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薬物が世界をとりこにしている目ざめよ! 1999 | 11月8日
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薬物が世界をとりこにしている
スペインの「目ざめよ!」通信員
スペイン,マドリードのある病院で,生まれたばかりの赤ちゃんが火のついたように泣いています。看護婦が必死であやしますが,何の効果もありません。この赤ちゃんはヘロインの禁断症状で苦しんでいます。そればかりか,HIV検査でも陽性反応が出ました。母親はヘロイン中毒でした。
ロサンゼルスのある母親はうかつにも,麻薬の売人たちの配下にある市街を車で通ります。たちまち一斉に銃弾を浴びせられ,幼い娘は命を落とします。
そこから何万キロも離れたアフガニスタンでは,一人の農民が畑でケシを栽培しています。今年は豊作で,収量は25%増でした。アヘンが取れるケシはお金になりますし,農民の家族は生活苦と闘っています。しかし,この可憐なケシからヘロインが精製され,そのヘロインが人々の命を奪うのです。
オーストラリア,シドニーのある内気な十代の少女は,毎週土曜日の晩になるとディスコに出かけます。以前は人中に出て行くのが苦手でしたが,最近ではエクスタシーという薬を一錠のむだけで自信が持てるようになりました。少女が服用しているその錠剤はオランダからオーストラリアへ密輸されたものです。もっとも,地元の製造所などからも手に入るようになってきました。エクスタシーを服用すると,音楽がもっとすてきに聞こえ,抑制するものから解放された気分になります。以前よりきれいになったような気さえするのです。
マニュエルは我慢強い農民で,アンデスの山あいの小さな農地でかろうじて生計を立てていますが,コカノキを栽培するようになってからというもの,生活も少しは楽になりました。マニュエルは,この作物を取り入れることなどやめてしまいたいのですが,そんなことをしたら,その地域でコカの葉の生産を取り仕切っている冷酷な男たちを怒らせるであろうと恐れています。
これらは,地球をむしばんでいる薬物禍の陰にいる人々のほんの数例にすぎません。a 使う側も,生産する側も,あるいはただ行きずりの場合であっても,麻薬や薬物がこれらの人々の生活を容赦なく支配しています。
薬物問題はどれほど重大か
国連事務総長コフィー・アナンはこう述べています。「薬物は我々の社会を引き裂き,犯罪の原因を作り,エイズなどの病気をまん延させ,若者たちの命を奪い,人類の未来を抹殺しつつある」。事務総長はさらにこう述べています。「今日,この種の薬物使用者は全世界におよそ1億9,000万人いると考えられている。その影響を免れ得る国はない。また,麻薬売買を独力で自国の領域内にとどめ得る国もない。麻薬売買のグローバル化に伴い,国際的な対応が必要になっている」。
事態をさらに悪化させているのは,近年,デザイナー・ドラッグbなるものが登場したことです。その種の合成化学薬品は,使用者をハイな気分に,つまり多幸感に浸らせることを意図したものです。デザイナー・ドラッグはどんな場所でも安く製造できるため,警察の力も,それを抑制することは事実上不可能です。1997年,国連麻薬委員会は警告を発し,こうした合成薬物は多くの国々で「消費者文化の主流」の一環を成しており,「21世紀の国際社会に対する恐るべき脅威」とみなされるべきである,としました。
新しく登場してくる薬物は,それまでのものに勝るとも劣らぬ強力さを有しています。クラック・コカインは,コカインよりも中毒性がさらに高くなっています。新種の大麻cは従来のもの以上に強い幻覚作用を持ち,アイスと呼ばれる新しいデザイナー・ドラッグは最も破壊的なものの部類に入ります。
薬物の収益と威力
薬物使用者は全体的には少数派かもしれませんが,その数は,麻薬王たち,すなわち麻薬の生産と販売を組織的に行なっている者たちに莫大な力を与えるには十分です。こうした人たちは平然と不正な取り引きを行ないます。それはこの世界で最ももうかる商売,事実上,最大のビジネスとなっています。不正薬物の取り引きは今や国際貿易全体の約8%,すなわち,年間ほぼ4,000億㌦を占めている可能性があります。薬物による資金は世界を巡り,暴力団の懐を肥やし,警察を腐敗させ,政治家への賄賂となり,テロリストの財源にさえなっています。
