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エホバを求め,心をこめてエホバに仕えよものみの塔 1989 | 6月1日
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聖書からの教訓: ゼパニヤ 1:1-3:20
エホバを求め,心をこめてエホバに仕えよ
バビロニア人が背教したユダを荒れ廃れさせる50年ほど前,エホバは,ご自分の預言者ゼパニヤを通して,「わたしは必ずいっさいのものを地の表から絶やす」と言明されました。(1:1,2)しかし神はまた,ご自分の民に安全への道をお示しになりました。(2:3; 3:9)この点で,ゼパニヤ書には,現在「全能者なる神の大いなる日の戦争」に直面する人々すべてに対する価値ある教訓が含まれています。―啓示 16:14。
エホバの日は近い
エホバの日が非常に近いので,神から離れた人はみな急いで神に立ち返るべき。神が『絶やされる』人々の中には,『エホバに従うことをやめた者たち』が含まれます。そうした人々は顔をそむけ,もはや神のご意志を気にかけてはいません。なんと危険な状態でしょう。その状態は直ちに正されるべきです。―ゼパニヤ 1:3-11。
エホバの日に,物質の富は安全を保証するものとはなり得ない。エホバに仕えると主張していても,安楽な場所に身を寄せようと,物質の追求に忙しくしている人々がいます。しかし,それは甚だしい自己欺瞞です。そうした人々の物質的な物は,「その日」に安全を保証するものとはならないでしょう。―ゼパニヤ 1:12-18。
救いは可能
エホバの日に隠されるためには,聖書の表面的な知識以上のものが必要。「神の司法上の定めを守り行なってきた」,「柔和な者たち」は,『エホバを求め,義を求め,柔和を求めよ』と訓戒されています。「終わりまで耐え忍んだ」人々だけが救われるでしょう。―ゼパニヤ 2:1-3。マタイ 24:13。
今日エホバの民を虐げる諸国民は滅びを被る。そうした人々は,モアブ,アンモン,アッシリアをはじめ,ユダの周りの諸国民と同様の経験をするでしょう。大いなるバビロンにも,滅びが待ち受けています。(啓示 18:4-8)このことから,わたしたちは神の裁きを宣明することに邁進するよう大いに鼓舞されます。―ゼパニヤ 2:4-15。
回復させられる民
エホバは今,ご自分の民に生き残る準備をさせておられる。あなたはすでにバビロン的な考えを捨て,聖書の貴重な真理という「清い言語」を話し始めておられますか。エホバに献身することにより,『エホバの名を呼び求めて』こられましたか。「贈り物」,つまり「そのみ名を公に宣明する唇の実」を『携えて来て』おられますか。生き残るためには,献身したエホバの民と共に「肩を並べて」仕えなければなりません。―ゼパニヤ 3:1-10。ローマ 10:13-15。ヘブライ 13:15。
救われるためには,エホバを求め,その聖なるみ名を高く掲げなければならない。エホバの民の間には,ごう慢,不義,偽りなどがあってはなりません。(エフェソス 4:25-32)エホバがご自分のみ名を神聖なものとされる時,「謙遜でへりくだった」人々だけが救われるでしょう。―ゼパニヤ 3:11-20。
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エホバを求め,心をこめてエホバに仕えよものみの塔 1989 | 6月1日
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聖句を考察する
◯ ゼパニヤ 1:5 ― マルカムはアンモン人の主要な偽りの神でした。マルカムは,ミルコムやモレクやモロクと同じ神と考えてよいかもしれません。(列王第一 11:5,7)子供を犠牲にするという嫌悪すべき行為が伴っていたモレクの崇拝は,律法によって非とされていました。―レビ記 20:2-5。使徒 7:42,43。
◯ ゼパニヤ 2:14 ― 荒廃させられたニネベにおいて,倒れた柱とその柱頭は,予告通り,鳥や獣のための場所となりました。鳥が,そして恐らく風も,捨て置かれた窓の所で『鳴いて』いました。戸口も,宮殿の内部も荒れすさんだ状態になりました。
◯ ゼパニヤ 3:9 ― 同じ言語を話す人々同士が戦争を行なうことから分かるように,人類共通の言語によって,一致が保証されるわけではありません。「清い言語」とは,聖書の真理であり,「健全な言葉の型」です。(テモテ第二 1:13)その言語は誇りを超越し,神に栄光を帰し,それを話す人々すべてを一致させます。
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