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  • 『死は無に帰せしめられます』
    ものみの塔 1998 | 7月1日
    • どんな体で?

      3 一部の人が復活を退けたのはなぜですか。

      3 この質問を提起した時,パウロは多分,プラトンの哲学の影響を相殺しようと考えていたのでしょう。プラトンは,人間には肉体の死後も生き続ける不滅の魂がある,と教えました。そのような観念をもって育てられた人たちには,キリスト教のその教えは無用に思えたことでしょう。魂が死ぬことなく生き続けるのであれば,どうして復活する必要があるでしょうか。それに,復活は恐らく不合理に思えたでしょう。いったん肉体が分解して塵になってしまったなら,どうして復活があり得るでしょうか。聖書注釈者のハインリヒ・マイヤーによれば,一部のコリント人の敵対行動は,「肉体の物質の回復は不可能だ,という哲学的見地に」基づいていたのかもしれません。

      4,5 (イ)不信仰な人たちの唱える異議はなぜ理にかなったものではありませんでしたか。(ロ)パウロの「ただの種粒」の例えを説明してください。(ハ)神は,復活する油そそがれた者に,どんな体をお与えになりますか。

      4 パウロはそれらの人の推論のむなしさを暴露します。「道理をわきまえない人よ! あなたのまくものは,まず死ななければ,生きたものになりません。そして,あなたがまくものについて言えば,後にできる体ではなく,ただの種粒をまくのです。それは小麦,あるいはほかの何かでしょう。しかし神は,ご自分の喜びとなるとおりにそれに体を与え,種の一つ一つにそれ自身の体を与えられます」。(コリント第一 15:36-38)神は人が地上で生きていた時の肉体をよみがえらせようとしておられたのではありません。そうではなく,一種の変化が起きるのです。

      5 パウロは復活を種の生長になぞらえます。小麦の小さな種は,それから生長する植物とは全然似ていません。ワールドブック百科事典はこう述べています。「種は生長し始めると,多量の水分を吸収する。その水分によって種の内部に多くの化学変化が生じる。また,種の内部組織が膨張して種皮が裂ける」。事実上,その種は種としては死に,新生の植物となります。神がその発育をつかさどる科学的な法則を定め,それぞれの種はその種類にしたがって体を与えられるという意味で,『神はそれに体をお与えになり』ます。(創世記 1:11)同様に,油そそがれたクリスチャンも,まず人間として死にます。そのあと,神はご自分の定められた時に,彼らを全く新しい体で生き返らせます。パウロがフィリピ人に告げたとおり,「イエス・キリスト(は)わたしたちの辱められた体を作り替えて,ご自分の栄光ある体にかなうものとしてくださる」のです。(フィリピ 3:20,21。コリント第二 5:1,2)その人々は霊の体で復活し,霊の領域で生きます。―ヨハネ第一 3:2。

      6 復活する人に神がふさわしい霊の体をお与えになる,と考えるのはなぜ理にかなったことですか。

      6 それは信じ難いことでしょうか。そうではありません。パウロは,動物の体も種類によって様々に異なっている,と論じています。さらに,天のみ使いたちと血肉の人間とを対比して,「天的な体と地的な体があ(る)」と述べています。無生の創造物にも豊かな多様性があります。「星は他の星と栄光の点で異な(る)」とパウロは述べています。科学が青色星,赤色巨星,白色矮星などの天体を発見するずっと前にそう述べました。こうしたことを考えれば,復活する油そそがれた者にも神がふさわしい霊の体をお与えになるというのは理にかなったことではないでしょうか。―コリント第一 15:39-41。

      7 不朽とは,また不滅性とは,何を意味していますか。

      7 パウロは次いでこう述べます。「死人の復活についてもこれと同じです。朽ちる様でまかれ,朽ちない様でよみがえらされます」。(コリント第一 15:42)人間の体は,完全なときでも,朽ちやすい状態にあります。殺され得るのです。例えば,復活したイエスは「もはや腐れに帰することのない者」とされた,とパウロは述べました。(使徒 13:34)イエスは,完全であっても朽ちやすい,人間の体でよみがえることはありませんでした。神が復活する油そそがれた者たちにお与えになる体も,朽ちないものです。死ぬことも衰弱することもありません。パウロは続けてこう述べます。「不名誉のうちにまかれ,栄光のうちによみがえらされます。弱さのうちにまかれ,力のうちによみがえらされます。物質の体でまかれ,霊的な体でよみがえらされます」。(コリント第一 15:43,44)さらにパウロは,「死すべきものは不滅性を着けねばならない」とも述べています。不滅性とは,終わりのない,滅びることのない命を意味しています。(コリント第一 15:53。ヘブライ 7:16)復活する人たちは,こうして「天的な者の像」,つまり復活を可能にしてくださったイエスの像を帯びるのです。―コリント第一 15:45-49。

      8 (イ)復活する人が地上で生きていた時と同じ人であることはどうして分かりますか。(ロ)復活が起きると,どんな預言が成就しますか。

      8 このように変化するにもかかわらず,復活する人は依然として生前と同じ人です。同じ記憶,同じ優れたクリスチャンの特質を持つ者としてよみがえらされます。(マラキ 3:3。啓示 21:10,11,18)その点でイエス・キリストと似ています。イエスは霊者から人間に変わりました。次いで,死を遂げ,霊者として復活しました。それでも,「イエス・キリストは,昨日も,今日も,そして永久に同じです」。(ヘブライ 13:8)油そそがれた者たちには何と栄光に満ちた特権があるのでしょう。パウロはこう述べています。「しかし,朽ちるものが不朽を着け,また死すべきものが不滅性を着けたその時,『死は永久に呑み込まれる』と書かれていることばがそのとおりになります。『死よ,お前の勝利はどこにあるのか。死よ,お前のとげはどこにあるのか』」― コリント第一 15:54,55。イザヤ 25:8。ホセア 13:14。

  • 『死は無に帰せしめられます』
    ものみの塔 1998 | 7月1日
    • 11 (イ)死んだ魂を神が再創造できることはどうして分かりますか。(ロ)地上に復活する人々にはどんな体が与えられますか。

      11 これは人間の魂を再創造することを意味します。あり得ないことでしょうか。そうではありません。詩編 104編29,30節は,神にはそれができることを保証しているからです。「あなたがその霊を取り去られるなら,彼らは息絶え,その塵に戻って行きます。あなたがご自分の霊を送り出されるなら,彼らは創造されます」と記されているのです。復活してくる人は生前と同じ人ですが,同じ体を持つ必要はありません。天によみがえらされる人の場合と同様,神はご自分の意にかなうふさわしい体をお与えになります。その新しい体は,身体的に健全であると共に,当人の家族が見分けられる程度に元の体と似ていることでしょう。

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