薬物の問題を食い止めるために何か行なえることがあるでしょうか。薬物の売買はあなたのお金,安全,また子どもたちの生活にどれほど影響を及ぼしているでしょうか。
[脚注]
a この一連の記事で取り上げているのは,医療以外の目的で使用され,不正な手段で売られたり配られたりしている薬物です。
b 化学構造をわずかに変えた薬物で,多くの場合,違法な麻薬や幻覚剤に対する規制を逃れるために製造されます。
c 大麻の花穂を乾燥させたものが,マリファナの原料になります。大麻から採った樹脂はハシッシュです。どちらもたばこのように吸煙して使用します。
[4,5ページの地図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
世界における薬物の生産と密売
おもな生産地:
大麻 ― 葉など(マリファナ)と樹脂(ハシッシュ)
ヘロイン
コカイン
矢印はおもな密売ルートを示す。
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不正な薬物があなたの生活に及ぼす影響目ざめよ! 1999 | 11月8日
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不正な薬物があなたの生活に及ぼす影響
腐朽菌が家屋の梁材を食い尽くしてゆくように,薬物は社会の構造全体を徐々にむしばんでしまいかねません。人間社会がふさわしく機能するためには,安定した家族,健康な勤労者,信頼できる政府,正義を守る警察,法律を守る市民が不可欠です。薬物は,これら基本的な要素のいずれをも腐敗させてしまいます。
諸国の政府が医療目的以外の薬物使用を禁止してきたのは,一つには,それが国民の健康に害を及ぼすからです。毎年,幾千人もの薬物常用者が過剰摂取のために死亡しています。また,エイズで死亡する人も大勢いますが,実際のところ,世界のHIV陽性の人の約22%は,汚染された注射針を使った薬物使用者です。最近,国際連合のある会議で,カタール代表のナセル・ビン・ハマド・アル・カリファが,「不正な麻薬売買の結果として,地球村は,何百万もの人々の共同墓地と化しつつある」と警告したのももっともです。
しかし,使用者本人が健康を害するだけでは済みません。米国で生まれるすべての赤ちゃんの約10%は胎内にいる間に不正な薬物 ― 多くの場合はコカイン ― にさらされています。そうした子どもたちが直面する問題は,苦しい禁断症状だけではありません。胎内で薬物にさらされていた新生児は,ほかにも心身両面で有害な影響を被っていることがあるのです。
薬物で楽な金もうけ ― 抗しがたい魅惑
あなたの住む地域は夜になっても安全ですか。そうでないとすれば,麻薬の売人たちがその原因かもしれません。路上強盗や街路での暴力事件は,薬物と切り離せない関係にあります。薬物使用者は常用癖を続けてゆく資金を調達しようとして,犯罪や売春に走ることが少なくありません。一方,対立する暴力団は薬物販売の縄張りを守ろうとして抗争し,殺し合います。殺人事件の大半に麻薬がからんでいると警察が見ている都市は多くありますが,それも理解できないことではありません。
ある国々では,もうけの多い麻薬売買に手を出すことのうまみを反政府分子たちも知っています。南米のある大きなゲリラ・グループは現在,麻薬密売業者をかくまうことによって収入の半分を得ています。「不正な薬物による収益は,世界の極めて激しい宗教戦争や民族紛争の資金源になっている」と,国連薬物統制計画は報告しています。
薬物の影響下で生じる悲劇
麻薬使用者は,別の意味でも街路を危険な場所にします。「マリファナやLSDに酔った状態で車を運転することは,酒に酔って運転するのと同じように危険である」と,マイケル・クローネンウェターは,自著「アメリカにおける薬物」(英語)で述べています。麻薬使用者が仕事中に事故に遭う確率は3倍から4倍高くなるというのも驚くには当たりません。
