な選挙とか投票とかによるのではなく,見える統治体を通してすべての会衆に働きかける神の聖霊の任命によるものであることがわかります。このようにして「年長者」(プレスビターつまり長老)として任命された者たちは,同時に監督として任命され,そうした監督としての義務ゆえに彼らは,羊の群れ,つまり神の会衆の牧者として行動する責務を課されました。彼らは第1に,統治体に対してではなく,偉大な監督者であられるエホバ神に対して責任を負っていました。(ペテロ前 2:25。イザヤ 53:6)エペソの「年長者たち」に語ったパウロのことばは,「あなたがたのうちの年長者たちに神の羊の群れを牧するように」と告げたペテロのことばと一致しています。―ペテロ前 5:1,2,新。

      監督たちと奉仕のしもべたち

      9 (イ)不忠実なユダのゆえに生じた空席を埋めることに関連して,使徒たちはそれぞれ「監督」であったことがどのように示されていますか。(ロ)西暦33年のペンテコステのさいエルサレム会衆は何人の「監督たち」をもって発足しましたか。

      9 使徒ペテロおよび他の11人の使徒は単に「年長者たち」であったばかりでなく,さらに「監督たち」でもありました。この点は,ペテロが不忠実な使徒ユダのために生じた空席を埋めるようエルサレム会衆に勧めたとき明らかになります。この措置を要求するに当たって,ペテロは詩篇 109篇8節を引用して,こう言いました。「詩篇の書に……『彼の監督の職はだれかほかの者に取らせてください』と書かれているからです」。(使行 1:20,新)「監督の職」を表わすヘブル語は,ギリシア語七十人訳の中で監督(ギリシア語でエピスコポス)の職をさすエピスコペということばに訳されています。そうであれば必然的に,使徒の職は監督の職であり,使徒たちはイエスによって任命された監督たちであったということになります。その理由で,西暦33年のペンテコステの日に約120人の成員からなるエルサレムの会衆は12人の監督をもって発足したわけです。(使行 1:15–2:43)それ以後,増大する会衆の世話を助ける「年長者たち」が任命されるにつれ,その会衆で奉仕する監督は12人以上になりました。

      10 (イ)パウロがミレトから人をエペソにつかわした当時,エペソ会衆を監督するわざはどのようにして果たされていましたか。(ロ)ピリピ書 1章1節によれば,ピリピの会衆はどのような奉仕を受けていましたか。

      10 そのペンテコステから約23年後,エルサレムに向かう途中,パウロはミレトに立ち寄りましたが,その近くにあったエペソの会衆には数人の監督がいました。なぜなら,パウロが自分に会いに来るようにと呼び寄せた「年長者たち」はすべて監督だったからです。(使行 20:17-28)それから四,五年後,マケドニアのピリピの会衆には数人の監督に加えて,監督たちの補佐の役を勧める数人の奉仕のしもべたちがいました。同市の会衆にローマから手紙を送ったパウロが,次のように書き出したのはそのためです。「キリスト・イエスのしもべたち,パウロとテモテから,ピリピにいるキリスト・イエスにあるすべての〔聖なる者〕たち,ならびに監督たち[エピスコポイ]と〔奉仕のしもべたち〕[ディアコノイ]へ」― ピリピ 1:1,口語〔新〕。

      11 ピリピ会衆の事情から判断すれば,後代の「司教」の制度とは対照的に,十分の人的資源を持つ他のすべての会衆には,監督やしもべを勤める人々がどのように置かれていたことがわかりますか。

      11 このことから,ピリピ会衆には監督および奉仕のしもべ〔ディアコノス〕がそれぞれひとり以上いたことはまちがいありません。会衆の必要な事柄を世話する監督たちや奉仕のしもべたちとなる資格のある十分の人々を有する1世紀当時の他のクリスチャン会衆すべてについても当然同じことが言えます。一つの会衆にひとりの監督を,あるいは一定区域内のいくつかの会衆のためにひとりの監督を立てることは,12使徒の死後の後代に生じるようになった事態です。a

      「年長者たちの一団」

      12 テモテ前書 4章14節によれば,会衆の「年長者たち」のグループは何を構成していましたか。地位の点では彼らは互いにどう対比されましたか。

      12 会衆の監督たちから成るこのグループが,たとえばテモテ前書 4章14節で使徒パウロの述べている「年長者たちの一団」あるいは「長老会(presbytery)」(欽定訳,アメリカ標準訳)または「組織体としての長老たち(elders as a body)」(新英語聖書)を構成したのです。(「年長者たちの集まり」に関して,ルカ 22:66,使行 22:5を比較してください。)そうした「年長者たちの一団[あるいは,集まり]」をなす各成員はすべて平等であり,その公式の地位は同じでした。彼らのうちのだれかが会衆内で最も重要で顕著な,かつ最も有力な成員である,ということは決してありませんでした。各成員は会衆全体を監督し,牧する責任の一端をそれぞれ喜んで引き受けたのです。

      13 テモテ前書 3章1節によれば,そうした望みを持つ人は,何になることを,また何を行なうことを志望していましたか。

      13 それでは,テモテ前書 3章1節(口語〔新〕)で使徒パウロの述べたことは何を意味していたのでしょうか。彼はテモテにこう述べました。「もし人が監督の職[ギリシア語でエピスコペ]を望むなら,それは〔りっぱな〕仕事を願うことです」。パウロの語っているのは,そうした望みをいだくクリスチャンは,一定数の会衆を含む一区域(管轄区)を統治する,キリスト教世界の「司教」のように,会衆内でその唯一の監督として重要さ,責任,顕著さ,権力の面で最たる者になることを願っている,という意味ではありません。(テモテ前 3:1,欽定訳,アメリカ標準訳,改訂標準訳,ドーウェー訳,新アメリカ聖書)そうではなくて,そうした望みをいだく人は,会衆内の他の監督たちとともに,会衆の霊的な状態を見守り,会衆を霊的に養い,エホバの崇拝の面で会衆を導くといった務めにあずかることを願っているにすぎないのです。その人は,使徒パウロがそのあとの節,つまりテモテ前書 3章2-7節で述べている,監督の職につくための資格にかなうよう努めます。それはテトス書 1章6-9節に述べられている資格と一致します。そうした資格は,当人が『りっぱな仕事を願っている』ことを証明するものです。

