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少年は「エホバのみもとで成長していった」その信仰に倣う
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第7章
少年は「エホバのみもとで成長していった」
1,2. どんな状況でサムエルはイスラエルの民に語りかけましたか。彼らを悔い改めさせる必要があったのはなぜですか。
サムエルは,ギルガルの町に集まった民の顔をじっと見ます。預言者また裁き人として何十年も忠実に仕えてきたサムエルが民を召集したのです。今の暦で言えば5月か6月に当たり,すでに乾期に入っています。辺りの畑では黄金色の小麦が収穫を待っています。群衆は押し黙っています。サムエルはどうすれば人々の心を動かせるでしょうか。
2 民は事態の深刻さを理解していません。自分たちを支配してくれる人間の王をしきりに求めています。自分たちの神エホバとその預言者に甚だしく不敬な態度を取っていることを自覚していません。実のところ,王であるエホバを退けているのです。サムエルはどうすれば人々を悔い改めさせることができるでしょうか。
少年時代のサムエルから,悪い影響力にさらされてもエホバへの信仰を築くことについて多くを学べる
3,4. (イ)サムエルが自分の若かった時のことを述べたのはなぜですか。(ロ)サムエルの信仰の模範が今日のわたしたちにとって有益なのはなぜですか。
3 サムエルは,「わたしは,年老いて白髪になりました」と群衆に語ります。白髪ゆえに,語る言葉にいっそうの重みがあります。そしてこう続けます。「わたしは ― 若い時から今日に至るまであなた方の前を歩んできました」。(サム一 11:14,15; 12:2)年老いたとはいえ,若い時のことをまだ鮮明に覚えています。少年の頃に下した幾つもの決定がその後の人生を方向づけ,サムエルはエホバ神への信仰と専心の生き方を貫いてきました。
4 サムエルは,信仰を築いて保つよう努力しなければなりませんでした。周囲の人々が不信仰で不忠節である場合が少なくなかったからです。今日のわたしたちも,信仰を築くにはかなりの努力が求められます。堕落した不信仰な世の中で生活しているからです。(ルカ 18:8を読む。)では,サムエルの模範から何を学べるか考えてみましょう。まず,幼い頃のサムエルに注目します。
「少年として……エホバの前で奉仕していた」
5,6. サムエルは,普通とは違うどんな子ども時代を送りましたか。サムエルの両親が息子はシロで世話してもらえると確信していたのはなぜですか。
5 サムエルは,普通とは違う子ども時代を送りました。乳離れして間もなく,おそらく3歳と少しくらいの時に,シロにあるエホバの神聖な幕屋で奉仕する生活を始めます。シロは郷里ラマから30㌔以上離れた所にあります。両親のエルカナとハンナはサムエルを特別な奉仕のためにエホバにささげ,サムエルは生涯にわたるナジル人となりました。a これは,サムエルが親に愛されず,捨てられてしまったということでしょうか。
6 決してそうではありません。両親はサムエルがシロで世話してもらえることを知っていました。きちんと世話がなされるよう大祭司エリが取り計らってくれたに違いありません。サムエルはエリのそばで仕えたからです。シロには,幕屋に関連した奉仕をする女性たちもいました。その奉仕は組織的に行なわれていたようです。―出 38:8。裁 11:34-40。
7,8. (イ)サムエルの両親は毎年,息子にどんな愛情深い励ましを与えましたか。(ロ)親である人はサムエルの両親から何を学べますか。
7 ハンナとエルカナは,祈りが聞かれて授かった大切な最初の子のことを忘れたりはしません。ハンナは神に男の子を願い求め,その子を生涯にわたる神聖な奉仕のためにささげると約束しました。ハンナは毎年,幕屋に行く時に,息子がそこでの奉仕の際に着る新しいそでなしの上着を持って行きます。少年サムエルは,その訪問を楽しみにしていたことでしょう。幕屋という特別な場所でエホバに仕えるのが大きな特権であることを両親から教えられ,その愛情深い励ましと導きにこたえて,すくすくと成長していったに違いありません。
8 親である人はハンナとエルカナから多くを学べます。子育てにおいて,物質的な事柄を重視し,霊的な必要をおろそかにする親は少なくありません。しかし,サムエルの両親は霊的なものを第一にしました。そしてそれは,サムエルがどんな大人になるかに大きな影響を与えました。―箴言 22:6を読む。
9,10. (イ)幕屋はどんな所でしたか。少年サムエルはその神聖な場所についてどう感じていましたか。(脚注を参照。)(ロ)サムエルにはどんな務めがありましたか。今日,若い人たちはサムエルの模範にどのように倣えますか。