しかし,薬物が最も大きなダメージを与えるのは家庭でしょう。「家庭崩壊と薬物の使用とは同時進行する場合が多い」と,「世界薬物報告」は述べています。薬物を渇望し,それに夢中になっている親が,子どもに安定した家庭生活を送らせることなど,まず考えられません。赤ちゃんが生まれて数週間は特に,親と子との緊密な触れ合いが重要ですが,それさえ妨げられかねません。加えて,薬物中毒の親は借金を作ることが多く,友人や家族のものを盗んだり,さらには失業したりすることもあります。こうした環境で育つ子どもは往々にして,ストリート・チルドレンになったり,自ら薬物に手を出したりもします。
薬物乱用は,配偶者や子どもに対する身体的な虐待にもつながります。コカインを,特にアルコールと併用すると,普段はたいへんおとなしい人も凶暴になります。カナダで行なわれた,コカイン使用者に対する一調査によると,質問を受けた人の17%は,コカインを使用すると攻撃的になることを認めています。同様に,ニューヨーク市での児童虐待に関する一報告によると,虐待されて死んだ子どもたちの73%は,親が薬物を乱用していました。
腐敗と汚染
薬物が家庭をむしばむのであれば,政府についても同じことが言えます。この場合,体制を腐敗させるのは,薬物自体というより,薬物による収益です。「薬物は政府の高官,警察,軍などを腐敗させてきた」と,南米のある国の大使は嘆いています。この大使は,生きてゆくのがやっとという人たちにとって,流れている資金の額は「あまりにも大きな誘惑」であるとも述べています。
さまざまな国で相次いで,裁判官,市長,警察官,また麻薬取締官までもが腐敗のわなにかかっています。政治家たちは,麻薬王から選挙資金を得ている場合,麻薬密売の取り締まりを求める声が上がっても,それに取り合おうとしません。正義を愛し,勇敢にも麻薬撲滅運動を推進してきた高官で,暗殺された人は少なくありません。
土壌や森林,またそこに生息する動植物も,世界的な薬物禍の被害を受けています。アヘンやコカインの生産は,主に二つの地域,アマゾン西部や東南アジアの熱帯雨林で行なわれていますが,そこは環境破壊にとりわけ敏感な地域です。それらの土地では環境の荒廃がかなり進んでいます。不正な薬物の栽培を一掃しようとする,称賛に値する試みも,有害な除草剤を使用するため,深刻な被害をもたらしています。
その付けを支払うのはだれか
薬物がもたらす被害すべての付けは,だれに回ってくるのでしょうか。わたしたち全員にです。そうです,生産性の低下,治療のための費用,盗まれたり損なわれたりした資産,法律の執行に要する費用などを,わたしたちみんなが払わなければならないのです。米国労働省のある報告は,「職場での薬物使用は,時間のロス,事故,高額の医療費,社会保険関係の費用などの面で,国内の商工業に年間750億㌦から1,000億㌦の損害を与えているだろう」としています。
結局のところ,これらのお金はすべて,納税者や消費者の懐から出ることになります。1995年にドイツで行なわれた調査は,同国での薬物乱用による年間の損害総額は,国民一人当たり120㌦になるとしています。米国ではさらに高額で,一人当たり300㌦になるとも見られています。
とはいえ,それよりもはるかに大きな損失は,薬物が地域社会にもたらす社会的損害です。あまりにも多くの家族が崩壊し,あまりにも多くの子どもたちが虐待され,あまりにも多くの高官が腐敗し,あまりにも多くの人々が若くして命を落としています。こうした損害をお金に換算することは不可能です。このすべては人間そのものについて見るときどういう意味になるでしょうか。次の記事では,薬物がその使用者の生活にどのような影響を及ぼすかを考察します。
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薬物と犯罪
薬物は少なくとも以下の四つの仕方で犯罪と結びついている:
1. 薬物を無許可で所持したり販売したりすることは,世界のほぼすべての国において犯罪行為とみなされています。米国だけを見ても,毎年約100万人が麻薬に関する容疑で逮捕されています。警察や裁判所が扱い切れないほど薬物犯罪が増加し,刑事司法制度がお手上げの状態になっている国もあります。
