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学生のジレンマ生命の起源 5つの大切な質問
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学生のジレンマ
授業中,ピーターはそわそわし始めます。胃がきゅっと痛みます。ちょうど,尊敬する先生がチャールズ・ダーウィンの進化論について話し終えたところです。科学を発展させ,人類を迷信から解放した理論だ,と先生は言いました。そして生徒たちに,どう思うか尋ねます。
ピーターはジレンマにぶつかります。両親からは,地球や全ての生物は神が造ったと教えられてきました。創造について聖書に書かれていることは信頼できるけど,進化は単なる理論であって証明されてはいない,とも聞いています。先生も両親も善意で教えてくれています。では,どちらを信じればよいのでしょうか。
毎年,世界のあちこちで,多くの若い人がこのような経験をしています。そういうとき,どうしたらよいでしょうか。自分の意見をしっかり持てたらいいと思いませんか。進化と創造それぞれの考え方の根拠をよく調べて,何を信じるかを自分で決めるのです。
聖書にも,人が言っていることをうのみにしないようにという教えがあります。例えば,「世間知らずの人は全ての言葉を信じ,聡明な人は1歩ごとにじっくり考える」と書かれています。(格言 14:15)また,「理性を働かせて」,教えられたことを確かめるように,ともあります。(ローマ 12:1,2)
国によっては,学校で創造論を教えるべきだと主張する宗教団体もありますが,この冊子はそうした主張を支持するものではありません。この冊子が書かれたのは,生命は本当に自然に生じたのか,創造について聖書に書かれていることは神話にすぎないのか,といった疑問に答えるためです。
主に,生命の最小基本単位である細胞のことが取り上げられます。きっと,その精巧な造りに驚くでしょう。また,進化論を支える仮説についても考察します。
生命は創造されたのか,それとも進化したのかというのは,誰もが考えるべき重要な問題です。あなたはこの問題について考えたことがありますか。生命は創造されたと多くの人が信じているのはどうしてだろうと思いますか。ぜひこの冊子を読んで,その根拠について考えてみてください。
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生命はどのようにして始まったのか生命の起源 5つの大切な質問
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質問1
生命はどのようにして始まったのか
「赤ちゃんはどこから来るの?」 小さい頃,親にそう尋ねたことがありますか。親はどんなふうに答えてくれましたか。そういうとき親は,子供の年齢などにもよりますが,話をはぐらかしたり,その場しのぎの答えを言ったりすることがあります。おとぎ話をすることもあるかもしれません。でも子供は,大人になって結婚する前に,赤ちゃんがどのように誕生するのかについて本当のことを知る必要があります。
赤ちゃんがどこから来たかを話したがらない親のように,もっと根本的な疑問について話したがらない科学者たちがいます。生命はどこから来たのかという疑問です。この疑問の確かな答えを得るかどうかで,私たちの人生観は大きく変わります。では,生命はどのようにして始まったのでしょうか。
ヒトの受精卵細胞(約800倍)
科学者たちの考え: 多くの進化論者はこう説明するでしょう。生命は数十億年前に,潮だまりか深海で誕生した。そういう場所で化学物質が集まって泡のような構造になり,複雑な分子を形成し,自己複製を始めた。地球上の生命全ては偶然に,1つかそれ以上の“単純な”原始細胞から生じた。
進化論を支持する科学者の中には,別の意見を持っている人もいます。最初の細胞もしくはその主な構成要素が宇宙からやって来た,という意見です。そう考えるのは,命のない分子から生命が生じ得ることがどうにも証明できないからです。生物学の教授アレクサンドル・メネズは2008年に,このジレンマについてこう書いています。「地球上の生命が単なる分子のスープから自然に生まれたという仮説を裏付ける経験的証拠は[過去50年間に]一つもない。その方向への意味深い科学的進展も何もない」。1
これまでに明らかになっていること: 赤ちゃんはどこから来るかという疑問の答えははっきりしています。命は必ず,すでに存在する命から生まれます。では,この基本的な法則は,時代をずっとさかのぼると変わってしまうのでしょうか。生命は本当に,命のない化学物質から自然に生じたのでしょうか。そのようなことが起こる可能性はどのくらいなのでしょうか。
これまでの研究から,細胞が生き続けるには少なくとも3種類の複雑な分子が協働する必要があることが分かっています。DNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)とタンパク質です。現在では,命のない化学物質の混合物からいきなり全てがそろった細胞が生まれた,と考える科学者はほとんどいません。では,RNAやタンパク質が偶然に形成される確率はどれぐらいでしょうか。a
スタンレー・ミラー,1953年
生命が偶然に生じ得る根拠として多くの科学者が挙げるのは,1953年に初めて行われた実験です。その実験でスタンレー・L・ミラーという学者は,原始地球の大気を想定した混合気体に放電することにより,タンパク質の化学成分であるアミノ酸を作り出しました。その後,隕石からもアミノ酸が発見されています。こうしたことからすると,生命の基本構成要素全てが偶然に出来上がることは十分にあり得るのでしょうか。
ニューヨーク大学の化学の名誉教授ロバート・シャピロはこう書いています。「すべてのブロック[生命の基本構成要素]はミラー式の実験で簡単に作ることができ,また隕石中にも存在していたと考える人もいた。しかし,実際にはそうでない」。2b
