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「大患難」を地上で生き残る者たち『その時,神の秘義は終了する』
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すべての涙をぬぐい去られるであろう」。(啓示 7:17)彼らは,子羊イエス・キリストを通して神に負っている救いに歓喜します。しかし,子羊による自分個人の救いより,さらに高いところに目を留めています。悪魔サタンが神として君臨した現在の邪悪な事物の体制を全地から一掃するため,神が「大患難」をもたらされることにより,エホバ神の宇宙主権が立証され,その栄光に満ちたみ名が神聖にされるのを,喜びを抱きつつ待ち望んでいるのです。彼らにとってその大患難を生き残ることは,なんという喜びでしょう。
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最初の四つのラッパが吹かれる『その時,神の秘義は終了する』
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第16章
最初の四つのラッパが吹かれる
1 第六の封印が開かれることによって啓示される事柄は,どんな啓示をもって終了しましたか。そして何が残りましたか。
秘義の巻き物の第六の封印が開かれることによって明らかにされる事柄は,神のみ座の前および子羊イエス・キリストの前に立つ,地上の「大群衆」に関する啓示をもって終了しました。栄光に輝く天のみ座にすわっておられる神の右手から子羊が受け取ったその巻き物には,もう一つの封印,七番目の封印が開かれずに残っていました。
2 「地の四方の風」を抑え始める時はいつでしたか。それを抑える理由は何でしたか。
2 第六の封印が開かれることによって啓示された場面は,地の四隅にいる「四人の使い」が「地の四方の風」を抑えているところでした。それは,神がご自分の予備的な業を終了し,彼らに合図を送られるまでであり,そのとき神は,ご自分から出る全世界的な滅びのあらしが,邪悪な地的事物の体制を襲うのを許されます。聖書に予告されていたあらしの抑えられる時が,1918年11月11日,あるいは,ユダヤ暦の1918年キスレウ6/7日の第一次世界大戦終了時であったことは明らかです。歴史の事実が示すとおり,14万4,000人の霊的イスラエル人の残りの者に証印を押し,その後,神の地的臣民また崇拝者からなる数え切れない「大群衆」を集めることに関する,ハルマゲドン前の神の大掛かりな業は,その時点においては決して終了してはいなかったのです。―啓示 7:1-17。
3 子羊が第七の封印を破った時に何が起きたかを,わたしたちはどんな観点から見ますか。
3 ですから,神の秘義の巻き物の第七の封印が開かれる時は,全人類を襲う全地球的なあらしがとどめられているこの時期の初めに相当する,と考えるのが妥当です。では,終戦直後の1918年から1919年の過渡期にさかのぼってみましょう。そしてその時点に立って,子羊イエス・キリストが啓示の巻き物の第七の封印,つまり最後の封印を破った時,何が起こり始めるのを使徒ヨハネが見たか,その点に注意を払うことにしましょう。「また,彼が第七の封印を開いた時,約半時間のあいだ天に静寂が起こった。そしてわたしは,神の前に立つ七人の使いを見た。そして,七つのラッパが彼らに与えられた」― 啓示 8:1,2。
4 天に約半時間のあいだ静寂が起こったのはなぜですか。
4 天が約半時間のあいだ静寂になったのです! それにしてもなぜですか。明らかにそれは,地からの祈りが聞かれる時だったのです。だれの祈りですか。み座についておられる神がそれらの祈りを聞かれるまで,七人の使いはラッパを鳴らすことを許されませんでした。地上のエルサレムの神殿において,祭司がその聖所の香壇に香をささげるのに約半時間かかりました。その間,外の,神殿の中庭で崇拝をしている人びとは,静粛を保ち,香の昇り行く神に向かって,思いの中で祈りをささげました。(出エジプト 30:1-8。ルカ 1:8-10,21)このことと一致して,詩篇 141篇1,2節〔新〕は次のように述べています。『エホバよ我なんぢを呼ふ ねがはくは速かにわれにきたりたまへ われ汝をよばふときわが声に耳をかたぶけたまへ われは〔香〕のごとくにわが祈をみまへにささげんことをねがふ』。1918-1919年の過渡期は,地上の油そそがれた残りの者が神に真剣な祈りをささげるべき時だったのです。天はそれを聞くため,静寂になるでしょうか。