2. 薬物はたいへん高価なので,常用者はそれを買う金欲しさに犯罪に走る場合が少なくありません。コカイン中毒になると,コカインを買い続けるために週1,000㌦ものお金が必要になることもあります。薬物が浸透している地域で,泥棒,強盗,売春が急激に広がるというのも不思議ではありません。
3. 世界一もうかる商売とも言える薬物密売をスムーズに行なうため,他の種々の犯罪が行なわれます。「不正な薬物経済と組織犯罪とは大なり小なり相互に依存している」と,「世界薬物報告」は説明しています。薬物を一つの地域から他の地域へと円滑に流通させてゆくために,密売人は関係者の買収や脅迫を試みます。独自の軍隊を持っている者さえいます。麻薬王の上げる莫大な収益も問題を生みます。莫大な額の現金が流入するため,資金洗浄を行なわないなら容易に足が付くかもしれません。そこで,薬物販売収益のこん跡を消すために銀行や弁護士が使われます。
4. 薬物の作用自体が犯罪行為につながる場合もあります。麻薬常用者は家族の者を虐待するかもしれません。アフリカでは,内戦に苦しむ幾つかの国々で,薬物でハイになった十代の兵士たちによってぞっとするような犯罪が行なわれてきました。
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生活を破壊し,命を奪う目ざめよ! 1999 | 11月8日
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生活を破壊し,命を奪う
「薬物は大ハンマーのようだ」と,エリック・ネスラー博士は指摘します。確かに,大ハンマーの一撃のように,薬物はほんの一服でも命取りになりかねません。「例えば,クラック・コカインは,初めて使った人でも死ぬ場合のあることが知られている」と,「アメリカにおける薬物」という本は説明しています。
合成薬物の新しい波も,それと同じほど危険なものになりかねません。「“レイヴ”と呼ばれるパーティーで薬物を買っている世間知らずの若者たちは,どんな薬品カクテルが自分の脳を吹き飛ばそうとしているかを少しも知らない」と,国連の「世界薬物報告」は警告しています。それでも,たいていの若者は徐々に薬物中毒の深みにはまっていきます。次の幾つかの例はそのことを示しています。
「現実からの逃避」
ペドロaは,九人兄弟の一人で,スペイン,コルドバ市のすさんだ地域に生まれました。父親がアルコール依存症だったので,悲惨な子ども時代を過ごしました。14歳のとき,いとこから誘われてハシッシュに手を出し,1か月もしないうちに,薬物のとりこになっていました。
「薬物をやるのは一種の気晴らしでした」と,ペドロは説明しています。「現実からの逃避,仲間意識を持つための方法だったのです。15歳のころには,ハシッシュにLSDとアンフェタミンを併用するようになりました。お気に入りはLSDで,それを買う金を手に入れるために,押し屋と呼ばれる,けちな麻薬の売人になりました。おもに密売していたのはハシッシュでした。ある時など,LSDをやりすぎて,一晩中眠ることができず,気が狂ったかと思いました。この経験をしてから,怖くなりました。薬物を続けるなら,いずれは刑務所に行くか死ぬことになるだろうということに気づきました。しかし,薬物への渇望はこの恐れを押しやってしまいました。重いLSD中毒になり,ハイな気分を味わうために必要な薬物の量はどんどん増えてゆきました。恐ろしい後作用があっても,やめられませんでした。どうしたら抜け出せるか分かりませんでした。
「LSDは高くついたので,宝石店に強盗に入ったり,旅行者のハンドバッグを引ったくったり,行きずりの人の腕時計や財布を盗んだりするようになりました。17歳のころには,町でもいっぱしの麻薬の売人になっており,武装強盗に加わることもありました。近所でも札付きの乱暴者だったわたしは,『ひねくれ者』という意味のエル・トルシードというあだ名をちょうだいしました。