RNA分子について考えてみましょう。RNA分子は,もっと小さなヌクレオチドという分子でできています。ヌクレオチドはアミノ酸とは異なる分子で,アミノ酸より少しだけ複雑です。シャピロ教授によると,「どんな種類のヌクレオチドも放電実験では生じなかったし,隕石からも見つかっていない」とのことです。3c また同教授は,自己複製するRNA分子が化学成分のプールの中で偶然に組み上がる確率は「きわめて小さく,私たちを取り囲む宇宙のどこかでたった一度でもそれが起こるのは,例外的な幸運といえるだろう」とも書いています。4
RNA(1)はタンパク質(2)の生成に不可欠だが,タンパク質はRNAの生成に必要。両方が同時に存在する必要があるが,両方ともが偶然に生じることなどあり得るだろうか。リボソーム(3)については質問2の部分を参照。
タンパク質分子についてはどうでしょうか。タンパク質分子は,50個から数千個のアミノ酸が特異な配列で結合してできています。“単純な”細胞の中にさえ数千種類ものタンパク質があり,平均的な機能タンパク質は200個のアミノ酸でできています。100個のアミノ酸しか含まれていないタンパク質分子1つであっても,地球上で偶然に形成される確率は,およそ1000兆分の1だとされています。
科学者が技術を駆使してようやく複雑な分子が作り出される。では,細胞内のはるかに複雑な分子が偶然に生じたりするだろうか。
進化論を支持している研究者のヒューバート・P・ヨッキーは,「生命の起源は“タンパク質から”ということはあり得ない」と言い切っています。5 タンパク質を作るにはRNAが必要であり,RNAの生成にはタンパク質が関わっているからです。仮に,確率は極めて低いとはいえ,タンパク質とRNA分子の両方が,同じ時に同じ場所で偶然に生じたとしましょう。では,それらが協働して自己複製能力を持つ生命体をつくり出す可能性はどれほどでしょうか。「これが偶然に起こる確率は(タンパク質とRNAの混合物が偶然にできていたと仮定して),天文学的に低い。だが,大半の研究者は,原始の自然条件下でタンパク質とRNAがそれぞれ何かしらの方法で発生さえしていれば,それらの協働も自然に起きただろう,と考えているようだ」と,米航空宇宙局(NASA)の宇宙生物学研究所のカロル・クレランド博士は述べています。d そして,生命の構成要素が偶然に生じたとする現在の理論については,「こうしたことがどのように起きたかに関して納得のいく説明をしている理論は一つもない」とコメントしています。6
命のないロボットを作ってプログラムするのに高い知能が必要なのであれば,生きている細胞やそれよりはるかに複雑な人間については,なおのことそうではないだろうか。
こうした事実から何が分かるか: 生命は偶然に生じたとする研究者たちの前にどんな壁が立ちはだかっているか,考えてみてください。科学者たちは隕石の中から,細胞に欠かせない物質であるアミノ酸を発見しました。また,研究室で綿密な計算の下に実験を行い,さらに複雑な分子も作り出しました。いずれは必要な構成要素を全て作って,“単純な”細胞を完成させたい,と考えています。これは,自然界の物質からロボットを作るのと似ています。自然界の物質を鋼鉄やプラスチックやシリコーンやワイヤに作り替え,ロボットを組み立て,自己複製機能をプログラムしたとします。では,これによって何が証明されるでしょうか。精巧な機械を作るには高い知能が必要だということです。
もし科学者が細胞を作り上げたとしたら,偉業を成し遂げたことになります。でも,それによって細胞が偶然に生じることが証明されるでしょうか。その全く逆のことが証明されるのではないでしょうか。
どう思いますか: 現在までの科学的証拠は全て,命はすでに存在する命からのみ生まれることを示しています。たとえ“単純な”細胞であっても,命のない化学物質から偶然に生まれると信じるには,並外れた信仰が必要です。
これまで考えてきた事実からして,あなたは生命が偶然に生じたと思いますか。答えを出す助けとして,細胞の造りをさらに詳しく見て,次のことを考えてみましょう。生命がどこから来たかに関する科学者たちの理論は,本当に筋が通っているでしょうか。それとも,赤ちゃんがどこから来るかについて親が語るおとぎ話と大して変わらないものでしょうか。
a DNAが偶然に形成される確率については,「私たちの“設計図”はどこから来たのか」という質問3の部分で考えます。
b シャピロ教授は,生命は創造されたとは信じていません。今のところ解明されていない何らかの方法で偶然に生じた,と考えています。
c 2009年に,英国のマンチェスター大学の科学者たちは,実験室でヌクレオチドを作り出したと発表しました。しかしシャピロ教授は,彼らの方法は「私の基準からすれば,RNAワールドに通じる道からは懸け離れている」と述べています。
d クレランド博士は創造論を支持してはいません。生命は今のところ解明されていない何らかの方法で偶然に生じた,と考えています。
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“単純な生物”など本当にあるのか生命の起源 5つの大切な質問
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質問2
“単純な生物”など本当にあるのか
人体を構成する200種類以上の細胞が偶然に形成されることなどあるだろうか。
人体は,宇宙に存在するものの中でもひときわ複雑な造りをしています。骨細胞,血液細胞,脳細胞など,100兆もの小さな細胞でできています。7 細胞の種類は200以上に上ります。8
人体の細胞は形も機能も実にさまざまであるにもかかわらず,精密なネットワークを形成しています。それに比べれば,無数のコンピューターを高速データケーブルで結ぶインターネットも,おもちゃのようなものです。ごく基本的な細胞に見られる仕組みでさえ,人間が発明したどんなものよりもはるかに優れています。では,人体を構成する細胞はどのようにして存在するようになったのでしょうか。
