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すすんで奉仕を拡大しなさいものみの塔 1963 | 8月1日
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ならないでください。こういう重要な理由があるのですから,まだの人は,定期的に集会に出席するよい習慣をつけましょう。それによって,クリスチャンとしての円熟は確かなものとなります。
12 なぜ「証言」はそんなに重要なのですか。
12 それに加えて,円熟し平衡がとれてくると,奉仕に対する認識も深くなっていきます。神の御国のよいたよりを人々に伝え,今日行なわれているいまわしい事がらをみて嘆き悲しむ人々の心に慰めをもたらすことは,何という大きな特権であり,喜びでしょう。(エゼキエル 9:4-6)この証言が重要であることについて,ニューヨークの一牧師,ラルフ・W・ソックマンが言った次の言葉に注意してください。「宗教が自分に対してなしていることを教会員が証言できるのでなければ,その教会は重要かつ強力な団体としての可能力を十分に発揮しているとは言えない」。「われわれには,証人席に立って自分の心にあることを証言しうる人々が必要である。……宗教は,それに関係した行動を起こして始めて生きたものになるのである」。ソックマンは例としてエホバの証者をあげ,こう言っています。「彼らは自分の信仰をニュースにしてしまう。彼らは生けるキリストが彼らのために個人的になされたことを人に告げるのである」。
13 奉仕者として進んで自分をエホバ神にささげる人々には,どんな特権と報いが与えられますか。
13 そうです,この重要な仕事において,この御国の良いたよりを他の人々に知られせる仕事において,私たちは師であるキリスト・イエスの足跡に従うことができます。これ以上に高い職をもつことができますか。キリスト・イエスと同じように,エホバ神の奉仕者となること以上に大きな特権と責任を楽しむことができますか。進んでこの報いある仕事に参加する人は,自分がエホバに全く依存していることと,宇宙で最も偉大なかたの最も効果的な説明の方法を学ぶ必要を毎日のように考えさせられます。またダビデの述べた次の保証の言葉を思い出します。「エホバは完全者のもろもろの日をしりたまふ,かれらの嗣業はかぎりなく久しからん。かれらは禍害にあふときはぢをおはず饑饉の日にもあくことを得ん」。ダビデはさらにこう述べています。「我むかし年わかくして今おいたれど義者のすてられあるはその裔の糧こひありくを見しことなし」。―詩 37:18,19,25。
より大きな活動
14,15 奉仕に対するパウロの見方について述べなさい。
14 良いたよりを公に述べ伝える者たちが,進んで奉仕に努力するとき,使徒パウロの次の言葉を思い出します。「しかし五旬節までは,エペソに滞在するつもりだ。というのは,有力な働きの門がわたしのために大きく開かれている……からである」。(コリント前 16:8,9,新口)献身しバプテスマを受けたのち,使徒パウロの肩には,活動を要求する実に多くの責任が課せられました。しかし彼はその責任をよく果し,自分の仕事に大きな喜びをもっていました。「受けるよりは与える方が,さいわいである」と彼は述べています。(使行 20:35,新口)彼は与えに与え,最後まで与えつづけました。あなたは御国のよいたよりの伝道のために進んで身をささげますか。パウロと同じように,開かれた活動への門をくぐる覚悟がありますか。
15 神を喜ばすためには,御国にかんする知識を積極的に他の人々に分け与えなければなりません。これに関連して私たちは,パウロがローマの初期クリスチャンたちに与えた助言から益を得ることができます。「わたしたちは与えられた恵みによって,それぞれ異なった賜物を持っているので,もし,それが預言であれば,信仰の程度に応じて預言し,奉仕であれば奉仕をし,また教える者であれば教え,勧めをする者であれば勧め,寄附する者は惜しみなく寄附し,指導する者は熱心に指導し,慈善をする者は快く慈善をすべきである」。―ロマ 12:6-8,新口。
16 何が円熟するための大きな助けとなりますか。この実を培う人々は,結局どんな益を得ますか。