9 少年サムエルがシロの周囲の丘を散策している様子を思い描いてみてください。丘の上からシロの町とその下に広がる谷を眺めると,エホバの幕屋が見えます。サムエルの心には喜びと誇らしい気持ちが湧き上がったことでしょう。幕屋はまさに神聖な場所でした。b 400年ほど前にモーセの指示のもとに造られた幕屋は,全世界におけるエホバの清い崇拝の中心だったのです。
10 年若いサムエルは幕屋を愛するようになりました。後にこう記しています。「サムエルは,少年として,亜麻布のエフォドをまとい,エホバの前で奉仕していた」。(サム一 2:18)このそでなしの簡素な衣は,サムエルが幕屋で祭司たちの手伝いをしていることを示すものだったようです。サムエルは祭司の家系の者ではありませんでしたが,幕屋の中庭に通じる戸を朝ごとに開けたり,老齢のエリに仕えたりする務めを与えられていました。そのような誉れある務めを喜んで果たしていた純真なサムエルは,やがて思い悩むようになります。エホバの家で,ひどい悪行がなされていたのです。
腐敗した人々の中で清さを保つ
11,12. (イ)ホフニとピネハスには,どんな重大な欠陥がありましたか。(ロ)ホフニとピネハスは幕屋で,どんな邪悪で腐敗した事柄を行なっていましたか。(脚注を参照。)
11 少年サムエルは,甚だしい悪や腐敗を目にします。エリにはホフニとピネハスという二人の息子がいました。サムエルはこう記録しています。「エリの息子たちはどうしようもない者たちであった。彼らはエホバを認めなかった」。(サム一 2:12)ここで述べられている二つの点は関連し合っています。ホフニとピネハスは,エホバを全く意に介していなかったゆえに,「どうしようもない者たち」(字義どおりには「無価値の子ら」)だったのです。彼らはエホバの義の規準と要求を何とも思っていませんでした。二人の他の罪すべては,この欠陥から生じたものでした。
12 神の律法には,祭司の務めや幕屋で犠牲をささげる手順が明記されていました。それにはもっともな理由があります。そうした犠牲は,罪を許すための神の備えを表わしていたのです。罪を許された人々は神から見て清くなり,神の祝福や導きを受けることができました。ところが,ホフニとピネハスは,他の祭司たちの先頭に立って,極めて不敬な仕方で捧げ物を扱っていました。c
13,14. (イ)誠実な人々は,幕屋での邪悪な行ないからどんな影響を受けたに違いありませんか。(ロ)エリは大祭司としても父親としてもどのように務めを怠りましたか。
13 少年サムエルは,このような甚だしい権威の乱用が正されずに繰り返されるのを見て,目を丸くしたことでしょう。多くの人が霊的な慰めや力を得たいと願って神聖な幕屋にやって来ますが,卑しめられ,傷つけられ,がっかりして去って行きます。その中には,貧しくて立場の低い,虐げられた人々もいます。そのような光景をサムエルは何度も見たでしょう。さらにホフニとピネハスは,性道徳に関するエホバの律法を無視し,幕屋で仕える女性たちと関係を持っていました。サムエルは,それを知ってどう感じたでしょうか。(サム一 2:22)エリに何とかしてほしいと思ったかもしれません。
サムエルは,エリの息子たちの悪い行ないを見て思い悩んだに違いない
14 事を正す最適任者はエリでした。大祭司として,幕屋で起きている事柄について責任があり,父親として,息子たちを正す義務があります。息子たちは,イスラエルの無数の人々にも自分たちにも害を及ぼしていたのです。しかしエリは,大祭司としても父親としても務めを怠り,息子たちをやんわりと弱々しくたしなめるだけです。(サムエル第一 2:23-25を読む。)息子たちには,はるかに強い懲らしめが必要でした。死に値する罪を犯していたからです。
15. エホバはエリにどんな強い音信を伝えましたか。エリの家族はその警告にどう反応しましたか。
15 ついにエホバは,「神の人」すなわち名前の挙げられていない預言者をエリのもとに遣わし,強い裁きの音信を伝えさせます。エホバはエリに,「あなたは……わたしよりも自分の子らを尊んでいる」と言われます。そして,エリの邪悪な息子たちが同じ日のうちに死ぬことと,エリの家族が大きな苦しみを味わい,祭司の家系という恵まれた立場を失うことを予告なさいます。この強烈な警告を与えられて,エリの家族は変わったでしょうか。悔い改めたという記録はありません。―サム一 2:27–3:1。
16. (イ)少年サムエルの進歩について,どんなことが記録されていますか。(ロ)あなたは,そうした記録のどんな点に心温まるものを感じますか。
