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93年の人生を回顧してものみの塔 1987 | 5月1日
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私の大学時代の決定的な時期は,学長のリヨン博士が,講堂で行なわれた学生集会で,私が英国オックスフォード大学への留学資格の得られるセシル・ローズ奨学金を獲得するため,オハイオ州立大学へ行って他の学生と一緒に選考試験を受けることになった,という発表をしたころでした。志望者の一人は陸上競技の点では私よりも成績が優れていましたが,私はその人と比べてひけを取らない成績を収めていたため,大学側はその人と一緒に私をオックスフォード大学へ送りたいと考えました。私はその奨学金を得る資格があることを認められたので感謝しました。普通なら,それは非常に喜ばしいことだったでしょう。
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93年の人生を回顧してものみの塔 1987 | 5月1日
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私は,教育当局がセシル・ローズ奨学金資格検定試験の結果を発表する少し前に,当局に手紙を書いて,オックスフォード大学奨学金には関心がなくなったので,志望者の名簿から私を削除してもらいたい旨を知らせましたが,この件で後悔したことは一度もありません。大学で私が師事していたギリシャ語の教授,ジョセフ・ハリー博士から,私がその奨学金を受けるよう選ばれたことを知らされたのですが,私は前述の手紙を当局に出したのです。
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