      14 (イ)「年長者たちの一団」の会合の秩序を維持するために何が必要でしたか。この必要はどのように満たされましたか。(ロ)この「年長者たちの一団」の成員の職はどれほどの期間続きましたか。それはなぜですか。

      14 もちろん,会衆のそうした長老会または「年長者たちの一団[集まり]」の中には,自分たちの会合を秩序正しく進行させるために,ひとりの司会者が必要でした。成員の中からどのようにして司会者が任命されたかは,聖書の中で明らかにされていません。司会者の職は永続的なものではなく,一定期間にわたる暫定的なものであったようであり,「長老の一団」をなす同等の成員が全員交替でその職に当たったと考えられます。長老のひとりが司会者としての自分の任期を終え,その職務を次の順番の人に譲る時が来ても,その人が依然として「年長者」あるいは「監督」であることに変わりはありませんでした。依然,「年長者たちの一団」の成員としてとどまったのです。その成員たちは会衆の間での民主主義的性格を帯びた通常の選挙によってその職につけられたわけではないので,統治体による神権的な任命は,当人がその職に忠実であることを実証するかぎり,不特定の期間続きました。

      15 (イ)諸会衆には補佐の監督たち,あるいは補佐の長老たちというような者はいませんでした。なぜですか。(ロ)ディアコノスというギリシア語は基本的には何を意味しますか。それはどれほど広範に適用されますか。

      15 補佐の監督や補佐の長老などという者はいませんでした。任命された者は監督かそうでないかのどちらかだったのです。会衆の事柄の中で,霊的な性格を特に持たない物事を世話して監督たちを助ける人たちは,「奉仕のしもべたち」(ギリシア語で,ディアコノイ)として任命されました。それら「奉仕のしもべたち」の資格については,テモテ前書 3章8-10,12,13節で使徒パウロが明らかにしています。「執事」を意味する英語の「ディーコン」(deacon)という名称は,ギリシア語のディアコノスという名称を英語化した,あるいは字訳した形にすぎず,ディアコノスは通常,しもべの意味での「奉仕者」をさします。このように,「奉仕者」(ディアコノス)ということばの意味は非常に広くて,概括的なものです。したがって,使徒パウロが自分たちのことを「新しい契約の奉仕者たち」,あるいは「神の奉仕者たち」,または「キリストの奉仕者たち」と述べているのは,彼とその仲間の働き人が,「年長者たち」または「監督たち」を助ける会衆の「奉仕のしもべたち」であったという意味ではありません。(コリント後 3:6; 6:4; 11:23,新)しかしながら,そうした補佐の役員たちは,神とキリストおよび神のみことばのために仕える点でのより広範な責任を負う者として「奉仕者」であるといえました。―使行 6:4。

      16 1世紀のクリスチャンはどんな公のわざを行なわねばなりませんでしたか。彼らは長老たち,監督たち,また奉仕のしもべたちとともにそのわざをどの程度まで成し遂げましたか。

      16 今この場で,西暦1世紀の使徒時代におけるクリスチャン会衆の組織についてこれ以上考えることはできません。当時のクリスチャン会衆がなすべきことは数多くありましたが,とりわけ,大規模な公のわざを行なわねばなりませんでした。それはなんでしたか。イエスの次の命令を遂行することでした。「王国のこの良いたよりは,すべての国の民に対する証として人の住む全地で宣伝されるでしょう」。さらに,「行って,すべての国の人々を弟子とし,父と子と聖霊との名において彼らにバプテスマを施し,わたしがあなたがたに命令した事がらすべてを守るように教えなさい」。(マタイ 24:14; 28:19,20,新)彼らはこのことを,「年長者たち」(プレスビターつまり長老たち),監督たち,そして奉仕のしもべたちの助力と導きおよび指導のもとに行ないました。西暦70年におけるエルサレムの崩壊以前においてすら「王国の良いたより」はローマ帝国の内外で伝道され,使徒パウロはローマの獄舎から,「〔あなたがたが聞いたこの良いたより〕は,天の下にあるすべての造られたものに対して宣べ伝えられたものです」と書くことができたほどです。(コロサイ 1:2,23,口語〔新〕)この偉業が成し遂げられたのは,当時の神権組織の助力があったからのことであり,それは今日のわたしたちに対する模範となっています。

      20世紀における神権組織

      17 1884年の「ものみの塔」誌によれば,神の聖なる者たちの天の王国はなんと呼ばれましたか。しかし,それら聖なる者たちで成る見える地上の組織は何を基礎として運営されていましたか。

      17 前節に引用した主イエス・キリストの命令は依然今日でも適用されます。エホバ神が異邦人の時の終わりに当たる西暦1914年にご自分のメシヤ・イエスの王国を樹立されて以来,それはなおさらのことと言わねばなりません。したがってわたしたちは,そうした命令を遂行している,それら献身してバプテスマを受けたクリスチャンから成る組織が,1世紀の使徒的な型にどのように一致しているかという点に関心を持っています。1884年8月号の「シオンのものみの塔」誌の7ページにはこうしるされています。「それに反してか,聖徒の王国は神権政府であり,(その完成と回復の期間に)人類が同意あるいは是認するかどうかにはかかわりなく,世界を支配するであろう」。しかしながら,地上の聖徒つまり聖なる者たちの組織についていうと,その見える地上の組織は,イエス・キリストのそれら献身してバプテスマを受けた追随者たちのために,おもに各会衆を基礎として運営されていました。個々の会衆には長老たちと執事たちがおり,彼らは少なくとも年に1回,献身してバプテスマを受けた者たちの人気投票あるいは民主主義的な投票によって選出されていました。その手続きは使徒行伝 14章23節に関する当時の理解に基づくものだったのです。b

