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    2007 エホバの証人の年鑑
    • 同年,アイルランドで奉仕していたスコットランド人の開拓者で,1923年にバプテスマを受けたマーガレット(マッジ)・ブラウンがラトビアに移動し,パーシー・ダナムと結婚しました。そのころ,業に対する反対が激しくなりました。マッジはこう書いています。「1933年2月9日,リガのある新聞がわたしたちを共産主義者呼ばわりしました。翌朝,玄関の呼び鈴が鳴ったので出てみると,警官たちがピストルを手に飛び込んで来て,『手を挙げろ!』と叫びました。そして7時間にわたって,禁書を捜しました。しかし,昼食時にお茶を勧めると,喜んでそれを飲みました。

      「兄弟たちに配る主な出版物は屋根裏部屋に隠してありました。その少し前のことですが,係官は主人のポケットを調べて,鍵を数個見つけました。『何の鍵だ』と尋ねるので,『屋根裏部屋のです』とパーシーは答えました。そう聞いていたにもかかわらず,その係官は屋根裏部屋には上がって行きませんでした。それどころか,立ち去る直前にはパーシーに鍵を返してくれたのです。彼らは何冊かの出版物に目を通してから,没収する理由は見当たらないと言いました。

      「それでも,出版物だけでなく,手紙類や現金,謄写版印刷機,タイプライターまで没収していきました。警察は同じようにラトビア人の証人たちの家6軒を家宅捜索しましたが,不正行為の証拠は何も得られず,告発もしませんでした」。

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    2007 エホバの証人の年鑑
    • 10月27日,ダナム夫妻はラトビアと愛するラトビア人の兄弟姉妹に別れを告げざるを得なくなりました。二人はオーストラリア支部で働くよう任命され,その地でパーシーは1951年に,マッジは1998年にそれぞれ地上の歩みを終えました。

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