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モルドバ2004 エホバの証人の年鑑
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モルドバは1918年から1940年まで,当時,王国つまり君主国であったルーマニアの支配下に置かれました。ルーマニア政府は,宗教関係の事柄を管轄する新興宗教担当の大臣を任命しました。この大臣は正教会の力に屈して聖書研究者の活動に反対し,聖書研究者とその聖書文書に禁令を課そうとしました。お察しのとおり,ボリシェビキと結託しているとして兄弟たちを告発したのです。
このようにして当局がエホバの民への侮蔑をあらわにしたため,モルドバの査察長官はある警察署長に行政指令を送りました。1925年4月25日付のその指令にはこうあります。「警察保安指令第17274/925号に基づき,国際“聖書研究者”の宣伝活動を禁止ならびに中止させる旨,内務省が決定したことを,謹んで通知する。この目的達成のため,必要な措置を講じられたい」。
こうした当局からの反対が兄弟たちに与えた影響は,ルーマニア事務所が1927年10月17日に世界本部に提出した報告に記されています。その報告は事態を総括して,至る所で会衆の集会が中止ならびに禁止され,『幾百人もの兄弟たちが軍事裁判所や一般裁判所に召喚されました』と述べ,さらにこう伝えています。『夏の間はほとんど集会を開けませんでした。会衆はいまだに,秘密調査官や警察に厳しく監視されているからです。会衆の大半が存在する農村部において特にそうです。集会はたいてい,森の中の人目につかない場所で開かれました』。
報告はこう続きます。『3月以降,旅行する監督の業も縮小されました。その月に内務大臣から,聖書文書頒布者<コルポーター>を探し出し,それら“宣伝活動家”を全員逮捕するようにとの厳命がひそかに出されました。それから間もなく,聖書文書頒布者<コルポーター>のほぼ全員が投獄されました。わたしたちも兄弟たちも,この国で業が始まってからずっと,恐れることなく反対を耐え忍んできました。しかし今回は,わたしたちを一掃しようとする組織的な取り締まりがあまりにも徹底しているため,ほとんど身動きが取れません』。
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モルドバ2004 エホバの証人の年鑑
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1925年: 聖書研究者の活動が禁止される。
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