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セデルから救いへものみの塔 1990 | 2月15日
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ユダヤ人はこれをハレル(賛美)と呼んでいます。詩編 113編から118編で成るこの部分は,「ハレルヤ」と歌う,つまり『ヤハを賛美する』ようわたしたちを動かします。
2 この歌はどのように用いられていますか。その歌はセデルとどのような関係がありますか。
2 ユダヤ人は過ぎ越しの儀式の際にハレルを歌いますが,その起源は,神が,動物の犠牲がささげられた神殿を持っておられた時代にまでさかのぼるようです。今日それは,セデルと呼ばれる,過ぎ越しの儀式と食事の際に,ユダヤ人の家庭で歌われます。
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セデルから救いへものみの塔 1990 | 2月15日
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過ぎ越し ― 救いの祭り
3 セデルにはどんな背景がありますか。
3 イスラエル人が圧制的なファラオの支配するエジプトの奴隷だったことを思い起こしてください。最後にエホバは,ご自分の民の指導者としてモーセを立て,民に自由をお与えになりました。神がエジプトに九つの災厄をもたらされた後,モーセは十番目の災厄を宣告します。エホバはエジプト人のすべての家の長子を打ち倒されます。(出エジプト記 11:1-10)ところがイスラエル人は災厄を免れました。どのようにでしょうか。彼らは1頭の羊をほふり,その血を戸柱とまぐさに付け,家の中にとどまって,子羊と,パン種の入っていないパンと,苦菜で食事をしなければなりませんでした。そのセデルの間,神は彼らの長子を殺すことなく,『過ぎ越され』ました。―出エジプト記 12:1-13。
4,5 過ぎ越しはどのように,大勢の人たちを救いに至らせましたか。(詩編 106:7-10)
4 ファラオはこの十番目の災厄に対する反応として,「立て,お前たちもイスラエルの他の子らもわたしの民の中から出て行け。行って,お前たちの言うとおりエホバに仕えるがよい」と,モーセに言います。(出エジプト記 12:29-32)ヘブライ人と,彼らに同調した「入り混じった大集団」が去った後,ファラオは考えを変え,彼らを追跡します。その後に神は,ご自分の民が紅海を切り抜けられるよう奇跡を用いて助けをお与えになりますが,ファラオと,跡を追ってきたファラオの軍隊は紅海で死んでしまいます。―出エジプト記 12:38; 14:5-28。詩編 78:51-53; 136:13-15。
5 モーセは紅海でイスラエルにこう告げます。「恐れてはいけない。しっかり立って,エホバの救いを見なさい。それをあなた方のために今日成し遂げてくださるのです」。イスラエルはその後,「わたしの力,わたしの偉力はヤハ。わたしの救いとなってくださるからだ。これがわたしの神,わたしはこの方をたたえよう」と歌います。(出エジプト記 14:13; 15:2)そうです,イスラエルが十番目の災厄から,そして紅海から救出されたことは,共に救いを意味しました。詩編作者は的確にも,エホバを,「地のただ中で大いなる救いを施される」神として描写できました。―詩編 68:6,20; 74:12-14; 78:12,13,22。
6,7 過ぎ越しが制定されたのはなぜですか。それが今も守られてはいるものの,最初の過ぎ越しと違う点があるのはなぜですか。
6 ヘブライ人たちは救いの記念として過ぎ越しを守らなければなりませんでした。神はこう言われました。「この日はあなた方のための記念となり,あなた方はエホバに対する祭りとしてこれを代々祝わなければならない」。(出エジプト記 12:14)過ぎ越しの食事,つまりセデルのたびに,父親はその救いを家族に思い起こさせるべきでした。エホバはこのような指示をお与えになりました。「あなた方の子らが,『この務めにはどういう意味があるのですか』と言うとき,あなた方は,『これはエホバに対する過ぎ越しの犠牲であって,神はエジプト人に災厄を下された際,エジプトにいたイスラエルの子らの家々を過ぎ越して,わたしたちの家々を救い出してくださったのだ』と言わなければならない」― 出エジプト記 12:25-27。
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