「薬物とアルコールを併用すると,その人は性格が変わり,多くの場合,暴力的になります。そして,もっと多くの薬物を得たいという願望が強くなり,良心を完全に打ち負かします。ジェットコースターのような生活を送るようになり,ただ薬物によるハイな気分を得るために生きるようになります」。
『薬物の世界にはまり込む』
ペドロの妻であるアナは,スペインの健全な家庭環境で育ちました。14歳のとき,アナは近くの学校の男の子たちと出会いました。その子たちはハシッシュを吸っていました。初めはその奇妙な行動がいやでたまりませんでしたが,アナの女友だちのひとりローサが,その中の一人を好きになりました。その少年はローサに,ハシッシュを吸ってもどうってことはないし,楽しいよ,と言って聞かせました。そこで,ローサはその薬物を試し,それをアナにもくれました。
「それを吸うと,楽しい気分になりました。数週間もたたないうちに,わたしはハシッシュを毎日吸うようになっていました」と,アナは言います。「1か月ほどたつと,ハシッシュを吸ってもそれほどハイな気分にならなくなりました。それで,ハシッシュを吸うだけでなく,アンフェタミンも使うようになりました。
「まもなく,友人たちもわたしも麻薬の世界にどっぷりはまり込んでしまいました。悪影響なしに最も多くの薬物を使えるのはだれかとか,だれが最高にハイな気分になれたかについて話し合ったものです。次第に自分を普通の世界から切り離すようになり,学校にはほとんど行かなくなりました。ハシッシュとアンフェタミンはもう効かなくなりました。それで,あちこちの薬局から手に入れたモルヒネ系薬物を自分で注射するようになりました。夏は屋外のロックコンサートによく行きましたが,そこではLSDなどの薬物がいつも簡単に手に入りました。
「ある日,ハシッシュを吸っているところを母に見つかってしまいました。両親は最善を尽くしてわたしを守ろうとしました。薬物の危険について話し,わたしを心から愛し心配していると言ってくれました。でもわたしは,両親の努力を余計なお世話のようにみなしました。16歳のとき,家を出ることにしました。若者たちのグループに加わり,手作りのネックレスを売り,薬物を使いながらスペイン各地を転々としました。2か月後,マラガで警察に逮捕されました。
「警察がわたしを両親に引き渡したとき,両親はわたしを温かく受け入れてくれました。それで,わたしは自分のしたことを恥ずかしく思いました。父は泣いていました。父のそんな姿は見たことがありませんでした。親を悲しませたことを申し訳なく思いましたが,その自責の念も薬物を断ち切らせるほど強くはありませんでした。毎日のように薬物を使い続けました。薬を使っていない時には危険についても考えましたが,長くは続きませんでした」。
れんが職人から麻薬の運び屋へ
ホセは愛想のよい家庭的な男性ですが,5年にわたって,モロッコからスペインへと大麻を運んでいました。どうしてそれにかかわるようになったのでしょうか。「れんが職人として働いていたとき,同僚の一人が麻薬の運び屋をするようになりました」と,ホセは説明します。「金が必要だったので,『自分もやってみよう』と思いました。
「モロッコで大麻を買い付けるのは簡単でした。いくらでもさばけるだけ買うことができました。高速モーターボートを持っていたので,警察を振り切ることなど朝飯前でした。麻薬をスペインに運び込むと,今度はそれを売りさばきました。一度に600㌔ほどもです。客は三,四人だけでしたが,運んだ麻薬は全部買ってくれました。警察の監視の目はありましたが,麻薬はそれをかいくぐりました。われわれ運び屋の持つ装備は,警察よりもずっと優れていました。
「わたしはぼろ儲けをしました。スペインと北アフリカを一往復すれば,2万5,000㌦から3万㌦の金になりました。まもなく,わたしは30人もの手下を使うようになりました。情報屋に金を払って,取り引きがいつ監視されているかを教えてもらっていたので,捕まったことはありませんでした。
「これらの麻薬が他の人に一体どんな影響を与えるのだろうと思ったこともあります。でも,大麻は弱い麻薬だから,だれも死んだりはしないと自分に言い聞かせていました。大いに稼ぎを上げていたので,そんなことはあまり真剣に考えませんでした。自分で麻薬を使ったことはありませんでした」。
お金も命も!