      18 1895年の「宜しきに適ひ秩序正しく」と題する記事は,諸会衆のどんな役員を選出する問題を扱いましたか。この記事はそうした役員をだれと同等に扱いましたか。

      18 たとえば,1895年11月15日号の「シオンのものみの塔」誌は,「宜しきに適ひ秩序正しく」と題する主要記事を掲げました。それはコリント前書 14章40節に論及したものです。その記事の中で「初期教会における秩序」「今日必要とされる秩序」「推賞される使徒的な助言」「長老の選出が必要とされる場合」「長老の資格」などの副見出しのもとに,献身してバプテスマを受けたクリスチャンから成る諸会衆の役員の問題が論じられました。その冒頭の数節には,「エンファティック・ダイアグロット新約聖書」(英文)訳によるテモテ前書 3章1節から7節の聖句が引用されており,「人が監督の職[奉仕]を願うなら,その者は良い仕事を願っているのである。[いかなる奉仕といえども,われわれがキリストのからだにささげうるものは,祝福された奉仕である。]であれば,監督には非難されるべき所があってはならない」という趣旨のことが述べられています。それゆえ,この記事が長老と「監督」とを同等に扱っていたことがわかります。―1896年1月15日号の「シオンのものみの塔」誌をもごらんください。その24ページには,「『宜しきに適ひ秩序正しく』の記事に対する返答」が載せられています。

      19 (イ)長老たちおよび執事たちを選出するこの方法は,1932年10月5日どのように終わりましたか。(ロ)その時までに会衆はどんなわざを成し遂げましたか。また,どんな名称を採用しましたか。

      19 会衆の選挙によって長老たち(監督たち)および執事たちを職につけるという方法は,1932年10月5日に至るまで続けられました。この日,ニューヨーク市会衆は決議により,自分たちのために「奉仕の指揮者」を任命してもらうことを統治体に要請しました。そして,この役員のもとに,会衆の過半数の投票をもって選出される補佐たちからなる委員会が設けられました。全地の諸会衆がこの模範にならいました。(1932年10月15日号の「ものみの塔」誌,319ページ,「決議」の項をごらんください。)しかしながら,その時に至るまで,会衆はエホバの名前を宣明し,樹立されたエホバの天の王国を宣べ伝えるという,人々の注目すべき運動を推し進めていたのです。また,小麦にたとえられる王国の相続者たちの残れる者を集め出す「収穫」のわざの主要な部分も完遂を見ていました。さらに1931年7月26日をもって,神の王国のそれら相続者たちからなる諸会衆は,「エホバの証人」という名称を採用するに至りました。(イザヤ 43:10-12)― マタイ 13:24-30,37-43をごらんください。

      20 (イ)変更を加えられたその取り決めは1938年にどのように終わりましたか。(ロ)協会の奉仕部門と統治体とはどんな関係にありますか。

      20 この変更を加えられたエホバの証人の会衆の取り決めは,1932年10月から1938年にいたるまで存続しました。その年つまり1938年の6月1日および15日号の「ものみの塔」誌は,諸会衆の神権組織として述べられている事柄に関して「組織」と題する2部から成る記事を掲載しました。それ以後,会衆のすべての役員は,本部の統治体によって任命されました。統治体はものみの塔協会の奉仕部門ではありません。統治体は野外で宣布者たちによってなされる王国の宣布のわざだけでなく,さらに大きな関心事を持っているからです。しかし統治体は協会の奉仕部門や他の機関を用いて野外のわざを指導します。

      21 (イ)今日,だれが会衆の司会者を勤めますか。その任務はなんですか。(ロ)司会者の職が長老会の他の成員に回される場合,その前任者はどうなりますか。

      21 今日,エホバの証人の諸会衆には普通ひとりの会衆のしもべがいます。彼は会衆の司会者を勤め,特に会衆の成員による野外での伝道と教えるわざとを指揮します。この問題に関して聖書の述べるところからすれば,彼は「年長者」または「長老」であり,それゆえに,監督でもあります。一定の期間を経て自分の占めている司会者の職を,長老会あるいは「年長者たちの一団」の他の成員に交替してもらう時がきても,その人は依然その長老会の一員としてとどまり,しかるべき務めを与えられます。

      22 会衆のしもべの補佐また聖書研究のしもべの任務および地位はなんですか。会衆の審査委員はだれによって構成されますか。

      22 さらに,会衆のしもべが司会者を務められない場合にいつでもその務めに当たりうる,会衆のしもべの補佐がひとりいます。聖書にしるされている資格から言えば,彼は補佐の監督ではなく,監督であり,「年長者」です。関心のある人たちの家庭で個人的な聖書研究を司会することによって膨大な教えるわざが行なわれているために,各会衆にはひとりの聖書研究のしもべが任命されています。聖書が監督たちに「教える資格を持つ」こと,および「教えにかなった信頼すべきことばを守る」ことを要求しているからには,聖書研究のしもべも監督であり「年長者」であるに違いありません。(テモテ前 3:1,2〔新〕。テトス 1:5-9〔口語〕)これら3人のしもべは,霊的に重大な意味を持つ事柄を処理する審査委員として用いられてきました。

