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「良いたより」,バージン諸島に渡るものみの塔 1980 | 8月1日
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びんにぼろ布を入れて作った灯火をかかげて山を下り,話を聞きに来ます。その灯火は星がたくさん山の斜面を動いているように見え,実に壮観でした。
シビア号はトートーラ島を幾度も訪れ,関心を持つ人々で成る小さな群れが徐々に形造られてゆきました。宣教者たちは,自分たちが島に滞在している間は定期的に集会を開きました。宣教者の去った後も,その群れは引き続き集い合いました。1955年に,エイモス・サリバンのもう一人の息子,ライオネル・サリバンがトートーラ島へやって来て,ロードタウン会衆が設立されました。
ふさわしい王国会館を得る
会衆は拡大しつつありましたが,その集会は小さな会館を借りて開かれていました。ところが,それらの会館はほどなくして満員になってしまいました。セントトマス島ではふさわしい集会場を得るのは不可能と思われました。地価は非常に高く,会場を貸してくれる所はほとんどなく,あっても使用料は非常に高くつきました。しかしある朝,エホバの証人の会衆の主宰奉仕者であるウォルター・ジョージズは,一人の婦人が話をしたがっているということを耳にしました。その話し合いがきっかけとなって,集会場,つまり王国会館を建てる道が開けました。
政府は全住民に水洗便所を備え付けることを義務づけました。この婦人には,新しい政令どおりにするためにエホバの証人が力を貸してくれるなら,土地を寄付しようという気持ちがありました。その婦人のすまいが荒れているのを見て,エホバの証人は二つの寝室のある家を婦人のために建てることを提案しました。その取決めは婦人の意にかないました。証人たちは寄贈された土地の権利証書を手に入れ,新しい会館を建てるばかりになりました。
しかし,だれがそれを建てるのでしょうか。その地のエホバの証人は建築関係の知識をほとんど持ち合わせていませんでした。セントトマス島の出身者で米国フロリダ州に住む一人の証人が設計図を作成することを自発的に申し出ました。しかし,設計図の見方が間違っていないかどうかどうすれば確かめられるでしょうか。ウォルター・ジョージズは毎晩,セントクロイ島で請負人をしている仲間の証人,レロイ・ボイスに電話をかけ,設計図を読みました。レロイはそれを聞いて,翌日どんなことをすべきかをウォルターに伝えました。こうして,エホバの証人は王国会館と,土地を寄贈した婦人のための家とを建てることができました。
今日の状況
1970年代には,バージン諸島で「良いたより」を宣明する人の数が著しく増加しました。現在,アメリカ領およびイギリス領のバージン諸島に,570人以上の宣明者がいます。普通,セントトマス島かセントクロイ島で開かれる例年の地域大会にはほぼ1,000人が出席します。確かに,「良いたより」はアメリカの保養地にもたらされ,多くの人々が好意的な反応を示しています。その中にはスペイン語を話す住民もおり,現在,エホバの証人の会衆二つがそうした人々に仕えています。
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死 ― それはどこに通じるとびらですかものみの塔 1980 | 8月1日
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死 ― それはどこに通じるとびらですか
わたしたちは死ぬとどうなるのでしょうか。死は別の命へのとびらを開くものとなりますか。
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