16 このような腐敗した行ないを見聞きして,少年サムエルはどんな影響を受けたでしょうか。こうした暗い記述の中にも,明るい要素として,サムエルの成長と進歩の様子が記録されています。サムエル第一 2章18節には,サムエルが忠実に「少年として……エホバの前で奉仕していた」とあります。年若くても,神への奉仕を中心にした生活を送っていたのです。さらに心温まる点として,21節には,「少年サムエルはエホバのみもとで成長していった」と記されています。成長するにつれ,天の父との絆が強まっていったのです。そうしたエホバとの親しい個人的な関係は,あらゆる腐敗した行ないに対する確実な保護となります。
17,18. (イ)若いクリスチャンは,腐敗した行ないを見聞きしても,どのようにサムエルに倣えますか。(ロ)サムエルが正しく歩んだことは,どんなことから分かりますか。
17 サムエルは,『大祭司と息子たちが悪いことをしているんだから,ぼくも好きなことをしていいはずだ』と考えることもできたでしょう。しかし,権威を持つ人を含め他の人が腐敗した事柄を行なっているとしても,それを言い訳にして罪を犯すのは間違っています。今日,多くの若いクリスチャンは,周囲の人々が悪い手本を示していても,サムエルに倣って「エホバのみもとで成長して」います。
18 そのように歩んだサムエルはどうなりましたか。こう記されています。「その間ずっと,少年サムエルはますます大きくなり,エホバの見地からも,人々の見地からもますます好まれるようになった」。(サム一 2:26)サムエルは人々から,少なくとも正しい見方をする人たちから好かれました。エホバも,忠実に歩むこの少年を大切にされました。サムエルは,シロで続いているすべての悪に対して神が行動されるはずだと考えたに違いありません。しかし,いつ行動されるのでしょうか。ある晩,その疑問の答えが与えられます。
「お話しください。僕は聴いておりますから」
19,20. (イ)ある晩,幕屋でサムエルにどんなことが起きましたか。(ロ)サムエルは,どのようにエリに接しましたか。音信の源がだれであるかをどのようにして知りましたか。
19 夜明け前で,辺りはまだ暗く,天幕の大きなともしびの明かりが揺らめいています。静けさの中,サムエルは自分の名前を呼ぶ声を聞き,エリに呼ばれたと思います。エリは非常に年老いており,目もほとんど見えません。サムエルは起き上がり,エリのもとに「走って」行きます。エリの必要にこたえようとして少年がはだしで駆けて行く姿を思い描いてみてください。敬意をこめて親切にエリに接する態度に感心させられるのではありませんか。エリは,多くの罪を犯していたとはいえ,今でもエホバの大祭司でした。―サム一 3:2-5。
20 サムエルはエリを起こして,「はい,ここにおります。私をお呼びになりましたので」と言います。しかしエリは,呼んではいないから戻って寝なさい,と言います。ところが,同じことがもう一度,そしてさらにもう一度起きました。ついにエリは事情を察します。当時,エホバがご自分の民に幻を見せたり預言的な音信を伝えたりすることはまれになっていました。それも当然です。しかしエリは,エホバが再び語っておられることに,しかもこの少年に語りかけておられることに気づきます。それで,戻って寝るよう指示し,ふさわしい答え方を教えます。サムエルは言われたとおりにします。やがて「サムエル,サムエル!」という声が聞こえ,サムエルは「お話しください。僕は聴いておりますから」と答えます。―サム一 3:1,5-10。
21. 今日,どのようにしてエホバの声を聴くことができますか。そうすることが大切なのはなぜですか。
21 こうしてエホバはシロに,ご自分の声を聴く僕を持つことになりました。エホバの声を聴くことは,サムエルの生活の型となりました。あなたはいかがですか。夜間に超自然の声が聞こえてくるのを待つ必要などありません。今日,ある意味で,神の声をいつでも聴くことができます。全巻そろった神の言葉 聖書を通して聴くことができるのです。神の声を聴いてそれにこたえ応じれば応じるほど,信仰は強くなります。サムエルの場合がそうでした。
サムエルは恐れを感じたが,エホバからの裁きの音信を忠実にエリに伝えた
22,23. (イ)サムエルが当初伝えることを恐れた音信は,どのように成就しましたか。(ロ)サムエルの評判はどのように高まってゆきましたか。