      23 会衆内のほかのだれが「年長者たち」また「長老たち」としての地位につきますか。なぜですか。

      23 そのほか,「ものみの塔」研究のしもべと神権宣教学校のしもべがいます。教えることおよび伝道することに関連して割り当てられた彼らの責務の性格からして,それらのしもべたちも「教える資格を持つ」「年長者」そして「監督」であるべきです。

      24 現代の会衆にはほかにどんな部門がありますか。そうした部門で奉仕るす人たちは聖書的に言ってどのような地位を占めますか。

      24 今日,聖書研究の手引きの生産が膨大な量に上り,さらに,それら印刷物に対する需要が広範に増大しているため,雑誌-区域それに文書部門が設けられています。さらに,各会衆は受け取った寄付および支出に関して財政上の記帳をしなければなりません。しかし,それらは純粋に会衆の霊的な事柄に関係していないので,雑誌-区域のしもべ,文書のしもべそして会計のしもべの仕事は,使徒時代に任命された「奉仕のしもべたち」(ディアコノイ)に割り当てられた仕事に相当すると言えます。

      25 だれが「旅行する監督たち」として仕えますか。それらの人たちは聖書的に言ってどのような地位を占めますか。

      25 さらに今日,巡回区および地域区内の各会衆を訪問する,「旅行する監督たち」と呼ばれる人たちがいます。この人たちは「巡回のしもべ」また「地域のしもべ」として任命を受けます。これらのしもべに割り当てられる務めに要求されている資格のゆえに,このしもべたちもやはり「年長者たち」または「長老たち」とみなされねばなりません。

      26 (イ)こうした特殊な名称のもとに,だれの奉仕が遂行されていますか。しかし,そのために,称号をもつ僧職者階級があるといえますか。(ロ)こうして,どんなわざが遂行されていますか。エホバは,どんな方向に進もうとする,ご自分の証人たちを祝福しておられますか。

      26 以上のように今日,こうした特殊な名称のもとに,「年長者たち」(あるいは長老たち),監督たちそして奉仕のしもべたちの奉仕が遂行されているのです。それらの役員は称号で呼ばれる僧職者階級ではありません。しかし,彼らの監督,牧羊,指導,援助の益にあずかりつつ,会衆の一般の成員は今,平和と一致のうちにエホバ神を崇拝し,さらに民主主義政体,政治的共産主義およびこの事物の体制の他のすべてに終わりの臨む前に,弟子を作るわざを遂行し,そして神の王国の救いの良いたよりを全地に伝道しています。エホバは,ご自分のクリスチャン証人が組織,崇拝,活動において神権的であろうとする努力を豊かに祝福し,栄えさせておられます。強力な神権統治者であられるエホバに,わたしたちの主イエス・キリストを通して栄光と賛美が永遠にありますように。―ペテロ前 5:10,11。

      [脚注]

      a たとえば,J・D・ダグラス文学修士編,新聖書辞典の158ページ,「司教」の項の次のような短い注解を読んでください。この「司教」ということばは,多数の翻訳の中でエピスコポスの訳語とされています。「使徒直弟子教父たちの中で,ただひとり君主的監督制を主張したイグナチウスでさえ,それが神により創始されたものである ― この論議は,もし彼が引き合いに出せたなら,決定的なものとなっていたであろう ― とは決して述べてはいない。テトス書 1章5節に注解を加えたジェロームは,ただひとりの司教が優位を占める事態は,教会内の分裂を阻止する一手段として,『主の実際の任命によるというよりもむしろ慣習』から生じたものであると評している。(書簡,146参照)君主的監督制は,一部の天賦の才の持ち主が長老 ― 司教たちの委員会の終身司会者職を取得するに及んで,地方の会衆に現われたとみるのがおそらく最も妥当であろう」。

      b 1904年発行「新しい創造物」(英文)の研究第6,「新しい創造物における秩序と規律」276-278頁をごらんください。

  • 交替制の司会者職をもつ「長老たちの一団」
    ものみの塔 1972 | 2月15日
    • 交替制の司会者職をもつ「長老たちの一団」

      エホバの証人の一連の「神のお名前」地域大会の閉会の話の中で,この記事の前に掲げられている研究記事の内容を敷衍して,「長老たち」について多くのことが話されました。その情報は熱烈な反応をもって受けとめられましたので,当誌のすべての読者の益のために,その全文をここに掲げます。

      みなさんは,「民主主義政体と共産主義のまっただ中における神権組織」と題する話の中で,会衆のしもべが会衆の司会者を勤めると述べられたことを思い出されるでしょう。わたしたちは会衆のしもべのことを時々,主宰奉仕者と呼んでいます。わたしたちが聞いた,聖書に基づく話によれば,会衆のしもべは,「年長者」または長老であり,同時に監督でもあります。次のことも話されました。「一定の期間を経て,自分の占めている司会者の職を,長老会あるいは『年長者たちの一団』の他の成員に交替してもらう時がきても,彼は依然その長老会の一員としてとどまり,しかるべき務めを与えられます」― 118ページ,21節。

      さて,ある兄弟たちはこの交替は何を意味するのか,また,このことが今日行なわれるのだろうか,ということについて尋ねています。

      聖書によれば,会衆には何人かの長老がいるかも知れないこと,そしてその全員が監督であるという点にわたしたちは注目しました。使徒パウロは『長老たちの一団[ギリシア語ではプレスビュテリオン]』に言及しています。テモテ前書 4章14節〔新〕はこう述べます。「なんぢ〔年長者たち[または長老たち]の一団〕の按手を受け,預言によりて賜はりたる賜物を等閑にすな」。このことばからわかるように,責任を持つ「年長者たちの一団」が存在していました。また,テトス書 1章5節(口語〔新〕)にしるされているとおり,パウロはテトスにこう語りました。「あなたをクレテにおいてきたのは,わたしがあなたに命じておいたように,〔欠けている事柄を正〕してもらい,〔都市ごとに年長者たち〕を立ててもらうためにほかなりません」。1971年版の新世界訳聖書の脚注の中で,テトスは「長老たちを任命」することになっていました。それらの人たちは,会衆内の長老また監督たちとして任命されました。彼らは会衆内で重要さ,責任,顕著さ,権力の面で最たる立場を追い求めていたのでもなければ,だれもそうした種類の人物になることを望んでいたわけでもありません。(テモテ前 3:1)彼らは羊の世話をしたいと願う羊飼いの一団であり,長老たちの一団として,みないっしょに働き,協力したのです。―使行 20:17,28。

