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エクアドル1989 エホバの証人の年鑑
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グアヤキルに遣わされた宣教者たちの中に,アルバート・ホフマンと妻のゾラ・ホフマンがいました。二人はそれまでに,これほど大勢の好奇心旺盛な,関心ある人々を目にしたことはありませんでした。アルバート・ホフマンは,その様子をこのように語っています。
「日曜日の午後,私たちは,ふだん人が見られる河岸に沿って,群れによる最初の証言を行ないました。私たちは蓄音機を用いて,スペイン語のレコードを鳴らしました。まず,私たちがすばらしい,重要な音信を持っていることを人々に話し,それから蓄音機をかけました。すぐに大勢の人々が耳を傾けるために集まって来ました」。
同様に,雑誌を用いた街路活動を行なう際には,人通りの多い商業地区に宣教者たちがじっと立っていると,すぐに,友好的な人々が大勢周りに集まって来ました。質問をする人もいれば,雑誌を求めようとする人もいました。新しい宣教者たちは,これほどはっきりした関心をあまり目にしたことがなかったので,彼らにとってこれは,胸の高鳴るような経験でした。
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エクアドル1989 エホバの証人の年鑑
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アルバート・ホフマン(右)は,エクアドルで最初の支部の監督となり,後日,銃で撃たれたが命を取り留めた
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