22 シロでのその晩は,サムエルの人生における大きな節目となりました。その時から特別な意味でエホバを知るようになり,神ご自身の預言者また代弁者となったからです。この少年は当初,エホバからの音信をエリに伝えることを恐れました。その音信は,エリの家族に対する預言が間もなく成就するという最終宣告だったからです。とはいえ,サムエルは勇気を奮い起こして語り,エリは謙遜に神の裁きを受け入れます。程なくして,エホバの言われたことがすべて実現します。イスラエルはフィリスティア人と戦い,ホフニとピネハスは二人とも同じ日のうちに殺されます。エリも,エホバの神聖な箱が奪い取られたことを聞いて死にます。―サム一 3:10-18; 4:1-18。
23 忠実な預言者としてのサムエルの評判は,ますます高まってゆきます。エホバが「彼と共におられ」,サムエルの預言が一つとして果たされないままにはされなかった,と記されています。―サムエル第一 3:19を読む。
「サムエルがエホバに呼び求める」
24. やがてイスラエル人はどんなことを要求しましたか。それが重大な罪だったのはなぜですか。
24 イスラエル人はサムエルの指導に従い,霊的で忠実な民になったのでしょうか。そうではありません。彼らはやがて,単なる預言者が自分たちを裁くだけでは物足りないと考えるようになりました。他の国民と同じようになりたい,人間の王に治めてもらいたいと思ったのです。サムエルはエホバの指示に従い,民の求めに応じます。しかし,イスラエルに彼らの罪の大きさを教えなければなりません。彼らが退けたのは単なる人間ではなく,エホバご自身だったのです。そのため,サムエルは民をギルガルに召集します。
サムエルは信仰を抱いて祈り,エホバはそれに答えて雷雨を起こされた
25,26. 年老いたサムエルはギルガルで,どのようにしてエホバに対する罪の重大さを民に悟らせましたか。
25 冒頭の緊迫した場面に戻りましょう。ギルガルでサムエルがイスラエルに話します。年老いたサムエルは,自分が忠誠の歩みを貫いてきたことをイスラエルに思い起こさせた後,「エホバに呼び求め」ます。雷雨を求めたのです。―サム一 12:17,18。
26 乾期に雷雨が起きるのでしょうか。そんなことは聞いたためしがありません。民の間には疑いやあざけりが生じたかもしれません。しかし,それも長くは続きません。突如,黒い雲が空を覆います。風が畑の小麦をなぎ倒し,耳をつんざくような雷鳴がとどろき,雨が降ってきます。人々はどう反応しますか。「民は皆,エホバとサムエルとを大いに恐れ」ます。ようやく,犯した罪の重大さを悟ったのです。―サム一 12:18,19。
27. サムエルの信仰に倣う人々について,エホバはどうお感じになりますか。
27 民の反抗的な心を動かしたのは,サムエルではなく,サムエルの神エホバでした。サムエルは若い時から老齢に至るまでエホバに信仰を置き,エホバは彼に報いをお与えになったのです。エホバは今も変わっておられません。サムエルの信仰に倣う人々を支えておられます。
a ナジル人は,飲酒や髪を切ることなどを禁じる誓約のもとにありました。ほとんどの人は期間を限ってそのような誓約を立てました。しかし少数ながら,サムソン,サムエル,バプテストのヨハネなど,生涯にわたるナジル人もいました。
b この聖なる所は長方形で,基本的には,木の枠組みで支えられた大きな天幕でした。とはいえ,最上の材料で造られており,あざらしの皮,美しい刺しゅうの施された布,銀や金をかぶせた高価な木材が用いられていました。幕屋の周りは長方形の中庭で,そこには犠牲をささげるための堂々たる祭壇がありました。後に,幕屋の両側に,祭司たちが使うための幾つかの部屋が設けられたようです。サムエルはそれらの部屋の一つで寝ていたのでしょう。
c 不敬な行ないの例が二つ記録されています。第一に,律法には,犠牲の捧げ物のどの部分を食用として祭司に渡すべきかが規定されていました。(申 18:3)しかし,邪悪な祭司たちは幕屋で,それとは全く違うことをしていました。従者に命じて,肉が煮えている大釜に大きな肉刺しを突き入れさせ,何であれ出てくる良い肉を取らせていたのです。第二に,人々が祭壇で焼くための犠牲を持って来ると,邪悪な祭司たちは従者に命じて人々を脅させ,犠牲の脂肪をエホバにささげる前に生の肉を渡すように要求させました。―レビ 3:3-5。サム一 2:13-17。
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落胆させられても忍耐した人その信仰に倣う
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第8章
落胆させられても忍耐した人
1. シロの人々が悲嘆に暮れていたのはなぜですか。
サムエルは,シロの人々の悲しみをひしひしと感じます。町全体が涙に沈んでいるかのようです。家々から,女性や子どもの泣き声が聞こえてきます。父親や夫,息子や兄弟がもう帰って来ない,と知って嘆き悲しむ声です。イスラエルは,フィリスティア人との戦闘で兵士4,000人を失ったばかりだというのに,またしても大敗を喫し,3万人を失ったのです。―サム一 4:1,2,10。