科学者たちの考え: あらゆる生物の細胞は大きく2つに分類されます。核のあるものと核のないものです。人間,動物,植物の細胞には核がありますが,細菌の細胞にはありません。核のある細胞は真核細胞と呼ばれ,核のない細胞は原核細胞と呼ばれています。原核細胞は真核細胞ほど複雑でないため,細菌の細胞が進化して動植物の細胞になったと考えられています。
多くの科学者は次のように説明します。地球史のどこかで,“単純な”原核細胞が他の細胞をのみ込んだ。しかし,取り込まれた細胞は消化されることなく,知性のない“自然の力”によって,大幅に機能を変化させ,“宿主”細胞の複製時に一緒に複製されるようになった。9a
聖書にはどんなことが書かれているか: 聖書によると,地球上の生命は高い知能を持つ方によって造られました。こうあります。「言うまでもなく,家は全て誰かによって造られるのであり,全てのものを造ったのは神です」。(ヘブライ 3:4)シンプルで説得力のある説明です。このようにも書かれています。「エホバ,あなたの偉業は何と多いのだろう。あなたは知恵によって全てを造った。地球はあなたが造ったもので満ちている。……数え切れないほどの生き物がいる。小さいものも,大きいものも」。(詩編 104:24,25)
“単純な”細胞でも,命のない化学物質から生じることなど本当にあるだろうか。
これまでに明らかになっていること: 微生物学の進歩により,現在見られる最も単純な部類の原核細胞の驚異的な造りが明らかになっています。最初の細胞はそうした細胞に似ていたに違いない,と進化論を支持する科学者たちは考えています。10
もし進化が事実なら,最初の“単純な”細胞が偶然に生じた過程について納得のいく説明ができるはずです。一方,創造が事実なら,最小の生物にも見事な設計の証拠があるはずです。ではこれから,原核細胞を“見学”してみましょう。このような細胞が偶然に生じることがあるだろうか,と考えてみてください。
細胞の防壁
原核細胞を“見学”するには,体の大きさを1㍉の1000分の1以下にまで小さくしなければなりません。まず目の前に立ちはだかるのは,強靱な細胞膜です。ちょうど,工場を取り囲むレンガの壁のような役目をしています。紙の1万分の1ほどの薄さしかありませんが,レンガの壁よりもはるかに精巧です。
工場を囲む防壁のように,細胞膜は周囲に潜む危険から内部を守っています。とはいえ,細胞膜は隙間が全くないわけではありません。酸素などの小さな分子を出入りさせて,細胞が“呼吸”できるようにしています。でも,より複雑で危険性のある分子はブロックし,許可なく進入させることはありません。必要な分子を細胞外へ流出させることもありません。どういう仕組みになっているのでしょうか。
実際の工場では,防壁に出入り口が幾つか設けられていて,警備員が物品の搬入や搬出を見守っています。同じように,細胞膜には特別なタンパク質分子が埋め込まれていて,出入り口と警備員の役目を果たしています。
細胞膜には,特定の物質の出入りだけを許可する“警備員”がいる。
そうしたタンパク質の中には,真ん中に穴が開いていて,特定の分子だけが出入りできるようになっているもの(1)があります。また,細胞膜の一方の側が開いていて,もう一方の側が閉じているタンパク質(2)もあります。それらは特定の物質に適合する形をした結合部(3)を持っていて,その物質が結合すると,タンパク質の反対側が開き,物質が膜を通って放たれます(4)。制御されたこのような出入りが,最も単純な細胞の膜でも起きているのです。
“工場”の中
“警備員”の許可を得て,細胞の中へ入れたとしましょう。原核細胞の内部は,養分や塩分などを豊かに含んだ水様液で満たされています。細胞は,そうした成分を原料にして,必要な“製品”を作り出します。無計画な生産ではなく,生産効率の高い工場のように稼働しています。何千何万もの化学反応が,決められた手順とスケジュールに従って起きるようになっているのです。
細胞は,タンパク質の合成に多くの時間を費やします。その工程はこうです。まず,アミノ酸と呼ばれる基本構成要素を約20種類作ります。次に,そのアミノ酸をリボソーム(5)に運びます。リボソームはオートメーション化された機械のようなもので,アミノ酸を正しく配列し,特定のタンパク質を形成します。工場の作業工程がコンピュータープログラムによって制御されるのと同じように,細胞の働きの多くは,“コンピュータープログラム”つまりDNA(6)として知られる暗号によって制御されています。リボソームはDNAから,どのタンパク質をどのように作るかに関する詳細な指示書のコピーを受け取ります(7)。
タンパク質合成の工程は実に驚異的です。タンパク質はそれぞれが折り畳まれて,特殊な立体構造になるのです(8)。その形によって,タンパク質の行う仕事が決まります。b エンジンを組み立てる生産ラインを思い浮かべてみてください。各部品を正確に組み合わせなければ,エンジンは動きません。同じように,タンパク質も正確に組み上げられ,正しい形に折り畳まれなければ,適正に機能することはありません。細胞にダメージを与える恐れさえあります。
細胞という“工場” タンパク質合成の仕組み: 細胞の中には,オートメーション化された工場のように,複雑な“製品”を組み立てて運搬する“機械”がたくさんある。
完成したタンパク質は,必要とされる場所にどうやってたどり着くのでしょうか。細胞の作ったタンパク質にはそれぞれ“荷札”が付いていて,そのおかげで,必要とされる場所に確実に運ばれます。毎分何千何万ものタンパク質が作られては運び出されますが,全てが正しい場所に届きます。
こうした事実から何が分かるか: 最も単純な生物の細胞でも,細胞内の複雑な分子は,単独では増殖できません。細胞の外では崩壊してしまいますし,内部でも,他の複雑な分子の助けを得なければ増殖できないのです。例えば,アデノシン三リン酸(ATP)と呼ばれる特殊なエネルギー分子を作るには酵素が必要ですが,酵素を作るにはATPからのエネルギーが必要です。同様に,酵素を作るにはDNAが必要ですが,DNAを作るには酵素が必要です。(DNAについては質問3の部分で取り上げます。)他のタンパク質も細胞がなければ合成できませんが,細胞はタンパク質がなければ生成されません。c
