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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1988
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キリストのための道化師たち?

英国国教会の新聞「チャーチ・タイムズ」は,「福音道化師たちがやって来る」という見出しを掲げました。イングランドとウェールズの海浜の高級行楽地に毎年やって来るチャーチ・アーミーの巡回興業を予告していたのです。英国国教会の一翼として100年余り前に創設されたチャーチ・アーミーは,「ウェストミンスターのスラム街に住む浮浪者や犯罪者の中で」福音を伝道することになっていました。

今日でもチャーチ・アーミーの指導者たちは,「福音伝道に正当な場が与えられる」ことに関心を抱いています。彼らが巡回興業を行なう目的は,「これまで神についての経験がほとんどない人たち,また教会の中や教会ホールでの催しに出席することなど夢にも考えない人たちに,ユーモラスな方法で」福音を知らせることです。同紙によれば,興業を行なう,衣装を着けた「福音道化師たち」は,「自分たちの献身的なおどけに道行く人たちが少なくとも立ち止まって,少しの間でも耳を傾けてくれる」ことを願っています。

しかし,彼らが身に着けている道化師の衣装や,おどけや,無料の風船に子供たちは興味を引かれましたが,大人たちは,こういうやり方はイエス・キリストが始めた福音伝道と何の関係があるのだろう,と考えました。

なるほど使徒パウロは,「わたしたちは,世に対し……劇場の見せ物のようになっているからです。わたしたちはキリストのゆえに愚かな者です」と書きました。(コリント第一 4:9,10)しかしパウロは何を念頭に置いていたのでしょうか。通行人の注意を引くために道化を務めること,あるいは「おどけ(る)」ことですか。そうではありません。新約聖書神学新国際辞典が述べているように,パウロはクリスチャンの信仰と教えのゆえに,世がどのようにクリスチャンを愚かな者とみなすか,「一般の人々の嘲笑と辱めにさらされるかを」例えで示したのです。

チャーチ・アーミーの「福音道化師たち」とは対照的に,イエスは「権威のある人のように」群衆を教えました。イエスの宣教は率直で,巧妙なからくりなどありませんでした。「わたしはこれらのことを,ちょうど父が教えてくださったとおりに話しているのです」と,イエスは言われました。そのためどんな結果になりましたか。「多くの者が彼に信仰を持った」とあります。―マタイ 7:29。ヨハネ 8:28,30。

「良心のかしゃく」

世界教会協議会の世界福音伝道委員会の委員長,ユージン・ストックウェルはこのほど,キリスト教世界の僧職者と教会が二つの世界大戦で偽善的な役割を演じたことを認めました。「クリスチャンにとって大きな良心のかしゃくとなっているのは,キリスト教の古い伝統を持つ国々のただ中で,今世紀の二つの大戦が引き起こされ,キリスト教会の指導者たちが,そうした国々の軍事攻撃をしばしば祝福したことである」と,同委員長はポーランドのワルシャワで開かれた教会会議で語りました。

ストックウェルはさらに,「神は紛争の片ほうの側に,あるいは別のほうの側にいるという宣言が熱烈に行なわれた。……我々クリスチャンの信仰はあまりにも暴力に支配されやすい」と述べ,第二次世界大戦は,「我々が『キリスト教国民』として信仰を貫くことに失敗したことを示す,大きな証拠である。言葉ではしばしば信仰を言い表わすが,行ないでは非常にはっきりと否定したのである」と語りました。

しかしこの「大きな良心のかしゃく」は,いわゆるクリスチャンや彼らの僧職者たちが教訓を学ぶのに役立ったでしょうか。「世界教会新聞社」によると,ストックウェル委員長は次のことを認めました。「我々は敵を愛することを語りながら,敵を殺す。片方のほほを向けることを語りながら,寸分のすきもなく武装する。理解を越える平和を口にしながら,どんな理解も及ばないような戦争に携わる。神への信仰を語りながら,本当に信じるのは破壊の武器である」。

戦争を支持するキリスト教世界の僧職者とその追随者たちは,使徒パウロの時代の「無益なことを語る者」に非常によく似ています。彼らについてパウロは,「彼らは神を知っていると公言しますが,その業では神を否認しています」と言いました。―テトス 1:10,16。

『不快な』切手

1987年11月19日,南アフリカ郵政局は聖書に関する4種類の記念切手の発行を計画しました。一つの切手にはギリシャ語の「神の言葉」,そしてヘブライ語の「エホバの言葉」という表現が含まれていました。この切手は合計175万枚印刷されました。

ところが,売り出される直前になって,それぞれの郵便局に,在庫のその切手を送り返すように,という電報が届きました。理由ですか。「正統派のユダヤ人社会がそれを不快に思っているからだ」と,ヨハネスブルグの新聞「ザ・スター」は伝えました。そして「ヨハネスブルグ在住のラビ,ダビデ・ハズダンは,切手に印刷されているように,神の名前全体を印刷することは,通常は特別の宗教行事の時にしかしないと述べた」と付け加えました。

現代の多くの聖書翻訳者たちがエホバという名を用いることを避けて,その代わりに「主」とか「神」といった単なる称号を用いてきたのは,これに似たユダヤ人の伝統が原因です。イエスが当時の宗教指導者たちに,「あなた方は,自分たちの伝統のゆえに神の言葉を無にしています」と言われたのも不思議ではありません。―マタイ 15:6。

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