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スイスとリヒテンシュタイン1987 エホバの証人の年鑑
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新しいベテルに増築が必要になる
ベテルの新しい建物で活動が開始されてから数年しかたたないうちに,生産の増加に伴ってさらに広い場所の必要なことが明らかになりました。雑誌は六つの言語で印刷され,1975年には最高生産高が3,100万冊になりました。1970年にスペインでエホバの証人の業が法的に認可されたので,伝道者たちが野外奉仕の通常の活動に一層携わるようになり,スペイン語の雑誌の需要が非常に増大しました。必要とされる雑誌を供給し続けるのは私たちの特権でした。そのことは,1974年の12月に業が正式に認可されたポルトガルについても言えました。私たちは既にフランス語,ドイツ語,英語,イタリア語の雑誌を印刷していました。1981年からはギリシャ語とトルコ語がそれに加えられ,毎月八つの言語で合計15の版の雑誌が印刷されることになりました。のちには,季刊でしたが,「目ざめよ!」誌のトルコ語版も加えられました。
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スイスとリヒテンシュタイン1987 エホバの証人の年鑑
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やがて,2台目の改造したオフセット輪転機がスイス支部に割り当てられるという知らせがブルックリンから届きました。トゥーンの支部を建てた時,工場の床を非常に頑丈に造っておいて本当によかったと思いました。その輪転機は1983年12月に到着しました。これで,私たちの工場には,100か国近い国々の兄弟たちが配布用に,あるいは個人用に使う雑誌を八つの言語で生産する設備が十分に整いました。
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