微生物学者のラドゥ・ポーパは,創造についての聖書の教えを受け入れていませんが,2004年にこう問い掛けました。「われわれがあらゆる条件を整えて実験しても成功しなかったというのに,自然はどうやって生命を生み出したのか」。13 また,「生きている細胞が機能するのに必要なメカニズムはどれも非常に複雑なので,偶然に同時発生することは不可能に思われる」とも述べています。14
基礎の貧弱な高層ビルが崩れてしまうように,生命の起源を説明できない進化論も崩壊するのではないだろうか。
どう思いますか: 進化論は,神の関与なしに地球上に生命が生じたと説明しようとします。しかし,生命について理解が深まれば深まるほど,それが偶然に生じたとは考えにくくなります。そのため,進化論を支持する科学者の中には,このジレンマから目を背け,進化論と生命の起源とを分けて考えようとする人もいます。それは筋の通ったことだと思いますか。
進化論は,幾つもの幸運の連続によって生命が始まったという考えに基づいています。そこからさらに偶然が続き,驚くほど多様で複雑な生物が生み出されていった,としています。とはいえ,理論の基礎がないも同然だと,その上に築かれた理論はどうなるでしょうか。しっかりした基礎のない高層ビルが崩れてしまうのと同じように,生命の起源を説明できない進化論は崩壊することになります。
“単純な”細胞の構造や機能を手短に見て,どう思いましたか。細胞は偶然が重なって生じたのでしょうか。それとも,高い知能を持つ誰かが設計したのでしょうか。もっと根拠が欲しいと思いますか。では次に,全ての細胞の機能を制御する“メインプログラム”を詳しく見てみましょう。
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私たちの“設計図”はどこから来たのか生命の起源 5つの大切な質問
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質問3
私たちの“設計図”はどこから来たのか
目や髪や肌の色など,私たちの外見は何によって決まるのでしょうか。背丈や体格はどうですか。どうして私たちは親に似ているのでしょうか。指先の片側が軟らかくなり,反対側が硬い爪で覆われるのはなぜでしょうか。
チャールズ・ダーウィンの時代,こうした疑問の答えは謎に包まれていました。ダーウィン自身,体の特徴が親から子へ受け継がれることに強い関心を抱いていましたが,遺伝法則についてほとんど知りませんでした。遺伝に関わる細胞内のメカニズムについてはなおさらです。しかし今では,長年にわたってヒトの遺伝を研究してきた生物学者たちにより,DNA(デオキシリボ核酸)という驚異的な分子の中に埋め込まれている詳細な“設計図”の存在が明らかになりました。では,その“設計図”はどこから来たのでしょうか。
科学者たちの考え: 生物学者などの多くの科学者たちは,DNAやそれに含まれている“設計図”は長い年月をかけて偶然に出来上がった,と考えています。DNAの分子構造にも,DNAが保持し伝達する情報にも,DNAの機能にも,設計された証拠は全く見られない,と言います。17
聖書にはどんなことが書かれているか: 聖書によると,人体の各部の形成とそのタイミングについての情報が,神の“書”に書かれています。ダビデという王様は,聖なる力に導かれて,神にこう言いました。「あなたの目は胎児の私を見ました。私のあらゆる部分があなたの書に書かれました。それらが形作られる日々のことが,まだどの部分もできていない時に書かれました」。(詩編 139:16)
これまでに明らかになっていること: もし進化が事実なら,DNAが偶然の連続によって生じたと考えられる根拠が幾らかはあるはずです。一方,もし聖書に書かれていることが事実なら,DNAが高い知能を持つ方によって造られた証拠があるはずです。
DNAの見事な仕組みは,身近な物に置き換えて考えると理解しやすくなります。では,もう一度,細胞内の“見学”に出掛けましょう。今回見学するのは,ヒトの細胞について学べる博物館です。建物全体がヒトの代表的な細胞の模型になっています。大きさは実際の細胞の1300万倍で,7万人を収容できる大型スポーツ競技場並みです。
博物館の中に入って,まず目を奪われるのは,たくさんの奇妙な物体です。中央には球形の核があり,高さは20階建ての建物ほどです。では,核の中に入ってみましょう。
「工学技術の偉業」 DNAのコンパクトな収納 DNAは細胞核の中にコンパクトに収納されており,それは工学技術の偉業と言える。長さ40㌔の極細糸をテニスボールの中に詰めるようなもの。
核の外壁,つまり核膜にあるドアを通って中に入ると,その空間は46本の染色体でいっぱいです。基本的に同じものが対になっていて,高さはさまざまですが,一番近くにあるのは12階建ての建物ほどです(1)。各染色体は中央がくびれていて,つながったソーセージのようです。でも,太さは巨木の幹ぐらいあります。染色体には不規則にたくさんの横筋が入っています。近くに寄って見ると,それぞれの筋に縦線があり,縦線の間にはまた横線が入っています(2)。本が積まれているのでしょうか。そうではありません。らせん状にきつく巻かれた輪の外側がそのように見えるのです。1つの輪を引っ張ってみると,手前に出てきます。よく見るとその輪は,整然と並んだたくさんの小さなコイルでできています(3)。そのコイル状のものを構成しているのは,長いロープのようなものです。これが一番大事なもののようです。いったい何でしょうか。
DNA分子の驚異的な構造
染色体の模型のこの部分をロープと呼ぶことにしましょう。太さは2.5㌢ほどです。リールにきつく巻かれていて(4),それがさらにぐるぐると巻かれてコイルのようになっています。それらのコイルは足場のような物にくっついているので,あるべき場所に保たれます。そばにあるパネルの説明によると,このロープは非常に効率よく収納されているとのことです。染色体の模型全てからロープをほどいて伸ばすと,地球を半周するほどの長さになるのです。a
