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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 2001
塔01 6/15 32ページ

「友人から受けた傷」

使徒パウロは,1世紀のガラテアのクリスチャンを多少とも正す必要を感じました。相手に憤りの気持ちを抱かせないためと思われますが,「では,あなた方に真理を告げるので,わたしはあなた方の敵となったのですか」と問いかけています。―ガラテア 4:16。

パウロは,「真理を告げる」ことによって,相手の敵となったのではありません。実際のところ,「友人から受けた傷は,誠実さの証拠」という聖書の言葉に沿って行動していたのです。(箴言 27:6,「バルバロ訳」)過ちをおかした人の自尊心が傷つくかもしれないことは知っていましたが,罪をおかした人に必要な聖書からの懲らしめを妨げるなら,エホバ神の愛がその人に及ぶのを阻んでしまうことになるのも承知していました。(ヘブライ 12:5-7)そのためにパウロは,その会衆をいつまでも心にかける誠実な友人として,矯正のための助言を述べることをためらいませんでした。

今日,エホバの証人は,「すべての国の人々を弟子とし,[イエス・キリスト]が……命令した事柄すべてを守り行なうように教え(る)」という使命を遂行しようとしています。そうするにあたり,それら誠実なクリスチャンは,教理上の誤りやクリスチャンらしくない振る舞いを明らかにしてとがめる聖書の真理をゆがめません。(マタイ 15:9; 23:9; 28:19,20。コリント第一 6:9,10)退けるべき敵となるのではなく,真の友人のような関心を示しているのです。

詩編作者は,神の霊感による洞察をもってこう書きました。「義にかなった者がわたしを打つとしても,それは愛ある親切です。彼がわたしを戒めるとしても,それは頭の上の油であり,わたしの頭はそれを拒もうとはしません」。―詩編 141:5。

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