      もちろん,会衆内でなされねばならない牧するわざを世話する点で,この「長老たちの一団」の司会者がいなければなりませんでした。クリスチャン会衆の初期の時代である当時,司会者の職は長老たちのあいだでおそらく交替であったと考えられます。

      1年交替制

      ところで,兄弟たちが尋ねている質問は,それが今日どのように行なわれるのか,ということです。長老たちの交替が1年ごとに行なわれるのは良いことであると考えられます。それは会衆のしもべが毎年変わるということですか。そのとおりです。当人は依然として任命された長老であり,依然として監督のひとりですが,今度は会衆内の別の長老が会衆のしもべ,あるいは「年長者たちの一団」の司会者になるのです。だからといって,新しい司会者が最も重要な長老になるわけではありません。それはただしばらくの間,その司会者が付加された責任をになってゆくという意味に過ぎません。

      地域大会の金曜日の午後,わたしたちが得た情報によれば,会衆内の5つの主要な立場が5人の男子で占められる場合のあることが指摘されました。それはすなわち会衆のしもべ,会衆のしもべの補佐,聖書研究のしもべ,「ものみの塔」研究のしもべ,そして神権宣教学校のしもべです。もし会衆内にそれだけの数の任命された長老たちがいるならば,彼らはみな会衆の「年長者」であるべきであり,同時に「長老たちの一団」を構成します。そして彼らが交替するのであれば,毎年新しい司会者がいることになります。この交替制の取り決めのもとでは,司会者を勤める会衆のしもべはその立場を退き,必然的に会衆のしもべの補佐が次の1年間,司会者つまり会衆のしもべとしての立場につきます。

      「神権組織」の話の中で述べられたことと一致して,1972年10月1日付で交替制を実施するのは良いことと思われます。もしそれがエホバの意志であれば,1972年10月1日付で,会衆のしもべの補佐として奉仕している人は,できれば会衆のしもべの立場を占めることになり,そして会衆内の他のすべての年長者あるいは長老たちも立場を交替することになります。当然のこととして,聖書研究のしもべは会衆のしもべの補佐となり,「ものみの塔」研究のしもべは聖書研究のしもべになり,神権宣教学校のしもべは「ものみの塔」研究のしもべになります。これまでの会衆のしもべは依然として「長老たちの一団」のひとりであり,依然,神の羊の群れを世話する割り当てを持っていますが,(もし長老が5人だけであれば)監督たちのうちで残されている空席,すなわち神権宣教学校のしもべの立場を占めることになります。それで,彼は神の羊の群れを牧する責任の一部として,次の1年間その奉仕の特権を持つことになります。つまり,「長老たちの一団」の全員とともに,引き続き監督のひとりとしてとどまります。しかし,新しい会衆のしもべが「長老たちの一団」の司会者となって,わざの全般的な監督を行ないます。もしそれらの5つの定められた別々の職を占める5人の長老がいるならば,それら長老はみなおのおの毎年,異なった立場につくことになります。

      ここで次のような質問が出るかもしれません。もしある長老が司会者の職につくことを望まない場合,あるいは何かの理由でそうすることができない場合はどうなるのでしょうか。そのような場合には,その人をとばしてたぶん次の順番の人が奉仕するよう推薦することは,「長老たちの一団」にまかされています。そうした事情のもとでは,聖書研究のしもべが次の1年間,会衆のしもべの立場について,主宰司会者になるでしょう。しかし,小さな会衆で,長老がひとりしかいない場合を除いては,すべての立場が交替されるべきです。その小さな会衆というのは,新しく設立された会衆のような場合かもしれません。本部の統治体によって長老また監督として任命されたすべての年長者たちは,責任のある職を引き受けるものであることを銘記しなければなりません。ゆえに,おのおのみずから進んで各自の職を交替し,1年間司会者を務め,主宰奉仕者の立場を引き受けるべきです。また,当人の要請でとばされる長老はだれでも,その時占めている職にもう1年とどまって奉仕するかわりに,当人の受諾できる,責任のある別の職に移されます。

      ある会衆には十分に資格のある長老,あるいは監督たちがいないため,なかには現在,二つの立場を占めている兄弟たちがいるのは事実です。そのような場合には,「長老たちの一団」は,「長老たちの一団」の新しい司会者あるいは主宰奉仕者が奉仕する次の任期中,だれが二つの立場を占められるかについて統治体に推薦しなければなりません。

      長老としての資格を身につける

      もし会衆に,長老になる資格を持つ兄弟が5人はおらず,しかも監督になる資格を持つ兄弟たちが,一つ以上のしもべの立場に関連した仕事を処理する時間がない場合はどうなりますか。そのような場合には,ディアコノスつまり奉仕のしもべを用いることができます。しかし,神権宣教学校を司会するために奉仕のしもべ,つまりディアコノスが用いられるからといって,当人はそうした立場を占めることによって自動的に「長老たちの一団」の一員になるという意味ではありません。長老として任命されるには,その前に資格にかなわねばなりません。会衆内に長老が5人またはそれ以上いるいないにもかかわらず,いったん「長老たちの一団」のひとりとして任命された人は,交替で各自の立場につき,「長老たちの一団」によって推薦され,それに応じてまずたいていの場合,統治体によって任命されるいろいろな立場の務めを取り扱います。