2,3. どんな悲劇が相次いで,シロは恥辱を被り,栄光を失いましたか。
2 これは,相次ぐ悲劇の一部にすぎません。大祭司エリの邪悪な息子たち,ホフニとピネハスは,神聖な契約の箱と共にシロから進み出ました。この大切な箱は,神の臨在の象徴であり,通常は幕屋 ― 天幕のような神殿 ― の聖なる仕切り室の中に置かれていました。イスラエルの民は愚かにも,その箱がお守りのような働きをして勝利を与えてくれると考え,戦場に持ち出しました。しかし,箱はフィリスティア人に奪い取られ,ホフニとピネハスは殺されてしまいます。―サム一 4:3-11。
3 シロの幕屋には,何世紀もの間,契約の箱が安置されていました。その箱が奪われてしまったのです。それを聞いた98歳のエリは,席からあお向けに落ちて死にました。その日に夫を失った嫁も出産中に死にますが,息を引き取る前に「栄光はイスラエルを追われて去りました」と言います。そうです,シロは二度と元の状態に戻らないのです。―サム一 4:12-22。
4. この章ではどんなことを考えますか。
4 サムエルは,こうしたひどく落胆させられる状況にどう対処するでしょうか。エホバの保護と恵みを失った民を助けるという難題に,信仰を抱いて立ち向かうでしょうか。わたしたちも,苦難や落胆させられる状況に直面して信仰を試みられます。では,サムエルから何を学べるか,調べてみましょう。
サムエルは「義を成し遂げ」た
5,6. 20年の期間に関して,聖書はどんなことに注目していますか。その期間中,サムエルは何をしていましたか。
5 ここで,聖書の記録は視点をサムエルから神聖な箱に移し,その箱を奪ったためにフィリスティア人が苦しみ,返還せざるを得なくなったことを述べています。サムエルが再び登場するのは,約20年後のことです。(サム一 7:2)その20年の期間中,サムエルは何をしていたのでしょうか。
サムエルは,ひどい喪失感と落胆に苦しむ民をどのように助けたか
6 その期間が始まる前の記録には,「サムエルの言葉は引き続き全イスラエルに及んだ」と記されています。(サム一 4:1)そして,その期間が終わった後の記録によれば,サムエルは,毎年イスラエルの三つの都市を巡回して論争や問題を解決した後に郷里のラマに戻る,ということを習慣にしていました。(サム一 7:15-17)ですから,サムエルは忙しく活動し続け,その20年間にも多くのことを行なっていたのです。
聖書がサムエルについて述べていない20年の期間中も,サムエルはエホバへの奉仕を忙しく行ない続けていたに違いない
7,8. (イ)サムエルは,20年にわたって勤勉に働いた後,民に何と告げましたか。(ロ)民はサムエルの保証の言葉にどう応じましたか。
7 エリの息子たちの不道徳や腐敗によって,民の信仰はむしばまれていました。そのため,多くの人々が偶像礼拝に転じたようです。しかし,サムエルは20年にわたって勤勉に働いた後,民にこう告げます。「もしあなた方が心をつくしてエホバに立ち返るのなら,あなた方の中から異国の神々や,アシュトレテの像も取り除き,あなた方の心を迷わずにエホバに向け,神にのみ仕えなさい。そうすれば,あなた方をフィリスティア人の手から救い出してくださるでしょう」。―サム一 7:3。
8 「フィリスティア人の手」は,ますます重く民にのしかかっています。イスラエル軍をまんまと撃破したフィリスティア人は,神の民を虐げても何の罰も受けないと思っています。しかし,エホバに立ち返りさえすれば状況は変わる,とサムエルは民に保証しました。民はこたえ応じるでしょうか。うれしいことに,民は偶像を取り除き,「エホバにのみ仕えるように」なります。サムエルは,エルサレム北方の山岳地にある町ミツパで集会を開きます。民は集まって断食し,偶像礼拝に関係した多くの罪を悔い改めます。―サムエル第一 7:4-6を読む。
フィリスティア人は,悔い改めたエホバの民が集まっていることを知り,攻撃のチャンスだと考えた
9. フィリスティア人は,どんなチャンスが訪れたと考えましたか。神の民は,危機が迫っていることを聞いて,どう反応しましたか。
9 その大規模な集会のことを知ったフィリスティア人は,チャンスだと考え,エホバの崇拝者たちを壊滅させるために軍隊をミツパに送ります。イスラエル人は,危機が迫っていることを聞いておびえ,自分たちのために祈ってほしいとサムエルに頼みます。サムエルは犠牲をささげて祈ります。その神聖な儀式の最中に,フィリスティア軍がミツパに攻め上ってきます。その時エホバは,サムエルの祈りにお答えになり,憤りを表明されます。「フィリスティア人に対して大きな音で雷鳴をとどろかせ」たのです。フィリスティア人は混乱に陥ります。―サム一 7:7-10。