これらの例が示しているように,薬物は人々の生活を支配してしまいます。いったん薬物のとりこになると,その状態から抜け出るのは難しく,心には後々まで深い傷が残ります。「アメリカにおける薬物」という本はこう指摘しています。「昔の西部のならず者たちは,襲った相手の目の前で銃を振り回し,『命が惜しければ,金を出せ』と言った。不正な薬物は昔の無法者たちよりもたちが悪い。金も命も奪う」。
麻薬の呪縛を断ち切る方法はあるのでしょうか。次の記事ではその解決策を検討します。
[脚注]
a この一連の記事に出てくる名前は一部変えてあります。
[8ページの拡大文]
「昔の西部のならず者たちは,襲った相手の目の前で銃を振り回し,『命が惜しければ,金を出せ』と言った。不正な薬物は昔の無法者たちよりもたちが悪い。金も命も奪う」
[10ページの囲み記事/写真]
お子さんは誘われたとき,ノーと言うでしょうか
どんなティーンエージャーが一番危ないか
a. だれの指図も受けないこと,危険を恐れないことを示そうとする若者。
b. 学業面や霊的な面で目標がほとんどない若者。
c. 自分は社会になじめないと思っている若者。
d. 善悪についてのはっきりとした考えを持たない若者。
e. 親が自分を支えてくれないと思っているところへ,友達から薬物を勧められる若者。研究者たちは,「思春期の若者が親との良い関係を持っていることは,薬物を使用しないよう保護する最大の要素となるようだ」という点を認めています。―下線は本誌。
どうすれば子どもを守れるか
a. 子どもと緊密な関係を持ち,意思を十分に通わせる。
b. 善悪についてのはっきりとした考えを教え込む。
c. 明確な目標を持つよう助ける。
d. 愛に満ちた家族と温かな地域社会の一員であることを感じさせる。
e. 薬物乱用の危険を教える。明らかな点として,子どもは薬物を拒否すべき理由を知る必要がある。
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薬物との闘いに勝利はあるか目ざめよ! 1999 | 11月8日
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薬物との闘いに勝利はあるか
薬物に対する闘いに勝利を得ようとするのは称賛すべきことですが,それは並大抵のことではありません。不正薬物という列車を突進させている二台の強力な機関車,すなわちその需要と供給があるからです。国々の政府や警察はほぼ1世紀にわたって,その供給を減らすことに全力投球をしてきました。薬物がなければ薬物中毒もない,と単純に考えていたのです。
供給元を攻める
このようなねらいのもとに,警察の麻薬取り締まり部隊によって大量の薬物が押収され,また国際的な協力によって名うての麻薬密売人が拘束されてきました。しかし,取り締まりが功を奏しても,麻薬密売人たちはどこかへ移動したり,他の市場を求めたり,もっと巧妙になったりするだけで,その活動を阻止することにはなっていない,というのが厳しい現実です。「麻薬の売人たちが無尽蔵の資金を持ち,われわれが予算を得るために四苦八苦しているという状況が続く限り,彼らに太刀打ちできないだろう」と,ある麻薬問題の専門家は述べています。
ジブラルタル警察の防犯担当官ジョー・デ・ラ・ロサは,アフリカとイベリア半島間の麻薬密輸取り締まりの難しさについて,「目ざめよ!」誌にこう語りました。「1997年中,わたしたちは大麻樹脂を400㌔近く押収しました。実のところ,その大半は麻薬密輸業者から押収したものではありません。海に漂っていたり,浜辺に打ち上げられたりしているのを発見したのです。このことから,毎年莫大な量の薬物がジブラルタル海峡を渡っていることがうかがえるでしょう。押収するものは,氷山の一角にすぎません。アフリカとスペインの間を行き来する運び屋たちは,税関の警備艇よりはるかに速く走れる高速モーターボートを持っています。逮捕されそうになると,薬物を船外に投げ捨てるだけです。そうなると,彼らを告発する証拠がないのです」。
世界の他の地域においても,警察は同様の問題に直面しています。ごく普通に見える旅行者,小型飛行機,コンテナ船,また潜水艇までが,海を渡り,あるいは抜け道だらけの国境をくぐって麻薬を持ち込みます。国際連合の一報告は,「麻薬密売の収益性を実質的に減らすには,国際的な麻薬の輸送の少なくとも75%を途中で押さえる必要がある」としています。現在,コカインの場合,途中で押さえられる率は30%そこそこでしょう。他の薬物だと,それよりもずっと低い率になります。
