-
エストニア2011 エホバの証人の年鑑
-
-
「口があるのです」
20世紀初めのこと,マルティン・コセと兄のフゴは,アメリカにいる時に聖書研究者(当時のエホバの証人の呼称)の発行する文書を幾らか入手しました。マルティンは,読んで知った事柄に胸を躍らせ,母国の人々のことを気に掛けました。当時マルティンが知る限り,エストニアには聖書研究者がいませんでした。後にマルティンは,持っていた冊子に書かれていた住所を頼りにニューヨークの本部を訪れます。そして,聖書研究者の活動を当時監督していたJ・F・ラザフォードに,気がかりな点を伝えました。
「どうしたらよいのでしょう」とマルティンは尋ねます。
「口があるのですから,あなたが国に戻って伝えてください」とラザフォード兄弟は答えます。
マルティンはこの勧めのとおりにしました。1923年ごろにエストニアに戻ると伝道を始め,その国で最初の聖書研究者になったのです。マルティンは家族にも聖書の真理を教えます。息子のアドルフは,その後の困難な年月に,神の忠実な僕であることを示し,人々を支える柱のような存在となりました。マルティンの兄のフゴも聖書研究者になりましたが,帰国して母国に住むということはありませんでした。
-
-
エストニア2011 エホバの証人の年鑑
-
-
[165ページの図版]
フゴ・コセとマルティン・コセ
-