5 当時,油そそがれた者たちにとって,祈りをささげるべき特に重大かつ緊急な必要がありました。なぜですか。
5 神のあわれみと堪忍により,油そそがれた残りの者は第一次世界大戦の困難と迫害を生き残りました。神はなぜ,彼らが期待していたように,異邦人の時の終わりに彼らを天に上げず,生き長らえさせ,地上に残されたのですか。終戦直後,神は彼らに対しどんなご意志を持ち,またどんな業を託そうとしておられたのでしょうか。残りの者はそれを知りたいと思いました。a 彼らは,軍国主義的な政権や,その宗教的めかけである大いなるバビロン,すなわち,バビロン的偽宗教の世界帝国によってもたらされる恐れや拘束から自由になりたいと願いました。神の助け,啓発,導きを得,再び活発になるため,天の神に祈る必要があったのです。彼らは直ちにそうする傍ら,聖書をさらに深く調べました。全地で知られている自分たちの一般的名称,国際聖書研究者協会という名にふさわしく行動することが,かつてない程必要でした。キリストを通しての彼らの祈りは,天の神殿におられる神へのかぐわしい香のごとくに受け入れられることが必要でした。彼らは,神の使いたちが七つの象徴的なラッパを鳴らす準備をしていることを知らねばならなかったのです。
6 ヨハネはこの祈りの時期およびその後に生ずる事柄をどのように事前に見ましたか。
6 祈りのこの歴史的時期と,それに引き続いて生じた,興奮を引き起こす出来事を,使徒ヨハネは幻で事前に見ました。啓示 8章3-6節によると,彼はそれを次のように記しています。「それから,別の使いが到着して祭壇のところに立った。黄金の香炉を携えていた。そして,み座の前にある黄金の祭壇の上ですべての聖なる者たちの祈りとともにささげるため,多量の香が彼に与えられた。そして,香の煙が,聖なる者たちの祈りとともに,その使いの手から神のみまえに上った。しかし,使いはすぐに香炉を取り,それに祭壇の火をいくらか満たして地に投げつけた。すると,雷が生じ,声といなずまと地震が起こった。そして,七つのラッパを持つ七人の使いがそれを吹く準備をした」。
7 (イ)第八の使いは神の聖なる者たちに対し,どんな資格で行動しましたか。(ロ)残りの者は何を祈り求めましたか。
7 第八の使いは,神の聖なる者たちの祈りに伴われて香をささげることにより,エルサレムの神殿におけるアロンの家系の祭司のように行動しました。(啓示 5章8節で,二十四人の長老によってささげられる香はそれ自体,「聖なる者たちの祈り」を意味すると述べられており,二十四人の長老自身そうした「聖なる者たち」を表わし示しています。)したがって第八の使いは,「聖なる者たち」の祈りが神に受け入れられるよう,「約半時間」にわたる天の静寂のあいだ,彼らのために仕えたのです。重大な年であった1919年におけるすべての証拠は,「聖なる者たち」の油そそがれた残りの者の悔悟の祈りが,「契約の使者」イエス・キリストを通してエホバ神に聞き入れられたことを示しています。(マラキ 3:1)象徴的な「香の煙」は,神との更新された正しい関係,および,地上でさらに業を推し進めるために神の導きを求める,悔い改めを示した,油そそがれた残りの者の祈りとともに,イエス・キリストの手から昇って行きました。(啓示 2:5,16,21,22; 3:3,19)しかし,祈りに続いて今度は行動を起こさねばなりません。第八の使いは直ちに行動に取り掛かり,また,行動を促しました。
火が地に投げつけられる
8 イエス・キリストは地上におられた時,どのように「地上に火を起こ」されましたか。
8 西暦32年,地上におられたイエス・キリストはこう言われました。「わたしは地上に火を起こすために来ました。そして,それが
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