では,諸政府は問題の根源を攻撃し,大麻やケシやコカの栽培を一掃させればよいのではないでしょうか。国際連合は近年こうした措置を勧めてきましたが,それもたやすいことではありません。大麻はほとんどどんな庭でも育てることができます。アンデス山中のコカの主要産地は,「国家の統制外」と言われる地域にあります。アヘンとヘロインのおもな産地となっている,アフガニスタンやビルマの僻地でも,同じような状況が見られます。
問題をさらに複雑にしているのは,麻薬の売人がいとも簡単にデザイナー・ドラッグに乗り換えられることです。その需要は高まっています。そして,世界のどこでも,人目につかない製造所でこれらの合成薬物を製造することは可能です。
取り締まりを強化し,刑を重くすれば,麻薬の売買を抑えることができるでしょうか。麻薬の売人や薬物中毒者が多すぎ,警察官が少なすぎるので,そのようにしても効果は上がりません。例えば,米国で刑務所に入っている人はほぼ200万人おり,その中には薬物に関係した罪で服役している人がたくさんいます。それでも,投獄される恐れなどお構いなく,人々は薬物を使用します。多くの発展途上国では,麻薬の売れ行きが急速に伸びており,人員が手うすで,給料もろくにもらっていない警察官たちは,その流れを食い止めるには自分たちが無力であることに気づいています。
麻薬の需要は減らせるか
薬物の供給をコントロールしようとする努力が徒労に終わってきたのであれば,需要を減らすことについてはどうでしょうか。「麻薬との闘いは,実際には心や思いとの闘いであって,警察と裁判所と刑務所が扱えばよいという問題ではない」と,タイム誌(英語)は述べています。
先ほどのジョー・デ・ラ・ロサも,不正な薬物と闘う唯一の道は教育であると信じており,「麻薬中毒という社会問題を作り出したのは社会なのだから,社会を変化させるか,少なくとも人々の考え方を変化させる必要があります」と語っています。「わたしたちは学校,親,教師を関係させるよう努めています。そうすれば,ごく身近なところに危険があり,薬物がたやすく手に入り,子どもたちがそのわなに陥りかねないことにすべての人が気づくでしょう」。
エホバの証人が行なってきたこと
エホバの証人は多年にわたり,薬物を避けるよう人々を教育する活動に積極的に携わってきました。子どもに薬物の危険を教える親を助けるための情報を準備してきました。a また,その宣教活動によって,麻薬の使用者や売人を数多く更生させてきました。
前の記事に登場したアナは,エホバの証人に紹介されました。エホバの証人が麻薬中毒者の援助の面で成功していることを,アナの姉が聞いていたからです。アナは,聖書にはそれほど関心がありませんでしたが,エホバの証人の大会にしぶしぶ出席しました。彼女は会場で,ある男性を見つけました。それはかつて麻薬の売人として名をはせていた人でしたが,今では,外見も生活の仕方も打って変わっていました。「あの人にできたのなら,わたしにもできるはずだと思いました」と,アナは言います。「その変化を見て,わたしも聖書研究の勧めに応じるべきだと思いました」。
「最初の聖書研究の日から,わたしはずっと家にいることにしました。家を出ると,薬物使用者たちに会って,逆戻りすることが分かっていたからです。薬物を使用するのは間違っていること,神がこの常用癖を是認されないことはすでに知っていましたし,薬物が人に与える影響や自分が家族に及ぼした害も分かっていました。しかし,薬物の束縛から自由になるためには霊的な強さが必要でした。解毒と治療の期間にはたいへんな思いをしました。薬物の影響が徐々に消えてゆく間,しばらくは一日中ただ眠っていました。しかし,その甲斐がありました」。
真の希望と意義
やはり前の記事に出てきた,アナの夫であるペドロも,同じようにして薬物から逃れました。「ある日,兄の家でハシッシュを吸っていたときに,一冊の本を見つけ,そのタイトルに好奇心をそそられました」と,ペドロは言います。「『とこしえの命に導く真理』という本でした。それを家に持って帰って読み,聖句を調べました。そして,真理を見いだしたことを確信しました。