10,11. (イ)エホバのとどろかせた雷鳴が特別のものだったに違いない,と言えるのはなぜですか。(ロ)ミツパで始まった戦闘は,どんな結果になりましたか。
10 それらフィリスティア人は,雷の音を怖がって母親の後ろに慌てて隠れる幼い子どものようだったのでしょうか。いいえ,彼らは百戦錬磨の屈強な兵士でした。ですから,その雷鳴は,彼らが聞いたことのないようなものだったのでしょう。とてつもなく「大きな音」だったのかもしれません。あるいは,晴れ渡った空から突然聞こえたのか,幾つもの丘の斜面にこだましたのかもしれません。いずれにせよ,フィリスティア人は骨の髄まで震え上がり,大混乱に陥ります。あっという間に形勢は逆転します。イスラエルの人々はミツパから打って出てフィリスティア人を撃破し,エルサレムの南西まで何キロも追撃しました。―サム一 7:11。
11 その戦闘が転換点となります。以後,サムエルが裁き人であった時代中ずっとフィリスティア人は後退し続けます。神の民は,奪われていた都市を次々に取り返してゆきました。―サム一 7:13,14。
12. サムエルはどんな意味で「義を成し遂げ」ましたか。サムエルが義を成し遂げ続けるために,どんな特質が役立ちましたか。
12 幾世紀も後に使徒パウロは,「義を成し遂げ」た忠実な裁き人や預言者の一人としてサムエルを挙げました。(ヘブ 11:32,33)確かにサムエルは,神から見て正しくて良いことが達成されるようにしました。義を成し遂げ続けることができたのは,辛抱強くエホバを待ち,落胆させられる状況の下でも常に忠実に務めを果たしたからです。またサムエルは,感謝の精神を示し,ミツパでの勝利の後,エホバが民をどのように助けてくださったかを思い起こさせるために記念碑を建てました。―サム一 7:12。
13. (イ)サムエルに倣うには,どんな特質が必要ですか。(ロ)サムエルのような特性をいつ培うとよいと思いますか。
13 あなたも「義を成し遂げ」たいと思いますか。そうであれば,サムエルの辛抱強さ,謙遜さ,感謝の精神から学びましょう。(ペテロ第一 5:6を読む。)だれもがそうした特質を必要としているのではないでしょうか。サムエルが比較的若い時にそのような特性を身に着けて示したのはよいことでした。後年,もっとひどく落胆させられる状況に直面したからです。
「ご子息たちはあなたの道を歩んではいません」
14,15. (イ)サムエルは「年老い」てから,ひどく落胆させられるどんな状況に直面しましたか。(ロ)サムエルは,エリのようなとがめられるべき父親でしたか。説明してください。
14 次にサムエルが登場するのは,「年老い」てからのことです。サムエルには,成人した二人の息子ヨエルとアビヤがいます。サムエルは,自分が行なっている裁きの仕事を手伝う責任を二人にゆだねます。しかし残念なことに,信頼は裏切られます。サムエルは正直で義にかなった人でしたが,息子たちは利己的な目的のために立場を悪用し,公正を曲げたり,わいろを受け取ったりしていました。―サム一 8:1-3。
15 ある日,イスラエルの年長者たちが,年老いた預言者サムエルのところに来て,「あなたのご子息たちはあなたの道を歩んではいません」と苦情を言います。(サム一 8:4,5)サムエルはその問題に気づいていたのでしょうか。何も記されていません。しかしサムエルは,エリのようなとがめられるべき父親ではなかったに違いありません。エリは息子たちの悪を正さず,神よりも息子たちを尊んでいたため,エホバはエリを叱責し,処罰されました。(サム一 2:27-29)しかし,サムエルにはそのような落ち度を見いだされませんでした。
サムエルは,息子たちが悪くなったことによる落胆にどう対処したか
16. 反抗的な子どもを持つ親は,どんな感情に苦しむかもしれませんか。サムエルの模範からどんな慰めと指針を得ることができますか。
16 サムエルは息子たちの邪悪な行ないを知った時,ひどく恥じたり,思い悩んだり,落胆したりしたでしょうか。聖書は何も述べていません。しかし,親である人は,サムエルの気持ちが痛いほどよく分かるでしょう。闇の時代である今日,親の権威や懲らしめに対する反抗が広く見られます。(テモテ第二 3:1-5を読む。)そのような心痛を味わっている親は,サムエルの模範から慰めと指針を得ることができるでしょう。サムエルは,息子たちが不忠実な歩みをしても,自分の歩みを少しも曲げませんでした。忘れないでください。たとえ言葉や懲らしめによって子どものかたくなな心を動かせないとしても,親の示す模範には強い力があります。また,どんな場合でも親自身は,父であるエホバ神の誇りとなることができます。サムエルがそうでした。
