ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 韓国
    1988 エホバの証人の年鑑
    • 「永遠の福音」大会

      1963年の「永遠の福音」大会の一つが韓国で開かれるという発表がなされたとき,喜びが至るところでわき起こりました。当時の韓国は発展途上国でした。今でこそ毎年100万人以上の観光客が韓国にやって来ますが,その時分に19か国から400人以上の人々が集まるというのは,それまでに韓国を訪れた観光客の中では最大規模のものでした。このようなわけで,韓国の証人たちはみな,外国から兄弟たちがやって来ることに関心を寄せました。

      外国からの大会出席者94人を乗せた最初の飛行機は1963年8月24日の朝に到着しましたが,その飛行機にはノア兄弟姉妹も乗っていました。外務部の首席典礼官もその場に臨んで,ノア兄弟とノア姉妹を歓迎しました。そのあとノア夫妻は個人の車に乗ってひと足先に出発しましたが,すぐに,他の代表者たちを満載したバスの一団が,警察の特別儀仗隊に護衛されながらその個人の車を追い抜き,ぐんぐん引き離して行きました。

      612人というバプテスマの人数はそれまでで最大のものでした。韓国語の「目ざめよ!」誌が今後は月2回発行されるという発表は,出席者全員を喜ばせました。というのも,韓国語の最初の「目ざめよ!」誌である1959年9月8日号が発行されて以来,「目ざめよ!」誌は月1回発行の雑誌だったからです。公開講演の出席者は8,975人に達しましたが,そのうち3,000人は関心のある人々でした!

  • 韓国
    1988 エホバの証人の年鑑
    • 伝道者の合計が22回目の連続最高数で1万610人になったすぐあと,「地に平和」国際大会が1969年10月にソウルの奬忠<チャンチュン>体育館で開かれました。1万4,529人の聴衆を前にして,フランズ兄弟は,「聖書はほんとうに神のことばですか」という本を発表しました。韓国語の出版物が初めて英語と同時に発表されたのです。

  • 韓国
    1988 エホバの証人の年鑑
    • かつてない規模

      1973年の夏,ソウルで3回目の国際大会の開かれる時が近づいていました。「神の勝利」大会は,これまで韓国で開かれた単一の大会としては最大のもので,2万9,000人以上が出席し,2,002人がバプテスマを受けました。

      この大会で大会監督を務めた朴二均<パク イキュン>兄弟は,次のように報告しています。「国内の不穏な情勢のため,当局は依然として不安を抱いていました。結果として,警察から130人の私服警官が派遣されました。警官はスタジアムの各所に加えて,大会の各部門にも二人ずつ配置されました。警察は,私たちが大学教育を受けた人々より従順だったと言いました。

      「屋外でのスポーツの試合やその他の集まりで雨が降りだすと,突如として大混乱が生じ,だれもが気が狂ったようにして出口に向かって走り出すものです。今回の大会でも,あるプログラムの最中に雨が降りだしたため,警察はあわてて出口を全部解放しました。ところが,立ち去る人はだれもいないので,警官たちは驚いてしまいました。それどころか,みんなは傘を開いて,全く落ち着き払った様子で席に着き,プログラムに耳を傾けました。

      「さらに,スタジアムの経営者は私に,今までスタジアムがこれほどきれいになったことは1度もなく,月に1度スタジアムをエホバの証人に貸すことができれば,いつもきれいになるだろうと言いました」。

日本語出版物(1954-2026)
ログアウト
ログイン
  • 日本語
  • シェアする
  • 設定
  • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
  • 利用規約
  • プライバシーに関する方針
  • プライバシー設定
  • JW.ORG
  • ログイン
シェアする