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韓国1988 エホバの証人の年鑑
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最初の神権宣教学校が組織された後,1950年の春には公開集会も開かれるようになりました。出席者は非常に多く,162名を数えるまでになったため,齋洞<チェドン>小学校の講堂で一連の公開講演を開く取り決めが設けられました。「わたしたちの地球の運命」と題する最初の講演は1950年6月25日に平和な雰囲気のもとで行なわれましたが,注目すべきことにその日は,朝鮮戦争が勃発した運命の日となりました。
スティール兄弟は後日,このように報告しています。「6月25日に私が学校の講堂で公開講演を終えると,警察から,韓国が攻撃を受けて夜間外出禁止令が敷かれたことを知らされました。ちなみに,神権統治に対する人々の関心は非常に高まっていたので,その最後の公開講演には336名もの人が出席していました。翌晩,韓国は防戦に敗れて,ソウルを攻略されました」。
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韓国1988 エホバの証人の年鑑
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[159ページの図版]
韓国におけるものみの塔の最初の宣教者,アーリーンおよびドン・スティール。1949年8月
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