「王を私たちのために立ててください」
17. イスラエルの年長者たちはサムエルに何を求めましたか。サムエルはどう感じましたか。
17 サムエルの息子たちの貪欲で利己的な行ないは,彼らの思ってもみなかったほど大きな影響を及ぼします。イスラエルの年長者たちがサムエルに,「どうか今,諸国民すべてのように,私たちを裁く王を私たちのために立ててください」と言い出したのです。そう求められたサムエルは,自分が退けられたように思ったかもしれません。サムエルはエホバの代理として何十年も民を裁いてきました。それなのに民は,サムエルのような単なる預言者ではなく王に裁いてもらいたいと望んでいます。周囲の諸国民には王がいるのだから自分たちも王が欲しい,というわけです。サムエルはどう感じましたか。「その事はサムエルの目には悪いことであった」と記されています。―サム一 8:5,6。
18. エホバはどのようにサムエルを慰め,イスラエルの罪の重大さを明らかにされましたか。
18 サムエルがこの件について祈ると,エホバはこうお答えになります。「民があなたに言うことに関しては,すべてその声に聴き従いなさい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らは,わたしが彼らの王であることを退けたからである」。サムエルはこの言葉にたいへん慰められたことでしょう。一方,民がしたことは全能の神への甚だしい侮辱でした。エホバは預言者サムエルに,人間の王を持つなら高い代償を払うことになる,とイスラエル人に警告するようお命じになります。サムエルがその警告を伝えると,民は「いや,私たちの上には王がいなくてはなりません」と言い張ります。常に神に従順なサムエルは,出かけて行って,エホバの選ばれた王に油をそそぎました。―サム一 8:7-19。
19,20. (イ)サムエルは,サウルにイスラエルの王として油をそそぐようにというエホバからの指示に,どんな態度で従いましたか。(ロ)サムエルはエホバの民をどのように助け続けましたか。
19 サムエルはどんな態度で従ったでしょうか。腹を立て,しぶしぶ従いましたか。落胆によって心を毒され,苦々しい気持ちを宿したでしょうか。こうした状況で,多くの人はそのように反応しますが,サムエルは違いました。サウルに油をそそいで,エホバの選ばれた人がサウルであることを認め,新しい王への歓迎と服従のしるしとしてサウルに口づけしました。そして民にこう言います。「あなた方はエホバの選ばれた者を見ましたか。民のすべての中に彼のような者はいないのです」。―サム一 10:1,24。
20 サムエルは,エホバの選ばれた人の欠点ではなく,良い点に注目しました。自分自身についても,移り気な民からの支持ではなく,神に対する自らの忠誠の記録に注意を向けました。(サム一 12:1-4)割り当てられた務めを忠実に果たして,霊的な危険について神の民に助言し,エホバへの忠実を保つよう励ましました。民はその助言に心を動かされ,自分たちのために祈ってほしいと懇願します。サムエルは次のような立派な返答をしています。「あなた方のために祈るのをやめてエホバに対して罪をおかすことなど,わたしには考えられないことです。わたしはあなた方に善い正しい道を教え諭さなければなりません」。―サム一 12:21-24。
サムエルの模範について考えると,ねたみや苦々しさを決して心に宿してはならない,という点を思い起こせる
21. ほかの人に何らかの立場や特権が与えられて落胆した場合,サムエルの模範はどのように役立ちますか。
21 あなたは,ほかの人が何らかの立場や特権を受けるよう選ばれたために,落胆したことがありますか。サムエルの模範について考えると,ねたみや苦々しさを決して心に宿してはならない,という点を思い起こせます。(箴言 14:30を読む。)神は,忠実な僕一人一人に,報いの多い充実した仕事をお与えになることができるのです。
「いつまであなたはサウルのために嘆き悲しむというのか」
22. 当初サムエルがサウルを好ましく思ったのはなぜですか。
22 サムエルがサウルを好ましく思ったのも当然です。サウルは卓越した人物だったからです。背が高くて容姿が良く,勇敢で機知に富んでいながらも,当初は慎み深くて控えめな人でした。(サム一 10:22,23,27)別の貴重な賜物もありました。自由意志,つまり自分で生き方を選び,物事を決定する能力です。(申 30:19)サウルはその賜物を正しく用いたでしょうか。