ある科学書は,効率の良いこの収納システムを「工学技術の偉業」と評価しています。18 では,この偉業にどんな技術者も関わっていない,と考えるのは筋の通ったことでしょうか。もしこの博物館の中に,何百万点もの商品をきれいに陳列した大きな店があり,欲しい物を簡単に見つけられるとしたら,そうした店がひとりでにできたと考えるでしょうか。もちろん,そうは考えないでしょう。では,そのような店よりはるかに収納効率が優れている細胞についてはどうでしょうか。
近くのパネルに,「ロープを手に取ってご覧ください」と書かれています。手のひらに載せて見てみると(5),これが普通のロープではないことに気付きます。2本のひもが,らせん状に絡み合っています。その2本のひもは,等間隔にある小さな棒でつながっています。ねじれたはしごのようになっていて,らせん階段に似ています(6)。これこそが,生命の神秘ともいうべきDNA分子です。
1つのDNA分子がリールや足場によってきれいにまとめられ,1本の染色体になっていたわけです。はしごの横木は,塩基対(7)と呼ばれています。それにはどんな役目があるのでしょうか。全体としてどんな働きをしているのでしょうか。パネルに簡単な説明があります。見てみましょう。
究極の情報記憶システム
パネルによれば,DNAを理解する鍵は,はしごの横木にあります。はしごを縦に割ったとしましょう。はしごの縦木それぞれから横木の半分が突き出ています。横木の部品は4種類しかなく,科学者たちはそれを,A,T,G,Cと呼んでいます。それら4つの“文字”がさまざまな配列で並び,暗号化された情報になっています。
19世紀に発明されたモールス符号をご存じかもしれません。モールス符号は,電信などによるやりとりで使用されます。モールス符号で使う“文字”は,点(・)と線(–)の2つだけです。それでも,無数の単語や文を作り出せます。一方,DNAの暗号に使われているのは4文字です。A,T,G,Cの配列の違いによって,コドンと呼ばれるさまざまな“単語”が作られます。コドンが連なると,遺伝子という“文章”になります。遺伝子1つは,平均して2万7000文字から成っています。遺伝子部分とそうでない長い部分が交互につながって,染色体という“章”が出来上がります。そして23の染色体が,ゲノムという“本”,つまりヒトの全遺伝情報を形成します。b
ゲノムは巨大な本に例えられます。どれほどの情報が収められているのでしょうか。ヒトのゲノムは合計30億ほどの塩基対(DNAのはしごの横木)で成っています。19 百科事典の中には1巻が1000ページを超えるものがありますが,ゲノムの情報を書き出そうとすると,そうした百科事典428巻分になります。各細胞内にあるゲノムのもう1つのセットを合わせると,856巻になります。このゲノム百科事典全巻をタイピングするとしたら,1日8時間,週5日,休暇なしで働いても,80年かかるほどの情報量です。
たとえ全部を入力し終えたとしても,出来上がった事典はそのままでは人体の役には立ちません。その事典の何百巻分もの情報を,100兆個もある非常に小さな細胞の一つ一つに収めなければならないからです。人間の技術では,それほどの情報をそこまでコンパクトに収めることはとてもできません。
分子生物学とコンピューター科学の一教授はこう言っています。「乾燥させると1立方㌢ほどの体積になるDNA1㌘には,CD約1兆枚分の情報を記録できる」。20 これはどれほどすごいことなのでしょうか。すでに考えたように,DNAには,遺伝子つまり人体の設計図が含まれており,各細胞に同じ完全な設計図が入っています。では,ティースプーン1杯のDNAには,何人分の設計図を収められるでしょうか。なんと現在の世界人口の約310倍分です。世界の80億人分の設計図なら,ティースプーンの表面を薄く覆う分だけで十分なのです。21
著者のいない本?
DNA1㌘には,CD約1兆枚分の情報を記録できる。
記憶媒体の小型化が進んだ今でも,人間の作った製品で,これほどの容量のものはありません。では,人間が作ったCDについて考えてみましょう。CDの造りは実に見事です。形は左右対称で,表面には光沢があり,デザインに無駄がありません。頭のいい人が作ったことは明らかです。そのCDに,無意味な情報ではなく,複雑な機械の製作,メンテナンス,修理の手順についての明快で詳細な指示が記録されているとします。書き込まれている情報は,CDの重さや大きさには影響しませんが,そうした情報があってこそCDは価値を持ちます。情報が収められているなら,当然誰か知性のある人が元の情報を書いたはずではないでしょうか。
DNAをCDや本に例えるのは,こじつけではありません。ゲノムに関するある本にはこう書かれています。「ゲノムを一冊の本に見立てるという概念は,実を言うと単なる比喩ではない。まさしくその通りなのだ。一冊の本は,ひとまとまりのデジタル情報と言える。……ゲノムもまたそうだ」。こうも書かれています。「ゲノムは素晴らしく利口な本で,条件さえ整えば,みずからを複写したり読み取ったりできる」。22 では,DNAが自らをコピーしたり読み取ったりするとはどういうことか見ていきましょう。
働く機械たち
静かな博物館を見学しながら,1つ疑問が湧きます。実際の細胞核は,この模型のようにじっと静止しているのでしょうか。ふと見ると,別の展示物があります。ガラスのショーケースにDNAの模型の一部が入っていて,その上に「ボタンを押してください」と書かれています。ボタンを押すと,音声ガイドが流れます。「DNAが行う大切な仕事を2つご紹介します。1つ目は複製です。DNAは,新しい細胞に1そろいの遺伝情報が含まれるようにするため,コピーされる必要があります。それがどのように行われるかご覧ください」。
