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コリント人への手紙聖書に対する洞察,第1巻
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以前に書かれた聖句に光を当てる パウロはコリント人にあてた霊感による手紙の中で,ヘブライ語聖書を用いて論拠を強化しました。偽使徒たちが表わした世の知恵の愚かさを暴露した箇所では,より優れた神の知恵を得ることの重要性を示しました。それを示すに当たっては,詩編作者が幾世紀も昔の世代に対して述べた事柄,すなわち『人間の考えは呼気のようなものである』ということを指摘したり(詩 94:11; コリ一 3:20),イザヤが反抗的なユダヤ人に投げかけた質問,すなわち「だれがエホバの霊を測定したか。だれが……神に何かを知らせることができようか」という質問をしたりしています。(イザ 40:13; コリ一 2:16)パウロは,「あなたは,脱穀している牛にくつこを掛けてはならない」と述べる申命記 25章4節が実際にはおもに奉仕者のために書かれていることを示し,そのようにして,クリスチャンの奉仕者には物質的援助を受ける権利があることを証明しました。(コリ一 9:9,10)また,死を呑み込むことに関するイザヤ 25章8節とホセア 13章14節の記述を指摘することによって,神がずっと昔から復活を約束しておられることを論証しました。(コリ一 15:54,55)さらには,主の晩さんの祝いを制定された時のイエスの言葉の詳細を論じることにより,その晩さんに多くの理解の光を当てました。―ルカ 22:19,20; コリ一 11:23-34。
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希望,望み聖書に対する洞察,第1巻
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報いを望むのは正しい 神の僕が報いを受けることを望むのは,利己的なことではありません。神に関する真の見方や正しい理解を得るには,愛ある親切や寛大さが神の際立った特質であることを知らなければなりません。また,人は個人個人,神がおられることだけでなく,「ご自分を切に求める者に報いてくださること」をも信じなければなりません。(ヘブ 11:6)希望があれば,クリスチャンの奉仕者は,日ごとの必要なものをエホバが備えてくださることを知っているので,平衡を保ち,神への奉仕を続けてゆけます。使徒パウロは律法の中で述べられている原則を用いて,その点を指摘しています。パウロは,「脱穀している牛にくつこを掛けてはならない」という申命記 25章4節の律法を引用し,こう付け加えています。「まさにわたしたちのためにそれは書かれたのです。すき返す者は希望をもってすき返し,脱穀する者はそれにあずかる希望をもってそうすべきだからです」― コリ一 9:9,10。
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