23. サウルはどんな貴重な特質を失いましたか。どのように尊大になってゆきましたか。
23 残念なことに,人は権力を手にすると,まず慎み深さを失いがちです。サウルもやがて尊大になり始めました。サムエルを通して伝えられたエホバの命令に従わないという道を選びます。ある時,サムエルの到着を待ち切れずに,サムエルがささげるはずの犠牲をささげてしまいます。そのためサムエルは,サウルに強い矯正を与えなければならず,王権がサウルの家系にとどまらないことを予告します。しかしサウルは,その懲らしめによって態度を改めるどころか,もっと悪い不従順なことを行ないます。―サム一 13:8,9,13,14。
24. (イ)アマレク人との戦いで,サウルはどのようにエホバへの不従順を示しましたか。(ロ)サウルは矯正を与えられてどう反応しましたか。エホバはどんな決定を下されましたか。
24 エホバはサムエルを通してサウルに,アマレク人と戦うようお命じになります。その指示には,アマレクの邪悪な王アガグを処刑するようにという命令も含まれていました。ところがサウルは,アガグを殺さず,滅ぼし尽くすべき分捕り物のうちの最も良いものを取っておきました。サムエルが矯正しに来た時,サウルがどれほど変わってしまったかが明らかになります。サウルは,慎み深く矯正を受け入れるのではなく,言い訳し,自分の行動を正当化し,問題をはぐらかし,責任を民に転嫁しようとします。サウルが懲らしめをかわそうとして,分捕り物の一部をエホバへの犠牲にするつもりだったと言った時,サムエルは,「従うことは犠牲に勝り……ます」という有名な言葉を語ります。サムエルは勇気をもってサウルを叱責し,エホバの決定を明らかにします。サウルから王権が裂かれて別の人 ― サウルよりも優れた人 ― に与えられるのです。a ―サム一 15:1-33。
25,26. (イ)サムエルがサウルのために嘆き悲しんだのはなぜですか。エホバはサムエルをどのように優しく戒められましたか。(ロ)エッサイの家に行ったサムエルは,どんな教訓を学びましたか。
25 サムエルはサウルの過ちにひどく心を痛め,そのことについて一晩じゅうエホバに向かって叫びます。そして,サウルのために嘆き悲しみます。サウルに非常に多くの可能性や良い点を見いだしていたのに,期待を打ち砕かれてしまったのです。サウルはすっかり変わってしまい,様々な優れた特質を失い,エホバに背を向けてしまいました。サムエルは二度とサウルに会おうとはしません。しかし,後にエホバはサムエルを優しく戒めて,こう言われます。「いつまであなたはサウルのために嘆き悲しむというのか。わたしは,イスラエルの王として支配する立場から彼を退けたというのに。あなたの角に油を満たして,行きなさい。わたしはあなたをベツレヘム人エッサイのもとに遣わす。わたしは彼の息子たちのうちにわたしのために王を備えたからである」。―サム一 15:34,35; 16:1。
26 エホバの目的の実現は,不完全な人間の揺れ動く忠節心に依存してはいません。エホバは,だれかが不忠実になっても,ご意志を遂行する別の人を見いだされます。それで,年老いたサムエルはサウルについて嘆くのをやめます。エホバの指示どおりベツレヘムのエッサイの家に行き,容姿の立派な息子たちに会います。しかしエホバは最初からサムエルに,外見以上のものを見るようにとお告げになります。(サムエル第一 16:7を読む。)サムエルは最後に,一番年下の息子に会います。その息子こそ,エホバの選ばれた者,ダビデでした。
サムエルは,どんなにひどい落胆であっても,エホバはいやしたり,解決したり,祝福に変えたりすることがおできになる,ということを学んだ
27. (イ)サムエルの信仰がますます強くなったのはなぜですか。(ロ)サムエルの模範について,あなたはどう感じますか。
27 サムエルは晩年に,サウルの代わりとしてダビデを選ばれたエホバの決定の正しさを一層はっきりと理解しました。サウルがねたみの気持ちから殺意を抱いたり,背教したりするまでになったのに対し,ダビデは勇気,忠誠,信仰,忠節といった優れた特質を示したのです。サムエルの信仰は,生涯の終わりが近づくにつれ,ますます強くなりました。サムエルは,どんなにひどい落胆であっても,エホバはいやしたり,解決したり,祝福に変えたりすることがおできになる,ということを知りました。そして,100年近い非凡な生涯の記録を残して死にました。全イスラエルがこの忠実な人の死を嘆き悲しんだのも当然です。今日のエホバの僕たちが『わたしはサムエルの信仰に倣うだろうか』と自問するのは良いことです。
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