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レビ記の目立った点ものみの塔 2004 | 5月15日
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聖なる捧げ物 ― 自発的なものと課されたもの
律法の定めた捧げ物や犠牲の中には,自発的なものと,務めとして課されたものとがありました。例えば,焼燔の捧げ物は自発的なもので,神に対してその全体がそっくり差し出されました。同じように,イエス・キリストはご自分の命を贖いの犠牲として,進んで全面的に差し出されました。同じく自発的にささげられた共与の犠牲は,関係者が分け合う形式のものでした。一部は祭壇上で神にささげられ,ある部分は祭司が食べ,さらに別の部分は犠牲を差し出した人が食べました。これと比較して見ると,油そそがれたクリスチャンにとって,キリストの死の記念式もある意味で共与の食事と言えます。―コリント第一 10:16-22。
罪の捧げ物と罪科の捧げ物は務めとして課されたものでした。前者は,間違って犯した罪,つまり意図せずに犯した罪を贖うものでした。後者は,何かの権利が侵害されたときに神のご要求を満たすため,あるいは悔い改めた悪行者に一定の権利を回復させるため,もしくはその両方のためのものでした。ほかに穀物の捧げ物が,エホバの恵み深さに対する認識の表明としてささげられました。これらすべてはわたしたちにとって関心のある点です。律法契約のもとで命じられていた犠牲は,イエス・キリストと,キリストの犠牲,またそこから生じる益を指し示していたからです。―ヘブライ 8:3-6; 9:9-14; 10:5-10。
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レビ記の目立った点ものみの塔 2004 | 5月15日
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聖なる祭司職が発足する
犠牲や捧げ物を扱う責任はだれに与えられたのでしょうか。祭司たちにゆだねられました。モーセは神から命令されたとおり,大祭司アロンのため,また従属の祭司となるその4人の息子たちのために任職の儀式を執り行ないました。儀式は7日にわたったようです。その翌日に祭司職が機能し始めました。
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レビ記の目立った点ものみの塔 2004 | 5月15日
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聖なる崇拝には清さが求められる
動物が食物として清いか汚れているかに関する規定は,二つの面でイスラエル人の益となりました。それらの規定は,有害な生物によって病気に感染しないように保護し,また周囲の諸国民からその民を隔てる壁を強化しました。ほかに,死体による汚れ,出産後の女性の浄め,らい病に関する処置,および男女の性的な漏出から生じる汚れなどを扱う規定もありました。個々の人が負った汚れに関する事柄を,祭司たちが扱うことになっていました。
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レビ記の目立った点ものみの塔 2004 | 5月15日
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神聖さを保たなければならない
罪のための最も重要な犠牲がささげられたのは,年に1度の贖罪の日でした。祭司たちとレビの部族のために1頭の雄牛がささげられました。イスラエルの,祭司ではない部族のために,1頭のやぎが犠牲にされました。また民の罪が別のやぎの上に言い表わされ,そのやぎは生きたまま荒野に送り出されました。この2頭のやぎは,一つの罪の捧げ物とみなされました。このすべては,イエス・キリストが犠牲にされると共に,罪を運び去ることを示していました。
肉を食べることその他に関する規定は,エホバを崇拝する際に神聖さが必要であることを銘記させます。祭司たちが自らを聖なる者として保たなければならないのは適切なことでした。年ごとの三つの祭りは,大きな歓びの時であり,創造者に感謝をささげる機会となりました。エホバが民に与えた規定の中には,ご自分の聖なるみ名の誤用,安息日やヨベルの年を守ること,貧しい人々に対する振る舞い,奴隷の扱い方に関するものもありました。神に従順であることからくる祝福と,不従順ゆえに経験する呪いとが対比されています。さらに,誓約に関連した捧げ物と値積もり,動物の初子,およびすべての十分の一を「エホバに対して聖なるもの」として差し出すことに関する規定もあります。
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