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霊聖書に対する洞察,第2巻
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人間のうちに(また,動物のうちにも)ある生命力つまり霊の非人格的性質を考えれば,イエスが死に臨んで引用された(ルカ 23:46),「わたしはあなたのみ手にわたしの霊を託します」という,ダビデの述べた詩編 31編5節の言葉は,明らかに自分の生命力を守っていただきたい,または顧みていただきたいと神に叫び求めていることを意味しています。(使徒 7:59と比較。)何らかの力がこの惑星から天の神のみ前に文字通り,また実際に送り届けられることは必ずしも必要ではありません。ちょうど動物の犠牲の快い香りが確かに地球の大気圏内にとどまっていたのに神がそのような香りを『かぐ』ことをされたと言われているように(創 8:20,21),神は霊つまり生命力を,比喩的な意味で,すなわち活力を地球から文字通り運ぶようなことをせずに,ご自分に託されたものとして『集める』,つまり受け入れることがおできになりました。(ヨブ 34:14; ルカ 23:46)それで,人が自分の霊を託すということは,将来,そのような生命力が復活によって自分自身のうちに回復されるという希望を神に置くことを意味しているようです。―民 16:22; 27:16; ヨブ 12:10; 詩 104:29,30と比較。
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真理,真実聖書に対する洞察,第1巻
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真理の神エホバ エホバは「真理の神」であられます。(詩 31:5)エホバはどんな物事を扱う際にも忠実であられます。神は偽ることができないので,その約束は確実に守られます。(民 23:19; サム一 15:29; 詩 89:35; テト 1:2; ヘブ 6:17,18)神は真実にしたがって,つまり物事の真の姿にしたがって裁きを行なわれ,外見に基づいて裁くことはされません。(ロマ 2:2。ヨハ 7:24と比較。)神から出ることはみな浄く,欠陥がありません。神の司法上の定め,律法,おきて,み言葉は真実です。(ネヘ 9:13; 詩 19:9; 119:142,151,160)それらは常に正しく適切であり,すべての不義や誤りと対立する関係にあります。
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