16 こういう心構えをもっているなら私たちは感謝しながら,忠実に献身の誓を果たすことができます。そうです,バプテスマを受けるには,道徳的にも霊的にも清くなければなりません。そしてエホバの恵みのうちにとどまるには,言葉においても行いにおいても常に清くなければなりません。エホバの御名とエホバの制度に非難をもたらしてはなりません。ですから神の奉仕者は,円熟することを絶えず考えていなければならないのです。この正しい道を歩むさいに大きな援助となるのは,霊の実を培うことです。(ガラテヤ 5:22,23)それはどういう意味ですか。これらの性質(神の御霊の実)とは,愛,喜び,平和,寛容,親切,善意,忠実,柔和,自制です。バプテスマを受けたあと各人は,この実を結ぶことにおいてどれほど進歩しているか,常に自分自身を吟味してみなければなりません。たとえおそいとは思っても,そこには進歩がなければなりません。そして進歩がほんとうに遅くてもやはり,私たちひとりびとりが円熟し,霊的に向上進歩するのは非常に重要なことです。なぜですか。それは私たちがエホバの助けによって,ハルマゲドンまえのこの危険な時代における悪魔の攻撃に負けないためです。
17 (イ)私たちが神のみこころを行なうのを助けるさい,エホバの組織が果たす役割について述べなさい。(ロ)私たちはどのようにエホバの組織に対して尊敬を示さねばなりませんか。
17 神のみこころを行なうさいのもう一つの大きな助けは,エホバがご自分の民と善意ある人々の導きと益のために設けられた制度です。私たちはこれだけのことをひとりで学んだのではありません。教師がいるのです。イエスは言われました。「預言者の書に,『彼らはみな神に教えられるであろう』と書いてある」と言われました。(ヨハネ 6:45,新口。イザヤ 54:13)私たちはこのすべての知識を,エホバがいまの時代に喜んで用いておられるご準備を通して,すなわちイエスがマタイ伝 24章45-47で説明しておられる「忠実にしてさといどれい」級で構成されるところの,油をそがれた,霊によって生まれた証者たちを通して得ました。このどれい級は,1884年以来,ものみの塔協会を法的機関として用いてきました。また1879年以来の聖書の真理を流布する主要出版物は「ものみの塔」でした。今日でもやはりそうです。この取り決めに対する尊敬を深めてください。それはエホバの喜ばれることです。(ヘブル 12:9)そして制度そのものを尊敬するだけでなく,エホバによって制度の機構の中の責任ある地位に置かれた人々をも尊敬しなければなりません。私たちは,試みられた忠実な兄弟たちを信頼し,彼らの骨折に対して感謝しなければなりません。兄弟たちは私たちの魂に対して責任をもっているのです。―ヘブル 13:17。
18 (イ)何が交わり始めたばかりの人々によい模範となりますか。(ロ)クリスチャンの忍耐を培わねばならない理由を説明しなさい。
18 円熟することは,あなたに多くの祝福や多くの喜び,多くのしあわせをもたらすだけではありません。それが,現在日毎に急速ないきおいで組織にはいってきている人々の模範となることを考えてみてください。クリスチャンの献身をしバプテスマを受けて無条件で自己をささげ,エホバの力によって堅く忠実を保っている人たちの手本ほど,神に対して善意をもつ人々の励ましになるものはありません。(マタイ 5:16)エホバに忠実を保ち,毎日エホバの祝福と導きを祈り求め,エホバの組織の指示に従って勤勉に働けば,無活動に陥ったり,命の祝福を受け損なったりしないですみます。いったん命の道を歩み始めたなら,その道を歩みつづけ,賞を目ざして絶えず努力しなければなりません。良いことをするのにうみ疲れるのでなく,反対に,ますます喜びを増して,すすんで奉仕を拡大しうる方法を考えなければなりません。―コリント前 9:24。黙示 2:10。
19,20 (イ)クリスチャンが進んで奉仕を拡大させうる方法を説明しなさい。(ロ)忠実を保つ人々にはどんな報いがありますか。
