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聖書の24番目の書 ― エレミヤ書『聖書全体は神の霊感を受けたもので,有益です』
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11 なぜユダのために祈ってももう無駄ですか。
11 ユダのために祈ってももう無駄です。その民は「天の女王」に犠牲として菓子をささげることさえしているではありませんか。実際,「これは,民がその神エホバの声に従わず,懲らしめを受け入れなかった国民である。忠実さは滅びうせ(た)」のです。(エレミヤ 7:18,28)ユダはエホバの家に嫌悪すべきものを置き,ヒンノムの谷にあるトフェトの高き所で息子や娘を焼きました。見よ! それは「殺しの谷」と呼ばれ,彼らの死体は鳥や獣の食物となることでしょう。(7:32)歓びと歓喜はユダとエルサレムから絶たれることになります。
12 平安の代わりに,何がユダとユダの取り入れた神々に臨みますか。
12 彼らは平安と癒しを待ち望んでいましたが,見よ,恐怖が来ました。彼らが強情であるために,離散と絶滅と悲嘆が生じます。『エホバは生ける神,定めのない時に至るまで王です』。天も地も造らなかった神々のうちに霊はありません。それらはむなしいもの,愚弄の業であり,滅びうせます。(10:10-15)エホバは地の住民を投げ出されます。聴きなさい! 北の地から,激しく踏み鳴らす音がします。それはユダの諸都市を荒廃させるためのものです。預言者は,『自分の歩みを導くことが地の人に属していない』ことを認め,自分を正してくださるよう祈り求めます。自分が無に帰せられることのないためです。―10:23。
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聖書の24番目の書 ― エレミヤ書『聖書全体は神の霊感を受けたもので,有益です』
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15 (イ)当時はどれほど重大な時期でしたか。エホバのどんな命令はこの点を強調していますか。(ロ)民はどのようにエホバの名を知ることになりますか。彼らの罪がエホバを欺くことがないのはなぜですか。
15 エホバはすなどる者と狩人を遣わす(16:1-17:27)。荒廃が切迫していることを考慮に入れて,エホバはエレミヤにこう命令します。「あなたは自分のために妻をめとってはならない。この所で息子や娘を持ってはならない」。(16:2)今は嘆き悲しむ時でも,民と共に宴会に連なる時でもありません。エホバは彼らをこの地から投げ出そうとしておられるからです。次いでエホバは,『人々をすなどるためにすなどる者を,人々を狩り出すために狩人を』遣わすとも約束されます。そして,エホバがそれをことごとく成し遂げることにより,「彼らは[その方の]名がエホバであることを知らなければならなくなる」のです。(16:16,21)ユダの罪は鉄の尖筆で,そうです,金剛石のとがりで民の心に刻み込まれています。「心はほかの何物にも勝って不実であり,必死に」なります。しかし,エホバは心を探ることができます。だれもエホバを欺くことはできません。背教する者は,「生ける水の源,エホバを捨てた」のです。(17:9,13)ユダが安息日を神聖なものとしないなら,エホバはその門と塔を火によってむさぼり食います。
16 エホバは陶器師と粘土の器によって何を例示されましたか。
16 陶器師と粘土(18:1-19:15)。エホバはエレミヤに陶器師の家に行くよう命令します。エレミヤはそこで,損なわれた粘土の器を陶器師が自分の思い通りに別の器に作り直してゆくのを見ます。エホバは,ご自分がイスラエルの家に対して,引き倒す力も築き上げる力をも持つ陶器師であると宣言されます。次いでエレミヤに,陶器師の瓶をヒンノムの谷に持って行き,そこでエホバからの災いを宣告するようにと告げます。民はその場所を罪のない血で満たし,自分たちの子らをバアルへの全焼燔の捧げ物として火で焼いたからです。その後エレミヤは,エホバがエルサレムとユダの民とを砕く象徴として,その瓶を砕かねばなりません。
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