      「神権組織」に関する話の中で指摘されたように,ある人が統治体によって「年長者」または長老として任命されると,その任命はいつまでも有効で,1年ほどで終了するということはありません。もとより,当人が会衆から試験期間もしくは排斥処置に付された場合には,長老の立場にはとどまれません。そのような場合には,神の羊の群れの牧者としてのそのりっぱな立場を失います。もし病気その他の理由で,ある期間,任命されたしもべの仕事を行なえない場合が生じても,それゆえに長老の立場を失うということはありません。

      仮にある会衆に6人あるいは7人もの長老がいるとしましょう。そうすると,ふたりの長老は,前述の5人のしもべの立場のどれかを占めるしもべとしての割り当てを受けられないことになります。毎年10月1日にしもべの立場の移動が行なわれるさい,それらふたりの長老はどうなるのですか。たぶんひとりは神権宣教学校のしもべへの立場につき,それまでの会衆のしもべは今度は,それら5人のしもべの立場のいずれにも任命されないふたりの年長者のひとりになるでしょう。しかしその人は依然として「長老たちの一団」の一員であり,会衆に対する関心をまさしくいだいており,羊の群れを積極的に世話し,また喜んで奉仕会に参加し,正式に任命された他の成員がだれか会衆を留守にしたり,病気になったりすると,いつでもその代理をつとめます。

      他のしもべの立場に任命されていようといまいと,会衆内の長老たちは会衆の書籍研究司会者として所定の家で良く奉仕できます。そして特にもうひとりのしもべの立場を占めて働いていないときにはたいていそうすることができるでしょう。わたしたちはそうした立場にすぐれた男子を必要としており,また,聖書が述べるとおり,監督は『教える資格を持た』ねばなりません。―テモテ前 3:2,新。

      しかしながら,ある人が単に書籍研究司会者として任命されているからといって,長老であるというわけではありません。その人は長老あるいは年長者になる資格を持ってはいないかもしれません。多くの場合,「長老たちの一団」は,聖書の中で奉仕のしもべたちとして言及されているそれら補佐たちを書籍研究司会者として用いる必要があることに気づくでしょう。(テモテ前 3:8-10,12,13)言いかえれば,奉仕のしもべは教える面で長老たちを援助します。なぜなら,会衆の書籍研究のすべてを世話する十分の数の長老が会衆内にいないからです。

      雑誌-区域のしもべ,文書のしもべそして会計のしもべとして任命される兄弟たちは少なくとも聖書の中で述べられている奉仕のしもべたちであるべきです。文書や雑誌,区域や会計の仕事をするために,会衆内の長老たちを任命してもらう必要はありません。奉仕のしもべであるそれらの男子は,「長老たちの一団」を助ける補佐です。

      人はどのようにして長老になれるのですか。テモテ前書 3章1節にはこう書いてあります。「もし人が監督の職を望むなら,それは良い仕事を願うことである」。奉仕のしもべとして任命されて会衆の書籍研究を司会したり,あるいは長老会によって略述される他の仕事を世話したりする若い男子は確かに,良い仕事を望んでいると言えます。そのような人は「年長者」または監督になることを願うべきです。それにしても,神の群れを牧するための資格をまだすべて身につけてはいないかもしれません。しかし,当人がテモテ前書 3章およびテトス書 1章に述べられている資格を満たしたなら,その人を長老として任命してもらうよう統治体に推薦できます。そのような人を会衆内の長老そして監督として推薦するかどうかは「長老たちの一団」にまかされています。そのうち「長老たちの一団」の一成員として当人は以後,「長老たちの一団」の他の成員たちすべてとともに牧羊の仕事に携わり,また自分の番が回ってきたなら,司会者として奉仕します。

      王国の伝道者たちのほとんどが姉妹で構成されている会衆の場合はどうですか。姉妹たちは長老になれますか。いいえ,姉妹たちは長老にも,あるいは奉仕のしもべにも任命されることはありません。しかし,統治体は円熟した謙遜な姉妹たちに,会衆内の兄弟たちを援助したり,資格を持つ兄弟が得られるまで代理として仕事の世話をしたりするよう要請する場合があります。

      会計,文書そして雑誌-区域のしもべたちが長老であることを要しないのはなぜですか。会衆内のそれらの立場は,主として機械的な性質の仕事もしくは記帳の仕事と関係しています。「長老たちの一団」は群れを牧する,つまり会衆の個々の成員すべての霊的福祉を顧みますが,一方,会計,文書,雑誌-区域のしもべたちは記録,在庫,そして兄弟たちの必要とする物品の供給などの世話をします。こういうわけで,それらの立場には奉仕のしもべたち,つまりディアコノイがあてられます。もちろん,もし長老の資格を満たす十分の数の兄弟たちがいて,それら兄弟たちの他の務めの妨げとならないなら,長老たちをそうした立場につけることに異存はありません。しかし,単にそうした仕事をするからといって,その人が長老であるというわけではありません。

