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  • 同性愛を正しいとみなすことはできますか
  • 目ざめよ! 2012
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目ざめよ! 2012
目 12/1 28–29ページ

聖書の見方

同性愛を正しいとみなすことはできますか

同性愛は,多くの国で受け入れられるようになってきています。米国のあるキリスト教教派内の一グループは,同性愛について聖書が述べていることを「現代の知恵」に照らして解釈し直すよう呼びかけています。最近同性結婚をしたブラジルの一牧師も,「聖書を見直す」よう勧めました。自分の教会の“現代的な”見方が認められるようにするためです。

一方,同性愛を容認しない人たちは,同性愛者を毛嫌いしているとか,見方が狭いと非難されることが少なくありません。では,聖書は同性愛について本当のところ何と述べているのでしょうか。

聖書は何と述べているか

聖書は,人に対する偏見を助長したりはしていません。しかし,同性愛的な行為に対する見方ははっきりしています。

「あなたは女と寝るようにして男と寝てはならない。それは忌むべきことである」。―レビ記 18:22。

モーセの律法に含まれるこの禁止令は,イスラエル国民だけに与えられた多くの道徳律のうちの一つでした。とはいえ,このおきては,同性愛行為に対する神の見方を示しています。ユダヤ人であろうとなかろうと,それは「忌むべきこと」なのです。イスラエルの周辺諸国民は,モーセの律法で禁じられていた同性愛,近親姦,姦淫などを行なっていました。それゆえ神は,それらの諸国民を汚れているとみなしました。(レビ記 18:24,25)聖書の見方は,クリスチャンの時代に変わったのでしょうか。次の聖句を考えてみてください。

「神は,彼らを恥ずべき性欲に渡されました。その女性は自らの自然の用を自然に反するものに変え,同じく男性までが女性の自然の用を去り,互いに対し,男性が男性に対して欲情を激しく燃やし,卑わいな事柄を行な[いました]」。―ローマ 1:26,27。

聖書が同性愛行為を不自然で卑わいなものとしているのはなぜでしょうか。それは,創造者が意図しておられなかった性的行為だからです。同性愛行為は子どもを生み出すことにはつながりません。聖書の中で同性愛行為は,反逆したみ使い(天使)たちが行なったことと同等に扱われています。悪霊として知られるようになったそれらのみ使いは,ノアの時代の大洪水の前に人間の女性と性関係を持ちました。(創世記 6:4; 19:4,5。ユダ 6,7)神はどちらの行為も不自然なものと見ておられます。

同性愛を正当化できる根拠はあるか

『遺伝,育った環境,性的虐待などによるトラウマのせいで,同性愛的な欲求に屈するのは仕方ないのではないか』と考える人もいるかもしれません。しかし,それは間違っています。次の例を考えてみてください。ある人は,一部の科学者の言うアルコールの乱用に関係する遺伝的傾向を持っているか,アルコールの乱用が日常的だった家庭で育ったかもしれません。大抵の人は,そのような人に同情するでしょう。とはいえ,そういう傾向を持って生まれた,あるいはそういう環境で育ったからといって,その人にアルコールを乱用し続けるよう勧めたり,乱用を克服する努力をやめるように言ったりはしないことでしょう。

同じように,聖書は同性愛的な傾向に悩まされている人をとがめてはいませんが,そうした傾向が遺伝によるものであれ,他の要因によるものであれ,それに屈することを決して容認していません。(ローマ 7:21-25。コリント第一 9:27)むしろ,同性愛の習慣を持つ人がそれを克服できるよう,実際的な助けや励ましを差し伸べています。

同性愛的な欲求を持つ人に神は何を望んでおられるか

聖書に示されているように,神は「あらゆる人が救われて,真理の正確な知識に至ること」を望んでおられます。(テモテ第一 2:4)聖書は同性愛行為を非としていますが,同性愛者を憎むように勧めたりはしていません。

同性愛に対する神の見方は,都合よく解釈できるようなものではありません。聖書のコリント第一 6章9,10節には,「男どうしで寝る者」は「神の王国を受け継がない」とはっきり述べられています。しかし,続く11節は慰めとなります。「とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです」。

神に喜ばれる仕方で神を崇拝したいと誠実に願った人たちは,初期クリスチャン会衆に温かく迎え入れられました。今日でも同様です。神の是認を求める誠実な人たち ― 聖書を解釈し直すのではなく,聖書に調和した生き方をする人たち ― は皆,神に受け入れられるのです。

考えたことがありますか

● 同性愛行為に対する聖書の見方はどのようなものですか。―ローマ 1:26,27。

● 聖書は同性愛的な欲求を持つ人を差別していますか。―テモテ第一 2:4。

● 欲求があっても同性愛行為をしないでいることはできますか。―コリント第一 6:9-11。

[29ページの図版]

同性愛に対する神の見方を解釈し直してよいのだろうか

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