「聖書を読み,学んでいる事柄について他の人に話すと,気分が良くなり,麻薬に対する渇望が和らぎました。ガソリンスタンドへの武装強盗計画は中止することにしました。友人がエホバの証人と聖書を研究していたので,わたしもまもなくそれに倣いました。9か月で自分の生き方を改め,バプテスマを受けました。その間,以前の友人の多くが薬物をくれようとしましたが,わたしはすぐに聖書について話し始めました。好意的な反応を示した人もいました。中毒を克服した人も一人います。
「薬物の常用癖を断つには,希望を持つことが必要です。聖書はその希望を与え,人生に意義を付し,薬物や暴力に対する神の見方をはっきりと示してくれました。全能者について学んでゆくにつれ,気持ちがさわやかになることに気づきました。そして,それには何の副作用もありませんでした。その後,エホバの証人の集会で,清い生き方をしている人々と接することによって,この歩みを続けるよう助けられました」。
麻薬の運び屋かられんが職人へ
前の記事に出てきた麻薬の運び屋ホセも,今ではれんが職人に戻っています。実入りのよい仕事をやめるのは容易ではありませんでした。こう話しています。「薬物では大金が動きます。でもそれは,金を稼ぐ正当な方法ではありません。若者たちがピストルを持ち,派手な車を乗り回しているのを見かけます。家庭は崩壊し,街では犯罪が多発します。麻薬を買う金欲しさに車上荒らしをしたり,商店からものを盗んだり,人々から金を奪ったりする麻薬中毒者は少なくありません。多くの人はハシッシュから始めて,エクスタシーなどの錠剤に進み,次にコカインやヘロインにさえ手を出します。多くの人がそのようなサイクルを始めるのに,自分がかかわってきたことを理解しています。
「エホバの証人と聖書を研究してゆくうちに,薬物にかかわるのは間違いだということをますます確信するようになりました。清い良心を持ちたいと思いました。わたしと同様に聖書を研究していた妻も,同じことを願いました。もちろん,麻薬との関係を断つのは容易ではありません。客や売人たちに,自分が聖書を研究しており,麻薬の売買はやめたことを説明しました。最初は全く信じてもらえませんでしたし,今でも何人かは信じてくれません。とはいえ,やめてからほぼ2年になりますが,それを後悔したことは一度もありません。
「この1年は本業のれんが職人として働いてきました。現在の1か月の収入は,麻薬の売人をしていたときに1日で稼げた額の4分の1です。しかし,このほうが勝った生き方であり,以前よりも幸せです」。
やがて実施される世界的な解決策
幾人もの勇気ある売人たちが麻薬の売買をやめています。そして,さまざまな形の更生方法のおかげで,何千人もの麻薬使用者たちが中毒を克服してきました。しかし,「世界薬物報告」も認めているように,「長期にわたって薬物を大量に使用してきた人が長く禁断状態を続けるのは,通例のことではなく,むしろ例外的」です。残念なことに,更生する中毒者一人に対して,何倍もの人が新たにそのわなにかかっています。供給と需要は増大し続けています。
麻薬に対する闘いに勝利を収めるためには,世界的な解決策がなければなりません。この問題はすでに世界的な規模に及んでいるからです。この点について,国連麻薬委員会はこう述べています。「薬物乱用,麻薬の密売,薬物問題に関連した犯罪などが安全に対する主要な脅威の一つであることは,ほとんどの国が気づいていたが,一般の人々は,不正な薬物が世界的な問題になっており,一国だけの努力ではもはや解決できないという事実をさほど意識していなかった」。
しかし,世界の諸政府は結束してこの世界的な悩みを解消しようとするでしょうか。今のところ,それほど芳しい成果は出ていません。しかし聖書は,国境の枠を超えた天的な政府が究極の解決策となることを示しています。聖書は,イエス・キリストの支配する神の王国が「限りなく永久に」続くことを保証しています。(啓示 11:15)ですから,神の王国の支配の下では,神からの教育によって,薬物の需要は確実になくなります。(イザヤ 54:13)そして,現在,薬物乱用の温床となっている社会的また感情的な問題も永久になくなるでしょう。―詩編 55:22; 72:12。ミカ 4:4。
助けを必要としておられますか
現在でも,キリストの手中にある神の王国に対する希望は,不正な薬物の使用を拒むよう人々を動かしています。もっと詳しく知りたいと思われる方は,お近くのエホバの証人と連絡をお取りください。
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