      書籍研究司会者たちは,教える者であるゆえに,長老であるべきではないのですか。もしすべての書籍研究司会者の立場を受け持てるだけの十分な数の「年長者たち」がいるならば,それは申し分のないことですが,たいていの会衆ではそうではありません。それゆえ,長老たちの一団がそれらの立場を受け持てるほど大きくなるまで,奉仕のしもべたちを用いなければならないでしょう。会衆内に十分の数の長老たちがいる場合には,確かに長老たちが会衆の書籍研究司会者になるべきです。なぜなら,それら長老たちは,おのおの委ねられる群れを牧して,多くの良いことを成し遂げられるからです。使徒行伝 20章28節(新)にしるされている次のことばどおり,監督または長老には非常に大きな責任が伴います。「あなたがた自身と群れのすべてに注意を払いなさい。聖霊は,神がご自身の御子の血をもって買い取られた神の会衆を牧するために,その群れの中にあなたがたを監督として任命したのです」。監督は彼らの霊的福祉に非常に深い関心を持っていなければなりません。29節(新)に指摘されているとおり,パウロはまた次のように述べているからです。「わたしが去ったのちに,暴虐なおおかみがあなたがたの中にはいり込み,群れを優しく扱わないことをわたしは知っています」。監督あるいは長老は真理のうちにほんとうにしっかりと立って羊を助け,また喜んで責任を引き受けなければなりません。

      勤め,つまり審査委員として

      一般的な問題を扱ったり,あるいは会衆内で審査委員会としての務めを果たす,3人で構成される委員会はこれからもやはりあるのでしょうか。そうです。そして,この審査委員会は今後も引き続き,司会者または会衆のしもべ,会衆のしもべの補佐そして聖書研究のしもべによって構成されます。しかしながら,時にはそれら3人のうちのひとりが,問題に関係があったり,なんらかのかかり合いがあるために資格を失う場合があるかもしれません。そのような場合には,もちろんこの委員会は,問題を審理する委員会を構成するために他の長老たちからだれかひとりを選べます。もしなんらかの理由で,ある兄弟が審査委員を勤める資格を失うなら,その人は退いて,問題の諸事実を審理するための別の長老あるいは長老たちを「長老たちの一団」に選ばせるべきです。問題の審理を行なうさい,長老全員が同席する必要はありません。たいていの場合,それら3つの立場を占める兄弟たちが,1年の間,とくに審査委員会の考慮を要する場合,重大な問題を処理します。

      なかには,王国会館の所有権およびその運営に関連して協同団体が設立され,それが法人団体である場合もあります。今回の交替制の取り決めはそうした団体にも適用されますか。いいえ,適用されません。ここでわたしたちが論じているのは,本部の統治体によって個人が任命される会衆内の立場だけに関する事がらなのです。

      年長者たちの正式の任命

      1972年10月1日までの今後何か月かの間,各会衆における「長老たちの一団」はどのようにして選ばれるのですか。統治体はものみの塔協会を通して手紙を送り,現在各会衆の活動を世話している委員会に対して,この問題に関するさらに詳しい情報が「ものみの塔」に掲載され,それらが霊的な意味で消化されたのちに会合を開き,会衆内でだれが長老または監督の資格にほんとうにかなっているかを祈りのうちに考慮するよう要請するでしょう。もちろん委員は,テモテ前書 3章2-7節,テトス書 1章5-9節そしてペテロ前書 5章1-5節までを注意深く読み,資格を持つと思われる人々を神のみことばにしるされているそれらの資格と照らし合わせて考慮します。それから統治体への推薦がなされます。しかし3人で構成されるこの委員会は,会衆内に長老としての資格を確かに備えた兄弟が幾人かいることを知っているかもしれず,会衆内のすべての兄弟たちについて考慮するさい,それらの兄弟たちにも同席してもらいたいと考えるかもしれません。

      そうであれば,長老としての有資格者を3人で決めるかわりに,5,6人か7人あるいは8人であっても,もし何年もの間,そうした資格を持っていることをすでに実証してきた年長の兄弟がそれほど多くいるならば,彼らにも同席してもらい,彼らのうちで聖書的に見て,長老の立場を占める資格を持つ者がだれであるかを決定すべきです。大きい会衆では有資格者が多いので,8人か9人あるいは10人もの長老を推薦するかもしれません。同時に奉仕のしもべとしての有資格者を決定したいと考えるかもしれません。とは言っても,会衆内のすべての人が長老として,あるいは奉仕のしもべとして資格を持っているわけではありません。なぜなら,新しい人々がはいって来ていますし,また,あまりよく進歩していない人がいるからです。長老かどうかは,必ずしも野外奉仕に費やす時間の長短で決められるものではありません。最も肝要なのは,霊的な資格,エホバ神への愛,会衆内の仲間の働き人に対する関心,そして教える者として,また叱責したり説き勧めたりする者としての能力です。もちろん,当人は良いたよりの伝道に対しても熱意をいだいている人でなければなりません。それにしてもまず第一に,すでに神の羊の群れにはいっている人々を牧し,同時に彼らを野外で導く者でなければなりません。

      おそらく統治体は次のことを求めるものと思われます。(1)長老たちに関する会衆の推薦,それとともに,長老たちとして推薦される人々のうちだれが,1972年10月1日から始まる1年間,会衆のしもべあるいは「長老たちの一団」の司会者の職につくべきか,また全部で5つある前述の他の主要な立場にだれがつくべきかに関する推薦,(2)また会計,文書そして雑誌-区域のしもべの立場につくべき奉仕のしもべたちに関し,「長老たちの一団」として適当と考えられる推薦。もちろん年長者たちも,それらの立場につくことができますが,彼らの主要なわざは,牧者また教える者としてのそれです。

      統治体が会衆からの推薦を受け取ったのち,ふさわしい任命がなされます。統治体はすべての会衆内の長老たちの任命を行ない,その知らせを全世界の協会の各支部事務所を通して会衆に送ります。

      諸会衆を訪問するよう任命される長老たち

      では,巡回および地域のしもべについてはどうですか。それらしもべたちに関してもなんらかの交替制が設けられるのですか。そうです。協会はそれらしもべたちが2年ごとに新しい割り当てを交替で受けられるようにしたいと考えています。時に巡回のしもべは2年間地域のしもべになる場合さえあるでしょう。次いで,地域のしもべを勤めたのち,その国全体のわざを益するのに最善と考えられるところに応じて,また巡回のしもべになるかもしれません。