19 あなたは良いたよりの定期的伝道者となるために自分から進んで奉仕を拡大し,毎月奉仕活動で3時間から4時間伝道できますか。戸別伝道で良いたよりを述べ伝えたあと,興味のある人を再訪問してその人と聖書研究をするところまで,進んで奉仕を拡大できますか。1ヵ月に10時間を奉仕活動に用いるほど奉仕を拡大する気持がありますか。さんびの奉仕を拡大して,やがては必要が生じた時に,神の羊の群れの監督あるいは補佐のしもべとして用いられるに足る者となるように,よきわざによって自己を推薦しますか。パウロがこう言ったことを忘れないでください。「もし人が監督の職を望むなら,それは良い仕事を願うことである」。―テモテ前 3:1,新口。
20 私たちが進んで奉仕を拡大する方法はたくさんあり,エホバが献身したご自身の民にお与えになる祝福もたくさんあります。みこころを行なう者たちに対してエホバが約束された正しい新しい世のことを考えてごらんなさい! しかしいまでも私たちは,この世界の恐怖を追放し,クリスチャンの力と忍耐の生きた模範となることによって,クリスチャンの献身とバプテスマの意義を十分理解することができます。私たちは,健全で励ましとなる人生の目標をもっているだけでなく,いま満ちたりた,満足した,幸福な気持でいます。ですからエホバのご親切を味わってください。ハルマゲント前のこの危険な時に,エホバに忠実を保つ人々の上にはエホバの祝福があるからです。いまこそ私たちひとりびとりが,進んで奉仕を拡大することを願うときです。―黙示 21:1-5。詩 110:3。
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エホバの証者が困難な状態下で働く国々からの報告ものみの塔 1963 | 8月1日
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エホバの証者が困難な状態下で働く国々からの報告
(1963年のエホバの証者の年鑑より)
ポーランド
クリスチャンには互いに集まり合う命令があります。この命令に従って兄弟の家で行なわれる集まりに警官の来ることがあります。普通,こうした警官が来るのは,エホバの証者に敵意を抱く近所の人の知らせによります。そんな場合,一人一人に身分証明書の提示が求められ,遠くから来ている人がいなければ,警官はそこに巡回の僕はいないと見なして帰って行きます。警察は巡回の僕を探しているのです。しかし,エホバの証者に対し良い印象を持っている警官もあります。最近の事,ある警官は謝罪の気持を表わしながら,「わざわざ他の人からの通報があるので,やむなく見に来なければならないのです」と言いました。こんな場合伝道者が逮捕されることはありませんが,家を提供している人は時に簡単な裁判に付され,9000円位の罰金を科せられます。ポーランドにおいてこの額は約2ヵ月分の収入に相当します。
今年も未割当の区域で多くの伝道がなされました。普通はバスを1台借りて行きます。朝早く出発し,予め予定した所にバスを止め,附近一帯をまわります。他の人と一緒に働けば力づけられますから,この活動は弱い人たちが奉仕に参加する良い機会にもなります。
このような伝道者のグループがある警察署の前を通った時,警官はただちょっとうなずいて見せただけでした。「おお,空襲に来たぞ」と言った人もありました。あるグループは全部で1100軒の家を訪ね,そのなかから,特に関心を抱く人40人を見つけました。今年の活動によっても,新しい奉仕の中心地がいくつも成長するでしょう。そして,未割当の区域である事を示す地図上の白いしるしはさらに減ってゆくでしょう。
色んな種類の人々に真理の音信が達しています。16歳になる一人の少年はおじさんと共にある村に住んでいました。この子供は母を亡くし,養母とも死に分かれて,自分の家庭がありませんでした。ある伝道者がその村で働いた時,この少年に会いました。少年はおじさんに警戒しながら勉強しなければなりませんでしたが,伝道者が住んでいるところを探し,自分の沢山の疑問に答を得ようと訪ねて来ました。今この少年は兄弟たちと定期的に勉強し,自分自身も良いたよりの伝道者になることを目指しています。
10歳になる二人の女の子は,音信をたずさえて家から家の伝道に参加しました。一人の人はそれを見て非常に腹を立て,二人の前で玄関の
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