展示物の端の扉から,いかにも複雑そうな機械が現れます。幾つものロボットが組み合わさった機械です。DNAに近づいて密着し,線路の上を走る列車のように,DNAに沿って動きます。速過ぎて何をしているのかよく分かりませんが,機械の後ろから,元々は1本だったDNAのロープが2本に増えて出てきているのが見えます。
音声ガイドが流れます。「これは,DNAの複製の様子をごく簡単に再現したものです。酵素と呼ばれる機械のような分子が幾つも,DNAに沿って移動します。まず,DNAを2本のひもに分け,それぞれのひもを鋳型として,それと対になる新たなひもを作り出します。全てをお見せすることはできませんが,ほかにもいろいろなものが関わっています。例えば,複製機械の前を行き,DNAの片方のひもを切断して,DNAのねじれを緩める小さな装置があります。また,DNAの“校正”も何度か行われます。驚異的な正確さで,誤りを発見し,修正します」。(16-17ページの図をご覧ください。)
音声ガイドが続きます。「作業速度はお分かりいただけると思います。ロボットはかなりのスピードで動いています。実際の酵素は,DNAの“線路”に沿って,1秒で100の横木つまり塩基対を通り過ぎます。23 鉄道の線路の大きさまで拡大すると,この酵素の“機関車”は時速80㌔以上で疾走していることになります。細菌の中では,酵素はその10倍もの速度で動きます。ヒトの細胞では,そうした何百もの複製機械がDNAの“線路”のあちこちで働き,ゲノム全体のコピーをわずか8時間でやってのけます」。24 (20ページの「読んでコピーできる分子」という囲みをご覧ください。)
DNAを“読む”
DNAの複製機械が退場し,別の機械が現れます。これもDNAに沿って動きますが,前の機械よりもゆっくりです。DNAのロープが機械の中に取り込まれていき,そのままの姿で反対側から出てきます。でも,機械の別の所から1本の新しいひもが出てきていて,しっぽが伸びているかのようです。何が起こっているのでしょう。
再び音声ガイドが流れます。「DNAの2つ目の仕事は転写です。DNAは安全な細胞核の外に出ることはありません。では,人体を構成する全タンパク質の“レシピ”である遺伝子は,どうやって読み取られ,細胞核の外で使われるのでしょうか。そこで活躍するのがこの機械です。この酵素はまず,DNAの特定の場所を見つけます。そこには,細胞核の外から来る化学的な信号によってスイッチがオンになった遺伝子があります。この酵素は次に,その遺伝子をコピーし,RNA(リボ核酸)と呼ばれる分子を作り出します。RNAは一見,DNAの片方のひもに似ていますが,実際は違います。遺伝子内の暗号化された情報が転写されたものです。酵素内で合成されたRNAは,細胞核を出てリボソームに情報を運びます。そしてリボソームでその情報を使ってタンパク質が作られます」。
こうした模型があれば,思わず見入ってしまうでしょう。この博物館の素晴らしさに感心し,いろいろな展示物や機械を設計して作った人たちは本当にすごいと思うに違いありません。では,もしこの博物館全体が動き出し,ヒトの細胞内で同時に起きている無数のことが全て再現されるとしたら,どうでしょうか。それはきっと大迫力で,見る人を圧倒することでしょう。
博物館で見たいろいろなことが,あなたの体の100兆もの細胞の中で,今この瞬間も,小さくて複雑なたくさんの“機械”によって実際に行われているのです。DNAが読み取られて,人体を構成するおよそ10万種類のタンパク質を合成するための指示が送られています。また,DNAがコピーされて校正され,出来上がった指示書が新しい細胞内に組み込まれています。
こうした事実から何が分かるか
では,もう一度,「こうした“設計図”全てはどこから来たのだろう」と考えてみましょう。聖書によると,この“本”は人間より優れた方によって書かれました。それは本当に時代遅れで非科学的な考えなのでしょうか。
次のことを考えてみてください。たった今見学したような博物館を,人間は造れるでしょうか。造ろうとしても,大きな壁にぶつかるでしょう。ヒトゲノムやその機能については,まだあまりよく分かっていません。科学者たちは今も,全ての遺伝子がどこにあり,どんな働きをするかを解明しようと奮闘しています。その上,DNAのロープの中で遺伝子である部分は,全体のごく一部にすぎません。遺伝子ではない,ほかの大部分は何なのでしょうか。科学者たちはその部分をジャンク(がらくた)DNAと呼んでいましたが,最近になってその見方を改めました。その部分により,遺伝子がどのように,またどの程度使用されるかがコントロールされている,と考えるようになっています。たとえこれから解明が進んで,科学者がDNA全体の模型と,コピーや校正を行う機械を作り上げることができたとしても,実物の機能や動きを完璧に再現することなどできないでしょう。
有名な科学者リチャード・ファインマンは,亡くなる少し前に黒板にこう書きました。「私は自分に作れないものは理解できない」。25 謙虚で率直なコメントであり,まさにDNAについても当てはまります。科学者たちはDNAも,それを複製する酵素も転写する酵素も作れません。DNAについて十分に理解することもできていません。それなのに,偶然が重なって何もかもが自然に生じたに違いない,と言う人たちがいます。これまで考えてきたことからすると,その見方は本当に筋が通っていると思いますか。
証拠からして偶然とは考えにくい,と言う有識者たちもいます。例えば,DNAの二重らせん構造の発見に貢献したフランシス・クリックという科学者は,DNA分子の構造はあまりにも見事なので,自然に生じたとは思えない,と言いました。そして,知性を持つ地球外生命体がDNAを地球に送り込み,生命の誕生を助けた,という説を提唱しました。26
もっと最近では,50年にわたって無神論を唱えてきた著名な哲学者アントニー・フルーが,考えを180度変えました。81歳の時に,生命は何らかの知性の働きによって造られたのだろう,と言うようになったのです。どうしてそう考えるようになったかというと,DNAについて学んだからです。あなたの新しい考えは科学者たちには不評でしょうね,と言われて,フルーはこう答えたとされています。「それは残念です。私はこれまでずっと,どこに行き着こうとも証拠が導く方へ進む,という……信念に従って生きてきました」。27