      むろんそれらの兄弟たちは長老としての資格を持っています。そのゆえにこそ彼らはそうした立場にあるのです。それらしもべたちは会衆を訪問する際,各会衆の「長老たちの一団」と十分に協力し,彼らの野外活動に参加し,会衆全体を霊的に建て起こすことにあずかります。しかし,当面1年間奉仕するしもべたちが任命されたり,あるいは翌年交替が行なわれたりしたのちには,巡回のしもべおよび「長老たちの一団」全員がしもべの変更を緊急に必要とすると考える場合でないかぎり,巡回のしもべは変更の推薦を何も行なう必要はありません。

      巡回のしもべは会衆を訪問するさい,会衆の長老たち以上に権威を持っていて,集会の時間,会館の取り決め,あるいは監督するそれぞれの立場にある兄弟たちを変更するなど,会衆内の事柄を変えることができますか? いいえできません。巡回のしもべはそうした権威を持ってはいません。巡回のしもべは,会衆を霊的に建て起こし,野外奉仕で率先するために会衆を訪問するよう協会から任命された長老のひとりに過ぎません。巡回のしもべであるからといって土地の長老たちよりもすぐれた資格があるという意味ではありません。協会は今後しばしば,会衆のしもべたちを起用して,近隣の他の会衆に週末の期間巡回のしもべとして奉仕するよう取り決める場合があります。それら会衆のしもべ,あるいは他のしもべたちは霊的な勧告や助言を与える資格を持っているゆえに用いられるのです。巡回のしもべや地域のしもべは,会衆内の「長老たちの一団」よりも自分のほうがすぐれているなどと決して考えるべきではありません。むしろ自らできるかぎりの助力や援助を与え,会衆にゆだねられているすばらしいわざを押し進めるよう会衆全体を励ますために協会から会衆につかわされた一長老であるとみなすべきです。会衆内の「長老たちの一団」は,巡回のしもべが神のみことばからのすぐれた霊的な助言を与えるとともに自ら野外奉仕でよく率先することを知っているので,長老のひとりでもある巡回のしもべの年2回の訪問を待望すべきです。

      もちろん,統治体はこのことに関して,今後さらに協会の出版物の中でもっと詳しく説明するでしょう。その間,会衆はこれまでどおり,任命されたしもべたちによって運営されてゆきます。そして,1972年の9月が訪れると,それまでにしもべたちの任命を受けた会衆は,9月中に仕事を新しいしもべたちに引き継いでもらい,10月1日には会衆の新しい主宰奉仕者が,「長老たちの一団」あるいは年長者たちの司会者となり,おのおの監督としての割り当ての務めを取り扱います。毎年,会衆内のそれら兄弟たちはそれぞれの立場を交替し,ただ一つの関心事を念頭において一体となって働きます。その関心事とは会衆自体の福祉です。それらしもべたちは互いに協力し,委ねられている,神の羊の群れを牧してゆきます。

      こうした組織の面での調整は,会衆の運営を神のみことばにいっそう徹底的に準拠させるものとなり,それはエホバからのより豊かな祝福をもたらす結果になるに違いありません。今後,会衆はその仕事の荷をよりよく分担できるようになり,結果として,「年長者たち」は神のみことばを実際に教えること,および羊の群れを牧することにいっそう深い注意を集中して,会衆内の各人が強い信仰を保てるよう助けることができるようになるでしょう。同時に,わたしたちが監督たちの事柄に関してより明確な見解を持つにつれ,主要な監督者エホバに,またエホバがご自分の会衆のかしらとして任命されたかた,すなわち,いま王として現に活発に支配しておられる主イエス・キリストにわたしたちの注意をいっそう集中するよう助けられます。わたしたちがそうするとき,エホバがご自分の民を導く仕方に対するわたしたちの認識は大いに強められるでしょう。

  • 「みことばを宣べ伝えなさい」― どこで,またなぜ?
    ものみの塔 1972 | 2月15日
    • 「みことばを宣べ伝えなさい」― どこで,またなぜ?

      それは西暦64年か65年のころでした。使徒パウロはローマで,囚人として鎖につながれ,苦労していました。彼はそういう状況のもとでテモテにあてて最後の手紙を書きました。パウロの目的は,テモテに,クリスチャンの監督として会衆内の背教分子に抵抗し,会衆を強力な「真理の柱,真理の基」として築き上げるべく備えさせることにありました。―テモテ前 3:15。テモテ後 1:8,16。

      パウロは,テモテが監督もしくは「年長者」としてどのように奉仕するかを自分が近くにいて見守るのは,あとわずかであることを知っていました。しかし神とキリストは見守っておられます。それで彼は書きました。「神および,生きている者と死んだ者とを裁くよう定められているキリスト・イエスの前で,その顕現と彼の王国とによって厳かに命じます。みことばを宣べ伝えなさい。順調な時期でも困難な時期でもたゆまずに。寛容のすべてと教える術をもって,責め,戒め,説き勧めなさい」。(テモテ後 4:1,2,新)しかしテモテはどこで,そしてなぜみことばを「宣べ伝え」ることになっていましたか。また,「順調な時期でも困難な時期でも」そうするということは,何を意味していましたか。

      文脈を考慮してみると,パウロが何を意図していたかわかります。これより前パウロは,当時現われはじめていた,そしてついには盛んになるであろう背教についてテモテに警告しました。(テモテ後 2:14-18; 3:8-13)そして「みことばを宣べ伝え」るようテモテに勧めたあと,真理から離れていく者,すなわち背教者たちに言及して,こう述べました。

日本語出版物(1954-2026)
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