どう思いますか: 証拠はどんな結論へと導いているでしょうか。ある工場の中のコンピューター室に入ったとしましょう。コンピューターが,工場の全工程を制御する複雑なメインプログラムを実行しています。しかもそのプログラムは,工場内の機械全ての製造やメンテナンスに関する指示を常に出し,なおかつ自らをコピーし,校正しています。あなたはそれを見て,そのコンピューターやプログラムはひとりでにできたに違いないと思うでしょうか。それとも,頭のいい誰かが作ったのだろうと思うでしょうか。答えは明らかです。
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全ての生物は共通の祖先から派生したのか生命の起源 5つの大切な質問
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質問4
全ての生物は共通の祖先から派生したのか
全生物は元をたどると共通の祖先に行き着く。ダーウィンはそう信じ,生命の歴史は1本の大きな木に似ていると考えました。この「生命の木」について,後に学者たちは次のように説明するようになりました。この木は,最初の単純な細胞という1本の幹から始まった。やがて,その幹から新たな生物が枝分かれし始め,動植物の科という大枝へ,そして現在生息する種という小枝へと分岐していった。しかし,本当にそうなのでしょうか。
科学者たちの考え: 多くの科学者は,共通祖先という理論には化石記録の裏付けがあるかのように語ります。また,全ての生物にDNAという同じ“コンピューター言語”が使われていることも,共通祖先からの進化の証拠である,と主張しています。
聖書にはどんなことが書かれているか: 創世記によると,「さまざまな種類の」植物,海洋生物,陸生動物,鳥が造られました。(創世記 1:12,20-25)そのことからすると,「種類」の範囲内での変異はあり得るとしても,各種類の間には互いを隔てる壁がある,ということになります。また,新たな形態の生物は,完成形で突如として化石記録の中に現れているはずです。
これまでに明らかになっていること: 過去150年間にわたる調査や研究によって明らかになったことを調べてみましょう。それらの事実は,聖書に書かれていることとダーウィンの理論のどちらが正しいことを示しているでしょうか。
ダーウィンの木は切り倒される
これまで科学者たちは,さまざまな単細胞生物や動植物の遺伝情報を研究してきました。それらの情報を比較すれば,ダーウィンが提唱した「生命の木」の正しさが証明されるだろうと期待されていましたが,実際にはそうなりませんでした。
研究によって明らかになったことについて,生物学者のマルコム・S・ゴードンは1999年にこう書いています。「生命には多くの起源があるようだ。生命の木の大本となっている根は1本ではないようである」。ダーウィンが考えたように,「生命の木」の主な枝全てが1本の幹につながっていることを示す証拠はあるのでしょうか。ゴードンはこう言います。「共通祖先の理論の伝統的説明は,現在の分類で言う界には当てはまらないと思われる。また,門の多く,ひょっとすると門の全てにも,そしておそらくは門の下位の綱の多くにも当てはまらないであろう」。29a
最近の研究結果も,共通祖先に関するダーウィンの理論とかみ合っていません。例えば,ニュー・サイエンティスト誌(英語)の2009年の記事によれば,進化論を支持している科学者のエリック・バテストは,「生命の木が真実であるという証拠は全くない」と述べています。30 同記事によれば,進化論を支持している生物学者のマイケル・ローズもこう述べています。「われわれの共通認識として,生命の木は丁重に葬られようとしている。だが,それに比べ,あまり認められていないことがある。生物学の基本概念全体を見直さなければならないということだ」。31b
化石記録からは何が分かるか
多くの科学者は,全生物は共通の祖先から進化したという説を裏付ける証拠として,化石記録を挙げます。例えば,魚類が両生類に,爬虫類が哺乳類になったことが化石の記録から分かると主張します。でも本当にそうなのでしょうか。
進化論を支持している古生物学者のデイビッド・M・ラウプはこう述べています。「ダーウィンの時代と現代の地質学者が実際に見てきたのは,生物が徐々に登場する様子ではなく,大きなむらのある記録である。すなわち,さまざまな種が時の流れの中で全く突然に現れ,ほとんど変異しないまま,唐突に記録から消えているのである」。32
化石の大多数は,生物の基本的な形態が非常に長い年月にわたって変わっていないことを示しています。ある生物が別の生物に進化したことを示してはいません。それまでの生物にはなかった身体構造や特徴が突然現れているのです。例えば,超音波を使ったエコーロケーション能力を持つコウモリは,より原始的な生物とのはっきりした関連なく出現しています。
化石記録によると,動物の主な系統の半分以上が,比較的短い期間内に出現したようです。新たな特徴を持つ多くの生物がある期間内に突如として現れているため,古生物学者はこの期間を「カンブリア爆発」と呼んでいます。その爆発が起きたカンブリア紀とはいつのことでしょうか。
研究者たちの推定が正しいとして,地球史の長さをサッカーのフィールドの長さで表してみましょう(1)。そうするとカンブリア紀の始まりは,フィールドの端から8分の7ほど歩いた所になります(2)。化石記録によると,そのカンブリア紀の間の短い期間に,動物の主な系統が現れました。どれほど突然に出現したのでしょうか。わずか1歩にも満たない期間に,さまざまな生物が一挙に現れたのです。
このように,多様な生物が比較的短期間に出現しているため,進化論を支持している研究者でも,伝統的なダーウィン理論を疑問視するようになっています。例えば,生物学者のスチュアート・ニューマンは,2008年のインタビューで,生物の突然の出現を説明できる新たな進化論が必要だと論じました。こう言っています。「あらゆる進化的変化の説明に用いられてきたダーウィンの理論体系は,単なる1つの理論に格下げされる,と私は思います。形態上の大きな変遷を伴う進化,つまり大進化を理解する上で最重要な理論でもなくなるでしょう」。33
“証拠”の問題点
進化したとされる順に並べられた化石の縮尺が実は統一されていないということがある。
左側: 教科書に載っている絵
右側: 実際の大きさの比
では,魚類から両生類,爬虫類から哺乳類への変化を裏付けているとされる化石についてはどうでしょうか。進化が起きたことの確かな証拠なのでしょうか。注意深く調べると,問題点が幾つか浮かび上がってきます。
まず,教科書に出てくる,爬虫類から哺乳類の順に並べられた化石の縮尺は,一定ではない場合があります。同じ縮尺で描くと,ある物はもっと大きく,ある物はもっと小さくなります。
次に,もっと大きな問題点として,そうした生物同士の関連性を示す証拠が欠けています。研究者の推定によると,並べられた各標本の間には,たいてい何百万年もの隔たりがあります。多くの化石を隔てている期間について,動物学者のヘンリー・ジーはこう述べています。「化石同士を隔てる年月はあまりに長いため,先祖と子孫の関連性について断定的なことは何も言えない」。34c
魚類と両生類の化石について,生物学者のマルコム・S・ゴードンはこう述べています。「[これまでに発見された化石は]当時存在していた生物のごく一部の例でしかなく,……当時の多様な生物全体について知る根拠としては乏しいと思われる。化石として残っている生物が後代の進化と仮に関連していたとしても,それがどの程度なのか,また,そうした生物同士がどう関係しているかは全く分からない」。35d
“映画”は何を示しているか
「ナショナル ジオグラフィック」誌の2004年の記事には,化石記録について,「進化の過程を収録した映画が編集で99.9%カットされたようなものだ」と書かれています。36 この例えについて少し考えてみましょう。
化石記録のうち“95コマ”は,生物の進化を示してはいないのに,古生物学者は残りの“5コマ”を並べて,進化が生じたと主張している。
全部で10万コマになる長編映画のフィルムのうち,100コマを見つけたとしましょう。どんな映画か,あらかじめ自分なりのイメージがあったとします。でも見つけた100コマを調べてみると,そのうち5コマだけは思っていたストーリーに当てはまるものの,ほかの95コマからすると本当は全く違うストーリーのようです。その場合,5コマの方を根拠に,自分が持っていた最初のイメージは正しかったと言い張るのは,無理があるのではないでしょうか。その5コマを並べる順番も,ただ自分の考えに合うようにしたというのであればなおさらです。ほかの95コマのことも考えるべきではないでしょうか。
化石記録に対する進化論者の見方についても,同じことが言えます。研究者たちは長年,“映画の95コマ”とも言える大半の化石が示している事実を無視していました。生物の種が長い年月にわたってほとんど変化していないという事実です。これほど重要な証拠を度外視したのはどうしてでしょうか。著述家のリチャード・モリスはこう述べています。「古生物学者は,反証が見つかろうとも,緩やかな進化的変化が起きたという従来の考え方にしがみついていたようだ。広く受け入れられている進化論的観点から化石証拠を解釈しようとしていたのである」。37
「化石を並べて,それが1つの系統を表しているとする主張は,検証可能な科学的仮説などではなく,おとぎ話のようなものである。興味深く,教育的ですらあるかもしれないが,科学的ではない」。(「地質学的時間の探究 化石記録を超え,新たな生命史へ」[英語],ヘンリー・ジー著,116-117ページ)
現代の進化論者についてはどうでしょうか。進化論者が今も化石を特定の順番に並べるのは,その順番が化石の大多数と遺伝学的証拠によって十分に裏付けられているからでしょうか。それとも,その順番だと,進化について現在受け入れられている考えと合うからでしょうか。e
どう思いますか: 事実からすれば,どんな結論が最も妥当でしょうか。これまで見てきた事実をまとめてみましょう。
地球上に最初に生まれたとされる生物でも“単純な”造りだとは言えない。
細胞の構成要素だけでも,偶然に生じる確率は天文学的に低い。
細胞の働きを制御する“コンピュータープログラム”であるDNAは途方もなく複雑で,人間が作ったどんなプログラムや情報記憶装置より優れている。
遺伝子研究によると,生物は1つの共通の祖先から派生したわけではない。また,動物の主な系統は,化石記録の中で突然現れている。
こうした事実や証拠からすると,並外れた知性を持った存在が生命を造ったという聖書の説明は筋が通っている,と言えるのではないでしょうか。しかし,多くの人は,創造について聖書に書かれていることの大半は科学的ではないと言います。本当にそうなのでしょうか。聖書を読むとどんなことが分かるでしょうか。
a 生物学で用いる門という語は,同様の身体構造を持つ生物の大きなグループを指します。全生物の分類法として,7階級を使う方法があり,階級が下がるにつれ細分化されます。最上級は界で,門,綱,目,科,属,種と続きます。例えば,ライオンは,動物界,脊索動物門,哺乳綱,食肉目,ネコ科,ヒョウ属のライオンという種になります。
b ニュー・サイエンティスト誌も,バテストやローズも,進化論が間違っているとは述べていません。ダーウィンの理論の要である「生命の木」には裏付けとなる証拠がない,と言いたいのです。科学者たちは依然として,進化論に関する別の説明を模索しています。
c ヘンリー・ジーは進化論が間違いであるとは述べていません。化石記録から分かることには限界があると言っているにすぎません。
d マルコム・S・ゴードンは進化論を支持しています。
e 「人類の進化についてはどうか」という囲み記事をご覧ください。
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